第46話『安土城占拠事件 ⑥』

作:おかめの御前様

 

安土城天主を見下ろせる裏山の丘で、突然、鈴見樟馬と森橋悠生ブライトウェルに襲われた牧村光平と黒津耕司。樟馬の気合諸共真っ向から入れて来る連続した鋭い蹴りを、光平は一瞬早く次々とかわして行く。光平は樟馬の脚の伸びた先を一瞬にして正確に読み、わずか一寸の所で回避しているのだ。

しかし光平はさっきから一向に樟馬に対して反撃を加えようとはしなかった。

 

「どうした! なんで反撃して来ない!?」

 

「君たちからは敵意が感じられないからさ」

 

「ならこれでどうだ!」

 

猛り立って自慢のキックを放ってくる樟馬。

ところが光平は動きを止め、まるで樟馬の攻撃を受け止めるかのように立ち止まった。

 

「あぶねえ!!」

 

「よそ見をしている暇はないぜ!」

 

「くっ…!」

 

悠生と交戦中に耕司に、とてもではないが光平を助けに行く余裕などはない。

樟馬の必殺キックが光平の顔面に決まろうとした、あわやという瞬間…!!

 

「………」

 

「………」

 

微動だにせず樟馬をじっと見据えている光平の眼前で、樟馬の攻撃は止まった。

 

「俺たちの負けだ。さすがに噂通りの漢だな、天凰輝シグフェル」

 

ニヤリと笑った樟馬が蹴りを入れる寸前だった足を下ろすと同時に、悠生も耕司への攻撃を停止する。

耕司は訳が分からず目を白黒させている。

 

「おいおい、いったいこれはどういうことなんだ!? 説明しやがれ!!」

 

「突然の非礼は詫びる。アンタたちの腕を確かめたかったんだ」

 

「天凰輝シグフェル・牧村光平、それにウルフレギウスこと黒津耕司、

 君たちにコルティノーヴィス家として正式に協力を要請したい」

 

「…まずは話を聞こうか」 


甲賀忍者たちに捕まり、安土城二の丸御殿に隣接する蔵の中に拘束されていた錦織佳代。

そこへ甲賀の頭領、稲垣岳玄がやって来た。

岳玄はすぐさま佳代の両手を拘束している縄の戒めを解くように命じる。

 

「よろしいのですか?」

 

「構わん」

 

チャンウィットは小刀を取り出して佳代を戒めから解き放った。

両手が自由になった佳代は、忍びとしての礼節を重んじて岳玄に一礼する。

 

「甲賀の頭領、稲垣岳玄様ですね?」

 

「伊賀月影党のくノ一、錦織佳代殿じゃな? 全ては牧村光平殿から聞いておる」

 

「光平から?」

 

つい先ほどシグフェルとコルティノーヴィス家の共闘の話がつき、それが岳玄の耳にも届いたのだ。

 

「では甲賀の皆さんも私たちにご協力いただけるのですね」

 

「いや、そういうわけには行かぬ。今に続く伊賀と甲賀の確執を知らぬそなたではあるまい?」

 

「今はそんなことを言ってる場合じゃ!!」

 

「若いそなたに伊賀甲賀が歩んできた歴史的経緯を話したところで詮無きことは百も承知。

 だがそう簡単に割り切れるものでもないのだ。我ら甲賀はそなたや光平殿の邪魔はせん。

 その代わり協力もせん。たとえコルティノーヴィス家からの口添えがあったとしてもだ」

 

「…わかりました。ではこれにて失礼します」

 

顔に納得いかないと書いてあった佳代だが、

大人しく岳玄の言を呑み込み、蔵から飛び出して行った。

 

「健斗、あの娘について行け!」

 

「さすがおじいちゃん! 任せといてよ!」

 

岳玄の命を受けて、孫の健斗も佳代を追って蔵から同じように飛び出していく。

やがて健斗は三の丸の屋根の上で佳代に追いついた。

 

「どうしてついてくんのよ?」

 

「俺はお姉ちゃんの監視役だよ。俺たち甲賀を差し置いて、

 伊賀者なんかに俺たちの縄張りで好き勝手なことをされても困るからね」(^^♪

 

「ふんっ、勝手にすれば!」

 

監視役と言うのはあくまで方便であり、本意はサポートとして自分に人手をつけてやったといったところだろう。

「ホント、年寄って素直じゃないんだから…」と呆れつつも、先程は子供だからと油断したとはいえ、この健斗という名の少年忍者の腕は確かだ。ここは心の奥で岳玄の厚意に感謝することにした佳代であった。 


「クソ―ッ、ドコに行った!?」

 

「もっとヨク探セ!!」

 

バベルロイドたちの追跡を振り切り、なんとか帯曲輪まで逃げ延びたクリスと楓花。

その時、突然楓花が声を上げた。

 

「あ!?ど、どうしよう……」

 

「どうしたんですか?」

 

「クリス様のサインの入った写真集がないんです。

 きっとさっきの場所で落としちゃったんだ。取りに戻らないと!」

 

「ダメだ! 危険すぎる!」

 

「でも、大事な物なんです。私、探してきます」

 

「あんなサインなら、あとで何枚でも書いてあげるから!! さあこっちへ来るんだ!!」

 

どうしてもサイン本を取りに戻りたいという楓花に、クリスはやや苛立つように声を上げるが…。 

 

「どうして…? どうしてそんなこと言うの…?」

 

「えっ…?」

 

突然楓花が泣き出してしまった。

自分は何か女の子を傷つけるようなひどいことを口にしたのだろうか?とクリスは困惑した。

 

「どうして…って??」

 

「クリス様にとっては、大勢のファンの人たちに書いたサインの中の一つにすぎないのかもしれません。でも私にとっては、クリス様に初めて直に会えた日にもらった、記念すべき宝物なんです。

 それなのに…それなのに!!」

 

クリスは楓花の言葉を聞き、ハッとなった。

どうやら脱出を優先して焦るあまり、余裕がなくなっていたのは自分の方だったようだ。

反省したクリスは素直に楓花に対して謝罪した。

 

「ごめんなさい楓花さん。ファンの女の子の気持ちに気づいてあげられないだなんて、

 僕はモデル失格ですね」

 

「…えっ!? どうして私の名前を…?」

 

「それについては後で落ち着ける状況になったら説明します。

 それよりも楓花さん、貴女も…その、僕のことを"クリス様"と呼ぶのはやめてもらえませんか?」

 

「えっ?」

 

突然のクリスからの申し出に戸惑う楓花。

 

「じゃ、じゃあ…クリスさん」

 

「もう一声!」

 

「クリス…くん。クリスくん!」

 

「うん、それがいいな♪」

 

楓花に「様」ではなく「君」付けで呼んでもらい、クリスも満足そうににこやかに笑う。

 

「サイン本は僕が探してきます。それまで君はここに隠れているんだ」

 

「ダメです。一人でなんて、それこそ危険じゃないですか!

 お願い、私も一緒に連れて行って!」

 

「仕方がないな」

 

確かにこの場にか弱い女の子の楓花を一人残しておくのも安全とは言い切れない。

やむなくクリスは楓花を伴って、二人でさっきいた場所へと戻った。

 

「あ、あそこだ! ありましたよ楓花さん!」

 

視線の先に発見したサイン本をクリスが手にして顔を楓花の方へと振り返ったその時!

 

「キャアアッ!!」

 

楓花が悲鳴を上げた。気が付くとクリスと楓花は、バベルロイドたちに取り囲まれているではないか!

 

「くっ、しまった!!」

 

「くくく…ようやく見つけたゾ!」

 

「ちょこまかと逃げ回りオッテ!捕まえろ!!」

 

クリスと楓花、危うし!!