EPISODE7『学園に迫る魔の手』

 

滋賀県安土市。安土江星高校のグラウンドでは、

獅場俊一たちサッカー部の面々が2チームに分かれて紅白戦を行なっていた。

 

「ジュマート、行けっ!」

 

赤いビブスをつけたセンターフォワードの俊一がポストプレーで右にパスを出し、

攻め上がっていたサイドバックのジュマート富樫にボールを預ける。

得意の快速ドリブルで突進したジュマートは相手のディフェンダーをフェイントで抜き去り、

中央へ切り込むとそのまま右足を振り抜いて強烈なシュートを放った。

 

「おおっ! ナイスシュート!」

 

地を這う弾丸シュートはゴールネットに突き刺さり、得点が決まった。

まだ1年生とは思えないスーパールーキーの見事なゴールに、周囲からざわめきが起こる。

 

「最近、気合が入ってるな富樫。

 これはレギュラー昇格も本気で現実味を帯びてきたぞ。

 この調子で頑張れ」

 

「はい! 監督!」

 

監督で顧問の社会科教師・南郷啓介も高く評価している通り、

気迫にあふれたジュマートの近頃の充実ぶりは素晴らしい。

だが俊一は、そこに一抹の不安を感じていた。

 

「なあ、本当に大丈夫なのかジュマート。

 頑張ってるのはいいんだけど、何か無理してるように見えるんだが……」

 

「そんなことないっすよ先輩。心配しないで下さい。

 今はとにかく、サッカーに夢中なだけです」

 

弁当屋の配達の帰りに行方不明となり、川で倒れていたのを俊一に発見されたジュマートは、

なぜか口を閉ざして多くを語ろうとせず、翌日には元気な姿で登校。

アルバイトにも休みを取ることなく復帰し、何事もなかったようにまた勤勉に働いている。

本人が話したくないものを強引に聞き出そうとするのは控えている俊一だが、

あの日以来、彼にはジュマートが何かに怯えているように見えるのだった。

 

「最近どうなの? 富樫くん」

 

「何かを怖がってる……。

 その怖い気持ちを忘れたくて、必死にサッカーに打ち込んでるんだ。

 俺にはそんな風に見えるんだけど、それが何なのかは分からないな……」

 

ジュマートが倒れていた事件について、恋人の稲垣千秋にだけはこっそり話している俊一だが、

さほど鋭いわけでもない二人の観察眼で推測できるのはそのくらいが限界で、

本人が口を閉ざしている以上、ジュマートの不安の原因を突き止めることはできなかった。

 

「この前の話だけど、本当に一回うちの店に連れて来てあげてよ。

 もし悩みがあるなら、蕎麦でも食べながらゆっくり話せたらと思うし、

 何ならおじいちゃんにさり気なく様子を見てもらったりもできるだろうし」

 

「岳玄先生なら、何か見抜けたりもするのかな。

 とにかく妙に気が張りすぎてるみたいで、危なっかしい感じなんだよな。

 何かの拍子にポキッと折れてしまいそうと言うか」

 

「まあ、モヤモヤする時に気晴らしにスポーツに打ち込むのは悪いことじゃないけどね。

 ……ってことで、私もそろそろ行って来るわ」

 

「おう、頑張れよ」

 

女子バスケットボール部に所属している千秋は、

これからジャージに着替えて他の部員たちと一緒にランニングである。

俊一と別れて、千秋は体育館の更衣室に向かった。


「よし! ダッシュ10本!」

 

「はいっ!」

 

琵琶湖のほとりにキャンパスを構える安土江星高校では、

学校の敷地に隣接している湖畔の砂浜を部活や校外学習などで使うことも多い。

柔らかい砂の上での走り込みは足腰を鍛えるのに有効ということで、

ビーチランニングは多くの部活が取り入れているこの学校の立地を生かした独自の練習メニューである。

 

「根性見せろ! 強いフィジカルは全てのプレーの土台だぞ!」

 

この日、湖畔では千秋ら女子バスケットボール部の他にも、

男子の野球部がハードな体力トレーニングに汗を流していた。

 

「本当なら、耕司くんもあの中にいたはずなのにな……」

 

レギウスとなって戦いの世界に身を投じてしまった幼馴染の黒津耕司は、

野球部では籍を抹消されていないだけの幽霊部員となっており、

野球に青春を熱く燃やしているこの球児たちの中に彼の姿はない。

豪腕のピッチャーだった昔の耕司を思い出して寂しさを感じつつ、

千秋が他の部員たちと一緒に砂浜の上を走っていたその時、何かの影が彼女の上を通り過ぎた。

 

「ば、化け物だ!」

 

「レギウスだぁっ!」

 

砂煙を巻き上げて野球部員たちの前に着地したその飛行物体は、

以前にこの学校の屋上に姿を見せたこともあるモスレギウスであった。

遠くで走っていた女子バスケ部のメンバーからも悲鳴が上がるが、

モスレギウスはそちらに興味を示すことはなく、

慄く野球部員たちの方を大きな複眼で睨みつける。

 

「変身せよ。我らの敵ライオンレギウスよ……!」

 

モスレギウスは頭に生えた二本の触覚からビームを発射し、地面を撃った。

反重力光線を浴びた浜辺の砂が大量に浮き上がり、宙を舞って激しい砂嵐となる。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

「さあ、早く変身しろライオンレギウス! この中にいるのは分かっているぞ」

 

ライオンレギウスは野球部員の中にいる。

ボイスチェンジャーを使って加工しているような中性的な声で、

そう確信しているかのように呼ばわるモスレギウスに、

遠巻きに事態を見ていた千秋は不思議に思ったがすぐに合点が行った。

よく考えれば、これは無理もない話なのだ。

 

「あの野球の試合の時……。

 あそこで覚醒したってことは、ライオンレギウスは野球部員の誰かのはず。

 きっとそう思ってるのね」

 

オウルレギウスの毒ガスで俊一がレギウスに覚醒した、あの小谷工業高校との試合。

部内でインフルエンザが流行したために病欠者が続出した江星高校野球部は、

サッカー部の俊一を初めとする何人かの代替メンバーを急遽かき集め、

何とか規定の人数を揃えて試合に臨んでいた。

それを知らないゼルバベルは、ライオンレギウスは野球部の正式な部員だと思い込み、

焙り出すために野球部を襲ったのだ。

 

「とにかく、早く俊一に知らせなきゃ」

 

敵はライオンレギウスの出現を待っているということは、

これは飛び込んでいくのは危険な罠なのだろうか。

そんな不安も覚えつつ、千秋はグラウンドにいる俊一の元へ走った。


「あれ? 日浦先輩は?」

 

紅白戦を終え、後片づけをしてグラウンドを後にするサッカー部員たち。

3年生でエースの日浦八宏の姿が見えないので、俊一は不思議に思って周囲を見回した。

 

「ああ、日浦先輩なら、ちょっと浜辺で走って来るって、

 さっき一人で湖の方に行っちゃったっすよ。

 何か自分のプレーに納得が行かないみたいで、残って自主練するって」

 

「ストイックな人だよなぁ……。

 あのくらい自分に厳しくないと、ストライカーってのはダメなのかな」

 

気分屋のようでいて、自己鍛錬の意識は異様に高い日浦の姿勢に感心する俊一。

そこに、湖畔の方から千秋が息を切らせてこちらに走ってきた。

 

「俊一!」

 

「どうした? 千秋」

 

「大変よ。早くこっちへ」

 

周りに誰もいない校舎裏まで俊一を連れて来た千秋は、

モスレギウスが現れたことをそこで告げた。

 

「そうか。遂に俺を狙って……」

 

「気をつけて俊一。罠かも知れない。

 敵はライオンレギウスが来るのを待ち構えてるわ」

 

「例えそうでも、関係ない野球部の奴らが襲われてるのに黙ってはいられないよ。

 まあ任せとけって!」

 

他の誰かに見られていないのを注意深く確認してから、

俊一は千秋の前でライオンレギウスに変身。

真っ赤な獅子の超戦士となって湖の方へ駆け出した。

 

「俊一、頑張って!」


「おかしい……なぜ変身しないのだ。ライオンレギウスよ!」

 

野球部員たちを砂嵐で苦しめていたモスレギウスは、

その中にいるはずのライオンレギウスが一向に変身して立ち向かって来ないのを不審に感じていた。

ならば砂嵐の勢いを更に強めて苦痛を増してやろうと考えたその時、

不意に横から飛んできた赤い超高熱の光弾がモスレギウスを直撃する。

 

「俺ならここだ!」

 

「何っ!? なぜだ……!」

 

野球部のメンバーたちとは全く別の方向から出現したライオンレギウスに、

モスレギウスは当惑して一瞬うろたえる。

 

「とんだ見当外れだったな。あいつらは俺とは関係ない。

 危害を加えるのを今すぐやめろ!」

 

「どうやらこちらの情報収集に手抜かりがあったようだな。

 いいだろう。我々が欲しいのはお前の命だけだ」

 

事前のリサーチには間違いがあったとしても、

結果的にライオンレギウスの誘き出しには成功したのだから何も問題はない。

反重力光線による砂嵐を静まらせたモスレギウスは、

さざ波が打ち寄せる湖畔の砂浜でライオンレギウスとの一騎打ちを開始した。

 

「喰らえ! ファイアウォークスケール!」

 

「うわぁっ!」

 

背中に生えた大きな羽から、金色に輝く無数の光の粒を鱗粉のように放射するモスレギウス。

光は次々と爆発して火花を散らし、ライオンレギウスの全身にダメージを与えた。

だが地面を蹴り、光の粒の届かない上空へと跳躍したライオンレギウスは、

前方へと伸ばした右足の先に灼熱の魔力を集めて炎のように燃え立たせ、

そのまま急降下してモスレギウスに飛び蹴りを見舞う。

 

「シャイニングレオンキック!!」

 

「ぐおおっ!!」

 

重力を乗せた強烈なジャンプキックを受けて倒れたモスレギウスだったが、

致命傷にまでは至らずよろめきながらも立ち直る。

不気味な声で嘲笑うように肩を揺らしたモスレギウスは、

右手を挙げて奥の手となる秘密兵器を召喚した。

 

「さあ来い。聖弓獣ミレーラよ!」

 

「何っ……!?」

 

ピンク色の美しい鳥のような小型メカが遠くの空から飛んで来て、

高く掲げられていたモスレギウスの右手に止まる。

機械仕掛けのケツァルコアトル・聖弓獣ミレーラはまるで壊れたレコードのように、

抑揚のないたどたどしい声で人間の言葉を口にした。

 

「破壊……抹殺……撃滅……ピピッ……!」

 

「フフフ、いい子だ。躾は完璧なようだな。

 お前はレギウスを滅ぼすために生まれてきた存在……。

 さあ、変形してあの獅子のレギウスを射抜き、この世から消し去るのだ」

 

「了解……変形……!」

 

翼を広げて浮上したミレーラは魔法の力で変形し、

大型の弓となって再びモスレギウスの手に収まった。

眩しく輝く光の矢が生成されて弓に番えられ、モスレギウスは弓弦を引きながら、

その矢の狙いをライオンレギウスに定める。

 

「くっ……!」

 

驚くべき魔法の聖具を目の当たりにして戸惑うライオンレギウスに、

黄金色の光の矢を放つモスレギウス。

動くこともできずに立ち尽くしているライオンレギウス目がけて、

矢の形をしたビームは凄まじい速さで飛んで来る。

 

「うわぁぁっ!!」

 

湖畔に巻き起こる大爆発。

空高く立ち昇る炎を見やって、モスレギウスは低く唸った。

 

「逃げられたようだな」

 

ライオンレギウスの姿はどこかに消えてしまっており、気配は全く感じられない。

標的を仕留め損ねたのを悟ったモスレギウスはミレーラを元の鳥型の形態に戻らせて空へ放すと、

やむなく抹殺を諦めて自分も雲の上へと飛び去って行った。


「危なかったわね」

 

江星高校の校舎の屋上にライオンレギウスを降ろしたイーグレットレギウスが、

未だ黒煙が上がっている琵琶湖のほとりを見下ろしつつそう言う。

変身を解除した二人は、同時にひと安心して深い溜息をついた。

 

「ありがとう霧崎さん。お陰で命拾いしたよ。

 やっぱり仲間がいると、孤独に一人で戦ってた頃よりずっと心強いな」

 

「別にあなたと手を組んで一緒に戦うつもりなんてないわ。勘違いしないで。

 この学校に以前から出没しているというあの蛾のレギウス、

 放っておけば私の両親の病院も襲いかねないと思って、ちょっと偵察に来ただけよ」

 

ゼルバベルの安土城占拠事件の際に俊一と知り合った霧崎麗香は、素っ気ない態度で慣れ合いを拒む。

まだ仲間や友人とまで呼べるほどには距離が縮まっていない二人だが、

それでも麗香が自分を助けてくれたのは確かな事実であり、

当面はぎこちなくてもいいから、せっかく芽生えかけたこの絆は大切にしたいと思う俊一であった。

 

「あいつが使った、あの鳥みたいなロボットが変形した弓は何なんだ……?

 あそこまで破壊力のある武器をゼルバベルが繰り出してきたのは初めてだよな」

 

「それは私にも分からないけれど、世界征服がここまで難航している以上、

 ゼルバベルも戦力を強化して次の手を打ってくるのは当然でしょうね。

 病院の建物さえ、あれを使えば一撃で吹き飛ばすことも不可能とは言えない。

 私たちは……いえ、私は、今よりもっと強くならなければいけないわ」

 

私たち、と言いかけた麗香が慌ててすぐに訂正したのを見てどこか嬉しげにはにかむ俊一に、

麗香は不機嫌そうな顔をして再びイーグレットレギウスに変身し、

無言のまま屋上から飛び立って空の彼方へ去ってしまう。

 

「もっと強くならなければ、か……。

 確かに、このままだとまずいことになりそうな気配だな……」

 

俊一としても決して呑気に笑っていられる余裕などはない。

これから激しさと厳しさを段違いに増すことになるであろう戦いに、

不安と戦慄を覚えた俊一は学校の屋上から安土の街を眺めつつ静かに拳を握るのであった。