大学構内のテニスコートでテニスを楽しんでいる4人の学生。
「そぉ~れッッ!!」
「えいッッ!!」
女子二人がコートの中でラケットでボールを打ち合う一騎打ちをしている中、男子二人が審判と副審を務めている。彼らは安土大学にあるテニスサークルに所属しているメンバーだ。中学、高校時代からのテニス経験者である岸本愛実のスピンサービスが勢いよく決まる。ボールを必死に追いかける藤永沙織だったが、愛実に得点を許してしまう。
「フィフティーン!」
審判を務める平瀬倫生のコールが響く。
あっという間に愛実に15点先取されてしまった沙織。
「ゲームセット! マッチウォンバイ岸本」
「もう愛実ったら容赦ないよ。
こっちは中学高校とずっと文化部系の部活だったんだから、もっとお手柔らかに!」
「何言ってるの? たとえ大学のお気楽サークルでも勝負ごとに情けは無用よ!」
「愛実、お疲れさん。それに藤永さんも」
「うん、ありがと理人」
ゲーム中ずっと副審を担当していた勢川理人からタオルを受け取る愛実と沙織。
ちなみに理人と沙織は幼稚園に通っていた頃からの、自宅はお隣さん同士の幼馴染である。
「もぉー、勢川くんったら、試合の間ずっと私や愛実の太もも見てたでしょう!?」
「そ、そんなことないって!!」
――と言いたいところではあるが、副審という立場上、コートを走り回る愛実や沙織の小麦色に焼けた健康的な太ももや、サーブを打つたびに沙織の穿いているスコートが風で捲くれ上がる様子などはどうしても視界の中には入ってくる。お年頃の男の子にそんなものを見せられてドキドキするな!とは、必死に否定したところで土台無理な話だ。そしてそれを見ていた倫生まで調子に乗って理人をからかってくる。
「このラッキースケベ」
「なっ!そういう倫生、お前はどうなんだよ!?」
「俺は審判席の高いところから見下ろしていたからな。
ずっと地面にいたお前ほど女子の美脚を良アングルで見ちゃいない」
「じゃあ少しは見たんだな?」
「うっ、そ、それはだな…」
理人に逆に追及され、墓穴を掘って焦る倫生。
「コラーッ、男どもぉーッ! エッチな話もそのくらいにしろー!!」
理人と倫生に沙織が噛みついている横で、
それを見ていた愛実は微笑ましそうにクスクスと笑っている。
そんな時、ふと上空を見上げると、空の雲行きが怪しくなってきた。
「もしかして、雨…?」
「天気予報だと、今日は一日中快晴のはずだぜ?」
「こりゃ一雨来そうだな。早めに片付けて撤収しよう」
4人でそう話していた矢先、雨宿りする間もなく降って来た突然の豪雨と共に、
4人に落雷が命中した!
「な、なにッッ!?」
「キャアアッ!!」
やがて数分後に雨が止み、雲が晴れると、そのテニスコートに人の姿は全くなかったのである。
まるで神隠しにでもあったかのように…。
ここは地球とは異なる異世界アレスティナ。
ディアグル帝国の飛び地領であるネデクス本島の西部にある、北島と南島の2島から成るクノス群島。その北島にある塔では、帝国鎮守府の兵士たちが敵と戦っていた。
「突撃ィィッ!!」
「全軍進め~!!」
帝国軍の兵士たちが戦っているのは同じ人間ではない。獰猛で知られる魔獣だ。
暖かい季節になり、冬眠時期から覚めて獲物を求めて度々人里を襲っている屈強で巨体を誇る魔獣である。棲み処である島の名を取って「クノス」と呼ばれたその魔獣は、火炎の球を吐き出し、その背に生えた大きな翼で宙を飛び、不気味な奇声を発して兵士たちに襲い掛かった!
「ひ、怯むなぁッッ!!」
「ぐ、ぐわああッッ!!」
まるで哀れな嬲り者のように無残に蹴散らされて行く帝国兵たち。だがその前に敢然と立ちはだかるは、帝国兵たちを指揮する麗しき姫将軍ユリアであった!
「罪なき民草を苦しめる魔獣よ! 今こそ皇帝陛下の名において天誅を加えん! 変身ッッ!!」
魔獣の牙から逃げ惑う配下の兵士たちを庇って守るように、眩い光の粒子に包まれながら地表に降り立ったユリアの化身、その名もエンジェルレギウスは、その手に持つ光の槍を振るって魔獣クノスに切りかかる!
その姿を見た兵士たちの士気も大いに高揚した。
「ユリア様だ!」
「我らが姫騎士が女神の力を宿したお姿だ!」
「逃げている場合ではないぞ! 我らも姫に続け―!!」
統制を取り戻した帝国軍は、エンジェルレギウスを中心に一丸となって魔獣クノスに突撃した。
そして激戦の末、ついに人々を苦しめていた魔獣は討ち取られたのである。
勝利の勝鬨を上げる姫将軍ユリア。
「皆の者、邪悪なる魔獣クノスの首、今ここに討ち取った!
だがこれは私一人の勝利ではない!
私を信じてついて来てくれたお前たち勇敢なる帝国の兵!
そしてそれを後方から支えてくれた臣民たちの皆での勝利なのだ!」
「「「うおおおおおおお!!!!!!」」」
帝国兵士たちの歓声が周囲一帯に響き渡った。
あえて魔獣クノスの首を持ち帰らず現地にて丁重に弔った後、姫将軍ユリアは居城たるゼンヘート城塞へと凱旋した。
城へと続く街道と大橋には、噂を聞き付けた領民たちが集まり、馬上のユリアやそれに付き従う兵士たちに惜しみない拍手喝さいを送っていた。
「ユリア様万歳!!」
「帝国に栄光あれ~!!」
そんな領民たちに対して、ユリアは優しそうな笑顔で手を振ってそれに応えつつ、城塞の中へと入城した。
城門ではお付きの宮廷魔導士であるセホイクスがユリアの隊列を出迎えた。
「おかえりなさいませ」
「私の留守中、何か変わったことはなかったか?」
「強いて変わったことと言えば、今日もまたヨシェル士帥国からの密使が来ておりますが」
「またか……」
それを聞いた途端にユリアは嘆息した。
ジェプティム王国による冊封国ヨシェル士帥国への度を過ぎた苛政・圧政の噂は、ネデクス島鎮守府大総督として10万の兵を預かるユリアの耳にも届いていた。
本心では虐げられるヨシェルの民への同情を禁じ得ないユリアであったが、本国の皇帝の許可なしに勝手にヨシェル救援の兵を差し向ける訳にもいかない。
せいぜいユリアに出来ることと言えば、帝都ヴァルクトリにある本国政府に外交ルートを通じてジェプティム王国へヨシェルに対する扱いの是正を働きかけるのが関の山である。
思えば生母の身分が低かったことを理由に帝都から追いやられる形でネデクス島鎮守府に赴任してから、早いものでもう5年近くになる。
来たばかりの時はまだ15歳の少女だったユリアも、今では立派な二十歳である。その間、セホイクスのような信頼する重臣たちに支えてもらいながら、他国との海上交易を盛んにして、未開の地と呼ばれたネデクス島の領民たちの暮らしを豊かにしてきたつもりだ。
今や領民や兵士たちからのユリアへの信頼は絶大である。だがそんな彼女でも、他国の事情まではどうにもならぬのだ。
「それともう一つ。監視台からの兵士からの報告によれば、アンドリオ遺跡から青白い光が輝くのが見えたとか…」
そのセホイクスからの報告に、ユリアはいきなり興奮して色めき立った。
「何だと!? 馬鹿者!! 何故それを早く言わん!?」
「姫…?」
「老師ミキノより拝聴したご神託によれば、それはまさしく異空人の降臨と伝説の時空聖獣復活の証しを示しているに他ならぬ! すぐに馬引け!」
「お帰りになられたばかりなのに今すぐですか?
せめて少しお休みになられてからでも」
「こんな重大事の時に休んでなどいられようか! いいから馬引け!」
「畏まりました。すぐに供揃えの手配を」
「いや、大勢で押しかけては、異空人も私の事を警戒しよう。
供はそうだな…少人数、2~3人程度でよい」