ベルシブ共和国・カレド村で生徒たちを人質に取り学校に立て籠もった反政府ゲリラは、現地にPKO派兵されていた日本の自衛隊員・尾坂昌也と茨井加那子が変身したソードフィッシュレギウスとアーチャーフィッシュレギウスによって制圧された。
死の淵から蘇って子供たちを救った新ヒーローの誕生に現地の住民は大歓声。まるでパレードのように路上に押し寄せた大勢の村人に囲まれながら、帰還した二人は自衛隊の司令部が置かれているキャンプへと向かう。
「今回の活躍、本当に見事だった! ……と、言いたいところだが、
上官の命令なく勝手にゲリラと交戦に及んだこと、残念ながら咎めんわけには行かん。
日本国内でも自衛隊が非戦の原則を破ったと厳しく批判する声が一部では上がっており、
羽柴総理にもご迷惑をかける政治問題となってしまっている」
「やっぱり、そうなりますか……」
ニュースを聞いた日本国民も大半はカレドの人々と同じくテロ事件の解決に貢献した二人の活躍に歓喜しており、選挙の投票日の前夜に起きたこの戦闘が派兵を決めた与党を勝たせる追い風になったという見方さえあるのだが、とにかく難癖をつけたい政敵からは格好の攻撃材料に利用されているのも事実だった。
いずれにせよ二人が軍規を破って独断専行に及んだことは確かで、結果的に大成功となったからといって何の処罰もしないというのでは内外に示しがつかない。
「茨井二尉と尾坂三尉は除隊処分とし、即刻日本への帰国を命ずる!
これは日本にいる羽柴総理が直々にお決めになったことだ」
「じょ、除隊……!? そんな……」
軍規というのは破っても結果オーライで許されるものではないというのは承知していた尾坂だが、それでも心のどこかでは多少なりとも情状酌量はしてもらえるだろうと期待もしていただけに、自衛官を辞めねばならないというのは予想以上の厳罰だった。ショックで頭の中が真っ白になってしまっている尾坂の横で、茨井が不満を露にして声を上げる。
「では、あのまま何もせずに黙って見ていれば良かったと仰るんですか?
我々が戦わなければ人質の生徒たちは殺されていたかも知れないし、
ゲリラと政府軍の間で本格的に内戦再開となっていた可能性もあるんですよ!
こんな処分、納得が行きません!」
「無論、その辺りの事情も十分に鑑みて決定された処分だ。
羽柴総理は常に物事をあらゆる角度から考えて判断される賢明なお方だからな」
「どこがですか!? 羽柴総理がこんなに頭の固い人だったとは知りませんでした。
現地の住民の命を助けたらクビになるなんて、それでは一体何のためのPKO派兵ですか?
率直に申し上げて、大いに失望しています!」
興奮して声を張り上げる茨井を見てフッと噴き出すように小さく笑った上官は、懐から一枚のメモを取り出して彼女に差し出した。
「帰国したら、この男の元を訪ねてみたまえ。
そうするところまでが総理のご命令だ」
ヒートアップして完全に冷静さを失ってしまっている茨井に代わってそのメモを受け取った尾坂は、そこに書かれていた人物の名前を見て不思議そうに首を傾げる。
「……警視庁捜査一課長・倉貫繁?」
「失礼します」
命令を受けて日本に帰還した尾坂と茨井は、言われた通りすぐに東京の警視庁本部を訪れた。捜査一課の応接室のドアをノックして中に入ると、部屋に充満していた煙草の煙があふれ出してくる。
「うっ……ゲホゲホっ!」
「おう。悪いね。課長権限でここだけ喫煙OKにさせてもらってるんだ。
いわゆる職権乱用って奴さ」
そう言って椅子の上で寛ぎながら煙草を吹かしているのは、捜査一課長の倉貫繁。元兵庫県警本部長で、捜査一課を指揮する経験豊富なベテラン刑事である。
彼の横では、先の選挙でめでたく再選を果たした自由憲政党の国会議員で国家安全保障担当首相補佐官の斯波旭冴が、煙たさを堪えながら苦しげな表情で立っていた。
「君たちがベルシブでレギウスに覚醒したという自衛官か。
噂は聞いたが、随分と見事な活躍だったそうじゃないか」
「お褒めにあずかり恐縮です。ですがその活躍のせいで、
今は自衛官ではなく元自衛官という立場になってしまいました」
まだ怒りが収まらないという口調で茨井が言うと、倉貫は持っていた煙草を灰皿に押しつけて火を消しつつ愉快げに笑った。
「ハッハッハ。そいつは災難だったな。
実は俺もついさっき、ここでの活躍のお陰で課長から元課長になったばかりなんだ」
「えっ……?」
揃って驚いた顔をする尾坂と茨井に、咳払いをして周囲に漂う煙を吹き飛ばした斯波補佐官が説明する。
「選挙の公約にもあった通り、羽柴総理はレギウス犯罪に対応するための専門の特殊部隊を警察内に新設する考えで以前から準備を進めて来られました。
あなた方二名は単なる懲戒処分としての除隊ではなく、その新組織――レギウス・アサルト・チームの隊員として自衛隊からヘッドハンティングされたのです」
「レギウス・アサルト・チーム……!?」
従来の警察では超人的な力を持つレギウスに対抗できない現状に危機感を抱いた羽柴総理は、警察の機動隊の一部隊という位置付けで、より高い戦力を有する対レギウス特殊部隊を作ることを宣言して今回の解散総選挙に臨んでいた。
いかに国民の生命と安全を守るためとはいえ警察の力をそこまで強化することには反発もあるだろうと予想されるため、その部隊の創設の是非についても選挙という形で民意を問うことにした羽柴総理だったが、自憲党の大勝という選挙結果からこの案件に関しても国民の支持が十分に得られたと判断し、いよいよその新たな精鋭部隊――レギウス・アサルト・チーム(=RAT)の立ち上げに動き出したのである。
「ここにいる倉貫刑事も、同じく捜査一課からRATの初代隊長として引き抜かれることになりました。
つまりあなた方の指揮を執るボスということになりますね」
「ま、そういう訳で、よろしく頼む。
見ての通りのヘビースモーカーで文字通りの煙たい上司だが、
人柄の方はそれほど煙たいオヤジじゃないつもりだ」
そう冗談を言って笑う倉貫。軍規違反の罰というのを口実として、レギウスの力を持つ尾坂と茨井は自衛隊からRATへ転属となったのである。
ベルシブで除隊処分を言い渡された時の上官の何か含みのありそうな笑みの意味がようやく分かった二人は顔を見合わせ、それから姿勢を正して同時に敬礼した。
「了解っ!」
「二人ともPKOで現地に駐留していたからよく知ってるだろうが、
ベルシブの独裁政権の動きが最近どうもきな臭い。
あの国、どうやらレギウスの力を軍事利用しようと企んでるようでな。
既に日本に入り込んでいる工作員の中にも、
我々が相手しなければならないレギウスがいるかも知れん。
国際的なテロ組織であるゼルバベルだけでなく、こっちの動向にも用心が必要だ」
百戦錬磨の敏腕刑事としての経験を感じさせる威厳のある声でそう言いながら、倉貫はまた箱から煙草を一本取り出してライターで火をつけ、迷惑そうに隣で顔をしかめる斯波には構うことなくじっくりと味わうように吸うのであった。
安土市内に店舗を構える弁当屋・ほかほかエナック。
店の奥にある厨房で、獅場俊一とジュマート富樫は二人で弁当の調理の仕事をしていた。
「あ、先輩。火加減はもうちょい強めでいいと思いますよ」
「おっ、そうか。サンキュー」
店長のヨス・ラムダニが在日ベルシブ人で、彼の母国のベルシブは勿論のことタイやベトナムやインドネシアなど東南アジア各国の民族料理も扱っているほかほかエナックの弁当のメニューはオリジナリティ豊かで、日本の料理番組やレシピ本などでは見られない独自の調理法も少なくない。家で妹と自炊することの多い俊一にとっては新鮮で、自分の料理の幅を広げる機会にもなってなかなか楽しいアルバイトであった。
「Goedenavond(フッデアヴォンド)! 店長、儲かりまっか~?」
陽も暮れて俊一たちの退勤時間が近づいた頃……。店の入口の自動ドアが開き、オランダ語と関西弁を織り交ぜた楽しげな少女の声が店内に響いた。
「いらっしゃいませ! あっ……デ・フリース隊長」
笑顔で応対に出たヨスは、その女性客の顔を見て急に困惑したように暗くうつむく。店にやって来たのは、ギャルのようなラフで派手な服装をしたウィルヘルミナ・デ・フリースであった。
「店長、うな丼弁当一丁! せっかく日本に来たんだからね。
和食のウナギってのを前から食べてみたかったんだ」
以前から旧知の仲であるかのように、ウィルヘルミナは馴れ馴れしく笑顔でヨスに話しかける。だが彼女を隊長と呼んだヨスの態度は、仲のいい常連客を迎えるのとは明らかに違っていた。
「味にはこだわっているとは言っても、所詮は冷凍食品のウナギですよ。
本格的な和食料理屋のものにはどうしても敵いませんから、
どうせ日本食を堪能されるならそちらに行かれては?」
隊長ならばそのくらいの金には不自由もないだろう、と勧めるヨスだったが、ウィルヘルミナはニヤニヤと笑いながら首を横に振るばかりで譲らない。
「いいから。私はこの店のうな丼が食べたいの!
……ところでさ、実験体SY-3号の調子は最近どう?」
急に声を潜めてウィルヘルミナが訊ねると、ヨスはカーテンで仕切られたレジの後ろの厨房へ振り向いて答える。
「ええ、今も向こうのキッチンで働いてますよ。
今日は朝から微熱があると言ってましたが、大したことはないようです」
「それなら良かった。またバージョンアップしたからね。
体が慣れてきたようなら、そろそろまた実戦投入もアリかと思うんだけど、
あんたから見てどんな感じ? ラムダニ中尉」
中尉、と呼ばれたヨスはつらそうにウィルヘルミナから視線を逸らすと、歯切れの悪い口ぶりで遠慮がちに意見を述べる。
「確かに隊長が仰る通り、あの子には高い潜在能力があります。
このまま改造を繰り返していけば最強のソルジャーになるでしょう。
ですが肉体の負荷はもう限界です。
率直に言って、このままでは彼の身が持ちません」
「そう? 体力の消耗に関してはかなり改善したはずだけどな。
この前だって、実戦テストの次の日にサッカーの試合に出たりして元気なものじゃん」
「アドレナリンを分泌させて、体に一時凌ぎの無理をさせているだけです。
蓄積したダメージは大きな反動となって後から襲ってきます。現に今日も微熱が……」
「作戦遂行中に倒れたりしないように凌げれば、それで十分でしょ。
所詮、あの子は実験体。そう長く運用するものじゃないんだからさ」
「ですが隊長……」
「あんたは工作員には向いてないみたいね。ラムダニ中尉。
もしかして情が移っちゃった?
気のいいコックのオヤジが、いつの間にか演技じゃなくて本心になってる感じ」
「かも知れません。自分は軍人向きの人間ではない……。
この国に来て人々の温かさに触れてから、つくづくそう思うようになりました」
「医学部の学生が、実験動物の犬とかに感情移入しちゃって薬殺できなくなることはよくあるって言うけど、中尉も同じ心境かな? あの子、素直で可愛いもんね~」
「お願いします。デ・フリース隊長。
ジュマートを……実験体SY-3号を自由にしてやって下さい!
あんな純真な若者を国家の道具として使い潰すのは、非情に過ぎます」
頭を下げて頼み込むヨスに、ウィルヘルミナは苦笑しながら小首を傾げる。
「でもね~、パパは何て言うかな?
任務が全て完了したら、その後の扱いについては私からパパにお願いしてあげてもいいけど、
今は雇い主としてせいぜい従業員の健康を気遣ってあげることじゃない?
じゃそういうわけで、引き続き任務よろしく!」
ビニール袋に入ったうな丼弁当を片手に提げながら、ウィルヘルミナは天真爛漫な笑顔で店を後にした。その様子を厨房からこっそり見ていた俊一は、少し心配したように出て来てヨスに声をかける。
「今の外国人のお客さん、店長の知り合いですか?
頭下げたりしてましたけど、何かクレームでも……」
ベルシブ語で話されていた会話の意味は俊一には全く分からなかったが、客が怒ったりしていた様子はなかったにも関わらず、ヨスが頭を垂れて必死に何かを懇願するようにしていたのが気がかりだった。
「いや大丈夫だ。あの通り、笑顔で帰って下さったじゃないか。
さあ早く仕事に戻れ。七丁目の池田さんから注文が来てるぞ」
「は……はい。分かりました」
ベルシブ語が分かるジュマートは厨房の奥で調理に集中していたため、今の会話は全く耳に入っていない。何かを隠しているようなヨスの態度が引っ掛かったものの、俊一は言われた通りに注文の品を用意してバイクで弁当の配達に向かったのであった。