*画像は、エレクトロニック・アーツのPCゲーム『ザ・シムズ3』のスクリーンショットを使用しております。
「もしもし楓花、どうした? ……ん? だ、誰だお前は!?」
自宅で留守番していた獅場楓花の兄・獅場俊一の元にかかってきた、妹のスマートフォンからの電話。
ところが出てみると、聞こえてきたのは楓花の声ではなく、
どこかで聞き覚えのある柄の悪そうな若い男の声だった。
「よう、俺だよ。黒津耕司だよ。千秋の彼氏さんよ。
名前が獅場楓花で、獅場俊一って番号も登録されてたから電話してみたんだが、
やっぱりお前の妹のスマホだったか」
「く、黒津……? 何でお前が楓花のスマホを持ってるんだ?
一体何の真似だ? 妹に何をした!?」
「落ち着けって。俺じゃねえよ。
多分ゼルバベルの連中の仕業だと思うんだが、お前の妹が誘拐されちまったんだ。
俺はその時たまたま落っこちたスマホを拾ったの」
「何だって……!?」
「ちゃんと監禁場所まで尾行してやったから安心しな。
この前に会ったレイクブリッジの近くの、線路沿いにある煉瓦造りのでっかい倉庫だ。
今、このスマホの位置情報をそっちに送信するから早く助けに来てやれよ」
「お、おう。分かった。すぐ行く!
ありがとうな。恩に着るぜ黒津!」
安土市郊外の春ヶ台ニュータウンにある自宅を飛び出し、妹の救出に急行する俊一。
近くの茂みに身を隠した耕司は、しばらく様子を探りながら俊一が来るのをここで待つことにした。
その頃、倉庫の中では、ゼルバベルに拉致された三人の若い男女が縄で手足を縛られ、
口には粘着テープを貼られて声を出せない状態のまま、壁際に並べられた木製の椅子に座らされていた。
「(ううっ……こいつら一体何者なんだ……?)」
一人目は、ライムグリーン色のテニスウェアを着たスポーティーな男子高校生。
高校のテニス部での練習中、疲れて喉が渇いたので、
他の部員たちがいるテニスコートを離れて一人で水飲み場へ来た瞬間を狙って捕獲された。
「(怖い……どうしてこんなことになっちゃったの……)」
もう一人は、安土市内の私立大学に通う女子大学生。
経済学部に在籍している、青いデニムのジーンズが似合う明るいロングヘアーの女性で、
ゼミの課題のレポートの提出のため休日に登校しようとしたところ、
人気のないキャンパスの裏門の近くでゼルバベルに襲われたのであった。
「(お兄ちゃん、助けて……)」
そして三人目は楓花である。
この中では最年少の中学生。買い物の途中で拉致され、
他の二人が先に監禁されていたところへ睡眠薬で眠ったまま運び込まれてつい先ほど目を覚ました。
「実験動物の調達は完了だ。これで満足か? ドクター・ゼムノヴィッチ」
「三匹とも生きの良さそうなモルモットばかりで素晴らしい限りじゃ。
お忙しい中、ナザロポフ大佐殿の精鋭部隊にわざわざ働いていただき感謝する」
「俺たちの方も作戦決行間近で立て込んでる時なんだがね。
ゼルバベルの科学研究班は組織の軍事技術を支えるボスの肝入り部署とはいえ、
全く人遣いが荒いもんだぜ」
楓花を攫ってきたセルゲイ・ベグノフ大尉と話している白衣を着た老人は、
旧ユーゴスラヴィア出身の科学者で、かつては東欧でも随一の名医として知られていた、
元医師のゾラン・ゼムノヴィッチ博士である。
独裁政権の下で違法な人体実験を行なった容疑で国際指名手配されていたが、
ボスニア内戦に巻き込まれて死亡したと見られたため追跡が打ち切られていた。
だが、実は生きていて密かに日本へ亡命しており、
久峨景章に仕えるゼルバベルの科学スタッフの一人となっていたのだ。
「わしが発明した特殊な薬品を調合した、
レギウス覚醒者から採取したこの血清を飲めば体内にレギウス因子が取り込まれ、
生まれつきレギウスの遺伝子を受け継いでおらぬ者でもレギウスに変身できるようになる。
薬やアルコールなどと同じで、時間が経てば成分が浄化されて抜けてしまうので、
あくまで制限時間ありの不完全な変異ではあるがのう」
「大昔に魔王ヴェズヴァーンがしたようにDNA自体に因子を組み込むってのは、
まだ技術的に難しいようだな。そいつが出来れば永久的だが……」
ゼムノヴィッチ博士が開発したのは、レギウス因子を栄養ドリンクのように摂取することで、
飲んだ人間を一時的にレギウスに変える血清であった。
レギウスの力は本来、魔王にレギウス因子を埋め込まれた古代の騎士の子孫にのみ遺伝するもので、
そのためレギウスになれるのはごく一部の特殊な血筋を引いた人間だけに限られる。
世界征服という大事業を成すにはそれでは戦力不足と考えたゼルバベルは、
不完全な模造品ながらも人為的にレギウスを量産できる秘薬をゼムノヴィッチに作らせ、
兵力の増強に利用しようとしているのだ。
「今回の試験が成功すれば、いよいよこの血清の実用化が可能となる。
安土城占拠作戦で大勢の市民を人質として捕らえる手筈ならば、
そこで彼らにこれを飲ませ、人造レギウスと化した人間どもを街にバラ撒いて、
各地でパニックを引き起こすことができよう」
「こっちも一応、考え抜いて緻密に作戦計画を練ってるつもりなんでね。
外部からのゴリ押しで勝手にそういう追加要素をねじ込まれちゃ段取りが狂って迷惑だな。
ま、あんたのことはボスが随分と気に入っておられるみたいだから、
逆らうわけにも行かないんだろうが」
目下、ベグノフらが準備を進めている安土城占拠作戦で捕らえた人質に血清を飲ませ、
体内にレギウス因子を注入した上で、人質の解放と称して街に放してあちこちで暴れさせる。
社会に混乱を招くそんなバイオハザード作戦を可能にするため、
血清の最終段階のテストとして実験台に選ばれたのが、
今回ここに拉致されてきた楓花ら三人の学生たちなのである。
「(どうしよう……縄はいくら頑張っても全然ほどけないし、
スマホも途中でどこかに落としちゃったみたいだし……)」
英語で交わされたゼムノヴィッチとベグノフの会話は楓花たちには意味が分からず、
血清の説明や安土城占拠作戦というテロの重大情報を聞き取ることはできなかったが、
とにかく状況が切迫していることだけは明らかだ。
上着のポケットに入れていたはずのスマートフォンもいつの間にか紛失してしまっており、
隙を見て誰かにSOSを発することもできない。
「(お兄ちゃん……お願い……早く助けに来て……!)」
不安と恐怖の中、楓花はガタガタと震えながら、
兄の俊一が自分を助けに来てくれるよう必死の思いで祈った。
「よう。遅いじゃねえか」
「悪い。待たせたな黒津。楓花がいるのはあの倉庫の中か」
楓花の祈りが通じたかのように、倉庫の外では連絡を受けて大急ぎで駆けつけた俊一が、
近くの空き地の草むらに身を隠して待っていた耕司と今まさに合流したところであった。
「ちょっと中の様子を探ってみたんだが、捕まってるのは一人だけじゃねえようだ。
敵の人数は少ねえみてえだから、勝ち目自体は十分ある」
「となると、いきなり二人一緒に突っ込むよりも、作戦を考えた方が良さそうだな」
捕らわれている複数の人たちが全員無事に逃げられるように事を運ぶとなると、
それなりに段取りの工夫が必要になってきそうである。
二人はしばし考えて作戦を練った。
「お前の妹だろ? まずはお前が助けに行ってやれよ。
俺は外でサポートに回らせてもらう」
「分かった。頼むぞ」
打ち合わせをして役割分担を決めた俊一と耕司は、
倉庫内に監禁されている楓花たちを助けるべくいよいよ動き出した。