EPISODE12『魔物たちの饗宴』

 

安土市の中心部にそびえる、巨大な久峨コンツェルン本社ビル。

その中にある久峨建設株式会社の社長室で、

筑井敏弘は声を潜めながら何者かと電話での密談をしていた。

 

「何っ? ではライオンレギウスは野球部員ではなかったと……?」

 

「はい。確かに全員が集合していた野球部とは別の方向から出現したので、間違いありません。

 どうやら私めの情報収集にミスがあったようで、まことに申し訳ございません」

 

「あの試合に出場していたオウルレギウスの報告によれば、

 グラウンド上にいた江星高校の選手の一人がライオンレギウスになったという話だったが、

 それが奴の事実誤認だったということか?」

 

「いえ、事前のリサーチのどこがどのように間違っていたかについては現在、

 急ぎ調査中でありまして確かなことはまだ分かっておりません。

 いずれにせよ、ライオンレギウスの正体は何者なのか、

 野球部に絞っていた捜査範囲をもう一度学校全体へ拡大し直す必要があるかと存じます」

 

「よく分かった。引き続き、この件はお前に一任する。

 前回は学校の付近で派手な戦闘をした末に討ち漏らしたとのことだが、

 そのような周囲の注目を集めて警戒される行動は控え、くれぐれも慎重に事を進めろ」

 

「承知致しました。では」

 

何者かとの通信を切った筑井は椅子から立ち上がると、

壁についた小さなボタンを押して社長室の隠し扉を開けた。

自動ドアで隠されたクローゼットの奥に四角い大きな水槽があり、

紫色の液体が満たされたその中に、ピンク色の小鳥のようなロボットが沈められている。

 

「ピピッ……破壊……抹殺……ウウッ……」

 

「人間だけでなくメカにも洗脳効果があるかどうかは疑問だったが、

 魔力で稼働している機械生命体の思考も、麻薬の成分によって狂うのは同じのようだな。

 聖具獣とてスアレスマンダリンの毒に浸れば催眠状態となり、

 己の意志が麻痺して我々の言いなりになるのは避けられない様子だ」

 

ドイツから輸送されたスアレスマンダリンから抽出した溶液に浸され、

聖弓獣ミレーラは催眠術にかかったように自我を失ってゼルバベルに洗脳されていた。

かつて異界の大魔術師がレギウスを滅ぼすために造り出したという聖具獣は、

ゼルバベルの世界征服の実現に邪魔な敵対するレギウスたちを倒すのにも大いに利用できる。

前回の戦いでは間一髪で逃げられてしまったが、もしミレーラの矢を直撃させることができれば、

あのライオンレギウスとて決して無事では済まないだろう。

 

「ベルシブの鼠どもも既に日本で暗躍し始めている……。

 だが日本もベルシブも、所詮は滅びゆく斜陽の旧体制でしかないのだ。

 世界はいずれ、スコーピオンレギウス様を帝王と崇める我らゼルバベルに全て支配されるのだからな」


「今の大和政友会は、もはや結党当初の理念や精神を失って迷走している!

 太陽政策などと言ってベルシブの独裁政権への弱腰外交に舵を切り、

 この日本を奴らの食い物にさせる売国奴に堕ちてしまった高畑党首にはもうついて行けん!

 かくなる上は大和政友会を離党し、今度の選挙は私一人で勝負に出るぞ!」

 

解散総選挙で日本の政界が大きく動きつつある中、そう意気込んでいるこの男は熊谷毅。

右派の野党である大和政友会に属していた衆議院議員で、党内きってのタカ派の急先鋒である。

彼は党首の高畑且元がベルシブ共和国の工作員のハニートラップにまんまとかかり、

党の特色の一つだったベルシブの独裁政権への対決姿勢を捨てて迎合したことに失望。

高畑に離党届を叩きつけ、今回の選挙では無所属として埼玉県の選挙区から出馬していた。

 

「日に日に緊迫しつつある東南アジア情勢に、

 我が日本も強い覚悟をもって臨んでいかなければなりません!

 ミサイル防衛を中心とした国防の強化を推し進め、

 ベルシブの独裁政権に断固たる態度で圧力をかけていこうではありませんか!」

 

精力的に街頭演説をこなして有権者に支持を呼びかけた熊谷は、

夜遅くになって選挙カーを撤収させ事務所へ戻ろうとする。

マイクを片手に熱弁を振るって疲れて汗をかいたので、

熊谷は車の窓を開け、風を入れて涼もうとした。

 

「おっ、虫が入ってきてしまったな」

 

窓から車内に飛び込んできた一匹の虫。

熊谷はさほど気にせず、それを無視しようとした。

ところが、その虫はよく見ると生物ではなく小型のメカであった。

蛍のような形をしたそのロボットはライトを妖しく点灯させながら、

内蔵されたスピーカーから人間の音声を再生して車内に響かせる。

 

「熊谷よ、これ以上勝手な真似をすれば貴様の命はないと、

 何度も警告していたはずだが忘れたのか?」

 

「なっ……!?」

 

大和政友会を離党して一匹狼として独自の道を進むことにした熊谷に対し、

脅迫の電話や手紙が届いたことは何度かあった。

そんなものに屈していては政治家などやっていられないと、

敢えて相手にもしていなかった熊谷だったが、

メッセージを再生し終えた虫型メカは彼の目の前で自爆して消滅する。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

その時、住宅街の細い道に入った選挙カーが、

突然何かにぶつかったように強い衝撃と共に停車した。

驚いて座っていた後部座席から運転手に声をかける熊谷だが、

運転手は何かに怯えたようにガタガタと震えたまま前を見ていて返事をしない。

 

「まさか事故でも起こしたんじゃないだろうな。

 もしそんなことになれば選挙どころじゃ……」

 

身を乗り出してフロントガラスの向こうを見た熊谷も途端に蒼ざめ、言葉を失った。

頭に長い角を生やしたカブトムシのような怪人が、

選挙カーを両手で受け止めて前進を阻んでいたのだ。

 

「レ、レギウスだ……!」

 

その怪人――ビートルレギウスは選挙カーを怪力で持ち上げ、

前輪を浮き上がらせて傾ける。

 

「ひええっ! た、助けてくれ~!」

 

選挙カーに乗っていた熊谷と彼の秘書やスタッフたちは悲鳴を上げた。

その豪腕で軽々と選挙カーを投げ飛ばそうとするビートルレギウスだったが、

次の瞬間、車はビートルレギウスの手を離れて真上に浮上し、

そのまま空中で後退して離れた場所にゆっくりと着陸する。

 

「……貴様は!?」

 

「政治家のボディーガードみたいな仕事は気が乗らないが、

 誰であろうと人の命を奪おうとする奴はもっと許せないからな!」

 

ビートルレギウスから奪い取るように選挙カーを持ち上げて空輸したのは、

紅蓮の装甲を纏ったフェニックスの超戦士・天凰輝シグフェルであった。

地上に下ろした選挙カーの上に颯爽と立ちながら、

煌々と輝く満月を背にしてシグフェルは名乗りを上げる。

 

「天が煌めき、凰が羽撃く。輝く我が身が悪を断罪せよと駆り立てられる!

 天凰輝シグフェル、戦神(マーズ)の剣とともに見参!」

 

「なるほど、貴様が噂のシグフェルか。

 だが最強のレギウスとして生まれたこの俺の敵ではない!」

 

「行くぞ!」

 

選挙カーの上から飛び降りたシグフェルはビートルレギウスと戦闘を開始する。

その間に選挙カーに駆け寄った錦織佳代がドアを開け、中にいた熊谷らを避難させた。

 

「さあ、早く逃げて!」

 

シグフェルの腕を掴み、凄まじい力で引っ張って背負い投げを見舞うビートルレギウス。

空中に放り投げられたシグフェルは翼を羽ばたかせて投げ技の勢いを軽減し、

身を捻ってひらりと着地する。

すかさず突進してきたビートルレギウスの胸に、

シグフェルは再び翼で揚力を作って体を持ち上げてのハイキックを浴びせた。

 

「ふむ……その程度か」

 

「異常なほどのパワーと耐久力だな……。そこらのレギウスとは質が違う。

 でもちょっと無茶してるんじゃないのか?」

 

戦闘経験では明らかにシグフェルの方が上であり、

洗練された技と冷静な読みで戦いを押し気味に進めているが、

瞬間的に発揮される馬力ではビートルレギウスが上回っており、

もし油断して攻撃をまともに喰らえば無事では済まないだろうとシグフェルは警戒する。

ただ、これほどの爆発的なエネルギーの急上昇は肉体にかかる負荷も大きいはずで、

限界を超えて無理に強さを引き出しているような印象も受けるのだ。

 

「このままじゃ光平が危なそうだね。相手はどうやらリミッターが外れてるみたいだし」

 

熊谷たちを避難させて戻ってきた佳代が厄介な状況を見て取り、

シグフェルを援護するため煙幕玉を懐から取り出して投げつけようとする。

だがその時、物陰から出てきた大勢のロボット兵士たちが佳代を取り囲んでそれを阻んだ。

魔人銃士団ゼルバベルの戦闘員・バベルロイドである。

 

「ギギィッ! 伊賀の忍びめ。抹殺する!」

 

「なるほどね~。今ならシグフェルが釘付けにされてて助けに来れないから、

 邪魔なアタシを始末するチャンスと見たわけだ。こりゃ随分と舐められたもんだねえ」

 

バベルランスと呼ばれる長槍を手にしたバベルロイドの群れが一斉に襲いかかるが、

冷ややかな怒りの籠もった目でそれを見据えた佳代は身軽な跳躍で槍をかわすと、

落下の勢いを利用した鋭いキックでバベルロイドの一体の首を蹴り折った。

折れた首から漏電しながら倒れ、その戦闘員は機能停止して動かなくなる。

 

「タァッ!!」

 

忍刀を抜いた佳代は突っ込んできたもう一体のバベルロイドの槍と切り結び、

振り上げた逆袈裟の一閃でその特殊金属製のボディを斬り払った。

気合を込めた刃が勢いよく走り抜け、バベルロイドの硬い装甲から火花が上がる。

 

「消えて無くなれ!」

 

「おっと!」

 

一方、ビートルレギウスは頭の長い角にエネルギーを集め、破壊光線に変えて撃ち出した。

火星剣マルスエンシスを構えたシグフェルはその刃でビームを払いのけ、

佳代とバベルロイドが戦っている方向へと弾き飛ばす。

佳代に突撃しようとしていたバベルロイドたちが五体まとめて光線に貫かれ、薙ぎ倒されて爆発した。

 

「光平、ナイスアシスト! ……って、危ないっ!」

 

シグフェルの方に振り返って笑顔を見せた佳代は、

横からシグフェルに突撃してくる別の敵の姿を見て咄嗟に声を上げた。

スキンヘッドのような丸い頭を向けながら、

恐竜を思わせる姿の怪人がまるで闘牛のように猛然と突っ込んできたのだ。

 

「うわっ!」

 

「グォォッ!」

 

不意打ちの頭突きを受けたシグフェルとビートルレギウスが同時に吹っ飛んで地面を転がる。

戦いに乱入してきたのは、白亜紀の恐竜パキケファロサウルスを彷彿とさせるレギウスだった。

 

「日本もベルシブも、偉大なる我らゼルバベルの帝国に討伐されて滅びる定めにあるのだ。

 下らぬ潰し合いをしている暇があったら、力を合わせてかかって来たらどうだ?」

 

パキケファロレギウスはそんな挑発の言葉を吐いて嘲笑うと、

再び重戦車のように突進してビートルレギウスにヘディングを浴びせた。

振り向いて今度は自分を狙ってきたパキケファロレギウスの石頭に、

シグフェルがマルスエンシスを振り下ろすがビクともしない。

 

「あいつはともかく、俺は別にどこかの国の尖兵として戦ってるわけじゃないけどな。

 ただ世界を恐怖に陥れようとするお前たちのような邪悪が許せないだけだ!」

 

「フン……そんな綺麗事をいつまでも喚いていれば、

 もっと大きな恐怖にこの世界が呑み込まれることになるのが分かっていないようだな」

 

「もっと大きな……?」

 

首のスナップでマルスエンシスを押し返したパキケファロレギウスの科白に、

意味深なものを感じたシグフェルはその真意を問い質そうとするが、

相手はそれきり黙したまま口を開こうとしない。

そこへビートルレギウスが横から殴りかかり、パキケファロレギウスを攻撃した。

 

「わざわざ貴様らがそれを心配する必要はない。俺のような進化を遂げた新たなレギウスが、

 復活した魔王ヴェズヴァーンの侵略を苦もなく退けるだろう」

 

「なるほどな……悪には悪なりのもっともらしい大義名分ってのがあるわけだ」

 

以前、大天使セレイアから光平が聞かされた魔王ヴェズヴァーンの復活。

ゼルバベルにせよベルシブにせよ、その脅威があるからこそレギウスの力で強引にでも世界を統一し、

強固な迎撃態勢をこの地球に構築しようとしているらしい。

大体の事情が読めてきたシグフェルは、興味深げにうなずいた。

 

「見せてやる! 軟弱な遺伝性のレギウスとは次元の違う、この俺のパワーをな」

 

ビートルレギウスは角からビームを乱射し、四方八方を無差別爆撃した。

あちこちに爆発が起こり、火柱が上がる。

 

「くっ……GARU!」

 

シグフェルが名前を呼ぶと、遠くから一台のバイクが自動操縦で駆けつける。

GARU(ガル)という愛称を持つマシンガルーダが猛スピードで爆発の中に突入してくると、

シグフェルと佳代はそれに飛び乗って素早く戦場を離脱した。

 

「逃げられたか……うっ!」

 

爆発が収まった後、パキケファロレギウスの姿もそこにはなく、

討ち漏らしたと悟ったビートルレギウスは急に苦痛を覚えて地面に膝を突いた。

先ほどシグフェルに指摘された通り、無理にパワーを上げた反動で体に負荷がかかっていたのだ。

倒れたビートルレギウスはジュマート富樫の姿に戻った。

 

「お疲れさんっと♪ 体がぶっ壊れそうになるまで戦う不屈のスピリッツ、

 まるで高校球児みたいで感動的だったよ。

 とはいえ、パワーアップに体がついて来れてないのはやっぱり問題だよね。

 パパに報告して改善してもらわなきゃ」

 

物陰からずっと戦いを見守っていたウィルヘルミナが出てきて、

意識を失って倒れ伏しているジュマートを眺めつつ楽しそうに笑う。

女の子とは思えない腕力で彼の体を持ち上げて担ぐと、

ウィルヘルミナは夜の闇の中へと消えていった。


一方、爆発の中から離脱したパキケファロレギウスは、

一体だけ破壊を免れて残ったバベルロイドと共にビルの屋上に立っていた。

背後に現れた者の気配に気づくと、彼はすぐに振り返って恭しく跪く。

 

「申し訳ございません。シグフェルも伊賀のくノ一もベルシブの鼠も、

 いずれも討ち取るには至りませんでした」

 

「フン、まあいい。そう簡単に片づいたんじゃ面白くないからな」

 

姿を現わしたティラノレギウスは、そう言って牙を剥きながら愉悦を見せる。

その迫力は、配下であるパキケファロレギウスですら寒気を覚えずにはいられないほどであった。

 

「戦果がゼロな上、戦闘員も多く失ってしまい面目ありません。

 残ったのはこの一体のみで――」

 

パキケファロレギウスが詫びの言葉を言い終わる前に、

ティラノレギウスは指先から光線を発射してそのバベルロイドを撃った。

ビームが貫通した首がもげ、頭が落ちて屋上のコンクリートの床を転がる。

 

「何を――」

 

「残敵による狙撃、だな。全く奴らも侮れん」

 

そう冗談を言って嗤いながら、ティラノレギウスは自分の足元に転がってきたバベルロイドの頭を踏み潰して大破させた。

ロボットの動きを司る電子頭脳の破片に混じって、バラバラに砕けた小型の盗聴器の残骸が散乱する。

 

「これは……!」

 

「久峨の奴め、うっかり俺に気を許した迂闊者のふりをして、

 こんな小細工で監視をしていたとはな。

 バベルロイドは信用できんので今後はもう使わん。

 もっと優秀な戦闘員としてこいつらを用意したぞ。どうだ?」

 

ティラノレギウスの背後に、赤紫色の強化スーツを着た戦闘員たちが現れて整列する。

ゼルバベル東日本方面軍の戦闘員として彼が自前で仕立て上げた、

バベルQと呼ばれる兵士たちである。

 

「こいつらは俺に忠誠を誓うよう洗脳された凄腕のテロリストどもだ。

 日本の刑務所に収監されていた【ウラルの狼】の連中をまずは手懐けて兵隊にしてみた。

 どれくらいやれるか、次の作戦に投入して試してみろ」

 

「心得ました。これはなかなか役に立ちそうな者どもで……」

 

ロシアで恐れられていた血も涙もない反政府テロ組織のメンバーが、

今はティラノレギウスの忠実な兵士となって直立不動で敬礼している。

独自の戦力を増強したゼルバベルの東京支部はティラノレギウスの下、

いよいよ動き出そうとしていた。