EPISODE3『もう一人の彼』

 

久峨コンツェルン本社ビルの10階にある、広いコンピューター室。

ライオンレギウス対ガーベラレギウスの戦いの映像は、

そこにある一台のコンピューターに送られていた。

 

「ガーベラレギウスに破壊活動をさせてエネルギー値を測定するつもりだったけど、

 まさかあのライオンレギウスが出て来てくれるなんてラッキーだったわ。

 実戦で人造レギウスがどこまでやれるか、絶好の試金石になる。

 これは契約に上乗せして特別ボーナスを要求してもいいくらいね」

 

そう言って楽しげにマウスを動かし、画面に表示される様々なグラフに視線を走らせながら、

内海ラクシュミー希理子はガーベラレギウスの戦闘データを素早い手つきでファイルに入力してゆく。

レギウスの魔力を測定して数値化するこのアプリケーションは、

成長著しいIT大国インドにルーツを持つ天才プログラマーの彼女が開発したものだ。

 

「魔力が急激にダウン……! そろそろタイムリミットかしらね。

 時間に個人差はあるけど、やっぱり飲料と一緒に摂取するやり方じゃ、

 レギウス因子は体内ですぐに分解されてしまうようだわ」

 

ゼルバベルや久峨コンツェルンに正式に所属はしておらず、

フリーランスの立場で必要に応じて雇われている希理子の今回の仕事は、

この魔力測定装置のプログラミングとそこから送られてくるデータの解析である。

ガーベラレギウスの体内に入った血清の効力は切れつつあり、計測される魔力は急低下している。

こうなると勝ち目はなさそうだが、ライオンレギウスの打倒というのは今回の彼女の契約に含まれている内容ではない。

自身の責任の範囲外のことにはひどく淡泊な態度で、希理子はとにかくひたすらにデータを取り続けた。

 

「そろそろ、ひと段落しそうだわ。

 集めたデータの整理に明日一杯もらえれば、それを提出して今回の契約は満了ね」

 

「ご苦労だった。今後の研究の進展のため、このデータは大いに役立つだろう。

 事前の想定以上に有意義な観測ができたということで、

 契約にはなかった追加報酬についても無論考えておく」

 

久峨建設株式会社の若社長・筑井敏弘。

ゼルバベルの最高幹部を務めるロブスターレギウスの正体である彼は、

希理子のドライでありながらも熱心かつ有能な仕事ぶりに大いに満足した様子で、

腕組みをしながらほくそ笑んだ。


「こんにちは~! お待たせ致しました。ほかほかエナックです!」

 

安土市内に店舗を構える弁当屋・ほかほかエナック。

アルバイトで働くジュマート富樫はスクーターを乗りこなし、

電話で注文を受けていたベトナム料理風スペアリブ弁当を郊外の一軒家に届けた。

 

「よし。急いで戻らなきゃ」

 

こだわりの味と独自のエキソジックなメニューが好評で、

なかなかに商売繁盛しているほかほかエナックの仕事は忙しい。

休む暇もなくスクーターを走らせ、店に戻ろうとしていたジュマートは、

運転中に突然、強い偏頭痛を覚えて苦しみ始めた。

 

「うっ……! 何なんだ……この痛みは」

 

事故を起こしてしまわないよう、すぐに路肩に避けてスクーターを停車させ、

被っていたヘルメットを脱いで頭を抱えるジュマート。

激しい目眩がして意識が朦朧となる。

やがて聴覚を介することなく、誰かの声が頭に直接響いてくるような感覚が彼を襲った。

 

――戦え。

 

――戦え。

 

――戦え。

 

「うぁぁっ! だ、誰だ! やめろ……俺は……!」

 

脳の中をかき混ぜられるような、奇怪で不快な心地がする。

頭に木霊する謎の声に必死に抵抗しようとするジュマートだったが、

そんな彼の自我を貪り食うかの如く、声は繰り返される度に大きく、そして強くなる。

 

――戦え!

 

「………」

 

急にもがくのをやめて動きを止め、スクーターに跨ったままゆっくりと顔を上げたジュマートは、

まるで人格が豹変したかのように冷たく鋭い目つきをしていた。

スロットルグリップを乱暴に回してエンジンを大きく吹かした彼は、

スクーターを勢いよく発進させ、交通量の多い国道を猛スピードで疾走した。

 

「変身ッ……!!」

 

生気のない低い声でジュマートが叫ぶと、

彼の体は光に包まれ、見る見る内に人ならざる異形のものへと変貌していった。


「ウァァァァッ!!」

 

「くっ、手強いな……!」

 

頭についたピンク色の花弁から稲妻のような破壊光線を乱射し、

ライオンレギウスを追い詰めるガーベラレギウス。

だが突然、ビームがエネルギー切れを起こしたかのように弱まって消え、

ガーベラレギウスは苦しみながら地面に倒れ込んだ。

 

「ううっ……!」

 

「この人は……!」

 

妹の獅場楓花と一緒に攫われ、血清のジュースを飲まされた女子大学生だ。

悶えながら人間の姿に戻ったガーベラレギウスを見て、

ライオンレギウスは攻撃を止め、その場に立ち尽くした。

 

「ブレイバーフォースが来たようだな。後は任せるとするか」

 

パトカーとも救急車とも消防車とも違う、独特のサイレン音がこちらに近づいてくる。

マンションの住人から通報を受けたブレイバーフォースが駆けつけてきたのだ。

ライオンレギウスは変身を解いて俊一の姿に戻り、

マンションの駐車場に停めてあった配達用のスクーターに跨って逃げるようにその場を去った。

 

「ブレイバーフォースです! 大丈夫ですか? しっかりして!」

 

車を降りたブレイバーフォースの寺林澄玲隊員が、

公園の滑り台の下に倒れていた女子大生を介抱して担ぎ、後部座席に乗せる。

ドアを閉めた澄玲が運転席に回ろうとしたその時、

背後から音もなく忍び寄ってきた何者かが彼女の首を絞めた。

 

「うっ……!」

 

「グォォォ~!!」

 

襲いかかってきたのはビートルレギウスであった。

凄まじい握力で澄玲の首を圧迫し、窒息させようとするビートルレギウス。

呼吸困難になりつつも、澄玲は敵の腹に肘打ちを見舞って拘束を脱すると、

素早く後ろへ飛び退いて拳を握り、全身に力を込めた。

 

「変身!!」

 

ドルフィンレギウスとなった澄玲は、得意の空手技でビートルレギウスを攻め立てる。

だが硬い甲羅を背負ったビートルレギウスの防御力は高く、

戦い方はパワー頼みで粗削りながら、腕力でもドルフィンレギウスを凌いでいた。

 

「あなたは何者!?」

 

「この国に破滅をもたらすために来た死神だ。

 歴史の闇に葬り去られた、我々の恨みを晴らすためにな!」

 

「恨み……? 歴史の闇……?」

 

ビートルレギウスが口にした言葉の意味が、ドルフィンレギウスには皆目分からなかった。

角からビームを撃って攻撃してくるビートルレギウス。

超高温の熱線は公園のブランコに命中し、硬い鉄製の鎖をたちまち蒸発させて切り落とした。

負けじとドルフィンレギウスも、必殺の光線技を敵に向けて放つ。

 

「トレンシャルレインアロー!!」

 

「グォォォッ!!」

 

水色に輝く無数の小型ビーム弾を、まるで豪雨の如く相手に浴びせるドルフィンレギウス。

機関銃で撃たれたかのようにダメージを負ったビートルレギウスは、

背中の甲羅に収納していた羽を開いて飛び立ち上空へ逃げたが、

間もなくフラフラとよろめいて失速し、マンションの建物の向こうに墜落した。

 

「こちら寺林。ゼムノヴィッチ博士にレギウス化させられたと見られる女性を確保しました。

 体力を消耗して意識を失っていますが命に別状無し。

 襲ってきた謎のレギウス1体とも交戦。撃滅には至らず逃げられました。

 市民の安全確保のため、至急、付近のパトロールをお願いします!」

 

変身を解除し、ブレイバーフォースの基地と連絡を取った澄玲は、

まずは保護した女子大生を急いで病院へ搬送するため車を走らせたのであった。


「すみません。遅くなりました」

 

ガーベラレギウスと戦っていたため、配達からの帰りが遅れてしまった俊一。

怒られるかと思って恐縮しながら頭を下げたが、

店長のヨス・ラムダニは気にする様子もなく闊達に笑った。

 

「バイクの免許、この仕事のために取ったばかりなんだろ?

 最初はただ運転するだけでも苦労の連続だからな。

 多少遅くてもいいから、とにかく安全運転だけは常に徹底するようにしてくれ。

 交通事故なんて起こしちまった日には、もう店ごと引っ繰り返るくらいの一大事だからな」

 

「分かりました。……あれ? ジュマートはまだ帰ってないんですか?」

 

出前に行ったまま戻って来ていないジュマートを気にかけて俊一が訊ねると、

ヨスは困ったように頭をかきながら言った。

 

「あのさ、獅場。悪いんだが、調理や配達は他の奴らに任せていいから、

 ちょっとジュマートを探しに行ってやってくれないか。

 八丁目の山崎さんのお宅に弁当を届けに行ったから、多分その辺りにいるはずだ」

 

「八丁目というと、さっき俺が行ってきたあのマンションの近くですね。

 でもどうして? ……まさか、あいつの身に何かあったかも知れないんですか!?」

 

俊一に問われたヨスは、急に顔色を曇らせてうつむいた。

 

「あいつな。実は急に体調が悪くなることがあるんだ。

 発作っていうのかな。仕事中にも、時々そういうことが起きるんだよ」

 

「そうなんですか……。それはまずいな。すぐ行って来ます!」

 

サッカー部でハードな練習をこなしている時にも、

ジュマートがそうした症状を見せたことは今まで一度もなかった。

仲のいい後輩がそんな病気を抱えていたとは全く知らなかった俊一だが、

そういうことであれば非常に心配である。

俊一は急いで店を飛び出し、スクーターを走らせてジュマートを探しに向かった。


東京・海防大学竹芝キャンパス。

 

「ベルシブの恵まれない子供たちに、寄付をお願いしま~す!」

 

「内戦で破壊されてしまった小学校を建て直すために、ご協力お願いしま~す!」

 

陽も沈み始めた時刻。大学での講義とグリーンスマッシュでのサークル活動を終えた牧村光平は、

学内の廊下に設置された自動販売機に500円硬貨を入れて缶コーヒーを2本買うと、

ボランティア部の学生たちが玄関前で行なっていた募金活動に目を留め、

出てきた釣り銭を無言で募金箱の中に入れてから校舎の外に出た。

 

「光平! こっちこっち」

 

「佳代ちゃん。話って?」

 

部室やカフェテリアなどでは話しにくい報告があると錦織佳代に言われて、

光平は恋人の沢渡優香を部室で待たせ、グラウンドの隅に置かれたベンチの前にやって来たのだ。

買ったばかりの温かい缶コーヒーを佳代に一つ手渡してベンチに腰掛ける光平。

グラウンドでは野球部員たちがバッティングの練習に励んでおり、

ボールを打つ甲高い音が繰り返し響いている。

大きな掛け声を出しながら懸命に練習に汗を流している彼らの耳には、ここでの話し声は届かないだろう。

 

「ベルシブの工作員……?」

 

「そう。後をつけて軽く一戦交えてみたんだけど、

 かなりの強敵だったから光平も気をつけて。

 あれは多分、ザヴァックっていうベルシブ軍の特殊部隊で、

 あのFBIやモサドさえ手を焼いてるアジア最強の諜報工作機関だよ」

 

ウィルヘルミナ・デ・フリースと交戦したことについて光平に伝え、佳代は警戒を促した。

ベルシブの独裁政権が子飼いにしている精鋭のエージェント軍団・ザヴァック。

各国に潜入して密かに情報収集や破壊工作を行なっているという彼らについては、

光平もその名前くらいは耳にしたことがある。

 

「そう言えば、この前のイギリス人のジャーナリストの不審死も、

 ザヴァックの仕業じゃないかって柊成が言ってたな。

 何でも、ベルシブで起きてる民族虐殺の証拠を掴んで大々的に報道しようとしたとかでさ。

 でもそんな奴らが、どうして日本に?」

 

「それは分からない。でも国会議員を陰で操ってたりして、

 何か日本にとって悪いことを企んでるのは間違いなさそうだよ。

 光平も松平のご隠居様と付き合いが深いんだし、狙われないとも限らない」

 

「別に、俺は日本政府や自憲党政権なんかのために戦ってるわけじゃないけどな。

 政府や政治家のお抱えの兵隊みたいに思われて潰しに来られるのは心外だよ。

 で、そいつらとゼルバベルとの関係は?」

 

「それも何とも言えないね。

 ザヴァックはあくまでもベルシブの国益のために活動しているスパイ組織だから、

 世界征服を企むゼルバベルと利害が一致するとは思えないけど。

 ゼルバベルが全世界を支配する自分たちの帝国の他に、

 ベルシブっていう国家を残すつもりがあるかっていうとかなり疑問だし」

 

「もし敵同士だとしたら、状況はかなり複雑になりそうだな。

 安土にいるライオンレギウスも、そのザヴァックって奴らにそのうち狙われるのかな……」

 

何の気なしにスマートフォンを取り出し、ネットニュースを流し読みしてみる光平。

安土城占拠事件の際に血清を飲まされた人々がレギウス化して暴れ出すという事件が各地で続発し、

ここ数週間というもの世の中は大混乱である。

熊本で逃走中だった疑似レギウスが血清の効果が切れて元の人間に戻ったとか、

静岡で動物園の飼育員が疑似レギウス化して虎を殴り殺したという昨日のニュースと共に、

ブレイバーフォースが安土で行方を追っていた女子大生レギウスの確保成功の速報が流れている。

現場では、真紅の装甲を纏ったあのライオンレギウスの目撃情報もあるという。

 

「ライオンレギウスか……。一体どんな奴なんだろうな」

 

「案外、光平みたいに普通の学生とかだったりしてね。

 ひょっとしたら、アタシたちより年下なんてこともあったりするかも」

 

「そうだな……。俺もシグフェルの力に目覚めたのは、高校生の時だったし」

 

缶コーヒーを飲み干した光平は、夕焼け空を眺めながら昔のことを思い出していた。

戸惑い、傷つき、悩み苦しみながら必死に戦っていた、

まだ駆け出しの新米戦士だった頃がやはり彼にもあったのである。

ライオンレギウスも自分と同じように、そうした苦難を乗り越えて強くなってゆけるだろうか。

そうであってほしいと光平は願った。


真新しいマンションが建ち並ぶ、閑静な安土の新興住宅街。

夕陽を浴びて真っ赤に染まった川の浅瀬に、ジュマートはうつ伏せに倒れていた。

意識を取り戻し、彼は何とか顔だけを水面から上げる。

 

「お……俺……何をしていたんだ……?」

 

店長特製のスペアリブ弁当を八丁目の山崎家に届け、

スクーターに乗って店に帰ろうとしていた途中で急に具合が悪くなった。

そこまでは確かに覚えているのだが、その後どうしたかの記憶が全くない。

スクーターはどこに置いてきてしまったのだろうか。

そしてなぜ、自分はこんな見知らぬ川の中で溺れそうになっているのだろう?

 

「お~い! ジュマート! どこにいるんだ!?」

 

「せ、先輩……っ」

 

遠くから、自分を呼ぶ俊一の声が聞こえる。

返事をしようとしたジュマートだったが、声が掠れて言葉が出なかった。

 

「ジュマート! おい、どうしたんだよ。大丈夫か!?」

 

水面に浮いて倒れているジュマートを見つけた俊一が慌てて駆け寄ってきて川に入り、

肩を貸して立ち上がらせ何とか川岸へと連れて行った。

どうしたのかと訊かれても、ジュマートには何も説明できない。

ただ体力が激しく消耗しており、動悸と目眩と全身の痛みがいつまで経っても収まらなかった。

 

「先輩……すみません……俺……」

 

「ジュマート……」

 

ジュマートは泣いていた。

押し潰されそうになるほどの不安と恐怖が際限なく込み上げてくる。

だが、自分が一体何に怯えているのかさえ、彼には分からなかった。

 

「ブレイバーフォース隊員の暗殺は失敗か~。

 そりゃ確かに、女とはいえそんなに甘い相手なわけはないよね。

 ま、しょうがないや。あの子はまだまだ強くなれる。

 この国を木端微塵に破壊して私たちの復讐を果たす、そのためにね。

 ……そうだよね? パパ♪」

 

眼鏡のレンズに眩しい夕陽を反射させて輝かせながら、

むせび泣くジュマートの姿を遠くから眺めて楽しげに微笑むウィルヘルミナ。

果たして、彼女は何を企んでいるのであろうか……!?