作:bakubond様
安土駅周辺の商店街の中にある一軒の雑居ビルに一人の中年女性が入っていった。女性は不安げな表情をしながら大事に封筒を抱えていた。女性は階段で二階に上がり、その一つの部屋をノックした。
「どうぞ」
野太い男の声が返ってきた。男の声に応えて女性はドアを開けた。女性が部屋に入ると、そこには3体のレギウスがそれぞれの事務机に座っていた。一人は豚の姿を、もう一人はガチョウの姿を、そして最後の一人は海亀の姿をしていた。
「あの…、お金を持ってきました・・」
女性が言うと、ピッグレギウスが席を立って女性に近付いた。女性が封筒を差し出すと、ピッグレギウスは封筒を受け取り、中身を確かめた。
「確かに30万受け取ったよ。こっちも大した怪我じゃないからなもう気にしないでいいよ」
ピッグレギウスがそう言うと、女性は頭を下げてそそくさと部屋を出ていった。女性の足音が遠ざかり、聞こえなくなった頃を見計らいピッグレギウスは言った。
「おい、そろそろ元に戻ってもいいぞ」
そう言うとピッグレギウスは頭の薄い肥満気味の中年男にガチョウ姿のグースレギウスは対照的に痩せ型の中年女に、海亀姿のタートルレギウスは茶髪の高校生の姿にそれぞれ戻っていった。
「さて、山分けと行こうか」
ピッグレギウスこと富田剛治はそう言いながら封筒の中身を取り出し、札の数を数えた。
「まず10万」
剛治は10万円分の札をグースレギウスこと鳥沢タキに渡した。
「剛ちゃん、30万なんて交通事故の軽い怪我にしちゃちょっと吹っ掛け過ぎなんじゃない?」
「レギウス代としてそのくらい上乗せしても悪くはないと思うぜ。タキ、お前だって結構特別料金をふんだくってるじゃねえか」
「まあね。今のご時世レギウスのことを持ち出せばみんなビビッてホイホイお金を出してくれるもの。ボロいったりゃありゃしないわ」
「レギウスってことをうまく利用すれば結構な稼ぎになるのは確かだからな。おい、カメ、お前の取り分だ。特にお前はガキだから使い方には気をつけろよ」
「チェっ、またガキ扱いかよ」
タートルレギウスこと亀田雄平は子供扱いに不満を漏らしながらも剛治から分け前の10万を受け取り、枚数を数えた。
「10万確かに受け取ったぜ、オッサン。俺だってサツやブレイバーフォースに目え付けられるような金の使い方をしねえぐらいの分別はあるつもりだぜ。じゃあ、カモを見つけたらまた呼んでくれや」
雄平は席を立ち、部屋を出ていった。
近江八幡市との境界にほど近いところに校舎を置く滋賀県立安土天徳高校は滋賀県内では有数の教育困難校として知られ、大半の生徒が制服を着崩している登校風景や所々が壊れ落書きが目立つ校舎がそれを物語っていた。
この高校の二年生である雄平は信じられない姿を目にした。それは、校内でも有数のヤンキーとして鳴らしていた田畑和也が頭に包帯を巻き、右腕を三角巾で釣っていたという物だった。登校中の周囲の生徒もまた、驚きの表情で彼を見ていた。
「知ってるか?田畑の奴ボコられたんだってよ」
「誰にやられたんだ?」
「江星の黒津らしいぜ」
「そりゃあまたとんでもねえ奴にやられたもんだな」
雄平が2年3組の教室に入ると、和也が安土江星高校の黒津耕司に叩きのめされたという話題で持ちきりになっていた。
「よう、カメ」
「おう」
クラスメートの呼びかけに答えた後雄平は自分の席に座った。
「今朝田畑を見たけど、すげえやられ方だったな」
「何だって黒津なんかとやり合ったんだ?」
「さあなあ」
その時始業のチャイムが鳴ったが、誰一人として授業を受ける準備が出来ている者はいなかった。やがて教師が教室に入ってきた。
「ひでえやられ方をしたもんだなあ、カズ」
「ちょっとかわいい女がいたんでお近づきになろうとしたら黒津の奴が邪魔してきやがってよ。おかげでこの有様だ」
「アンタは女見ると見境がなくなるからねえ。ま、今度のことはいいクスリだったんじゃないの?」
その日の昼休み、雄平は校舎の片隅での和也とその仲間のやり取りを通りながら聞いていた。
(黒津か、田畑をぶちのめしたアイツを倒せば俺も天徳の顔になれるってことだな)
雄平の心に小さな野心が芽生えた。自分はレギウスだからかなり分があるはずだ。そんなことを考えていると和也たちと目が合いそうになったので雄平は早々と和也たちから離れていった。
数日後、雄平は耕司と接触するための糸口を探るべく、安土江星高校へと向かった。汚れの目立たぬ校舎、極端な着崩しや奇抜なスタイルの見られない私服姿の生徒達。雄平は感心しながら呟いた。
「俺んとことはえらい違いだなあ」
その時一組の男女が雄平の前を校門へ向かって通り過ぎていった。その男女の会話で耕司の名前が出てきたのを雄平は聞き逃さなかった。
(アイツら黒津と付き合いがあるのか。ってことは…)
雄平はすかさずスマホを取り出し女の姿を収めようとした。
「俊一、あれ」
稲垣千秋は写真を撮っている雄平の姿を見つけ、ボーイフレンドの獅場俊一に指し示した。俊一はスマホで撮影している雄平の姿を認め、近付こうとした。それに気づいた雄平はスマホをしまって逃げ出した。
「おい、待て」
俊一は逃げる雄平を追いかけたが、車の往来に阻まれたのと始業のチャイムが鳴ったことで追跡を断念、千秋と一緒に校内へと入っていった。
「やべえ、やべえ」
雄平は近くの公園まで逃げ切った後、スマホの写真のチェックを入れた。幸い千秋の顔を収めることには成功していた。
「なかなかいい子じゃねえか、こんな彼女がいるなんて羨ましいぜ、黒津の野郎」
雄平は千秋の写真を見ながらほくそ笑んだ後ある場所に連絡を入れた。
乱雑な部屋の中に布団を敷いて寝ていた剛治はスマホの着信音で目を覚まし、不愉快そうにスマホを取った。
「誰でえ」
「俺だよ、カメだよ」
「何だお前か、今日は一日寝てるつもりだったのに一体何の用だってんだ」
「悪かったなオッサン、今から写真送るからそいつを俺んとこへ連れて来てほしいんだ」
「俺に誘拐をしろっていうのかよ」
剛治はあきれた口調で言った。
「まあそんなとこだ」
雄平は悪びれずに答えた。やがて剛治のスマホにメールが送られ剛治がそれを開くと一人の少女の写真が添えられていた。
「えらく可愛い子じゃねえか。この子をどうしようってんだ」
「ちょいと一仕事してもらうだけさ」
「こっちも突っ込む気はねえが、手がかりぐれえは教えてもらいてえもんだ」
「安土江星高校を張ってりゃ引っかかってくらあ、じゃあ頼むぜ」
雄平からの通話が切れた。
「あのガキ、面倒なことを押し付けて来たもんだぜ」
そうぼやきながら剛治はタキに電話を入れた。
放課後を迎え、安土江星高校の門から生徒が続々と出てきた。剛治とタキははその様子を中古の乗用車から眺めていた。
「ねえ、剛ちゃん、あの子じゃない?」
タキはスマホの画像と見比べながら言った。剛治はその言葉に促されて校門から出てくる千秋の姿を確認した。
「間違いねえ、行くぞ」
その時だった。運転席の窓をノックする音が聞こえた。
「誰だ」
剛治が見るとそこには一人の女性警官が立っていた。
「ここは駐車禁止ですよ。免許証をお願いします」
剛治はスライドドアを開けて免許証を女性警官に差し出した。それから10分ほど反則処理に時間を取られる形となり、手続きが終わる頃には千秋の姿は完全に見えなくなっていた。
「何を律儀にお巡りのいうことを聞いてんのよ。おかげで見逃しちゃったじゃないの」
タキはあきれた様子で言った。
「馬鹿野郎、こんなとこでサツと悶着起こすわけにはいかねえだろうが」
剛治はそう言いながら安土駅へと車を走らせていた。
「剛ちゃん、あれ」
タキが指さした方向を見ると駅に向かって歩いている千秋の後姿があった。剛治もそれを認めると車を千秋へと近づけた。自分の近くに車が止まったことに嫌な予感を感じた千秋は離れようとしたが、車から降りてきた剛治とタキに前後を挟まれてしまった。
「何よアンタたち‼」
「アンタに会いたいって子がいるんだよ。大人しくついて来てくれる」
タキの言葉に千秋はかみついた。
「そう言って大人しくついてくると思ってんの⁉」
そう言いながら千秋は俊一を呼ぶべくスマホを取り出そうとしたが、それよりも早く二人に取り押さえられてしまい、そのまま車に乗せられてしまった。
「遅えな、オッサンたち」
雄平は天徳神社の境内で剛治たちを待ち合わせていた。約束の時間からは5分を経過していた。その時だった。一台の中古の乗用車が到着した。
「カメちゃん、この子かい」
剛治とタキが千秋を連れ立って下りてきた。千秋はガムテープを口に貼られ、後ろ手に縛られながら激しく抵抗していた。
「おう、どっか適当な所へそいつを縛り付けといてくれるか」
「あいよ」
そう言うと、タキは木の一本に千秋を押さえつけ、剛治が用意したロープで千秋を縛り付けていった。
「オッサンたちはもう帰っていいぜ。ありがとよ」
「ああ、こいつを渡しとくぜ」
剛治はそう言って千秋から取り上げたスマホを雄平に渡した後車に乗って走り去っていった。雄平は剛治たちを見送った後、下卑た笑みを浮かべながら千秋に目をやった。
(コイツ、もしかして・・・)
千秋は思い出した。間違いない。今朝自分を盗撮していた奴だ。千秋は顔を左右に振りながら雄平から視線をそらしたが、雄平はそんなことはお構いなしに千秋に近付き、千秋のガムテープをはがした後、しげしげと千秋の顔を眺めた。
イラスト:kazuHanabi様
「どうやら今朝のことは覚えていてくれたようだな」
雄平は下卑た笑みを崩さずに言った。
「今朝の盗撮と言い、今と言い、一体アンタ私に何の用なの⁉」
千秋はガムテープを張られていた間にたまったものを吐き出すように雄平に言葉を浴びせた。
「お前は黒津をおびき出すための餌だ。さて、黒津を呼ぶとするか」
雄平は黒津を呼び出すべく電話帳を開いたが、その中に見つけた別の名前に興味を持ち千秋に尋ねた。
「獅場俊一か。お前黒津と二股かけてんのか? 可愛い顔してやるもんだねえ」
千秋は顔を赤らめて言った。
「盗撮野郎に言われる筋合いはないわよ‼」
「何だと」
雄平は千秋に殴りかかった。その時、千秋は自由な状態の右足で雄平の股間に膝蹴りを加えた。雄平は苦痛に耐えきれずその場にうずくまった。
「いってええーっ。てめえ何しやがる‼」
千秋は笑いながら言った。
「そんなんでヒイヒイ言ってるようじゃアンタなんか耕司くんの敵じゃないわね。俊一にまで手を出したらアンタ生きてないわよ‼」
「何だと、いたたっ‼」
雄平は立ち上がろうとしたが、苦痛のためにまたかがみこんでしまった。
琵琶湖の湖畔をヴォルフガンダーで疾走していた耕司はスマホの着信音を聞き取って駐車スペースを見つけてヴォルフガンダーを止めた。着信は千秋からのものだった。
「おう、千秋か。どうした元気か?」
耕司の呼びかけの答えは見知らぬ男からのものだった。
「お前が江星の黒津か?」
「誰だ⁉ てめえは」
「俺か?俺は天徳の亀田だ。お前の彼女はこの俺が預かってる。返してほしけりゃ天徳神社まで来い。誰かにチクったらどうなるか分かってるだろうな」
「お前こそ千秋に傷一つでもつけてみろ。タダじゃ済まさんぞ」
この時着信は既に切れていた。耕司は再びヴォルフガンダーを走らせ、天徳神社に向かった。
天徳神社の境内にたどり着き、ヴォルフガンダーから降りた耕司は茶髪にワイシャツ姿の少年を見つけた。そしてその背後には千秋が木に縛り付けられていた。
「耕司くん‼」
千秋は耕司に声をかけた。
「待ってたぜ、黒津。何一つ傷はつけてないから安心しな」
自分よりもはるかに貧弱に見える雄平を見て耕司は言った。
「よくそんなんで俺を倒そうという気になったな」
耕司の言葉に雄平は笑って答えた。
「俺には奥の手があるからな」
そう言うと、雄平はタートルレギウスの姿へと変身した。
「なるほど。レギウスになればマウントを取れると思ったわけだ。考えが浅いなお前は。まあ、天徳じゃそんなもんか」
「どういう意味だ」
余裕すら見せている耕司にタートルレギウスは尋ねた。
「悪いな。実は俺もレギウスなんだ」
そう言うと、耕司は直ちにウルフレギウスへと変身した。
(ま、まさかコイツもレギウスだったのか‼)
「さあ、来な」
こうなってはもう引っ込みがつかない。恐怖を感じつつもタートルレギウスはウルフレギウスに飛びかかっていった。
ウルフレギウスはタートルレギウスの突進を余裕でかわし、背後からキックを浴びせた。タートルレギウスは立ち上がってウルフレギウスに殴りかかったが、これもかわされ逆にウルフレギウスのパンチを腹に受けてしまった。それからはタートルレギウスはウルフレギウスに一方的に攻められ続けた。進退窮まったタートルレギウスは背中を向けてうずくまるような姿勢を取った。
「何の真似だ?」
ウルフレギウスは怪訝に思いタートルレギウスに近付いた。その時だった。ウルフレギウスを背中の甲羅で押しつぶすべくタートルレギウスが立ち上がった。しかし、ウルフレギウスは難なくこれをかわし、タートルレギウスの顔面にキックを浴びせた。タートルレギウスはそのまま後ろへと倒れ込み、そのまま甲羅の重さで動けなくなってしまった。タートルレギウスは起き上がろうとしたが、体力だけを消耗してやがて動けなくなり、雄平の姿に戻った。
ウルフレギウスはそれを尻目に鋭い爪で千秋を縛り付けているロープを切った後で耕司の姿に戻った。
「千秋‼」
俊一が配達用のバイクから降りて来た。アルバイトの配達帰りだった俊一は耕司同様に雄平に呼び出されてこの天徳神社に来たのであった。
「遅かったな、千秋の彼氏さん。お前の出番はなくなったぜ」
耕司は気絶している雄平を一瞥した。
「千秋をさらったのはこいつか?」
「いや、実際にさらったのはコイツの仲間らしいが」
「そうなのか?」
俊一の問いに千秋は頷いた。
「何でそんなことを?」
「あの界隈じゃ俺を倒して名を上げようという有象無象がゴロゴロいるからな。おおかたコイツもその口だろう。流石にレギウスというのは初めてだがな」
「どうする、黒津」
「ほっとけ。どうせ大したことは出来ん奴だ。俺は行くぜ」
「だったら千秋も頼む。俺のバイクじゃ乗せられんからな」
「分かった」
三人はいまだに目覚めない雄平を置いて天徳神社を後にした。
日が暮れようとしていた。長い失神状態から目覚めた雄平は辺りを見回したがもうほとんど人影はなかった。そこへ一台の乗用車が止まり、剛治とタキが降りてきた。
「おう、カメ、どうだった」
雄平は笑いながら言った。
「黒津の野郎、いくら殴っても食いついてくるもんだから音を上げて捨て台詞を履いて言っちまったよ。ハハハ」
「そいつはよかったな」
「さあ、もうじき開店の時間だよ。しっかり稼がないとね」
雄平を乗せて乗用車は天徳神社の境内を離れていった。