EPISODE2『水面下の鼓動』

 

日本の南、フィリピンとグアムの中間に位置するベルシブ共和国は、

温暖で自然豊かな東南アジアの島国である。

かつてはオランダの植民地で、太平洋戦争では日本軍がオランダを追い出して占領したため、

日本の敗戦までのごく短期間ながら日本領だった時代もあった。

終戦と同時に独立を果たしたものの政情は安定せず、

現在では軍事クーデターで樹立された独裁政権が国を支配し、

周辺諸国と対立を深めながら、自由と民主化を求める反政府ゲリラとの内戦を散発的に続けている。

 

東京・国会議事堂。

この日も開かれた衆議院の本会議ではこのベルシブ問題への対応が議題に上がり、

野党の民主革新党(民革党)を率いる榎下淳吾党首が、

与党である自由憲政党(自憲党)の羽柴藤晴総理大臣に向かって得意の舌鋒を振るっていた。

 

「ベルシブ共和国の情勢は今なお不安定で、

 独裁政権の弾圧を逃れるために母国を離れざるを得なくなった大量の難民が発生しています。

 我が国は以前から、難民の受け入れに関しては厳しい制限を設けており、

 窮境にあるベルシブの人々を保護するのに積極的な姿勢を見せているとは言えません。

 ここは人道的な見地から難民受け入れの基準を緩和すると共に、

 既に日本にいる難民への支援金の引き上げなど待遇をより改善し、

 ベルシブの人々を救うために我が国が率先して役割を果たすべきです!」

 

リベラリズムを掲げる左派・民革党のこの主張は、近頃特に攻勢を強めつつあった。

というのも、自憲党と同じ右派でこれまで与党と歩調を合わせていた、

もう一つの野党である大和政友会が、一転して民革党の意見に賛成し始めたからである。

大和政友会の党首を務める高畑且元は、榎下に同調するようにマイクの前で語気を強めた。

 

「今はグローバル化の時代です。

 国境にこだわることなく、困っている人々に手を差し伸べるのが人間として当然であり、

 この21世紀の世界の潮流でもあるのではないでしょうか。

 それを拒んで外国人排斥を唱えているようでは、

 日本は遅れた国だと国際社会から笑われ批難されることでしょう!」

 

また、更にもう一つの野党である左派の社会共栄党(社共党)からも、

羽柴内閣の対ベルシブ政策について痛烈な批判が飛んだ。

 

「現在、ベルシブにPKO(国連平和維持活動)の一環として派遣されている自衛隊については、

 直ちに撤退させるべきではないでしょうか?

 そもそも自衛隊の海外派兵には我が党は以前から強く反対してきましたし、

 他国の軍隊を国内に入れることにはベルシブ政府も難色を示しています。

 武力を伴う援助などでは真の平和と信頼関係は築き得ないのではありませんか? 総理!」

 

自衛隊をベルシブから撤兵した上で、難民をもっと好待遇で数多く受け入れるべきだ。

そんな野党三党からの意見に、羽柴総理は確固とした意志を示す力強い口ぶりで毅然と反論した。

 

「命の危機に晒されている難民たちを保護するのは、我が国が負うべき人道上の責務です。

 しかしながら、ベルシブで起こっている問題を根本から解決しようとせず、

 それによって生まれる難民をただ無制限に受け入れていくばかりでは切りがありません。

 自衛隊のベルシブ派兵は、内戦によって荒廃した現地の復興支援と、

 いつまた破られるかも知れない停戦の監視を主任務としたものであり、

 ベルシブの平和と安定のために大きな役割を果たすものと認識しております。

 難民の受け入れ態勢の拡充よりも、まずは難民が出ない世界を作ること、

 そして難民となってしまった人々が一日も早く母国へ帰れるようにすることこそが真の国際貢献ではないでしょうか。

 私としましては、従来より一貫してきたこの方針を変更するつもりはございません!」

 

羽柴総理としては決して不寛容な排他主義の精神からベルシブ人を拒んでいるのではなく、

難民や移民をどんどん流入させる極端なグローバリズムは混乱を招きかねず、

それよりも互いの国の国民が安心して母国に住める環境を整える方が双方のためだという、

右派・保守派の政治家としての固い信念があっての方針である。

無論、ベルシブ難民の中には命さえ危険なほど追い詰められて助けを求めている者も多いため、

そうした人々まで無慈悲に追い返すのではなく然るべき保護をした上での話なのは言うまでもない。

結局、野党からの批判を浴びても動じることなく、羽柴総理は考え方を変えなかった。


「いや~、国会中継をちょっとだけ見たけど、

 噂の羽柴総理ってのはなかなか芯が強そうな政治家だね。

 長年の盟友だったミスター高畑を寝返らせても、ブレる様子が全然ないじゃん」

 

「力不足で申し訳ございません。デ・フリース隊長殿……」

 

夕刻、国会への出席を終えた大和政友会の高畑は、

薄暗く人気のない河川敷の橋の下で密かに若い外国人女性と会っていた。

彼が力なくうなだれるように頭を下げた白人の少女は、ウィルヘルミナ・デ・フリースである。

 

「ま、大和政友会の8議席がごっそり反対票に回っただけでも、

 今の政権にダメージを与えるには十分すぎるくらいだからOKだよ。

 今後もこの調子で続けてくれれば、悪いようにはしないからさ」

 

「承知致しました……」

 

日蘭ハーフの美女を抱いて有頂天になっていた高畑だったが、

実はその女性は日系とオランダ系の血を引くベルシブ人で、

しかもウィルヘルミナが送り込んだハニートラップ要員であった。

まんまと弱みを握られた高畑は言われるままに政治方針を転換し、

ベルシブの手駒として、自分が率いる党を挙げて羽柴内閣の対ベルシブ政策に反対するようにさせられてしまったのである。

 

「……と、まあそういう話なんだけど、分かった? そこの鼠さん」

 

背後の草むらに向かってウィルヘルミナが言うと、

そこに隠れていた忍者装束を着たくノ一が静かに立ち上がって姿を見せた。

伊賀忍者の錦織佳代である。

 

「いつ気づいてもらえるかずっと待ってたんだけど、やっと声をかけてくれたね。

 ベルシブのエージェントさん。

 大和政友会が急にベルシブの独裁者に都合のいいことばかり言うようになったのは、

 やっぱりあんたたちが陰で糸を引いてたからだったんだ」

 

「気配を全然消せてなくて、日本のニンジャって案外大したことないのかと思ってたけど、

 何だ、わざとだったのか~。そりゃそうだよね」

 

大和政友会の突然の豹変の裏には何かがあると睨んだ松平宗瑞は、

佳代にその真相を探るよう命じていたのだ。

だがウィルヘルミナに言わせれば、これは自分たちの工作にとってはあくまで氷山の一角。

日本の政界にも経済界にもベルシブの手は既に何本も伸びており、

この高畑の一件を無理に隠し通そうとする努力は大した意味がなかった。

 

「本物のニンジャなんて初めてで、興奮しちゃうね。

 日本の時代劇は好きでよく見るんだけど」

 

高畑を邪魔だと追い払うかのようにその場から逃がしたウィルヘルミナは、

好戦的な笑みを浮かべて佳代と対峙する。

 

「ああいう番組で出てくる忍法とかは、どうせドラマの脚色だろうと思ってない?

 実物もあのくらいは普通にやる。むしろもっと凄いんだよ」

 

「へえ~。じゃ、やって見せてよ。

 こっちもお返しに、エキサイティングなもの見せてあげるからさ。――装着!!」

 

ウィルヘルミナが左の手首に巻いた虹色のリストバンドを指先で叩くと、

そこから勢いよく出現した赤いプロテクターが一瞬の内に彼女の全身を包んだ。

 

画像:ジュエルセイバーFREE

http://www.jewel-s.jp/

 

「ウィルヘルミナ・デ・フリース・バトルモード! なんちゃってね」

 

「これは確かに凄いね。ハッタリじゃなかったんだ」

 

佳代は胸元から手裏剣を取り出して投げつけるが、

ウィルヘルミナはそれを特殊金属製の硬い装甲で易々と弾き返した。

すかさず忍刀を抜き、ウィルヘルミナに斬りかかる佳代。

 

「くっ……!」

 

「生身じゃ勝ち目ないと思うけどな。いくら日本が誇るニンジャでもさ」

 

ウィルヘルミナが纏った装甲は単に防御力を高めるプロテクターだけでなく、

馬力やスピードを飛躍的に上昇させるパワードスーツの役割も果たす。

佳代が振り下ろした刀を片手で受け止めたウィルヘルミナは、

人間離れした怪力でそれを押し返し、佳代の体を後ろへ弾き飛ばした。

 

「忍者って、力任せに真正面からやり合うのが本業じゃないんでね。

 パワー負けはしょうがないかな」

 

勝気に軽口を叩きながら、佳代は倒れた体勢のまま煙幕玉を投げて破裂させる。

発生した黒煙が彼女のいた場所を覆って視界を塞いだが、

ウィルヘルミナは目につけていたゴーグルのサーチ機能を素早く起動させ、

煙の中で動いている生体反応を探した。

 

「ベルシブのスーパーテクノロジーの前には、そんな古典的な攪乱戦法は無意味だよ。

 見~つけっ!」

 

パワードスーツの胸に光るビームバックルから、超高熱のレーザー光線が発射される。

レーザーは標的を正確に捉え、煙幕の中で炸裂して爆発させた。だが……

 

「……人形!?」

 

爆風で煙が吹き飛び、ゴーグルのサーチ画面をオフにしたウィルヘルミナの肉眼に映ったのは、

灼熱のビームを浴びて炎上している藁人形。

藁は中に熱が籠もりやすいため、それをセンサーが人間の体熱と誤認したのだ。

 

「隙ありっ!」

 

「しまった!」

 

背後に回っていた佳代がジャンプし、ウィルヘルミナの頭を踏むように蹴って更に大きく跳び上がる。

よろめいて地面に膝を突いたウィルヘルミナを嘲笑うかのように、

河川敷の上に掛かった橋の上に身軽に跳び乗った佳代はひらひらと手を振って見せた。

 

「勝負はお預け。さらばでござる! ってね」

 

「からかってくれるな~。全く」

 

時代劇の侍のような芝居がかった台詞をわざとらしく言い残して佳代は姿を消した。

日本の大物政治家が忍者を飼い慣らしているという情報は以前から入っている。

情報防衛が甘く、スパイ天国とも言われている日本だがどうやらそれは誤解のようだ。

この国での仕事はなかなか難儀でスリリングなものになりそうだ、と、

ウィルヘルミナは嬉しそうに舌なめずりして微笑した。


「えっ、お弁当屋さんの仕事?」

 

「ああ。実はジュマートが前からやってるバイトなんだけど、

 結構面白そうだと思ってさ。ちょっとやってみようかなって」

 

レギウスに覚醒したことで抱えていた問題や悩みも色々あった末に無事解決し、

ようやく生活が落ち着いてきた獅場俊一が新たに始めることにしたのは、

自宅の近所にある弁当屋のアルバイトである。

サッカー部の後輩のジュマート富樫から紹介された仕事で、

弁当の調理と、出来上がった商品をスクーターで家に宅配する出前サービスが業務。

元々、両親が留守で自分で食事を作ることが多い俊一は料理はそれなりに得意だし、

実はバイクの運転にも前から興味があり、このために教習所に通って二輪免許も取ったのだ。

 

「俊一もバイク好きなんだ。ちょっと意外かな」

 

稲垣千秋にとって、バイクと言えば幼馴染の黒津耕司の印象がどうしても強く、

ヤンキーや暴走族が轟音を上げながら乗り回しているイメージが先行してしまうのだが、

俊一はそんなタイプではない。

 

「別に、黒津みたいにマフラー外して爆走するような趣味はないけどさ。

 山とか海岸とか、景色の綺麗な道をのんびりツーリングしたりしたら気持ち良さそうだろ」

 

「いいな~。そういうのだったら後ろに乗って一緒に走ってみたい」

 

お金が溜まったら、格好いい自分のバイクもいつか買ってみたいし、

千秋を乗せてどこか遠くへも行ってみたい。

そんなことを考えて、俊一が資金と経験値を稼ぐために選んだ仕事がこれだったのだ。

 

「って訳なんで、これからはちょっと忙しくなりそうなんだ。

 放課後にデートとか出来なくなる曜日が増えると思う。悪いな」

 

「分かったわ。頑張ってね」

 

千秋にそう断ってから、俊一は早速アルバイトの採用が決まったばかりのその店に向かった。

新しい仕事というのは緊張するものだが、仲のいい後輩が既にいる職場ならいくらか気は楽である。

ここで将来の肥やしとなる社会経験を積めればと意気込む俊一だったが、

それとは別の種類の経験も否応なく積まされる機会になるとは予想していなかった……


国会で高畑も指摘していた通り、今はグローバル化の時代である。

特に安土市は南蛮好きで開明的だった郷土の先人・織田信長の精神に倣い、

国際交流を活発に推進する街作りを目指していることもあって、

街では外国人の姿を見ることも珍しくない。

俊一がアルバイトで雇われることになった弁当屋「ほかほかエナック」も、

店長はジュマートと同じ在日ベルシブ人で、エナックとはベルシブ語で美味しいという意味の言葉だ。

 

「獅場俊一です。よろしくお願いします!」

 

「おう。ジュマートの部活の先輩だそうだな。

 話は聞いてるよ。頑張ってくれ」

 

店長のヨス・ラムダニは、ジュマートと同じく日本に逃れてきたベルシブ難民の一人。

オランダ系の白人の血が濃い大柄の中年男性で、

母国でシェフをしていた経験を生かして日本でも料理の仕事をしてきたが、

最近になって弁当のデリバリーサービスを開業し、この安土に自分の店を開いた。

 

「うちはハンバーグ弁当やトンカツ弁当なんかの他に、

 店長が作る東南アジア料理の弁当も色々あって人気なんすよ。先輩」

 

「へぇ~。タイ料理やベトナム料理なら結構好きだからな。

 俺も自分で作れるようになってみたいな」

 

外国人が多い職場というのも、色々と大変かも知れないが刺激があっていい勉強になりそうだ。

これも俊一がアルバイト選びの際に惹かれたポイントの一つである。

ヨス店長は日本語が流暢で人柄も気さく。

他の日本人の従業員たちも親切そうな人ばかりで、第一印象はなかなか良さそうであった。

 

「しかしヨス店長、凄い筋肉だよな……。

 威圧感があって、最初は怖い人かと思ったぜ」

 

「まるでシュワルツェネッガーみたいっすよね。

 コックが実は最強のソルジャーとか、昔そんな映画があったような……。

 でも見た目で損してるだけで、凄く優しくて心の広い人だから大丈夫っすよ。

 単なる趣味であそこまで体を鍛えたのはやり過ぎって感じっすけど」

 

本当にプロの軍人かレスラーではないのかと思わせるほど、ヨスは体格がガッチリしていて逞しい。

本人曰く、ただのダンベル上げと腕立て伏せが大好きな体育会系のオッサンで、

こう見えても喧嘩はからきし弱いんだと笑っているのだが……。

 

「とにかく、ここではお前の方が先輩なんだからな。

 色々教えてくれよジュマート。お手柔らかに頼むぞ」

 

「分かりました! 一緒に頑張りましょう」

 

ヨスの配慮で、ジュマートと共に働くことが多いシフトを組ませてもらえた俊一は、

仕事をどんどん覚えて意欲的にアルバイトをこなすようになっていった。


「えっと、福田さんは、このマンションの401号室だな」

 

弁当屋の制服に身を包み、配達用のスクーターで郊外の大きなマンションの前にやって来た俊一。

届け先の住所を再確認してマンションの中に入り、4階に上がって福田という表札を探す。

 

「こんにちは~! ほかほかエナックです。お弁当お届けに参りました~!」

 

明るい声と笑顔で部屋の住人に挨拶し、注文されたエビフライ弁当を手渡して料金を受け取る。

初めての宅配は緊張したが、滞りなく無事マニュアル通りにできた。

ホッと一息ついてマンションの渡り廊下に出た俊一は、そこで地上から響く悲鳴を耳にした。

 

「何だ……?」

 

渡り廊下から下を見ると、マンションに併設された公園の砂場で、

小さな子供と母親を怪人が襲っている。

ピンク色の花弁のついた頭部を持つ花の魔人・ガーベラレギウスである。

 

「だ、誰か助けてぇっ!」

 

「よし……トゥッ!!」

 

親子の危機を見た俊一は、迷うことなく転落防止用の柵を乗り越え、

マンションの4階から地上へと飛び降りた。

 

「変身ッ!!」

 

落下しながら空中でポーズを取って魔力を高め、炎のような赤い光に包まれる俊一。

砂塵を巻き上げて公園の柔らかい砂場の上に着地した時には、

彼は雄々しい百獣の王の化身・ライオンレギウスの姿となっていた!

 

「逃げて下さい! 早く!」

 

「は、はいっ!」

 

慄く親子を逃がすと、ライオンレギウスは戦いを挑んだ。

「崇高美」「神秘」という花言葉を持つガーベラの気高い美しさに似合わず、

ガーベラレギウスは凶暴で、苦しげに叫ぶような声を上げながら、

葉のような両手を振るって勢いよく襲いかかってくる。

 

「ウァァァッ!!」

 

「くっ、負けるか!」

 

ガーベラレギウスのチョップをカンフーの蹴り技で弾き返し、

両手の鋭い爪で斬りつけて反撃するライオンレギウス。

その様子を、トカゲのような不気味な怪人が密かに物陰から監視していた。

 

「あのライオン野郎め。この前は随分と痛い目に遭わせてくれたよなあ……」

 

以前、安土駅のバスターミナルで千秋を人質に取ってファルコンレギウスを追い詰めたものの、

ライオンレギウスの怒りの猛攻に屈して敗退したリザードレギウス。

その彼がカメラを向け、二人の戦いの映像を撮影してどこかへ送っている。

 

「こんな退屈な任務、やってらんねえぜ。

 ガーベラレギウスに加勢してあいつをぶっ殺しちまっていいか? インド人さんよ」

 

「ダメよ」

 

通信機の向こうから、にべもなくノーを突きつける若い女性の声が返ってくる。

 

「今回のミッションはあくまで、ゼムノヴィッチ博士が造った人工レギウスのデータを取ること。

 それに、せっかく運良くライオンレギウスが現れてくれたのに、これを分析しない手はないわ。

 あなたが今すぐ乱入して倒せるならそんな手間も要らないけど、

 それほどヤワな相手じゃないのは前回の対戦で分かってるでしょ?」

 

「チッ、言ってくれるぜ。

 あんただって、そこまで命令に忠実な組織人なんかじゃないと思ってたがな」

 

「そうね」

 

リザードレギウスの皮肉に、今度は短い肯定の言葉が返ってきた。

 

「ゼルバベルの世界征服なんて、私は正直大した興味はないわ。

 あなたたちが心酔している、レギウス優性思想とかいう驕り昂ぶったイデオロギーにもね。

 でも上がやれと言うならやるだけよ。相応の報酬さえきちんと貰えてる分には、

 フリーランスの身としては特に文句はないしね」

 

内海ラクシュミー希理子。

日本人とインド人のハーフである、天才プログラマーにして凄腕のハッカー。

達観したように澄ました微笑を浮かべつつ、彼女はコンピューターの画面に映し出された戦いの様子を見つめながら、マウスを忙しなく動かして熱心にデータを取り続けていた。