「おおっ、ナイスシュート!」
安土江星高校のグラウンドで展開されている、サッカー部の紅白戦。
味方からのパスを受けた俊一は右足を振り抜き、
強烈なロングシュートをゴールネットに突き刺した。
「シュートの威力が随分上がったな、獅場。
それだけでなく、プレー全体が前よりパワフルになった感じがするぞ。
最近、筋トレを頑張ってたようだから成果が出たんだろう」
「は、はい…。ありがとうございます」
力強いプレーをキャプテンから褒められた俊一だったが、
フィジカルの強さが前よりも増しているのは特訓の成果などではなかった。
レギウスに覚醒したことで、普段の体力や身体能力もいくらかアップしているのだ。
「参ったな…。レギウスになってる時ほどの力はないけど、
前より間違いなくパワーが上がってる。
下手すると、これってドーピングと変わらないような…」
力が弱いよりは強い方がいいのかも知れないが、
鍛えたためでもないのに人並み以上の力を手に入れたのは、
スポーツをする上ではズルいような後ろめたさもあって俊一は悩んでいた。
それに、強すぎる力は扱い方にも要注意である。
もし迂闊に格闘技や喧嘩などしようものなら、相手を大ケガさせてしまいかねない腕力なのだ。
「浮かない顔だな。凄いゴールだったじゃないか」
練習後、タオルで汗を拭きながら険しい表情で考え込んでいる俊一に、
そう声をかけてきたのはクラスメイトの鯨井大洋。
同じ江星高校のラグビー部に所属している、がっちりした体格の親友である。
「それとも、この前の毒ガス事件がトラウマにでもなったか?
それだったら無理もないけどな」
「えっ…? ああ…ま、そういうことにしとこうかな」
「何だそりゃ? でもとにかく、無事で本当に良かったよな」
実は大洋もあの試合で野球部の助っ人を頼まれていたのだが、
用事があって断っていたために事件には巻き込まれずに済んだのである。
野球場にレギウスが出現して多数の被害者が出たと聞いて、
友人の身を大いに心配していた大洋であった。
「なあ、千秋ちゃんさ。
お前を心配して逃げ遅れたから毒ガスを吸って倒れちゃったんだろ?
二人とも助かったから茶化させてもらうけど、
相変わらずなかなかお熱いカップルだねえ。このこのっ」
「余計なお世話だよ///」
俊一と中学校時代からの同級生である大洋は、
以前は東京から移住してきたよそ者の俊一を毛嫌いしたりもしていたが、
今では打ち解けて大の親友となっており、
千秋と俊一の仲を時折からかいながらも熱く応援してくれている。
とは言え、自分がレギウスになってしまったということまでは、
さすがに今すぐ彼に相談してみるのは憚られる俊一であった。
「俊一、お待たせ!」
「おっ、噂をすれば千秋ちゃんか」
体育館での女子バスケットボール部の練習を終えた千秋が、俊一の元にやって来る。
部活から上がった二人は、今日も一緒に下校することにした。
俊一の住む獅場家は、安土市の北に建設された春ヶ台ニュータウンにあり、
千秋が暮らす稲垣家は、南の観音寺町という古い町並みの中にある。
学校前から都心の安土駅まではモノレールで移動し、
そこからバスに乗り換えてそれぞれの家に帰るのが二人の下校ルートである。
「正直、凄く戸惑ってる…。
このレギウスってのは物凄いパワーがあるんだ。
それこそ超人的って言っていいくらいにさ」
安土駅でモノレールを降りてバスターミナルまで歩く途中、
俊一と千秋は今後どうしたら良いかについて話し込んでいた。
両親が仕事で家を留守にしていることもあって、
俊一がレギウスに覚醒したことはまだ親も含めて誰にも明かしていない。
「誰かに言った方がいいのか、それとも秘密にした方がいいのか…。
言うにしても誰に言えばいいんだろう。
やっぱり警察か、市役所か、それとも地球防衛軍か?」
「私たちだけで抱え込むより、大人や専門機関に相談した方がいいのかも知れないけど、
レギウスってまだまだ珍しい存在でしょ?
防衛軍とかに言ったら、研究材料にされて変な実験とかされちゃうかも…」
レギウスというものが世の中に認知されてまだ間もないため、
俊一のような新種のレギウスにどう対応するか、
社会がきちんとした受け皿をほとんど用意できていないのが現状だった。
自分がレギウスだと申告した場合にはどう扱われるのか、
未知数の部分が多すぎて躊躇ってしまうのが率直なところなのである。
「最悪、犯罪者予備軍として拘束されるかもな。
あの安土城で暴れた奴とか、警官を殺したロサンゼルスのマフィアとか、
凶悪なことするレギウスが結構多いからなあ」
以前に官房長官が会見で語っていた通り、
レギウスになったからといって俊一の人格が何か変化することはなく、
決して凶暴性や残虐性が前より増したりしているわけではない。
ただ、力を手に入れればそれに溺れてしまうのが人間の弱さというもので、
レギウス覚醒者の犯罪率はかなり高いのが恐らく現実である。
警察や軍隊でも敵わないほど強ければ、強盗や人殺しをやってみたくなる人もいるだろう。
そうなると、社会としてもやはりレギウスにはどうしても警戒せざるを得なくなる。
「まあ、焦らずゆっくり考えようよ。
またレギウスが襲って来たりでもしない限り、
こうして普通に生活できてるわけだし」
「そうだな。普段通りに暮らしてる分には、
別に急いで何かをどうこうするようなこともないのかもな」
そんな会話を交わし、千秋が乗るバスが来る3番乗り場の前で別れようとした二人。
隣の4番乗り場の方から悲鳴が聞こえてきたのは、その時であった。
「レ、レギウスだぁ~っ!!」
驚いて振り向く俊一と千秋。
長い10本の腕を振り回しながらバスターミナルの中へ乗り込んで来たのは、
イカ型の怪人スクィッドレギウスであった。
「ギェェーッ!! 愚かな人間ども!
このスクィッドレギウス様が皆殺しにしてくれるわ!」
奇声を上げて暴れるスクィッドレギウスは、
長い腕の一つを伸ばして近くにあったベンチを引っ繰り返すと、
口から黒い墨を勢いよく噴き出した。
「まずい。火だ!」
それはただのイカ墨ではなかった。
空気に触れると燃焼する発火性の黒い液体があちこちに撒かれ、
バスターミナルをたちまち炎に包んだのである。
「ギェェーッ!! 人間どもに警告する!
我々は魔人銃士団ゼルバベルだ! この世界は我々レギウスが征服する。
貴様らに与えられた道は服従か、死か! そのどちらかだけだ!」
「ゼ、ゼルバベル…!?」
スクィッドレギウスが口にした組織の名は、俊一たちが初めて耳にするものであった。
スクィッドレギウスはなおも墨を噴射し続け、
炎は俊一と千秋のいる3番乗り場の方まで燃え広がってくる。
「俊一、どうしよう!?」
「くっ、こうなったら…!」
自分もレギウスになって戦うしかないのか。
俊一が身構えたその時、けたたましいサイレン音を鳴らしながら、
一台の車がバスターミナルに勢いよく突っ込んできた。
「あっ、ブレイバーフォースだわ!」
悪のレギウスから人々を守る正義の精鋭部隊。
地球防衛軍ブレイバーフォースのスーパーパトカー・ブレイバーギャロップは停車すると、
ヘッドライトの横に装備されたビーム砲から青い冷凍光線を発射し、
バスターミナルを燃やす炎に浴びせて鎮火させた。
「そこまでだ! ゼルバベルのレギウス!」
ブレイバーギャロップの運転席から降りてきてそう言ったのは、
紫色の制服に身を包んだブレイバーフォースの若き隊長・斐川喜紀である。
「さあ、今の内に逃げて下さい!」
「よし、行くぞ千秋」
「うん。ありがとうございます!」
喜紀に避難を呼びかけられた俊一と千秋、その他大勢の市民たちは、
周囲の炎が消し止められたのを見て一斉にバスターミナルから逃げ出した。
「ギェェーッ! 命知らずな奴め。
貴様のようなただの人間が我々レギウスに敵うとでも思うか!」
スクィッドレギウスは10本の脚を動かしながら嘲弄するが、
喜紀はそれを跳ねのけるような鋭い視線で睨み返す。
「ただの人間では敵わないとしても、これならどうだ?」
「ぬ…?」
「…ハァァァッ! 変身ッ!!」
握った拳に力を込め、闘気を高めていく喜紀。
次の瞬間、彼の全身は眩しい光を放ち、ハヤブサのような鳥人の姿に変貌した。
「おのれ、貴様もレギウスだったのか!」
ブレイバーフォース日本支部が誇る正義の超戦士・ファルコンレギウス。
それが斐川喜紀隊長のもう一つの姿であった。
悪のレギウスの蠢動に対抗して、防衛軍もレギウスを戦力として抱えるようになっていたのだ。
「レギウスの力を犯罪に使おうとする邪悪なゼルバベル!
世界の平和を脅かすお前たちを絶対に許さん!」
「ほざくな。この俺の火炎墨でローストチキンにしてくれるわ。ギェェーッ!!」
「行くぞ!」
唸りを上げるスクィッドレギウスに、敢然と勝負を挑むファルコンレギウス。
正義と悪のレギウスのバトルがここに開戦した。