ここは、千葉県内にある会員制の某ゴルフ場。
日本の黒幕・松平宗瑞は、秘書の月影一郎太と錦織佳代を連れて、さる米国政財界の要人とゴルフを楽しんでいた。いわゆる接待ゴルフというやつである。
「Mr. Matsudaira, thanks to you today, I was able to have a fulfilling and enjoyable play.」
(ミスター松平、今日は貴方のおかげで充実した楽しいプレイが出来ました。)
「I am looking forward to the day when I can play golf together again.」
(また一緒にゴルフをプレイできる日を楽しみにしています。)
要人と握手して別れ、ゴルフ場から出て帰りの車に乗り込もうとしたその時、事件は起きた!
「―!? ご隠居様ッッ、危ない!!」
「――!!」
林の茂みの奥から何かが反射して光ったのに気が付いた佳代が、咄嗟にスナイパーがスコープと銃口をこちらに向けていると察し、反射的に宗瑞を庇って車のドアの陰に隠れる。
その瞬間に一発の銃撃音が鳴り、宗瑞の車に弾痕が出来た。
「若ッ、ご隠居様をお願いします!」
すぐさま佳代は狙撃者を捕らえるべく林の中へと飛び込むが、すでに人の気配は消えていた。
「チッ、逃げられたか。なんて逃げ足の速い!」
「佳代、深追いはするな。それよりも今は先生を安全な場所までお連れするぞ!」
「はい!」
翌日、海防大学医学部付属病院。
政財界VIP御用達の専用個室に大事を取って入院していた宗瑞は、警視庁刑事部特命広域捜査課の桜川礼奈警部補から事情聴取を受けていた。
「では襲われる覚えは全くないと?」
「さっきから何度も言っているだろう。ない」
「当日お会いになっていた外国の方とは?」
「言っておくが刑事さん、Mr.ジョニールとは30年来の友人だ。
彼は信用できる人間だ。もし彼を疑うなら、それは筋違いというものだ」
「刑事さん、そろそろよろしいですか? 本日は先生ももうお疲れです」
「…わかりました。また来ます」
一郎太に退室を促され、渋々聴取を打ち切って病室から廊下へと出る礼奈。
「まったく、とんだ狸オヤジね。襲われる覚えは全くないなんてよく言えるわ!
今の地位に上り詰めるまで一人も敵がいなかった訳でもないでしょうに…!」
礼奈が同行している部下の男性巡査にブツブツと愚痴をぶつけていた時、
ふと通りがかった清掃員の男にぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい!」
「い、いえ…こちらこそ失礼しました!」
そのまま清掃員を見送った礼奈だったが、何かキョトンとした表情をして清掃員の背中を見ている。
「どうかされましたか? 桜川警部補」
「今の清掃員、顔は帽子を深くかぶっててよく見えなかったけど、どっかで会ったような気が…。ま、きっと気のせいね」
気を取り直した礼奈は、そのまま気にせずにさっさと病院を後にした。
一方、宗瑞の入院している病室へと入った清掃員は?というと…。
「光平君、いつから病院で清掃員のバイトなんか始めたのかな?」
「今廊下で礼奈さんとすれ違った時、正体がバレるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよww」
「そういえばあの女刑事さんは君の知り合いだったな」
清掃員の青年は牧村光平の変装だった。
「佳代ちゃんから話は聞きました。それでご隠居、お体の具合は?」
「なぁに、心配することなど何もない。
どこも怪我などしとらんのに、この一郎太が無理矢理に儂を病院へと押し込んでな」
ベッドの上でそう話す宗瑞の横で、一郎太がコホンッと咳ばらいをしながら無言で控えている。
「今回はわざわざ天凰輝シグフェルが動き出すほどのことでもないぞ。
…まあ、見舞いに来てくれたことには素直に感謝しよう」
「廊下で礼奈さんが話していましたよ。本当に狙われる心当たりはないんですか?」
「ある。それもあり過ぎるくらいにな」
つい先程まで光平が来たことでまるで実の孫が見舞いに来てくれたかのように喜びにこやかだった宗瑞の表情は、急に険しくなった。
「あの女刑事さんには嘘をついて申し訳ないことをしたが、儂を殺したい人間などこの世にゴマンといるだろう。だからかえって敵の正体が絞り込めん」
「そうですか…。わかりました。ところでご隠居」
「何かね?」
「もしご隠居が暗殺されるようなことにでもなれば、俺はどうなります?」
光平からの問いに、宗瑞は暫しの沈黙の後に答えた。
「今までのような自由気ままな学生生活は送れなくなるだろうな…」
その時、病室の出入り口で何やら押し問答をしている声が聞こえた。
「私を誰だと思っている!? 与党幹事長の摂津だぞ!」
「先生は今、どなたにもお会いにはなりません!」
一郎太が廊下へと出て応対に出るが、声の主は強引に病室の中へとズカズカと足を踏み入れて来た。
「やあやあご隠居!大丈夫ですか! この摂津寿太郎、大事と聞いて馳せ参じてきましたぞ!!」
「相変わらず騒がしいな摂津君、この通りどこも怪我なんぞしとらん」
「おおー、それは何より!! ご隠居にはまだまだこの世にいてもらわなければなりませんからなぁ!!」
この男は自憲党幹事長の摂津寿太郎。政権与党の重鎮である。
ふと、摂津は視線を清掃員姿の光平に向ける。
「何だお前は? 今私は松平先生と大事な話があるんだ! 掃除が終わったんなら早く出て行け!」
「では僕はこれで…」
「…ああ、すまんな。また来てくれ(汗」
摂津に半ば追い出されるような形で光平は素直に退室した。
「昨日の狙撃事件については、大事にしたくなかったのでマスコミには報道管制を頼んでおいたはずだが?」
「先生が狙撃されたことをどこでお知りになりました?」
「蛇の道は蛇。警察にもそれなりの情報網とコネはありましてね~。
この摂津の地獄耳を甘く見られては困りますなww」
「なるほど、君らしいな。それで、今日来た用件とは、解散総選挙の話かな?」
「ご隠居もご存じの通り、安土城占拠事件で指導力を発揮して見せた羽柴政権の支持率は今や鰻登り! 今こそ解散の打って出る絶好の機であると、この摂津も副総理の久保村さんも見ております。ところが肝心の羽柴総理の腰がどうにも重い!」
「それはそうだろう。解散の大義があいまいだからな。党利党略は、羽柴君の最も嫌うところだ」
「ですが政治とは清濁併せ吞むことも必要! ご隠居ならその辺のこともよくお判りでしょう。
ここは一つ、ご隠居の口から羽柴総理にも一言言ってやってはくれませんかねぇ?」
「まあ、そのうち考えておこう」
口やかましい摂津に早く帰ってもらいたかった宗瑞は、ひとまずは一応は承諾する返事をする。宗瑞から言質を取ったことで満足した摂津は、挨拶もそこそこにようやく病室から退室した。
東京目黒、摂津寿太郎邸。
「いかがでしたかな、昭和の妖怪と呼ばれた松平宗瑞の様子は?」
「あの狸ジジイ、相変わらずピンピンしていた」
摂津の帰りを待ち受けていたのは、あの吉野の老人配下の素浪人・風祭兵庫介であった。
実は摂津幹事長は吉野の老人と結託している一味なのだ。
「ああそういえば、ほんの一瞬だが牧村光平、天凰輝シグフェルにも会ったぞ」
「何っ!?」
シグフェルの名を聞いて兵庫介の目つきが変わる。まるで獲物の気配を察知した野獣の目の如くに。
「フフッ…やはり牧村光平のことは気になるようだな?」
「それで、摂津先生の目から見て、牧村光平はどう見えましたかな?」
「病院の清掃員の制服を着て変装はしていたがな。
あの場では気づかないふりをしていたが、この摂津の目は誤魔化せん。
ところで、宗瑞を狙撃したのは本当にお前たちの仕業ではないんだな?」
「無論の事だ。いずれは宗瑞も始末せねばならないのは確かだが、
今はまだ我々吉野には他になさねばならぬことが多くありますからな」
「…とすると、いったい誰が松平宗瑞を…?」
同日深夜、東京赤坂の某高級料亭の玄関。
「では女将、また来るからな」
「先生、またのお越しをお待ちしております」
酒を飲みご満悦の気分である久保村副総理は、料亭の玄関前に待たせておいた公用車の後部座席に側近の公設第一秘書と共に乗り込んだ。そして発進する久保村の車。
「おい、君、道が違うぞ!」
途中で異変に気付いた第一秘書が運転手に指摘するが、何と運転席に座っている運転手も、そして助手席に座っている第二秘書も全く見知らぬ別人だったのだ!
「せ、先生!この二人はいつもの運転手と秘書ではありません!」
「な、何だと!? どういうことだ!!」
助手席の男は後ろに振り返って、後部座席の久保村と第一秘書に銃口を向ける。
「騒ぐな。大人しくしていれば危害は加えない」
「き、君! これはいったい何のつもりだ!?」
「騒ぐなと言ったはずだぞ!!」
助手席の男は発砲して、第一秘書を射殺してしまった。
「ギャアアッ」という悲鳴と共に、急所から血を流して死んでしまう第一秘書。
「ひ、ひいっっっ!!!!!!」(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
突然目の前で起きた惨劇に、恐怖で震え上がる久保村。
「副総理さんよぉ、大人しくしていた方がアンタの身のためだぜ」( ̄ー ̄)ニヤリ
「わ、分かった。騒いだりはせん。だからどうか殺さないでくれ!!」
そのまま都会の闇の中を走り去る公用車。
久保村副総理、何者かの手により誘拐さる!!
盤石かに思われた羽柴内閣を震撼させる大事件は、こうして幕を開けた。