第43話『安土城占拠事件 ③』

 

クリスの元を離れ、安土城に隣接する駐車場で不審車がないか調査していた鈴見樟馬と森橋悠生ブライトウェルだったが、その間に安土城内をテロ集団に制圧されてしまった。

城へ戻ろうと本丸へと続く大手道を上っている途中で異変を知った二人は、

一瞬の隙を突かれたことに歯噛みしつつ、とにかく急いでCSC安土タワー地下のオペレーションルームに連絡を取る。

 

「二人とも何やってたんだ!? クリスの傍から離れるなんて!」

 

「すまん。不覚だった」

 

クリスも恐らく逃げ遅れ、テロリストに封鎖された安土城内に閉じ込められている。

オペレーションルームに待機していた鄭浩然は思わず声を張り上げたが、

もはや過ぎたことを悔やんでも仕方がない。

 

「すぐにコルティノーヴィスの本家や甲賀の人たちにも連絡を取ってくれ!」

「分かりました! すぐに連絡します!」

悠生に言われた須田菜々美は直ちにイタリアのコルティノーヴィス本家、

そして知己の間柄である甲賀忍軍に連絡を繋いだ。


琵琶湖の人工島の上にあるブレイバーフォース(BF)日本支部基地。

安土城占拠事件の報は、すぐにここへも届いていた。

 

 「警察車両が何者かに撃たれたということで、

 何かが起こりそうだと警戒はしていたが…」

 

 「まさかゼルバベルがこんな大がかりな作戦に出てくるなんて、

  こちらの想定を超える事態ですね」

 

未明に起こったパトカー炎上事件を受けて朝から必死の情報収集に当たっていたBFだったが、

安土城を標的にしてこんな作戦が準備されている気配は掴めていなかった。

斐川喜紀隊長も寺林澄玲隊員も臍を噛む中、進藤蓮隊員は腕を組みながら冷然と言い放つ。

 

 「人質の数がどんなに多かろうと、テロリストの要求は呑むわけには行きません。

  直ちに出動し、強行突入して犯人グループを制圧しましょう」

 

 「だがなあ進藤隊員。それでは人質の命が…!」

 

 「人質を取れば要求が通るという前例を一度でも作れば、

  テロリストは要求がある度にこんな事件を起こして人質を取るようになりますよ。

  一見残酷そうですが、ここで断固たる対応を見せることこそが、

  後々まで含めて多くの人命を守ることになる最善の選択のはずです」

 

 「悪いが、それはできんよ。進藤隊員」

 

ブリーフィングルームの自動ドアが開き、そんな台詞と共に部屋へ入ってきたのは、故郷の山口から急ぎ戻ってきた松井邦弘本部長であった。

 

 「どういうことですか? 本部長」

 

 「今はひとまず迂闊な強硬策は控えるように。

  とある筋からの、そんな要請だ。

  恐らくだが、日本政府も同じ方針に従うものと見られる」

 

国連の傘下にある国際組織であるBFは、人類全体を守ることを使命とする防衛チームであり、

国同士の戦争などには決して利用されないよう、

いかなる国の政府の命令にも服さないという独立した指揮権が認められている。

とはいえ、実際には様々な方面の事情を勘案して動かねばならないのは当然で、

各国の政府や軍や警察などと歩調を合わせて連携しながら任務に当たるのが原則だし、

今回のように事実上の圧力がどこからかかかることも少なくない。

 

 「人質に取られている人気モデルのクリストフォロって、

  あのイタリアのコルティノーヴィス一族の御曹司ですよね。

  もしかして、身内を助けたい世界の海運王から圧力がかかりましたか」

 

 「さあ、それは答えられんね。

  ただし君たちがそう推測するのは自由だ」

 

 「それ、正解だと言ってるようなものじゃないですか。

  何とかならないんですかね。そういう外部からの口出しってのは…」

 

進藤が悔しそうにうつむきながら首を振る。

世界有数の大富豪コルティノーヴィス家の影響力は絶大で、

BFとて簡単に無碍にすることはできないのだ。

それに日本政府がこの圧力に応じる姿勢である以上、

BFだけが当事国の方針を無視して勝手に突出するわけにも行かない。

 

 「圧力というのは自分も気に入りませんが、

  まずは人質の安全を第一にすべきだという考え自体には賛成です。

  直ちに出動し、現場の状況を窺いながら活路を探します」

 

 斐川がそう言うと、松井は力強くうなずいた。

 

 「うむ。安土城へ急行し、警察と連携しながら城を包囲して突破口を模索してくれ。

  必要な情報は入り次第そちらへ送る。健闘を祈るぞ」

 

 「了解っ!」


「俊一、遅いな……」

 

自宅の居間でテレビを観て時間を潰しながら、稲垣千秋は時計を見て心配そうに呟いた。

日曜日には午前中に稲垣家を訪れて武術の特訓をするのが、

獅場俊一の毎週の予定なのだが、いつもの時間が過ぎても俊一はやって来ない。

 

 「ひょっとして寝過ごしちゃってるとか…?」

 

妹の楓花が人気モデルのサイン会に行きたいというので、

代わりに徹夜で列に並んでやるんだという話は前もって聞いている。

睡眠不足できついようなら特訓は休みにしてもいい、と言われた俊一だったが、

疲れてコンディションが悪くても戦わなければいけない時もあるから、と、

気丈に今日もトレーニングさせてもらえるよう志願したのだ。

そこは偉いなと思う千秋だったが、いざ徹夜明けで家に帰ったら眠すぎてダウンしてしまった、

なんてこともあり得るだろう。

 

 「番組の途中ですが、緊急ニュースをお伝えします。

  先ほど、滋賀県安土市でテロ事件が発生しました。

  魔人銃士団ゼルバベルを名乗るテロリストたちは安土城を占拠し、

  観光客など数百人を人質に取って立て籠もっています」

 

 「ええっ!?」

 

芸能関係のワイドショーを放映していたテレビ画面が突然切り替わり、

安土城で勃発した大事件の速報を伝えたので千秋は驚いた。

 

 「昨年、再建されたばかりの安土城は全国的な観光名所として知られ、

 また今日は来日中の人気モデル、クリストフォロ・エヴァルド・コルティノーヴィス三世さんの

 サイン会が開催されていたこともあり、大勢の人出で賑わっていた模様です。

 詳しい状況はまだ不明ですが、城を訪れていた観光客の他、

 サイン会に来場していたファンやスタッフら、

 そしてクリストフォロさん自身も人質に取られている可能性があるとの情報があり、

 人質の数はおよそ800人に上ると見られています」

 

 「やっぱりそうだわ。俊一や楓花ちゃんももしかして…」

 

すぐに祖父で甲賀忍軍頭領でもある岳玄に報せなければ。

そう思って千秋がソファーから立ち上がった瞬間、

既に菜々美から連絡を受けていた岳玄が緊張の面持ちで居間へと入ってきた。

 

 「おじいちゃん!」

 

 「分かっておる。一大事じゃな」

 

 「俊一が! それに妹の楓花ちゃんも、城の中にいるかも知れないの!」

 

 「落ち着くんじゃ。千秋。

  人質を助け出すため、我ら甲賀衆も全力を尽くす。

  それに俊一君も修業を積んでいる強力なレギウスじゃ。

  テロリストどもがいかに凶悪だろうと、そう簡単にやられたりはせん」

 

 「うん……」

 

パニックを起こしそうになっていた千秋を慰めてから、岳玄は直ちに配下の甲賀忍者たちを招集した。

尹小鈴、チャンウィット・タンクランら大勢の忍びが稲垣家の庭に馳せ参じ、

地面に片膝を突いて頭領である岳玄の指示を仰ぐ。

 

 「よいか。ゼルバベルが安土城を占拠し、

 多数の人質を取って籠城しておる。

 人質の中には我ら甲賀の盟友、コルティノーヴィス家の総帥殿の孫である

 コルティノーヴィス三世殿もおるとのことじゃ。

 彼を救出するため、そして大勢の罪無き人々の命を守るため、

 我ら甲賀忍軍は織田信長様のお城を穢した不埒なゼルバベルと一戦に及ぶ!」

 

 「オオーッ!!」

 

 岳玄の宣言に、甲賀忍者たちは喚声を上げて力強く応えた。

 

 「盟友って……あのクリス様の一族とうちがそういう関係?」

 

甲賀忍軍とコルティノーヴィス家の歴史的な繋がりを知らない千秋は、

祖父の口から出た思わぬ言葉にきょとんとしている。

 

 「では参るぞ。いざ安土城へ!」

 

 「お願いおじいちゃん。私も連れて行って!」

 

 「ダメじゃ。安土城はこれから戦場と化すのじゃぞ。危険すぎる」

 

 「でも! 俊一がきっと安土城にいるのよ!

  少しでも近くにいたいの。お願い!」

 

一度は千秋の同行を断ろうとした岳玄だったが、孫娘の涙ぐんだ必死な瞳を見て躊躇い、

やがて考えを改めてゆっくりとうなずいた。

 

 「分かった。くれぐれも用心し、迂闊な振る舞いなどはしてはならんぞ」

 

 「うん! ありがとうおじいちゃん!」

 

 「姉ちゃんだけズルいぞ! 俺も行きたい!

 行って俺もゼルバベルの奴らと戦うんだ!」

 

千秋の弟の健斗も、一緒に安土城に行きたいとせがみ出す。

既に少年忍者として偵察などの任務は度々こなしている健斗だが、

今回のような大きな戦場となると初めての経験である。

これも迷った岳玄だったが、ここでチャンウィットが進み出て岳玄に意見した。

 

「健斗ぼっちゃんも修業を重ね、既になかなかの腕前です。

 この戦いでもきっと役に立てるものと心得ます」

 

「良かろう。健斗もそろそろ本格的に忍者として立つ時が来たのかも知れぬな。

 わしや他の上忍たちの言うことをよく聞き、慎重に行動するのじゃぞ」

 

 「やったぁっ!!」

 

こうして千秋と健斗も連れ、岳玄ら甲賀忍軍は安土城へ向かうことになった。

 風雲急を告げる安土城に集結しつつある各勢力。

 果たして、クリスや俊一、そして楓花のいる城内では今何が起きているのであろうか…!?