第2話『レギウスの力』

 

「殺してやる~! みんな死んじまえばいいんだぁ~!!」

 

 狂ったように叫びながら鋭い鎌状の両手を振り回し、俊一と千秋の元へ向かってきたカマキリ型の怪人は右手の鎌を眩しく発光させると、三日月型に収束したその緑色の光を二人に向けて勢いよく飛ばした。

 

「危ない!」

 

「きゃっ!」

 

 俊一が咄嗟に千秋を庇って床に伏せさせる。倒れ込んだ二人の上を通過した鎌状のビームは天主の端に備えつけられていた転落防止用の柵に当たり、木製の柵を真っ二つに切り裂いた。

 

「グォォォッ!!」

 

「くっ……!」

 

 床に倒れた二人に狙いを定め、襲いかかってくるカマキリの怪人。だがその時、横から飛んできた紫色の細い矢のような光線が怪人に当たり、右肩の装甲に炸裂して火花を散らした。

 

「………」

 

 指先から放った光線でカマキリの怪人を撃ったのは、黒い狼のような怪人だった。美しいメタリックな輝きを帯びた硬い鎧のようなボディを持つその姿から、一見してカマキリの怪人と同種の存在だろうと分かる。

キャラクターデザイン:Nano Bananaで生成

 

「死ぬのはてめえだ」

 

 俊一たちが唖然とする中、二人の方を軽く一瞥して粗暴な口ぶりでそう言い放った狼の怪人は唸りを上げてカマキリの怪人に攻めかかり、二体の異形は安土城の天主を舞台に戦い始めた。

 

「この野郎! 俺の邪魔をするな!」

 

 激昂して鎌を振り回すカマキリの怪人だったが、それを嘲笑うかのように冷静に戦う狼の怪人は圧倒的に強かった。カマキリの怪人の鎌による斬撃を片腕で受け止め、逆に顔面への強烈なパンチで殴り倒すと、そのまま首を掴んで投げ飛ばし、凄まじい力で城の最上階から地上へと放り捨てたのである。

 

「うわぁぁぁ~っ!!」

 

 カマキリの怪人は絶叫しながら真っ逆様に落ちてゆき、地面に叩きつけられて鈍い激突音を響かせた。

 

「レギウスの力、下らないことに使いやがって……」

 

 狼の怪人は忌々しげにそう呟くと、自分も柵を乗り越えて地上へ飛び降り、安土山の山林の中へ走り去って姿を消してしまった。

 

「レギウスの……力……?」

 

「な……何だったんだ一体……」

 

 やがて遠くからパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえてくる。カマキリの怪人に鎌で斬られた負傷者たちが担架で搬送され、駆けつけた警察官たちが慌ただしく現場の実況見分を始める中、俊一と千秋はしばし呆然とその場に立ち尽くしていた。


 まるで夢か漫画のような奇想天外な出来事だったが、事の次第はすぐに明らかとなった。その日の夜、事件を受けて日本政府が緊急記者会見を開き、それまで極秘とされていた驚くべき情報を世間に公開したのである。

 

「人間がある日突然、凄まじい力を持った怪人に変貌するという事件が、このところ全国各地で相次いでおります。本日、安土城に出現したカマキリのような姿の怪人もその一種です。詳しい原因はまだ不明ですが、持って生まれた遺伝性の体質が何らかのきっかけで人体に変異を引き起こすものと推測されており、我々はこの怪人群をレギウスと呼称しています」

 

 会見に立った磯崎宏昌官房長官はテレビカメラの前でそう説明した。怪人――レギウスの存在については実はかなり以前から政府が把握しており、国民の間にパニックが起こらないよう情報をシークレット扱いにしながら水面下で詳しい調査を進めていたところに今回の事件が起きてしまったのだという。

 

「他の数例のレギウスというのは、具体的にどんなケースですか?」

 

「遺伝性の体質が原因らしいとのことですが、レギウスになる体質を持つ人間というのはどれほどの割合でいるのですか?」

 

「そうした体質を持った人が、実際にレギウスに変異することになる要因は一体何でしょうか?」

 

 次々と投げかけられた記者団からの質問に対して、答える磯崎官房長官の歯切れは悪かった。

 

「レギウスについて、確かなことはまだほとんど分かっておりません。過去のレギウス変異者について個人情報の公開は致しかねますが、親子、また兄弟でレギウスになったという例が数件あり、このことから遺伝性のものと推測されておりますがまだ断定はできません。レギウスになる可能性を持った人が我が国にどれほど存在するかは不明ですが、実際にレギウスに覚醒した人の数は今年に入って急激に増加しているのが現状です」

 

 もし遺伝性の要因であればレギウスになれる人間は昔からいたはずだが、そうした人の全てが実際にレギウスになるとは限らず、先祖から受け継がれた因子が何らかのきっかけで目覚めなければ一生普通の人間のままで終わることもあり得る。だが覚醒者の数はここ何ヶ月かで原因不明の急増を見せており、そのためレギウスへの警戒レベルが今は格段に上昇しているというのだ。

 

「レギウスに変異した人間の精神については、変異前と特に変わらないことが既に確認されております。もし善良な市民がレギウスになっても、性格はそれまでと同じく善良なままで、急に凶暴化して人を襲い始めたりは致しません。レギウスは計り知れない力を持った存在であるとはいえ、必ずしも全てが我々の脅威になるというわけではありません」

 

 磯崎は最後にそう付け加え、必要以上に動揺しないよう国民に呼びかけた。とは言え、無害な善人だけが力を持つようになるとは限らないというのは、十数人の重軽傷者が出てしまった今回の事件が証明した通りである。

 

「警察の取り調べによれば、あのオッサンは前から大量殺人願望があって、レギウスの力に目覚めたのをいいことに観光地に来て人を大勢殺そうとしたんだってさ。幸い、すぐに倒されたから死人までは出なくて済んだけど、そういうサイコキラーみたいな奴があんな怪物になったら大変だよな」

 

 自宅のテレビで会見の中継を見ながら、電話で千秋と話し込む俊一。もう少しで自分たちもあのカマキリ型のレギウスに襲われて死ぬところだったのだから、不安になるなと言われてもとても無理なのが実情だった。

 

「怖いよね。あんな怪人、警察を呼んでも多分どうしようもないだろうし……」

 

 安土城の七階から地面に投げ落とされたカマキリの怪人――マンティスレギウスはそれでも生きていて、人間の姿に戻って倒れていたところを警察に逮捕された。既にダメージを負ってダウンしていたから常人の警官でも取り押さえられたが、千秋が言うようにもしレギウスの状態のままなら例え拳銃を発砲しても制圧するのは難しく、もっと多くの犠牲者が出る大惨事になっていたかも知れない。

 

「でも、私たちを助けてくれたあの黒い狼のレギウスは誰なのかな?」

 

「さあな。レギウスの力を、正義のヒーローみたいなことに使ってる人もいるのかな」

 

 覚醒しても人格が豹変するわけではないとすれば、そういう道を選ぶ正義感の強いレギウスもいるのだろうか。もし自分がある日突然レギウスになったら、一体どんな生き方をするだろう。あるいは、どんな生き方をすれば良いのだろう。

 

 そんな風に想像を巡らせてみる俊一と千秋だったが、二人はまだ、このレギウスの力が自分たちにも深く関わることになる運命を知る由もなかった。