一方その頃、今回の事件の主犯「ナザロポフ大佐」を名乗る男の監視の元、
村舞紗奈は副官のチャン・クネから拷問を受けていた。
「吐きなさい! コルティノーヴィス家の小僧はどこに隠れているの!?」
「くっ…!」
拘束された両腕を吊るされて殴る蹴るの拷問を受ける紗奈だが、さっきからずっと黙秘を貫いている。その様子を見て感心するそぶりを見せるナザロポフ。
「さすがは元日本の陸上自衛隊特殊作戦群所属だな。
あらゆる拷問に耐え抜く訓練を受けていると見える。
これ以上の尋問は無駄だろう。その辺にしといてやれ」
「しかし大佐、この女はコルティノーヴィスの小僧の居場所を――」
「少佐、私の命令が聞けないのか?」
「…い、いえ。決してそのようなことは!」
チャン・クネに拷問を止めるよう制止したナザロポフは、
紗奈に近づいて彼女の顎をくいっと摘まみ上げる。
「しかしいい女だ。是非とも私の部下に欲しい」
「お互いにもう腹の探り合いはよしましょう、ダニール・ナザロポフ大佐」
「私を知っているのか?」
「元旧ソ連・ルガツォフ人民共和国軍コマンド部隊大佐。そして今はゼルバベルの飼い犬でしょう?」
「否定はせんよ。だがそういう君もコルティノーヴィスの飼い犬だろう?」
「それで、私をどうするつもり? 言っておくけど、
私を餌に使ったところで、クリスは出て来ないわよ」
「どうもしやしないさ。そろそろパーティーも大詰めだからな」
「えっ…? どういうこと?」
「フフフ、出来れば事のついでにコルティノーヴィス家の王子様も捕らえてゼルバベルへの手土産にしたかったが、もうこの際どうでもいい。ここらで芝居の幕を閉めることにしよう」
東京・首相官邸の地下にある危機管理センターでは、
対策会議中の羽柴首相の元に犯人側の声明が伝えられた。
「何っ? それは本当か!?」
「はい、犯人側は日本政府の毅然たる態度に敬意を表し、
要求を諦め人質は全て解放すると言ってきました。
ただし、その条件として羽柴総理が一人で安土城天主閣まで人質を出迎えに来ることと申しております」
「総理、行ってはいけません! これは敵の罠です!」
国家安全保障問題担当補佐官の斯波旭冴は猛反対する。
「斯波くん、総理の代わりなら私以外にもいくらでもいるよ。
もし私の身に何かあっても、それで人質たちの生命が助かるのならば安いものだ」
「でしたら私もお供します」
「ダメだ。犯人は私一人に来いと言ってきている。
それに万一の場合、政治上の空白を作るわけにはいかん。
君には東京に残って貰わねばならん」
「総理……」
東京への残留を言い渡され、ただ黙って羽柴首相の背中を見送るしかできなかった斯波は、こう呟く。
「確かに仰る通り総理大臣の代わりなんて、他に掃いて捨てるほどいますがね。
でも羽柴藤晴という一人の人間の代わりは、総理、アンタしかいないんだ…!」
そんな斯波の肩を背後から叩く人間がいた。副総理の久保村だ。
「これで羽柴内閣の支持率はまた急上昇だな。
総理が東京にお帰りになられたら、すぐに解散総選挙の件も考えていただかねば。
きっと今なら我が党の大勝は間違いなしだ!」
「………」
しかし久保村は、一瞬だけニヤリと笑いながら、最後にこう付け加えることも忘れなかった。
「尤も、総理が無事に生きて帰って来られたらの話だがね」