EPISODE22『進化した甲虫戦士』

 

 自動車に積まれていた爆弾が爆発し、大炎上するガソリンスタンド。中で給油をしていた客や店員たちが火達磨になり、炎の中でのた打ち回る。だがそこへ、空からイーグレットレギウスか高速で飛来し燃え盛るガソリンスタンドの中へ突入した。

 

「大丈夫ですか? しっかりして!」

 

 全部で十人ほどいた客と店員を両手にぶら下げて飛び立ったイーグレットレギウスは、すぐ近くを流れている川まで彼らを運ぼうとする。ガソリンスタンドの火災の中から出て来たブラックバスレギウスはそれを撃ち落とそうと、魚のヒレのような形の右手を前方に突き出し、眩しく発光させて手先にビームのエネルギーを充填した。

 

「させるかっ!」

 

 ブラックバスレギウスがビームを発射しようとしたその瞬間、すかさずライオンレギウスが横からタックルを浴びせて妨害する。体勢を崩したブラックバスレギウスが放った稲妻のような破壊光線は、狙いを大きく外れて近くの信号機を破壊した。

 

「貴様! 我らゼルバベルの邪魔をすれば死ぬことになるぞ!」

 

「やっぱりゼルバベルの仕業か。とんでもないことを……許さん!」

 

 路面のアスファルトや道路脇の街路樹にもガソリンスタンドの炎が引火し、黒煙が立ち込める中でブラックバスレギウスとの戦闘を開始するライオンレギウス。その間にイーグレットレギウスは空輸した人々を川の浅瀬に降ろし、体に燃え移っていた火を川の水で消火させる。

 

「レギウスだ! レギウス同士が戦い始めたぞ!」

 

 R国党の街宣車の周囲に集まって街頭演説を聞いていた人々が、路上で勃発した二体のレギウスの激しいバトルに慄いて騒ぎ出す。我先にと逃げ出す者もいれば恐怖で腰を抜かしてへたり込む者もおり、固唾を呑んで戦いを見守る者もいればスマートフォンを取り出して夢中で撮影している者もいる。

 

「あれって、噂のライオンレギウスじゃないか?」

 

「頑張れ! あの魚みたいな凶悪テロリストをやっつけろ!」

 

「でも、本当に正義の味方なのか? 急にこっちに向かって来たりしない?」

 

「所詮あいつもレギウスだ。レギウスを信用するなって、さっきの演説でも言ってたじゃないか」

 

「って言うか、間違って光線とかが飛んで来たら危ないですよ!」

 

 人知れず悪のレギウスと戦う謎のヒーローとして以前から噂になっていたライオンレギウスを応援する者もいる一方、反レギウスを掲げる政党の演説を聞きに来ていた人々にはレギウス全体への不信感を持つ者も多く、両方に差別的な野次やブーイングを浴びせる声も聞こえてくる。騒然とした空気の中、ライオンレギウスは鋭い回し蹴りを敵の頭に見舞い、ブラックバスレギウスを道路のアスファルトの上に蹴り倒した。

 

「とんでもないことだと? それはどうだろうな。お前は人間どもの味方のつもりかも知れんが、その人間どもがこの先、我々レギウスにもっととんでもないことをしてくるという心配をしたことはないのか」

 

 立ち直ったブラックバスレギウスがせせら笑ってそう言うと、ライオンレギウスもわずかに戦いへの集中を乱されて一瞬考え込む。

 

「人間か、レギウスかなんていう区別自体が最初からナンセンスだ。俺はレギウスになっても、別に人間を辞めた覚えはない」

 

「俺たちの中では、確かにそういう認識だろうな。だが世間にとっては、レギウスとなった俺たちはもはや人外の化け物だ。そのように差別され迫害されてもなお、お前はこの歪んだ社会を守るために戦うのか?」

 

 騒いでいる群衆の方をちらりと振り向いたライオンレギウスの目に、「レギウスから国民を守る党」という党名が大きく書かれた街宣車が映る。これは確かになかなか心に刺さる名前だと苦笑しつつ、それでもライオンレギウスは相手の言葉を跳ねのけるように毅然と言い返した。

 

「だったらどうしろって言うんだ? こっちも人間たちを憎んで、この社会を滅ぼして世界を征服するのか? 人に嫌われたからってそんな凶行に走るほど落ちぶれてしまったら、それこそ人間失格と言われても仕方ないな」

 

 力強い口調でそう言ってのけながらも、そんな自分をどこか冷めた目で見ている自分がいることにもライオンレギウスは内心気づいていた。自分は結局、人間社会に絶望するほどの過酷な体験をまだほとんどしていない。今の言葉が正しいと信じている気持ちに嘘はないが、この先もっと困難な状況を経験してからでも同じことを言えるようでなければ自分の科白には大した重みがないと彼は分かっていた。

 

「我々レギウスの生き様に関する、なかなか哲学的な議論だな。実に興味深い。俺もディベートに混ぜてもらおうか」

 

「お前は……!?」

 

 群衆がどよめく中、道路の向こうからもう一体のレギウスがこちらに向かってゆっくりと歩いて来る。カブトムシのような長い角を頭に生やしたビートルレギウスは、みなぎる魔力を全身に迸らせながら両者の間に割って入った。

 

「何だ……? この不気味な瘴気は……」

 

「貴様、ただのレギウスではないな!?」

 

 纏っているオーラが自分たちとはどこか違う。言い知れぬ違和感を覚えて戸惑うライオンレギウスとブラックバスレギウスを、ビートルレギウスは甲羅を背負った重厚な体を揺らして嘲笑った。

 

「いかにも。お前たちよりも更に進化した、新たなレギウスだ」

 

「進化だと? 訳の分からんことを!」

 

 苛立ちを覚えたブラックバスレギウスが唸りを挙げて襲いかかるが、ビートルレギウスはそれを上回るパワーで殴り返し、たちまちブラックバスレギウスを吹っ飛ばして道路脇のガードレールに叩きつける。

 

「おのれ! ふざけるな!」

 

 ブラックバスレギウスはヒレ状の手から破壊光線を放ったが、ビートルレギウスは角の先端から同じようにビームを発射し、飛んで来た光線を押し返してブラックバスレギウスに命中させた。たまらず大爆発し、断末魔の絶叫と共にブラックバスレギウスは砕け散って消滅する。

 

「おっと、ろくにディベートもしない内に倒してしまったな。もう少し、奴なりのレギウスの人生論を拝聴したかったのだが」

 

「何て魔力だ……!」

 

 ブラックバスレギウスをいとも容易く消し去ってみせたビートルレギウスの強さに、ライオンレギウスは警戒して身構える。ゆっくりとにじり寄って来たビートルレギウスの腹に、こちらから一気に距離を詰めたライオンレギウスはムエタイの技のテンカウ(膝蹴り)を浴びせたが、タイ式の古武術の型に忠実に倣って打ち込まれた強烈な一撃でも相手はビクともしない。

 

「日本でゼルバベルが手を焼いているという獅子のレギウスとやらもこの程度か。先祖の血が既に薄まっている現代では受け継がれたレギウス因子も微量で、大したパワーを発揮できないようだな」

 

「くっ、どういう意味だ……?」

 

 今度はカンフーの技を繰り出したライオンレギウスのチョップを受け止めて手首を掴み、そのまま腕をねじ切ろうと力を込めて捻るビートルレギウス。激痛に耐えながら、ライオンレギウスは相手の言葉の意味を必死に考えていた。まるで通常の人間との交配で先祖の血が薄まっているライオンレギウスたちとは、自分は持っているレギウス因子の量が違うと言っているかのようである。

 

「この国は我々が破壊する。我々を生み出した罪の報い、歴史の因果というものを思い知るがいい!」

 

「歴史……? 何を言ってるんだ。さっきから……」

 

 凄まじい怪力で、ビートルレギウスは掴んでいたライオンレギウスの腕を引っ張り真上に放り投げた。重力に引かれて自分の上に落下してきたライオンレギウスの体を、ビートルレギウスはサッカー選手のような右足のボレーシュートで蹴り飛ばす。

 

「強いわ……。このままじゃ俊一がやられちゃう……!」

 

 電柱の陰に隠れて戦いを見守っていた千秋が、ビートルレギウスの圧倒的な強さに息を呑む。だがその時、国道の向こうからけたたましいバイクの爆音が響いてきた。

 

「おいおい、しっかりしやがれ。千秋の彼氏さんよ」

 

「く、黒津……!」

 

「耕司くん!」

 

 漆黒のスーパーバイク・ヴォルフガンダーが、凄まじい速度で戦いに乱入してビートルレギウスを撥ね飛ばす。急ブレーキをかけて停車したヴォルフガンダーから下りてきたウルフレギウスは、ビートルレギウスを睨んでガンを飛ばしつつ、倒れていたライオンレギウスに歩み寄った。

 

「遅くなったわ。大丈夫? 獅場くん」

 

「霧崎さん……!」

 

 火災に巻き込まれた人々の救助を終えたイーグレットレギウスも、川から戻って来て二人のすぐ横に着地する。自分の左右に立ったウルフレギウスとイーグレットレギウスの勇姿を見て、闘志を取り戻したライオンレギウスも痛みを堪えて再び立ち上がった。

 

「弱々しい遺伝型のレギウスどもが、いくら集まろうが物の数ではない!」

 

「そいつはどうかな? 舐めんじゃねえぞ!」

 

「行くわよ。まだ戦えるかしら? 獅場くん」

 

「ああ。勿論だ!」

 

 先陣を切り、餓狼のような咆哮と共に猛然と殴りかかるウルフレギウス。そのパンチを片手で弾き返したビートルレギウスに、続けて突進したイーグレットレギウスが華麗なハイキックを見舞う。これも片腕でガードしてみせたビートルレギウスだったが、間髪入れずに突っ込んできたライオンレギウスが右手の鋭い爪で斬りつけると、とうとう怯んだようによろめき、後退して地面に片膝を突いた。

 

「おのれ。消え失せろ!」

 

 角からのビームを三方向に同時発射し、三人をまとめて吹き飛ばすビートルレギウス。だが敵を包囲するように距離を取りながら広く散開したライオンレギウスたちは魔力を高めてエネルギーチャージし、それぞれの必殺技の体勢に入る。

 

「フリーザートルネード!」

 

「ブレーザーヴォルフパンチ!!」

 

「シャイニングレオンキィィック!!!」

 

「グォォォッ……!!」

 

 超低温の竜巻を受けて胸部の装甲を瞬時に氷結させられたビートルレギウスに、黒い閃光を纏った荒々しいパンチが叩き込まれ、続けて真っ赤な光熱を帯びた高空からの飛び蹴りが炸裂する。さしものビートルレギウスも三体のレギウスの連続攻撃を喰らってはダメージを免れず、打撃を受けた胸から火花を散らして倒れ込んだ。

 

「やったぁっ!」

 

 戦いを見ていた千秋も、三人の見事な連携プレーによる鮮やかな形勢逆転に手を叩いて喜ぶ。地面に仰向けに倒れたビートルレギウスは起き上がることができず、傷ついてヒビの入った胸の装甲から白煙を噴きながらもがいている。

 

「グッ……まだだ……この程度の攻撃……うっ……グァァッ……!」

 

「どうしたんだ? 様子が変だぞ」

 

 急に頭を抱えて苦しみ出したビートルレギウスの異変にライオンレギウスが気づく。三つの必殺技を受けたこと自体はそれでも致命傷には至っていないが、それとは別の変調が原因で体中に痛みが走っているようだ。

 

「覚えていろ。最強のレギウスは……この俺だ……!」

 

 何とか立ち直ったビートルレギウスは背中の甲羅を開いて羽を展開し、上空へと逃げ去った。イーグレットレギウスがすぐに追って飛び立とうとするが、ウルフレギウスが片手を挙げてそれを制止する。

 

「よせ。お前一人でどうにかなる相手じゃねえだろ」

 

「っ……!」

 

 飛行能力のないライオンレギウスとウルフレギウスをここに残してイーグレットレギウスだけで追撃したのでは例え追いついたとしても返り討ちに遭う危険性が高い。一人でも何とかしてみせる、と咄嗟に反論しようとしたイーグレットレギウスも、黙ってその言葉を呑み込まざるを得ないほど一対一での力の差は歴然だった。

 

「あいつ、俺たちのことを遺伝型のレギウスって呼んでたな。つまりあいつは遺伝型のレギウスじゃない。でもレギウスって先祖から因子が遺伝してなるものだろ? そうじゃないとしたら、あいつは一体どういう理由でレギウスになったんだ……?」

 

 ライオンレギウスが発した疑問の答は誰にも分からなかった。言葉の意味から論理的に推測できることとしては、ビートルレギウスはレギウスの力を遺伝によって先祖から受け継いだのではないとしたら、自分自身が何らかの形で直接授かったということになる。であれば、それはどのような形で、誰から何の目的で授かったというのだろうか?

 

「あれこれ話したいのは山々だが、どうやら邪魔者が来ちまったようだぜ。それとも、あいつらに地球防衛軍の見解を訊いてみるか?」

 

 サイレン音が聞こえてきた方向を顎で指して、ウルフレギウスが言う。テロ発生の通報を受けて出動したブレイバーフォースの特殊戦闘車両・ブレイバーギャロップが、猛スピードでこちらへ向かって来るのが見えた。

 

「ブレイバーフォースに捕まると厄介だわ。今の内に退散しましょう」

 

「ああ。そうだな。二人とも、助けに来てくれてありがとう!」

 

 別に助けに来たつもりはない、と言いたげなウルフレギウスとイーグレットレギウスに、それを言う暇も与えずに大きくジャンプしてビルの向こうへ姿を消してしまうライオンレギウス。やれやれと舌打ちしてヴォルフガンダーに跨るウルフレギウスも、小さく首を振って翼を広げたイーグレットレギウスも、不満げな仕草を見せつつも内心まんざらでもなさそうな様子である。遠くから微笑ましくそれを見ていた千秋の方を一瞥してウルフレギウスが走り出すと、イーグレットレギウスも飛翔して空の彼方へ去って行った。

 

「あっ、千秋ちゃん!」

 

「ミーナさん!?」

 

 ブレイバーギャロップの車体に装備されたビーム砲から冷凍光線が発射され、ガソリンスタンドの消火が行なわれている中、自分もその場を去ろうと踵を返した千秋の視界に突然飛び込んで来たのは彼女の後ろに立っていたウィルヘルミナの姿だった。

 

「ここで一体何があったの? 急に大きな音がしたから、ビックリして様子を見に来たんだけど……」

 

「大丈夫よ。ミーナさん。悪いレギウスが現れて暴れてたんだけど、他のレギウスたちが来てやっつけてくれたわ」

 

「そうなんだ。日本では水と安全はタダだって言うけど、最近は結構テロが多いみたいね。怖いな~」

 

「そうね……。もう日本も安全が当たり前の時代じゃなくなっちゃったのかも。でも安土にはライオンレギウスがいるから心配ないわよ! 知ってる? 最近ネットで話題の正義のヒーローなんだけど」

 

 千秋がどこか自慢するようにそう言うと、ウィルヘルミナは一瞬にやりと口元を歪め、嬉しそうにその話題に乗った。

 

「うん。噂はちょっとだけ聞いたことあるかな。ねえ、今度詳しく教えてよ。そのライオンレギウスについてさ」

 

 そう言って明るくはにかむウィルヘルミナの笑顔は、確かに千秋も認めざるを得ないほど可愛い。しかしその美しいスマイルの裏にどんな秘密と真意が隠されているかは、この時の千秋には全く知る由もなかったのである。