「うっ……こ、ここは…?」
サークルの仲間たちとテニスを楽しんでいた最中に落雷に打たれて気を失っていた勢川理人は、
見たこともない古びた遺跡の塔の中で目を覚ました。
ゆっくりと立ち上がった理人は、周囲を見渡す。
「ここはいったいどこなんだ? お~い、愛実! 倫生! 藤永さん!!」
仲間の名を大声で叫ぶ理人。しかし返事はない。
「ここにいるのは俺一人だけなのか?」
とりあえず理人は、自分が今いるこの場所からの出口を探して遺跡の中をさ迷った。
やがて彼の耳に何か声が聞こえて来る。
「…主よ……我が主よ」
「俺を、呼んでいるのか…?」
無意識に声のする方向へと誘われた理人がそこで見たものは、
体長が10数メートルもするような巨大な青い鳥のような生物であった!
「目覚められたか、我が主よ!」
「と、鳥の化け物ォォッッ!?」
我に返った理人は、一目散に逃げだした。
しかし人語を話したその巨大な鳥は、特に追ってくる気配はない。
無我夢中だった理人は、気が付くと塔の1階まで降り出口から外へと出ていた。
「ハァ…ハァ…いったい、一体何なんだよ!?」
まだ頭が混乱して、自分の置かれている状況が理解できていない理人。
騎馬に跨った姫騎士ユリアが僅かな供を連れてアンドリオ遺跡に到着したのは、
まさにそんな時であった。
「そなた、異界の地よりやって来た異空人か?」
「イクウビト? な、なんだんだよそれ?
その格好、映画の撮影か?…いや、違うよな。そんな雰囲気じゃない。
や、やめろ! 俺に近づかないでくれ!!」
「待て、我らは君に危害を加えるつもりなどはない!」
動揺する理人は、ユリアたちから逃げようとする。
「やむを得ん」
ユリアは素早く理人の前に回り込んで、腹に当て身を一発食らわせた。
「御免ッッ!!」
「んっ!?」
気絶して倒れ込んでしまった理人を、ユリアは自分の馬に担ぎ上げてその場から引き上げて行った。
「Σ(゚□゚;)!!…こ、ここは!?」
理人が気が付くと、見たこともないような部屋でベッドの上で寝ていた。
着ている衣服もテニスウェアではなく、中世ヨーロッパ風の服装である。
「気が付かれましたか?」
部屋の中にメイドの姿をした若い女性が入って来た。
「き、君は…? 俺の着ていた服は?」
「お召し物は只今洗濯しております。もう暫しお待ちください」
「ここはいったい何処なんだ?」
「ここはディアグル帝国領ネデクス島を治める鎮守府のゼンヘート城です」
「ゼン…へ―ト城…?」
「この城の責任者であらせられるユリア様かお待ちです。ご案内いたします」
理人はメイドに言われるがままに城内を案内された。
その先にはこの城の事実上の主ともいうべき姫騎士ユリアとその腹心セホイクス・リールターが待っていた。
「ようこそ異界の客人、こちらはディアグル帝国ネデクス島鎮守府大総督、
ユリア=アレクサーン=ドロヴァ第一皇女殿下にあらせられます」
「ど、どーも…」
「ハハハ、まだ自分の置かれている状況が呑み込めていないようだな。
まあ無理もない。まずは落ち着いて話をしよう。そこに座りたまえ」
「は、はい…」
ユリアに言われるがままに、用意された席へと腰を下ろす理人。
そしてユリアは、ここがアレスティナと呼ばれる異世界で、理人は元いた世界(つまり地球)からアレスティナに時空と次元の壁を超えて転移して来たのだと説明する。
「そ、そんなことって…!!」
「信じられぬのも無理はない。
しかしこのアレスティナ世界の各地では、すでに君が元いたと言うチキュウと呼ばれる星から何人かの人間が転移してきている報告が上がってきている。
我々は彼ら異世界からの来訪者を異空人と呼んでいる」
「俺以外にも異世界にやって来た人間が……」
理人は暫し深く考え込んでから、ユリアに尋ねた。
「それで、俺をどうするつもりですか?」
「特にどうするつもりもない。政務に携わる者として、
我が国に流れ着いた者を保護するのは当然の仕事だ。
そういう君こそ、未知の異世界に来てしまいこれからどうするつもりなのだ?」
「俺の他にも、この世界に来ている仲間がいるかもしれないんです。まずはみんなを探したい」
「この城から出て行きたいのであれば引き留めはしない。
しかしその様子では、我が国内で使える金の類は持ってはおるまい。
無一文で外に放り出されるより、今はまだしばらくこの城内に留まった方が得策だと思うが?」
「た、確かに…」
よく考えれば、いきなり未知の土地に放り出されて、すぐにお姫様のような権力者とお近づきになれたのは、ある意味幸運かもしれない。
ぐうの音も出なかった理人は、しばらくはユリアの厚意に甘えることにした。
「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったな?」
「勢川…理人といいます」
「セガワ=リヒトか。リヒトとは我が国の言語では光を表す言葉だ。よい名だ」
「なぜ時空聖獣の話を切り出されなかったのですか?」
「どうしても言わねばならんか?」
理人との会話を終えて廊下へと出たユリアとセホイクスは、
太守の執務室へと戻る最中で歩きながら話をする。
「セガワ=リヒト……彼の話によれば、あの青年はアレスティナに来て早々にアンドリオ遺跡で巨大な青い鳥と出会ったそうです。紛れもなく伝説の時空聖獣ライトニングバードに相違なく…」
「らしいな…」
「伝承によれば、時空聖獣は一体で万の兵に匹敵する戦力になるとか。
今後予想されるジェプティム王国との衝突において、我らにとって心強い戦力となりましょう。
姫ご自身も時空聖獣の復活は待ち侘びておられたはず」
「アレスティナ人同士の戦は、アレスティナ人の手で決着をつけるべきであろう。
何も知らぬ異世界の者を戦に駆り立てて利用するのは気が進まぬ」
「姫は相変わらずお甘い」
「私とて、リヒトを保護した理由に全く打算がなかった訳ではないぞ。
異世界の民である彼を丁重に保護し、元の世界への帰還の手助けをすれば、
リヒトのいたチキュウなる星の国々とも将来的に誼を結ぶことが出来よう」
「時空と次元すら隔てた、見たこともない遥か遠くの異世界の国々と誼などと……
いったい何時のことになりますやら。まずは今目の前にある脅威への対処をお考え下さい」
「考えておく」
ユリアはそう答えて、一人執務室の中へと入りドアをバタンと閉めてしまった。
ネデクス島の南西にある南クノス島には、同じヨシェル系民族の親戚を頼ってヨシェル士帥国から脱出して来た難民たちが増えて来ており、セホイクスは彼らやトゥルジア大陸に放った密偵の情報から、ジェプティム王国が奴隷労働で海外派兵用の軍船を急ピッチで建造している現状をキャッチしていた。
アシュタミル王国が擁立していたという異空人の時空の賢者と巫女もジェプティム王国の工作員によって拉致され、その後賢者と巫女は自力で脱出したらしいが、それ以後の行方は杳として知れないらしい。ジェプティム王国側は「アシュタミル王国が賢者と巫女の名を語る偽者を擁立し、我が国から軍事兵器を持ち去った!」と今も盛んに喧伝している。ジェプティムによる圧政に耐えかねるヨシェル士帥国の暴発も近いと予測され、いつネデクス島近海域で紛争が発生してもおかしくはないのだ。