第7話『闇の銃士団』

 

安土市の都心の外れにそびえ立ち、
琵琶湖の湖面に長い影を下ろしている巨大な黒い建造物。
ここは日本有数の大財閥・久峨コンツェルンの本社ビルである。

 

「オウルレギウスによる毒ガス作戦は失敗に終わったか」

 

その高層ビルの最上階の窓から安土の街並みを見下ろしつつ、
専用の黒いプレジデントチェアの上でゆったりと寛いでいる壮年の男。
久峨コンツェルンの総帥・久峨景章は、この世の全てを嘲笑うかのように口元を歪めた。

 

「十分な量の毒を散布する前に敵の妨害に遭ってしまったため、
 残念ながら死者は一人も出なかったとのことです。
 もう少し魔力が高ければ、吸った者を即死させることもできたのでしょうが…」

 

金髪の女性秘書であるジュディ・ミリガンが流暢な日本語でそう報告すると、
景章は机の上に置かれていた新聞を手に取り、
改めて昨日の事件の記事に目を通した。
高校野球の試合に出現したレギウスが散布した毒ガスで多数の被害が出たものの、
死者はゼロだったと報じられている。

 

「奴の魔力の低さは承知の上で敢えてテストさせたわけだが、
 やはりまだまだ未熟だったということか。
 今後、より大規模な作戦に投入するには改善を要するな」

 

安土江星高校と小谷工業高校の試合に現れて毒ガス攻撃を行なったオウルレギウスは、
何とこの景章が差し向けた尖兵だったのである。
新怪人の試運転を兼ねてのテロだったがガスの毒性が足りず、
誰一人として死に至らしめられなかったばかりか、
突如現れた謎の敵にも攻撃が通じず敗走する結果となったのは景章としては遺憾であった。

 

「恐るべき戦闘力を持った、獅子のような姿の戦士…。
 我々のデータにはない新たなレギウスが、また一人現れたようだな」

 

「球場の被害者の中にレギウス因子を持った者が偶然いて、
 それが毒ガスによる生命の危機に反応して覚醒したという可能性は考えられます」

 

だとすればオウルレギウスは単なる作戦失敗だけでなく、
厄介な敵までも新たに生み出してしまったことになる。
新聞を机に置いた景章はしばらく考え込んでから、
窓の下に広がる琵琶湖の景色を眺めつつ呟いた。

 

「魔王ヴェズヴァーンの復活の日は近い…。
 暗黒魔界からこの地球へ流れ込んでいる穢れた瘴気が、
 レギウスへの覚醒を促す呼び水となっているのだ。
 今後このようなことは更に増えるかも知れんが、まあいいだろう。
 強大なる我が軍団にとっては、所詮そのライオンレギウスとやらも虫けらに過ぎん」

 

例えオウルレギウスの性能試験を妨害されたところで、大勢にどんな影響があるというのか。
景章からすれば、新たなレギウスの一体や二体が何をどうしようと、
それは所詮ちっぽけなことであった。

 

「我々には、定められた時が来る前にやらねばならぬことがあるのだ。
 些細なイレギュラーに構っている時間は、今はない」

 

景章は何かを決意したようにうなずいて椅子から立ち上がると、
やがて恐ろしげな表情を浮かべてジュディに言った。

 

「ゼルバベルの銃士たちを招集せよ」


ジュディにエスコートされ、専用エレベーターに乗って最上階から降りる景章。
表向き、地下3階まである久峨コンツェルンの本社ビルだが、
エレベーターはそれを通過し、更に地底深くへと高速で突き進んでゆく。

 

「変身…!」

 

降下するエレベーターの中で景章が呟くようにそう言うと、
彼の体はどず黒い炎のような光に包まれ、
禍々しい毒サソリの化身・スコーピオンレギウスに変貌した。

 

「変身」

 

ジュディもそう呟き、黒猫のような姿の怪人・キャットレギウスに変化する。

 

「全員揃っているようだな」

 

エレベーターが止まって扉が開くと、そこには暗くおぞましい百鬼魔界が広がっていた。
闇に満たされた大広間に様々な姿をしたレギウスが何十体と居並び、
狂おしい雄叫びを響かせている。

 

「この地球は我らレギウスのもの…!
 弱く愚かな人間どもの社会を滅ぼし、
 強力な優越種たるレギウスが支配する新世界を築くのだ!」

 

スコーピオンレギウスが高らかにそう宣すると、
集まった無数のレギウスたちは一斉に拳を突き上げ、喚声を上げて主君の声に応えた。

 

「ゼルバベルに栄光あれ! 逆らう者には死を!」

 

ボスであるスコーピオンレギウスの下、
幾多の邪悪なレギウスが集って結成された怪人たちの大軍団。
世界征服を企む魔人銃士団ゼルバベルは久峨コンツェルン本社ビルの地下に築かれた、
このバベルの地底塔を基地としている秘密結社であった。

 

「総帥閣下。この度の失態、まことに申し訳ございません…」

 

スコーピオンレギウスの前に進み出たオウルレギウスは、
ひどく恐縮した様子で床にひれ伏し、作戦失敗を陳謝した。

 

「そちはまだ覚醒したばかりゆえ、
 レギウスの力を十分に使いこなせぬのは已むなきこと。
 今回は失敗だったが命は取らせておく。
 されば腕を磨いて魔力を高め、次の機会に汚名返上を賭けよ」

 

「ははっ…! ありがたきお言葉」

 

「レギウスに変身するところを多くの者に見られた以上、もはや元の生活には戻れまい。
 もう学校へも通えぬだろうが、フフフ……構うことはない。
 我らゼルバベルがこれから築く新たなユートピアでは、
 旧世界での教育や学歴など何の価値も持ちはせぬ」

 

目撃者を全員殺してしまえば問題ないはずだったが、
それが果たせなかったことで今後に支障が生じた。
これまではレギウスであることを隠しながら小谷工業高校に通学させ、
密かに市民の中に潜伏させて工作員としていたが、
オウルレギウスとなって公然とテロを行なったとなればもうそれもできなくなる。

 

「今後は我々の傘下で暮らし、このバベルの地底塔に常駐せよ。
 当面の間、塔内の警備の任務を与える」

 

「心得ましてございます…」

 

オウルレギウスを手駒として残しておくにはこうするしかなかった。
高校生だったオウルレギウスは家族と別れ、人間社会から去って、
この地下の魔城を棲みかとするゼルバベルの銃士の一人となったのである。

 

「我々に刃向かったあのライオンレギウスめについては、如何致しましょうや」

 

長い二本の角を生やしたガゼルレギウスがそう訊ねると、
魚人のような姿のサーモンレギウスが続けて発言した。

 

「奴を探し出すのはそう難しい作業ではございませぬ。
 ライオンレギウスは試合に出場していた江星高校野球部の誰かには間違いありませぬゆえ、
 野球部を襲えばきっとまた姿を現すでしょう」

 

「おう、それは名案だ。
 直ちに江星高校の野球部に襲撃をかけ、炙り出して奴を抹殺すべし!」

 

ベアーレギウスも熊に似た大柄な体を揺すりながら賛同したが、
スコーピオンレギウスは威厳に満ちた底冷えのするような声でそれを制した。

 

「待て…! 作戦の邪魔立てをしたライオンレギウスは確かに許せぬ存在だが、
 我らゼルバベルの目的はあくまでも世界征服。
 たかが高校生の野良レギウスの一匹や二匹、始末のために血眼になる必要はない。
 それよりも、一日も早くこの世界を我らの手中に収めるため、
 より大規模な作戦の準備を急ぐのだ」

 

首領であるスコーピオンレギウスの命令は絶対である。
配下のレギウスたちは畏まって服従し、異論を呈する者などはいなかった。

 

「恐れながら、オウルレギウスの他にもう一名、
 力のほどをテストしておきたい銃士が我が配下におります。
 今後、都市を焼き払うなどの焦土作戦でどこまで使い物になるか、
 何とぞ腕試しの機会をお与えいただきたく」

 

ザリガニのような姿をした、信頼を置く幹部のロブスターレギウスがそう願い出ると、
スコーピオンレギウスはゆっくりとうなずいた。

 

「良かろう。して、その者とは…?」

 

「ご紹介申し上げます。…スクィッドレギウス、これへ!」

 

ロブスターレギウスが合図すると、
殊更異様な姿をした一体のレギウスが群衆の中から進み出てきた。
10本の長い腕を持つ、イカの怪人スクィッドレギウスである。

 

「この私にお任せ下さいませ。ギェェーッ!!」

 

不気味な奇声を上げたスクィッドレギウスに地上への出撃が命じられる。
世界征服の野望を掲げ、恐るべき魔の帝国が遂に動き出した。