第44話『安土城占拠事件 ④』

作:おかめの御前様

 

安土城・本丸御殿で一番広い表書院の間に集められた人質たち。

周囲は魔人銃士団ゼルバベルが導入したアンドロイド兵・バベルロイドたちによって完全に固められている。人質は他にも幾つかの部屋に分けて閉じ込められているようだ。

上段之間から見下ろすように立った指揮官らしき軍装の女がいる。歳は30前後か? 東洋系の顔つきだが日本人よりも大陸系に見える。その女が突然天井に向けて機関銃を発射した。

 

「キャアアッ!!」

 

「キャーキャー!!」

 

「ひぃぃぃッッ!?」

 

「静かにしなさいッ!」

 

銃声に驚く悲鳴を上げる人質たちを、女は日本語の大声で一喝して黙らせた。

 

「たった今よりこの安土城は魔人銃士団ゼルバベルのスコーピオンレギウス総帥閣下から前線の指揮権を委任された司令官ナザロポフ大佐の指揮下に入りました。

 私はチャン・クネ。ナザロポフ大佐の副官です。

 私の言葉はそのまま司令官の言葉だと思いなさい!」

 

「ナザロポフ…? チャン・クネ…?」

 

人質の中に紛れ込んでいた村舞紗奈は、女が口にしたその名に聞き覚えがあった。

なんとか間一髪でクリスを逃がしたのはいいものの、自身は他の観光客たちと共に人質として捕らえられてしまい、さてこれからどうしたものかと思案していたのだが…。

 

「このまま我々に素直に協力していれば、皆さんは安全です。

 しかし皆さんが我々からの命令に違反を犯したり、政府が我々の要求を拒絶したりした場合、

 皆さんは死にます! この事をよく覚えておくことです」

 

チャン・クネの発言に人質たちは恐怖した。

その後チャン・クネは別室に控えている上官ナザロポフに状況を報告する。

 

「人質たちは静かになりました。今のところは我々に素直に従っております」

 

「結構だ」

 

「残念ながら拘束した人質たちの中にクリストフォロ・エヴァルド・コルティノーヴィス3世の姿はありませんでした」

 

「この城は我々が完全に制圧してある。外へ出られるはずがない。

 コルティノーヴィスの小僧は必ず城の中にいる。引き続き捜索を続けろ」

 

「畏まりました。しかし日本政府が我々の要求を果たして呑むでしょうか?」

 

チャン・クネの疑問に、ナザロポフは少し沈黙してからニヤリと笑ってこう答えた。

 

「知るか!」( ̄ー ̄)ニヤリ 


「どうしよう、晴真くん…」

 

「大丈夫だ和奏、僕がついてる!」

 

ゼルバベルが襲撃してきた時、晴真はたまたまトイレにいて、

トイレの入り口で待っていた和奏もすぐに晴真のいるトイレの個室に逃げ込んだため難を逃れていた。

 

「………」

 

「何だよ? まだ男子トイレの中にいることを気にしてんのか?」

 

「黙ってて…(///)」

 

和奏とて、男子トイレの中に駆け込むことに女の子として抵抗がなかったわけではないが、

緊急事態ではそうも言ってられない。

やがて静かになったことを確認して、晴真と和奏の二人は恐る恐るトイレの外へと出た。

 

「和奏、大丈夫みたいだぜ。こっち来いよ!」

 

「う、うん…」

 

しかし、そんな二人はすぐに骸骨の化け物に見つかってしまう!

魔人銃士団ゼルバベルの幹部の一人・橘カオリことラベンダーレギウスが北海道・有珠山の麓で見つけてきたスケルトンたちだ。

 

「こんなところにまだコゾウたちがイタゾ!」

 

「捕マエロ!」

 

「ち、ちくしょう!! 和奏、せめてお前だけでも逃げろ!」

 

「い、いや…! 晴真くん、わたしを一人にしないで!」

 

「バカッ! そんなこと言ってたら二人ともやられちゃうんだぞ!」

 

そうこうしているうちに晴真と和奏めがけて脳天からスケルトンの剣が振り下ろされる!

 

「キャアアッ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

二人がもうダメだ!と思ったその時、ライオンレギウスの右手の鋭い爪が横一閃でスケルトンたちを切り裂き、白骨の身体は粉々に崩れ落ちた。

 

「な、何が起きたんだ?」

 

「大丈夫か、君たち?」

 

「レ、レギウス…??」

 

一瞬、何が起こったのか目を白黒させている晴真と和奏だったが、

あっという間にスケルトンたちを残らず倒したライオンレギウスが心配そうに駆け寄る。

和奏は相手がレギウスということで少し警戒している様子だったが、

晴真は正義の味方ライオンレギウスの噂を知っていたらしく、恐れる必要はないと和奏に話す。

 

「大丈夫だよ和奏、このレギウスはきっと味方だよ」

 

「で、でも……」

 

「ごめんごめん、この姿じゃやっぱり怖いよな」

 

ライオンレギウスは変身を解除し、獅場俊一の姿へと戻った。

 

「えっ、人間の…お兄さん?」

 

俊一の優しそうな顔を見て、和奏の警戒心もようやく解ける。

 

「俺は獅場俊一。君たちは?」

 

「僕は柏村晴真」

 

「私は桜庭和奏。私達は二人とも東京の梓季町小学校から修学旅行で来ていたんです」

 

「そうかぁ、せっかくの楽しい修学旅行が、とんだ災難になっちまったな…」

 

「俊一さんはここで何をしていたんですか?」

 

「実は妹を探しているんだ。中学生くらいで、

 ピンクのスタジアムジャンバーを着たセミショートヘアの女の子を見なかったかな?」

 

徹夜の行列を妹の楓花と交代して家路につくつもりでいた俊一だったが、

その直後にこのテロ騒ぎに巻き込まれていた。楓花もおそらくまだ城内のどこかにいるはず。

俊一は、何としても楓花を探し出して救い出さなければならないのだ。

 

「ごめんなさい。見ていないです…」

 

「僕も…。ごめん…」

 

「気にしなくていいよ。それよりもしばらくは二人とも俺と一緒にいた方がいい。

 その方がどう考えても安全だ」

 

「うん、分かった」

 

「こちらからも是非お願いします」 


「ど、どうしよう…。誰か、助けて…!」

 

二の丸御殿の廊下の物陰に、ひっそりと身を潜めていた獅場楓花。

襲撃の混乱の中、運よく逃げることが出来た彼女であったが、

封鎖された城から外へ出られずひたすら隠れているのが精いっぱいであった。

持っているスマホも、妨害電波のために連絡は外へは届かない。

そんな楓花の近くに、見回りのバベルロイドが近づいてくる。

 

「そんな!…このままじゃ見つかっちゃう!」

 

足音が近づいてくるにつれて、楓花の恐怖は増幅していく。

 

「助けて!…お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

 

もう辛抱溜まらず、思わず助けを求めて悲鳴を上げそうになった楓花だったが、

突然背後から何者かに口を塞がれた。

 

「んんッ!?(だ、誰ッ…!?)」

 

「シーッ、静かにッ!」

 

驚く楓花だったが、なんとなく優しい温かみのあるその声に大人しく従った。

やがてそれが功を奏し、バベルロイドはこちらに来ることなく遠くの方へと立ち去って行った。

 

「よかった。何とか無事にやり過ごすことが出来たみたいですね」

 

「あ、あなたは!?」

 

ようやく口を押えていた手を放してもらい、背後に振り返った楓花が見たその顔は、

なんと自分が敬愛してやまない人気モデル、クリストフォロ・エヴァルド・コルティノーヴィス3世その人だったのだ!

 

「き、君は!?」

 

どうやらクリスの方も、最初は楓花だとは気づいていなかったらしい。 

 

「ク、クリス様!」

 

「どうして君がここに!?」

 

村舞紗奈の機転で人質として拘束されずにいたクリスは、

もう楓花はとっくに自宅へ帰ってしまったものだと思っていたので、

こうして再び出会ったのを驚いている。

 

「私、さっきクリス様からサインをもらってから、しばらくまだ城の中にいたんです。

 そうしたら突然ゼルバベルが襲ってきて…」

 

「事情は分かりました。とにかく今は一人で城の中を歩き回るのは危険だ。

 僕についてきてください!」

 

「は、はい!」

 

クリスに右手を握られ、二人きりの逃避行を開始する楓花。

さっきまでの心細さや恐怖と絶望の感情もどこへやら、

もう彼女の心臓は恥じらいの気持ちで爆発寸前である。

 

「……クリス様が、クリス様が私の手を握ってエスコートしてくれてるなんて! 夢じゃないよね!? 現実だよね!?💓💓💓」