第3話『眠る因子』

 

「では次のニュースです。アメリカ・ロサンゼルスのショッピングセンターで昨夜、地元警察がマフィアのメンバーと銃撃戦になり2人を射殺、残る1人も胸を撃たれましたが、倒れた直後にレギウスとなって暴れ出し、警官を死亡させて逃走するという事件がありました」

 

「何だよそれ……」

 

 安土城でマンティスレギウスに襲われた日の翌朝。海外から飛び込んできた衝撃的なニュースに、唖然としながら荷物をバッグに詰めて登校の準備をする俊一であった。

 

「ドイツで行われたある研究によればですね、レギウスへの変異を引き起こす因子は昔から一部の家系に代々遺伝してきたもので、死の危険を感じると、人体の防衛本能としてその因子が目覚める確率が高いようなんですね。
 現時点ではまだ仮説であって断定はできませんが、今回のロサンゼルスの事件も、銃で撃たれて生命の危機に陥ったことがこの犯人をレギウスに覚醒させる引き金になったというのは考えられますね」

 

 スタジオに招かれていた専門家はそのように解説した。レギウスになる可能性を秘めた人間は日本だけでなく世界中にいるのだが、今回のマフィアの男は以前からレギウスだったわけではなく、警官の銃撃を受けた際にレギウスに覚醒したと見られることから、レギウス化を引き起こす要因を探る格好のケーススタディになるという。

 

「いずれにせよ、強力なレギウスに対して通常の警察では対処が極めて困難ですので、もしレギウスに襲われた場合は110番ではなく、地球防衛軍のこちらの番号まで直ちにご通報下さい」

 

 ニュースキャスターがそう言うと、画面の下に電話番号のテロップが表示された。地球防衛軍ブレイバーフォース。世界各国に支部を持つ国際的防衛組織で、最先端科学の粋を尽くしたその戦力はどの国の軍隊をも凌駕する。
 日本でも大地震やコンビナート火災の際にレスキューなどで活躍したり、暴走して人を襲い始めたロボットの軍団を破壊して鎮圧したことがあったりと実績のある精鋭部隊だが、今後はレギウスが起こす事件も彼らが管轄するというのだ。

 

「お兄ちゃん、コンソメスープできたよ!」

 

「おお、上手になったな。美味しそうだ」

 

 台所に立っていた中学2年生の妹・獅場楓花が、覚えたばかりの汁物料理をカップに淹れてダイニングテーブルに持ってくる。俊一はテレビの前を離れて食卓についた。

 

「じゃ、いただきます」

 

「いただきま~す!」

 

 俊一が作ったハンバーグとシーザーサラダも皿に盛りつけ、兄妹二人で仲良く一緒に朝食を食べる。安土市の郊外に広がるニュータウンの、築3年というまだ新しい立派な一戸建て住宅で暮らしている俊一と楓花だが、両親は仕事で世界中を飛び回っているため、こうして子供だけの二人で過ごす日も多い。

 

「ねえお兄ちゃん。昨日見たレギウスってどんなだったの?」

 

「う~ん、まあいきなり現れた時はビックリしたし、怖かったな。手が刃物みたいになってて、かなりの切れ味だったみたいだし。でも昨日のは悪い奴だったけど、見かけはそんなにグロテスクでもなくて、鎧を着てるみたいでちょっと格好いい感じもしたんだけどな」

 

 俊一と楓花の間には、実は血の繋がりはない。楓花は獅場修二郎&曜子夫妻の実の娘だが、俊一は捨て子で、楓花が生まれる前に二人に引き取られて養子として育てられてきたのである。そのため、俊一の本当の親が誰であるかは不明であった。

 

「でも遺伝的なものだとしたら、俺たちにもレギウスになれる因子はあるかも知れないのかな。俺と楓花じゃ血の繋がりはないから、片方にはあってもう片方にはないって可能性もあるけど」

 

「私には、多分ないと思うな。ほら、小さい頃に崖から落ちて大ケガしたことがあったけど、それでレギウスになったりはしなかったし」

 

「そうか。確かにレギウスになれる体質なら、あの時に覚醒しててもおかしくなかったわけだよな。あれは本当に危なかったもんなぁ……」

 

 楓花は幼い頃、崖から転落して命に関わる大ケガをしてしまったことがあったが、警官に撃たれたマフィアの男のようにレギウスになって復活したりはせず、病院に運ばれて医師たちの懸命の治療で何とか助かったのである。
 父の修二郎も学生時代に大きな交通事故を経験しているそうだが覚醒しておらず、どうやら獅場家にはレギウスの血は流れていないようなのだが、養子である俊一がどうであるかは分からない。

 

「俺も一回死にかけてみれば、レギウスになれるかどうか分かるのかな……」

 

「やめてよねお兄ちゃん。もしそれでレギウスになれなかったら、そのまま死んで人生終了じゃない」

 

「分かってるよ。冗談だって」

 

 無論、そんな命懸けの実験をやってみる気は俊一にはなかった。だが間もなく、彼は否応無しに自分の体を試す機会に巡り合ってしまうのである。