第42話『安土城占拠事件 ②』

作:おかめの御前様

 

安土城・本丸御殿に設けられた裏方スタッフ用の休憩スペースで、クリスは一息ついていた。

そこへボディーガードの鈴見樟馬が自販機から購入した缶コーヒーを自分とクリスの2人分持ってくる。

 

「ほら、飲むか?」

 

「ありがとうショウマ」

 

「それにしても凄い行列だな」

 

「日本では初の僕のサイン会だからね。

 応援してくれるファンの皆さんのためにも、もう一息頑張らないと」

 

そこへ村舞紗奈と森橋悠生ブライトウェルが到着した。

 

「お待たせ。遅くなってごめんなさい」

 

「ここに来る途中で厄介な情報が入って来たぜ」

 

「何かあったのか?」

 

紗奈と悠生はクリスと樟馬に、昨夜未明に国道8号線で起きたトラック事故についての情報を話した。

 

「警戒中のパトカーが機関銃で打ち抜かれたって…?」

 

「事件現場はここから目と鼻の先だ。もしその機関銃で武装した連中の目的がクリスだとしたら?」

 

「クリスが聖女ウルリーカの生まれ変わりであることは、まだ外部には漏れていないはずだぜ」

 

「だとしてもよ。名門コルティノーヴィス家の御曹司であるクリスがテロリストから狙われる可能性は否定できないわ」

 

状況を話し合う紗奈たちの会話を暫し沈黙しつつ聞いていたクリスだったが、やがて重い口を開いた。

 

「この場に来ているファンや観光客の皆さんを危険に巻き込むことはできない。

 僕もファンの皆さんをガッカリさせたくはないが、

 万一のことを考えると苦渋の決断だけど止むを得ない…。

 サナ、事務方のスタッフの皆さんにサイン会中止の連絡を。全ての責任は僕が取るよ」

 

「分かったわ」

 

「じゃあ俺と悠生は、念のため外の様子を見て来る」

 

「頼むよ二人とも」 


天主・本丸へと続く大手道を降り、駐車場まで様子を見に来た樟馬と悠生。

 

「不審な車両は特に見当たらない」

 

「こっちもだ。異常は無しだな」

 

「さあ、早めにクリスたちのところへ戻ろう」

 

再び大手道を上り本丸のある広場へと戻ろうとする二人だったが、

黒金門の方から何やら騒々しい音が聞こえる。

やがてどっと人が悲鳴と共に麓の出口めがけて押し寄せてきた。

 

「何があったんだ?」

 

「まさか…」

 

そして次に本丸の方角から聞こえてきたのは、機関銃の銃声であった。

その瞬間に樟馬と悠生の表情は固まった。

 

「しまった!?」 


安土城で発生した異変のニュースは直ちに日本全国へと伝わり、

東京では直ちに羽柴首相主催による国家安全保障会議が開かれた。

 

「斯波補佐官、状況を説明したまえ」

 

「現在、安土城黒金門より内側の区画はテロリスト一味により完全に制圧・封鎖され、

 その日たまたま訪れていたと思われる観光客や公園スタッフ、

 イベント運営のボランティアなど約800人が逃げ遅れ、

 人質として城内に拘束されているものと思われます」

 

「テロリストの要求はいったい何なのかね?」

 

「テロリスト一味は例の魔人銃士団ゼルバベルの一派であると自称しており、

 人質解放の条件としてブレイバーフォースが拘禁している犯罪者レギウスの釈放、

 並びに身代金300億円を要求しております」

 

「300億か…」

 

「ふんッ、随分と吹っ掛けてきたな」

 

会議室で椅子にふんぞり返る関係閣僚たちを相手に、斯波は報告を続ける。

 

「人質の中には、かのコルティノーヴィス家の御曹司も含まれている模様でして」

 

「世界的に有名なモデルだそうだな。儂の孫娘もファンだよ」

 

「まったく、こんな時にサイン会なんぞ開きおって。

 おかげで人質の数が増えたそうじゃないか? 迷惑も甚だしい!」

 

「しかしここでコルティノーヴィス家の跡取りを無事に救出すれば、

 日本政府としてもあの世界屈指の海運王に貸しを作ることができますな」

 

さっきから無責任な放言を会議の席でし放題の閣僚たちを、羽柴総理が一喝した。

 

「堀川科学情報大臣、確か彼の名前はクリストフォロくんと言ったかな?

 今の君の発言は、彼さえ無事に保護できれば他の人質たちはどうなってもよいと言っているようにも聞こえるよ?」

 

「…Σ(゚□゚;) け、決してそのような意図は…。

 も、申し訳ございません。発言を撤回します」

 

「しかし総理、どのみち我々政府の結論は最初から決まっているよ。

 テロリストの要求には屈しない。これは国際常識だ。特殊部隊による武力突入一択あるのみ!」

 

政権の長老格、久保村副総理が羽柴総理にそう進言する。

 

「久保村さん、無論私もテロリストの要求に応じるつもりなど微塵もない。

 しかし結論は慎重にあるべきだ。人質たちは必ず全員無事に救出しなければならない。

 だが、まだ我々にはそのための情報が少なすぎる」

 

羽柴総理はそう言うと、会議をいったん中断して15分間の休憩を告げた。

一斉に廊下に出てひそひそと立ち話を始める閣僚たち。

 

「総理はああは言っているが…」

 

「おそらく強硬突入の際に大勢の犠牲者が出るのは避けられないだろう」

 

「そうなれば総理の責任は免れない」

 

「好調に見えた羽柴政権もそろそろ終わりだな。

 次の総選挙のこともあるし、今のうちに鞍替えする相手を見つけておくか…」

 

この期に及んで政局のことしか考えていない政治家たちを尻目に、斯波は携帯で誰かに連絡を取る。

 

「私だ。そうか、今ちょうど東京に来ているのか。それは都合がよかった。実はね――」


ここは都内某所の河川敷。 

 

斯波が電話をかけていた相手は、ウルフレギウスこと黒津耕司であった。

彼の立っている周囲には、たった今倒したばかりのゼルバベル配下のレギウスたち数体が横たわっている。 

 

スーパーバイク・ヴォルフガンダーを耕司に提供し、

ウルフレギウスの戦いを背後でサポートしているのは斯波を窓口とする日本政府であった。

一年前、黒津家を襲ったセンチピードレギウスによる殺人事件。

当時レギウスについて情報統制を敷いていた政府はこれを通常の強盗殺人事件として処理し、

被害者遺族である耕司に真相を口止めする代わりに、

彼の復讐のための戦いを支援して悪のレギウスを倒す闇の処刑人の仕事をさせていたのだ。

警察では制圧困難なレギウスを退治できる有効な戦力が欲しかった政府と、

死んだ母親や重病にされた妹の仇を何としても討ちたい耕司との利害が一致しての一種の傭兵契約であった。

 

「――ああ、ちょうど今片付いたところだぜ。

 ……え? 何だって? 連れて来てほしい奴がいるって…? 

 分かった。言われた通りにそいつを案内すりゃあいいんだな?」 


安土城で起こった急変をテレビのニュースで知り、すぐに沢渡家へと駆けつけた牧村光平と錦織佳代。

事件に巻き込まれたと思われる従弟の柏村晴真のことを心配するあまり、

泣きじゃくりながら自分の胸に飛び込んで来た沢渡優香を、

光平は安心させるように優しく抱き留める。

 

「どうしよう!!光平くん!!…晴真が…! 晴真がァァ…!!!!」

 

「安心しろ優香。晴真も和奏ちゃんたちも、必ず俺が助けるから!」

 

とりあえず落ち着かせた優香を傍にいた彼女の母・奈津子に託した光平は、

すぐさま愛車マシンガルーダのシートに跨りどこかへ出発しようとする。

 

「光平、これからどうするの!?」

 

「とりあえず安土に行くしかない。佳代ちゃんも後から来てくれ!」

 

「分かった!」

 

今後のことを佳代と打ち合わせてすぐさま安土の現場へと急行しようとした光平だったが、

そこへ突然、どこかからかやって来た一台の漆黒にボディが塗られたバイクが並行するようにマシンガルーダの横に停まった。

ヴォルフガンダーに乗った黒津耕司だ。思わずきょとんとした表情をする光平と佳代。

 

「君は…?」

 

「アンタが牧村光平さん? 話なら斯波さんから聞いてるぜ。俺について来な!」