第6話『魔王復活の予言』

 

「ここは……?」

 

目を覚ますと、千秋は病院のベッドの上に寝かせられていた。
あの野球場でオウルレギウスの毒ガスを吸って意識を失った後、
駆けつけた救急車で安土市内の病院へ搬送されて治療を受けていたのだ。

 

「よっ、気がついたか」

 

「俊一……」

 

先に意識を取り戻していた俊一が、枕元に立っていた。
点滴を打ってもらったとのことで、もうすっかり元気そうな様子である。

 

「他のみんなも大丈夫だってさ。
 あの毒ガス、思ったより毒性が弱くて、
 よほど大量に吸い込まない限り死ぬことはないみたいだ」

 

二人の他にも毒ガスを吸った大勢の選手や観客が病院に運び込まれていたが、
いずれも命に関わるほどの大事にはならず、無事に快復しているという。
もっと強力な猛毒を散布されていたら死者続出の大惨事だったが、
幸運にもあの怪人にはそこまでの力はなかったようである。

 

「俊一、あのさ…」

 

「ああ。正直、俺にもよく分からないんだが…」

 

病室にいる他の患者たちに聞かれるのを憚って、
二人とも声を潜め、主語をぼかして曖昧に語るしかなかった。
オウルレギウスが発生させた毒ガスは俊一の命を奪うには至らなかったが、
代わりにもっと驚くべき現象を誘発した。
眠っていたレギウスの因子が刺激によって覚醒し、俊一はライオンレギウスとなったのである。

 

「警察とか、病院の先生方は知ってるの?」

 

「いや、それは言ってない。
 戦った後、急に力が抜けて元の姿に戻っちゃってさ。
 それで倒れているところに救急車が来たから、
 変身したところは多分、千秋以外の誰にも見られてない」

 

意識を失っている間にどこまでの検査がされたかは分からないが、
それで俊一がレギウスだと発覚したような様子もない。
変身前の状態で、医学的に明らかな体の変化というのは特にないようであった。

 

「相手の、あのフクロウみたいなレギウスは…?」

 

「空を飛んで逃げて行ったよ。
 無我夢中で戦って、危うく殺してしまうところだったけど、
 俺もそこまでの覚悟はなかったから、逃げてくれて良かったって言うか…」

 

「相手も高校生だもんね。でも、また現れるかな?」

 

「さあ……どうだろうな」

 

あの球場にいる人間を全滅させるのが自分の使命だ、とオウルレギウスは言っていた。
使命ということは、個人的な犯行動機で安土城で暴れたマンティスレギウスとは違って、
彼にはテロを指令した何らかの存在が背後にいるということだろうか。
もしそうだとしたら、事はこれで終わりとなってくれるとは考えにくかった。


「お兄ちゃん! もう大丈夫なの?」

 

「おお楓花、悪い悪い。もうすっかり元気になったよ」

 

事件の翌日、退院した俊一は夕方近くになって帰宅した。
一人で留守番していた妹の楓花が、心配そうに玄関で出迎える。

 

「お父さんとお母さんも心配してたわ。
 すぐに電話してあげるといいんじゃない?」

 

「そうだな。野球の試合で怪物が毒ガスを撒くなんて、
 いくら治安の悪い国も慣れっこな父さんや母さんでもビックリだろうしな」

 

二人の両親・獅場修二郎と獅場曜子は、今は仕事で南洋のニューギニア島にいる。
スマートフォンをズボンのポケットから取り出した俊一は、
自分の身を案じてくれている育ての父と母に国際電話をかけることにした。


獅場修二郎と曜子の夫婦は、共に考古学者である。
若い頃にインドの奥地の発掘現場で知り合い、
インダス文明の古代遺跡を一緒に掘り進めていく中で恋が芽生えたという奇特な馴れ初めの二人は、
今は南太平洋のニューギニア島にいた。

 

「おお俊一! もう退院できたのか。
 どこも悪くないのか? そうか、それは良かった」

 

無事を知らせる俊一からの電話を受けて、修二郎は安堵する。
洞窟の中にいるために、声が大きく反響していた。

 

「ああ。レギウスについては、こっちでも騒ぎになってるよ。
 シドニーでも口から火を噴いて暴れたレギウスがいたそうで、
 オセアニア中のメディアが今はその事件の報道一色だ。
 レギウスってのはただ力が強いだけじゃなくて、
 火炎だの毒ガスだの物騒な武器を持ってたりもするんだな」

 

自分もそのレギウスに覚醒したという衝撃的な事実は、
迷いながらも今は言い出すことができなかった俊一であった。

 

「うん、じゃあな。明後日には帰るよ。
 お土産も買っとくから楽しみにしてろ」

 

そう言って電話を切った修二郎。
妻の曜子は、その横で洞窟の壁画に記された古代文字の解読をしていた。

 

「海が血に染まり、太陽が闇に覆われる時、
 魔王ヴェズヴァーンが蘇り、世界を滅ぼす…」

 

ようやく読み解くことができたその文字の意味を口に出して呟く曜子。
これはこの島の古代文明が残した、終末の日の予言だったのだ。

 

「何だか、ノストラダムスの大予言みたいな話だな。
 そのヴェズヴァーンってのはアンゴルモアの大王かい」

 

スマートフォンをポケットに仕舞った修二郎はそう言って茶化すように笑うが、
曜子は寒気がするような感覚がして首を横に振った。

 

「何だか気味が悪いわ。
 どこにでもよくある古代人の迷信だとは思うけど、妙に迫真的っていうか…」

 

「そう真に受けるようなもんじゃないだろうさ。
 考古学者たるもの、予言を本気で信じるんじゃなくて、
 どうしてこういう壁画を昔の人が残したのか、
 当時の宗教や思想とかの時代背景を学術的に分析しないと」

 

「ええ。それは分かってるけど」

 

世界が炎に包まれて滅びる壮絶な光景が描かれた巨大な壁画を見上げながら、
二人の学者は頭の中で想像を巡らせ、これが描かれた太古の昔に思いを馳せた。