第2話『レギウスの力』

 

「殺してやる~! みんな死んじまえばいいんだぁ~!!」

 

 狂ったように叫びながら鋭い鎌状の両手を振り上げ、俊一と千秋の元へ向かってきたカマキリ型の怪人は、口から緑色の光の弾丸を吐き出した。

 

「危ない!」

 

「きゃっ!」

 

 俊一が咄嗟に千秋を庇って床に伏せさせる。倒れ込んだ二人の上を通過した超高熱の光弾は天主の端に備えられていた転落防止用の柵に当たり、爆裂して木製の柵を粉々に吹き飛ばした。

 

「グォォォッ!! 死ねぇっ!」

 

「くっ…!」

 

 床に倒れた二人に狙いを定め、襲いかかってくるカマキリの怪人。だがその時、横から飛んできた一筋のビームが怪人に命中し、胸の装甲に火花を散らした。

 

「………」

 

 指先から放った光線でカマキリの怪人を撃ったのは、黒い狼のような姿の怪人だった。

 

「死ぬのはお前だ」

 

 俊一たちが呆気に取られる中、敢然とそう言い放った狼の怪人はカマキリの怪人に飛びかかり、二体の異形は安土城内での戦闘に突入する。

 

「この野郎! 俺の邪魔をするな!」

 

 激昂して勢いよく鎌を振り回すカマキリの怪人だったが、それを嘲笑うかのように冷静に戦う狼の怪人は圧倒的に強かった。カマキリの怪人の鎌による斬撃を平然と受け止め、逆に顔面への強烈なパンチで殴り倒すと、そのまま首を掴んで投げ飛ばし、凄まじい力で天主の外へと放り捨てたのである。

 

「うわぁぁぁ~っ!!」

 

 カマキリの怪人は絶叫しながら真っ逆様に落ちてゆき、地面に叩きつけられて鈍い激突音を響かせた。

 

「レギウスの力、下らないことに使いやがって…」

 

 狼の怪人はそう呟くと、自分も天主の最上階から地上へ飛び降り、安土山の山林の中へ走り去って姿を消した。

 

「レギウスの……力……?」

 

「な……何だったんだ一体……」

 

 しばらくは誰もが呆然として、その場から動くことさえできなかった。数分後、通報を受けたパトカーと救急車が到着し、天主に乗り込んできた救急隊員たちが倒れていた負傷者を搬送していったが、幸いにも俊一と千秋にはケガはなく無事であった。


 まるで夢か漫画のような奇想天外な出来事だったが、事の次第はすぐに明らかとなった。その日の夜、事件を受けて日本政府が緊急記者会見を開き、驚くべき情報を世間に公表したのである。

 

「人間がある日突然、恐ろしい力を持った怪人に変貌するという事件が、このところ全国各地で相次いでおります。本日、安土城に出現したカマキリ型の怪人もその一種です。詳しい原因はまだ不明ですが、持って生まれた遺伝性の体質が何らかのきっかけで人体に変異を引き起こすものと推測されており、我々はこの怪人群をレギウスと呼称しています」

 

 会見に立った内閣官房長官はテレビカメラの前でそう説明した。
 怪人――レギウスと化した人間については他にも数例、警察が確認しており、以前から水面下で秘密裡に調査を進めていたところに今回の事件が起きてしまったのだという。

 

「他の数例のレギウスというのは、具体的にどんなケースですか?」

 

「遺伝性の体質が原因とのことですが、レギウスになる体質を持つ人間というのはどれほどの割合でいるのですか?」

 

「そうした体質を生まれ持った人が、実際にレギウスに変異することになる要因は一体何でしょうか?」

 

 次々と投げかけられた記者団からの質問に対して、答える官房長官の歯切れは悪かった。

 

「レギウスについて、確かなことは残念ながらまだほとんど分かっておりません。過去のレギウス変異者について個人情報の公開は致しかねますが、親子、また兄弟でレギウスになったという例が数件報告されており、このことから遺伝性のものと推測されていますがまだ断定はできません。

 レギウスになる可能性を持った人が現在どれほど存在するかは不明ですが、実際にレギウスに覚醒した人の数は、なぜか今年に入って急激に増加しているのが現状です」

 

 もし遺伝的な要因だとしたら、レギウスになれる人間は昔から一定数いたはずだが、そうした人の全てが実際にレギウスになるとは限らず、何らかのきっかけで覚醒しなければ一生普通の人間のままで終わることも十分あり得る。
 だが、覚醒者の数はこの何ヶ月かで原因不明の急増を見せており、そのためレギウスへの警戒レベルが今は格段に上昇しているというのだ。

 

「レギウスに変異した人間の人格については、変異前と特に変わらないことが既に確認されております。もし善良な市民がレギウスになっても、性格はそれまでと同じく善良なままで、急に凶暴化して人を襲い始めたりは致しません。レギウスは計り知れない力を持った存在であるとはいえ、必ずしも全てが我々の脅威になるというわけではありません」

 

 官房長官はそう付け加え、必要以上に動揺しないよう国民に呼びかけた。とは言え、善良で無害な人だけが力を持つようになるとは限らないのは、十数人の重軽傷者が出てしまった今回の事件が証明した通りである。

 

「警察の取り調べによれば、あのオッサンは前から大量殺人願望があって、レギウスの力に目覚めたのをいいことに観光地に来て人を大勢殺そうとしたんだってさ。幸い、すぐに倒されたから死人までは出なくて済んだけど、そういうサイコキラーみたいな奴があんな強力な怪物になったら大変だよな」

 

 自宅のテレビで会見の中継を見ながら、電話で千秋と話し込む俊一。もう少しで自分たちも死ぬところだったのだから、不安になるなと言われてもとても無理なのが実情だった。

 

「怖いよね。あんな怪人、警察を呼んでも多分どうしようもないだろうし…」

 

 安土城の7階から地面に投げ落とされたマンティスレギウスはそれでも生きていて、人間の姿に戻って倒れていたところを駆けつけた警察に逮捕された。
 かなりの傷を負ってダウンしていたから常人の警官でも取り押さえられたが、千秋が言うようにもしレギウスの状態のままなら例え拳銃を使っても制圧は難しく、もっと多くの犠牲者が出る大惨事になっていたかも知れない。

 

「でも、私たちを助けてくれたあの狼のレギウスは誰なのかな?」

 

「さあな。レギウスの力を、正義のヒーローみたいなことに使ってる人もいるのかな」

 

 人格が豹変するわけではないとすれば、そういう道を選ぶ正義感の強いレギウスもいるだろうか。もし自分がある日突然レギウスになったとしたら、一体どんな生き方をするだろう。あるいは、どんな生き方をすれば良いのだろう。

  そんな風に漠然と頭の中で思いを巡らせてみる俊一と千秋だったが、二人はまだ、このレギウスの力が自分たちにも実際に深く関わることになる運命を知る由もなかったのである。