第45話『安土城占拠事件 ⑤』

作:おかめの御前様

 

安土城の現場へと向かっていた牧村光平と黒津耕司であったが、滋賀県安土市に入ったはいいものの、

城へと続く県道は途中でBFが設置した検問とバリケードで封鎖されていた。

 

「ここから先は通れないか…」

 

「とりあえず聞くだけ聞いてみようぜ」

 

検問の責任者は、あの進藤蓮だった。

進藤は光平の顔を見る否や、露骨にイヤそうな顔をする。

 

「チッ、またお前か?」

 

「お久しぶりです、進藤さん」

 

「ここを通らせてもらうぜ。いいよな?」

 

強引に押し通ろうとした耕司を、進藤は通せんぼするように制止した。

 

「おっと、そういう訳にはいかないなぁ。民間人は帰った帰った!」

 

「ハァ? 何言ってやがる。国家安全保障局の斯波さんからはBFにも話は伝わっている筈だぜ」

 

「さあな、俺は何も聞いてない。

 第一、国際組織である俺たちBFに日本政府が指揮命令する権限なんざないんだよ!  でもまあお客さんとしてなら、対策本部の方へ行けばお茶菓子くらいなら出してもらえるかもなww」

 

「てめー、ふざけてんのか? 対策本部って安土中央警察署だろ?

 ここからだと逆方向じゃねーか!?」

 

今にもブチ切れて進藤に掴みかからん様相の耕司だったが、

光平がすかさず間に割って入り仲裁した。

 

「よせッ耕司君! 進藤さん、お邪魔しました。また来ます」

 

あっさり引き下がった光平は、耕司と共にそれぞれのバイクに乗って引き返した。

 

「いいのかよ? あんなにあっさり引き下がっちまって。

 実の弟みたいに可愛がってたチビがあの城の中にいるんだろ?」

 

「ああ、だからこそ今はBFと揉め事を起こすのは得策じゃない」

 

「進藤蓮、噂に聞いてた通りの上から目線で融通の利かない野郎だったぜ。

 チッ、あの顔を思い出すだけでムカつくぜ!」

 

「気持ちは分かるが、今頃佳代ちゃんが根回ししてくれているはずだ」

 

「それはそうだけどよ…」

 

そのまま二人はお互いのバイクを走らせ、安土城天主を見下ろせる裏山へと向かった。 


ここは安土中央警察署の署長室である。

現地警察と合同で署内に対策本部を設置したBFの松井本部長は、署長と今後の方針を協議していたが、突然署長室の灯りが一瞬消えたかと思うと、天井裏から忍び装束の錦織佳代が音も立てずにそっと目の前に降り立った。

 

「な、何者だ君は!?」

 

「………」

 

驚いて腰を抜かす署長とは対照的に、松井は特に驚く様子はなくじっと佳代の姿を見据えている。

 

「お静かに! 鎌倉のご隠居様からの使いの者にございます」

 

「鎌倉のご隠居? すると君は松平宗瑞先生の手の者かね?」

 

「ま、松平宗瑞!? あの影の終身総理と言われた、泣く子も黙るこの国の黒幕!?」

 

「何卒ご披見のほどを」

 

佳代は自らの身分を示す葵の御紋付の巻物の中身を、署長と松井の目の前にさっと開いて見せた。

そこには「この者、余の名代也。この者の言は余の言と思うべしこと」という言葉と共に、

松平宗瑞の署名と花押がハッキリと記されていた。

 

「こ、これは間違いなく松平宗瑞先生直筆の御筆跡だ! ハ、ハハーッ!!」

 

署長は書状の字を直に確認した後、まるで神か仏でも拝むかのようにたちまち頭を下げて平伏するが、一方の松井は特にうろたえる様子もなく淡々と佳代に応対する。

 

「それで、鎌倉のご隠居のご用件は?」

 

「天凰輝シグフェルがこの件の解決に乗り出すこと、

 どうかBFにもお見逃し頂きたいとのことです」

 

「やはり光平くんも来ていたのか。分かった。いいだろう。

 BF日本支部は、天凰輝シグフェルとその仲間たちがいかなる介入をしようとも一切関知しない。

 これでいいかね?」

 

「ありがとうございます。それではっ!」

 

松井からの返事を聞いた佳代は、素早く署長室の窓から外へとジャンプして姿を消した。

 

「フフフッ、素早いやつだ」

 

佳代の忍びとしての素早い動きに、まるで感服するような言動を呟く松井。

そして一方、まだ安土中央警察署の屋上の塔屋の上にいた佳代はと言うと…。

 

「ブレイバーフォース日本支部参謀本部長・松井邦弘。

 噂じゃあ昼行燈って聞いてたけど、アタシの忍びとしての気配に気づくなんて…

 やっぱ只者じゃないね。おっと、早く光平のところに行かなきゃ!」


安土城天主閣を見下ろせる位置の裏山の林の中に身を潜め、

城の様子を外から観察しつつ待機していた光平と耕司。

そこへ佳代が遅れてやって来た。

 

「ごめん、お待たせ!」

 

「佳代ちゃん、首尾は?」

 

「上々よ♪ ところでこれがご隠居様から預かっていた安土城の見取り図」

 

「見せてくれ」

 

光平、耕司、佳代の3人は、城の見取り図を足元の地面に広げる。

 

「あれだけの人数の人質を閉じ込めて置けるような広い場所は、おそらく本丸御殿しかないな」

 

「たぶん幾つかの部屋に分散して監禁されてるだろうぜ」

 

「とにかく人質の居場所が確認できないことには、こっちも手の出しようがない。

 佳代ちゃん、城の中に潜り込めるかい?」

 

「OK、任せて!」

 

光平の指示で、佳代はゼルバベルの警戒網を潜り抜けて城内へと潜入した。 


警戒厳重な本丸御殿へと潜入した忍び装束姿の佳代。

天井裏から慎重に一つ一つ人質たちが閉じ込められている部屋を確認していく。

 

「やっぱり光平の睨んだ通りね。でもどこにも晴真くんや和奏ちゃんの姿がない。

 二人ともいったいどこにいるんだろ?」

 

晴真や和奏の姿を本丸御殿の中に確認できなかった佳代は、

次に隣の二の丸御殿へと向かおうと渡り廊下へと出たのだが――

 

「――くっ!?」

 

突然背後の何者かの斬撃に襲われた。

辛うじて攻撃をかわし瞬時に物陰に隠れた佳代に向かって、手裏剣が飛んでくる。

その手裏剣の形を見て佳代は驚く。

 

「これは甲賀の使う手裏剣!? なぜ甲賀者が安土城に!?」

 

ゼルバベルは甲賀忍者をも配下に使っているのだろうか?

しかし考える間もなく「――ヤッ!」という鋭い気合と共に甲賀忍者と思しき敵の鋭い刃が、

佳代の眼前に閃いた。すかさず後ろへと跳んだ佳代に、甲賀者は大胆に踏み込み突いてきた。

寸手のところでくるりと体を返した佳代は、身を低くし、

踏み込みざま敵の急所を狙って忍刀を斬り上げる。

 

「うわあっ!?」

 

佳代の斬撃を間一髪で回避したものの、相手がバランスを崩して倒れた隙を佳代は見逃さなかった。

敵の首筋に忍刀を押し当て、制圧する。

 

「こ、子供!?」

 

自身が制圧した相手の顔を見て、佳代は驚いた。

なんと相手の甲賀忍者は、まだ小学生くらいの子供だったのだ! 

だが相手が子供だと思って敵意が緩んだ瞬間、

相手は蜘蛛の巣のような糸を右手から放って佳代を絡め捕ってしまった。

 

「し、しまった!?」

 

「へへん(^^♪ 油断したね、伊賀のお姉ちゃん」 


「お見事です、健斗ぼっちゃん」

 

「どんなもんだい!」

 

甲賀忍者の少年・稲垣健斗に捕らえられた錦織佳代は、二の丸御殿奥の倉に囚われていた。

佳代を捕らえた健斗は鼻高々に自慢しており、すっかりご満悦である。

 

「ねえアンタたち、どうして甲賀がゼルバベルになんか協力してるのさ?」

 

「ふざけるな、伊賀の女狐! そういうお前こそゼルバベルの手の者ではないのか?」

 

「えっ、ちょっとどういうこと…??」

 

健斗と一緒にいたチャンウィットの言動に、佳代は今一つ事情が呑み込めず混乱する。

 

「まもなく我らのお頭がお見えになり、直々に貴様を尋問する。

 それまで大人しくしているんだな」

 

「そういうことだよ、伊賀のお姉ちゃん。下手な考えは起こさない方が身のためだよ」

 

「ふんっ、分かってるわよ」

 

不覚にもまだ年少の忍者に捕まってしまうとは、少し悔しいものの、

どうやら甲賀は凶悪な意思を持つ連中ではないらしいと見た佳代は、

とりあえずはしばらく大人しくして様子を見ていることにした。 


「遅いなぁ…佳代ちゃん」

 

「おい。もしかして敵に見つかってやられちまったんじゃないだろうな?」

 

「いや、佳代ちゃんに限ってそれはない」

 

佳代の戻りが遅いと心配する光平だったが、それでも戦友でありパートナーである彼女への信頼は揺るがない。しかしそんな光平と耕司にも何者かの攻撃の手が迫っていた!

 

「誰だ!?」 

 

突然どこかから現れ襲い掛かって来た謎の青年に飛び膝蹴りを食らいそうになる光平。

間一髪で素早くかわす!

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「おっと、君の相手はこの俺だ」

 

「誰だ、てめえは?」

 

光平を助けに向かおうとした耕司の前にも、眼鏡をかけた金髪の青年が立ちはだかる。

果たしてこの二人組の青年は何者か?

そして安土城内で果てしない逃避行を続ける獅場俊一&柏村晴真&桜庭和奏、

クリストフォロ・エヴァルド・コルティノーヴィス3世と獅場楓花、

さらには甲賀忍者たちに囚われた錦織佳代の運命は!?