EPISODE25『今はまだ、それだけで』

 

 組み合った状態のまま霧崎総合病院の窓から地上に転落したイーグレットレギウスとクラブレギウスは、病院の駐車場を舞台に激しい戦いを繰り広げていた。蟹のような両手の鋏を振るって襲いかかってくるクラブレギウスの攻撃を、イーグレットレギウスは両腕の翼で羽ばたいて作った揚力に乗りながら身軽なバックステップでかわす。

 

「邪魔はさせんぞ。『レ号計画』のデータは我らザヴァックが必ず頂く!」

 

「……『レ号計画』? 何のことかしら」

 

 聞いたこともない謎の言葉に一瞬戸惑ったイーグレットレギウスに、横から別のレギウスがタックルを浴びせて転倒させる。先日も戦ったばかりの強敵・ビートルレギウスである。

 

「くっ……!」

 

「今度こそ捻り潰してやる。脆弱な遺伝型のレギウスめ」

 

 カブトムシのような長い角から破壊光線を乱射し、病院の駐車場を無差別爆撃してビートルレギウスはイーグレットレギウスを圧倒した。停めてあった何台もの車が爆発し、あちこちに火柱が上がって夜の戦場を明るく照らす。

 

「たあっ!」

 

「一匹だけでこの俺に勝てると、前回の戦いを経験してもまだ信じているのか? 命知らずめ」

 

 掌から光弾を放って撃ち返し、相手がそれを防いでいる隙に一気に間合いを詰めて格闘に持ち込むイーグレットレギウスだったが、ビートルレギウスの頑丈なボディにダメージはほとんど与えられず、逆に凄まじい力で殴り倒されてしまう。そこへすかさずクラブレギウスが突進し、立ち直った彼女の左肩を右手の大きな鋏で挟んだ。

 

「ううっ……!」

 

「見えるか霧崎院長! 愛する娘の腕を根元から切り落とされたくなければ、早く資料を渡せ!」

 

 鋏に徐々に力を込めながら、3階の院長室の窓から戦いの様子を見ていた靖尚と聡美にクラブレギウスは大声で呼ばわって要求を呑めと脅す。

 

「麗香!」

 

「お……お父様、お母様、私はいいから……っ!」

 

 激痛に耐えながら必死に声を絞り出すイーグレットレギウスの肩に鋏が喰い込み、傷ついた白銀の装甲から火花が散る。だがその時、夜の闇を切り裂くように唸りを上げて繰り出されたライオンレギウスの強烈なドロップキックが、クラブレギウスを蹴り飛ばしてイーグレットレギウスの危機を救った。

 

「獅場くん……!」

 

「余計なお世話で悪いけど、やっぱり放っとけなくてな」

 

 駐車場の端に停めてあったジープを燃やす炎は病院の建物にも引火しようとしている。イーグレットレギウスがそれに気づいた次の瞬間、ジープは横から強い衝撃を受けて吹っ飛び建物の壁から遠くへ離れた。ウルフレギウスが車体を蹴り飛ばし、妹の黒津綾乃が入院している病院を火の手から守ったのだ。

 

「黒津くん……」

 

「妹を焼き殺されちまっちゃたまんねえからな。勝手に助太刀させてもらうぜ」

 

 入り乱れて戦う五体のレギウスたち。クラブレギウスの鋏によるチョップをライオンレギウスのカンフーの蹴りが弾き返し、ウルフレギウスの喧嘩殺法のパンチをビートルレギウスが防いで頭の角で突き刺す。倒れたウルフレギウスの頭上を飛び越えてイーグレットレギウスが華麗な飛び蹴りを見舞うが、ビートルレギウスはキックの直撃に耐えて胸で跳ね返した。

 

「グッ……!? ウァァッ……!」

 

「またかよ。意外と病弱な奴だな」

 

 突然ビートルレギウスが変調を起こして苦しみ始めたので、立ち上がったウルフレギウスは体についた埃を払いながらフンと鼻を鳴らす。前回の戦いの時と同じ異常が、この超パワーを持つ怪人の肉体を蝕んでいるのだ。

 

「ありゃりゃ。早くも体が悲鳴を上げちゃったか。やっぱり休み無しの連戦はきつかったかな」

 

 物陰から戦いを見ていたウィルヘルミナがそう言って頭を掻きながら手に持ったスマートフォン型のコンピューターで数値を確認する。予想よりずっと早く活動限界が来てしまったビートルレギウスが地面に膝を突くと、ウルフレギウスは容赦なく止めの一撃を繰り出す構えに入った。

 

「喰らえ! ブレーザーヴォルフパンチ!!」

 

「ヤバっ! 工作員GZ-6号、ガードに入って!」

 

「グッ、了解です。隊長!」

 

 ウィルヘルミナの指令を受けたクラブレギウスは交戦していたライオンレギウスを無視して猛然と駆け出し、ビートルレギウスとウルフレギウスの間に割って入る。ビートルレギウスを狙って打ち出されたウルフレギウスの必殺の鉄拳が、楯となってその前に立ちはだかった彼の胸に炸裂した。

 

「グァァァッ!!」

 

「おっと。身代わりかよ。健気なもんだな」

 

 エネルギーを灯した渾身のパンチを代わりに受け、倒れて爆死するクラブレギウス。ブレイバーフォースの特殊装甲車両・ブレイバーギャロップも病院からの通報を受けて到着し、ヘッドライトの下に装備された二門の砲塔から消火用の冷凍光線を発射して駐車場の火災を消してゆく。

 

「大人しく投降しなさい!」

 

 車から降りてきた寺林澄玲隊員はライオンレギウスらの方を一瞥してから振り返り、遠くから無線で指示を送っていたウィルヘルミナに向けて光線銃ブレイバーライザーで射撃した。

 

「あ~あ、こりゃ完全にチェックメイトだね。悔しいけど退却しよう。今日はここまで!」

 

 足元に威嚇射撃を浴びせられたウィルヘルミナは形勢不利を悟って撤退を命令。苦しみながらビートルレギウスは夜空へ飛び立ち、ウィルヘルミナ自身も夜陰に紛れて逃走した。

 

「フン、ベルシブの鼠どもの作戦は失敗の上、レギウス一匹の損失か。まあ上々だろう」

 

 病院の屋上で高見の見物をしていた苅部睦月も戦闘の終結を見て満足げに立ち去る。駐車場の火災が全て鎮火した時には、ライオンレギウスたちの姿は夜の闇の中に溶け込んでしまったかのように消えてどこにもなかった。

 

「麗香……」

 

 一部始終を3階の窓から見つめていた霧崎夫妻は大きく嘆息して娘を案じたが、それについてずっと考え込んでいる暇はなかった。火事とレギウス同士の戦闘でパニック状態となっている入院患者たちを落ち着かせて各自の病室に戻らせ、病院の代表として警察とブレイバーフォースの事情聴取に応じて事の次第を詳しく説明しなければならない。今夜も二人には眠る時間などなさそうな気配であった。


 翌朝、霧崎家の広いリビングルーム。

 

「うぅっ……」

 

 深夜の激闘の後、一人で家に帰った麗香は居間のソファーで横になり、そのまま朝まで眠ってしまっていた。窓から射し込む朝日に頬をくすぐられて目覚めた麗香は、ふと自分の上に温かい毛布が掛けられていることに気づく。

 

「私、毛布なんて出して来たかしら」

 

 疲れ果てて帰って来て気絶するようにソファーに倒れ込んだのは覚えているが、その前に部屋から毛布を持って来るということはした記憶がない。不思議そうに首を傾げて立ち上がった麗香は、テーブルの上に可愛らしい花柄のハンカチに包まれた弁当箱が置いてあるのを目にした。

 

「まさか、お母様……?」

 

 あんな事件があった直後のこと、病院がてんやわんやのスクランブル状態で聡美も昨夜は一睡もする暇はなかったであろうことは想像に難くない。それなのに、わざわざ家まで来てソファーで寝ていた自分に風邪を引かないようにと毛布を掛け、学校に持って行く昼食の弁当まで作っておいてくれたというのか。普段は関係が冷え込んでしまっている義母の優しい心遣いに、麗香は胸が熱くなった。

 

「ありがとう。お母様」

 

 互いに忙しさもあり、複雑過ぎる事情や心情もあって血の繋がっていない義理の母娘がじっくり話し合える機会はなかなか巡って来ない。それでも、今はこれだけで十分だと麗香は思った。言葉にならない母の思いは、しっかりと受け取ることができたから。