第41話『安土城占拠事件 ①』

作:おかめの御前様

 

その日、親類の七回忌に出席するため、郷里の山口県に帰省中だったブレイバーフォースの松井本部長の携帯に、東京の国家安全保障局の斯波補佐官から緊急の連絡が入っていた。

 

「もしもし…ああ斯波だ。お国に帰省中のところ申し訳ない。

 今朝滋賀県内でトラック事故があってな。パトカーが炎上した。

 その現場から、機関銃の弾痕が発見された」

 

「………」

 

「松井君、電話が遠いのか?」

 

「いえ、よく聞こえます」

 

斯波からの電話によると、咲夜未明に新潟から滋賀県内を突き抜け京都へと向かう国道8号線において、パトロール中だった警察のパトカーが追跡していた不審なトラックを追跡中に銃撃を受け横転。

乗っていた警察官2名は死亡したらしい。

 

「滋賀県警からの連絡でな。大津の警務官部隊が出動。現場を立ち入り禁止にして検証した。

 とりあえず表向きは濃霧のための交通事故にしといたがね。

 暴力団のピストルや過激派の火炎瓶ではない。機関銃だ。

 至急、琵琶湖のブレイバーフォース基地に戻ってきてもらいたい。

 岩国の基地にC-1輸送機を待機させてある」

 

「分かりました。すぐに帰ります」 


そして場所は変わり、ここは東京にある海防大学竹芝キャンパスのサークル棟にあるテニスサークル「GREEN SMASH(略称はGスマ)」の部室である。

午後の講義の合間に部室に顔を出した牧村光平は、

いつもこの時間帯には部室にいるちびっ子たちの姿が見えないことに気づく。

 

「あれっ、今日は晴真たちはいないのか? 珍しいな」

 

「もうっ、光平くんったら! 今朝も話したじゃない!

 晴真と和奏ちゃんは小学校の修学旅行で安土市に行ってるって」

 

「えっ? あ、あぁ~そういえばそうだったな。ごめんごめん」(;^_^A

 

沢渡優香から今朝に説明済みだと指摘されて思い出し、頭を掻く光平。

優香の従弟でまだ小学6年生である柏村晴真とそのクラスメートの女の子・桜庭和奏は、

Gスマの顔なじみとして学校からの帰り道によく立ち寄っては、

一緒にテニスで遊んだり、光平他Gスマメンバーに学校からの宿題を見てもらったり、

悩み事を聞いてもらったりしており、事実上Gスマの準メンバーのような扱いだ。

 

「確か安土城を見学するんだっけ?」

 

傍で聞いていた寺林柊成が光平に尋ねる。

 

「うん。晴真のやつ、戦国武将や日本の城が大好きだから、きっと今頃楽しんでるだろうな」

 

「いいなぁ~。あたしも安土城行ってみたい!」

 

「何だよ愛都紗、お前も戦国の城とかに興味あるのか?」

 

「特に戦国武将マニアってわけでもないんだけどさ、織田信長が造った幻の城を復元したんでしょ?

 やっぱ興味あるじゃん。そう言う涼介は興味ないわけ?」

 

「いや、そういう訳でもないぜ。こう見えても俺だって漢だからな。

 戦国時代とかにはやっぱロマンを感じるし」

 

葉桐涼介と日野愛都紗も、話題に便乗して他愛もないお喋りを楽しんでいる。

今日も何事もなく平和だな、としみじみと感じる光平であったが、

ふと柊成が見ているスマホのネットニュース画面に視線が向く。

 

「寺林、これは?」

 

「あれっ? 牧村はまだ知らなかったのか? 今、巷で噂になってるライオンレギウスだよ」

 

今、ネット上で情報が飛び交っている獅子型の戦士ライオンレギウスの活躍。

これまでも悪のレギウスの脅威から市民を守ったという目撃談が度々SNSなどに寄せられているらしい。

 

「獅子のレギウス……もしかして」

 

「…ん? 何か言ったか?」

 

「あ、いや、独り言だよ。気にしないでくれ」

 

光平は、今も優香の中に魂が眠る大天使セレイアの言葉を思い出していた。

魔王ヴェズヴァーンを倒す宿命を持つという獅子の勇者。

果たしてライオンレギウスこそが、その勇者なのだろうか? 


同じ日の午前中。関西国際空港・国際線ゲートエリア。

通路はマスコミの報道陣や女性ファンたちでごった返している。

 

「キャアアッ!!クリス様ァァッッ!!」

 

「テレビの前のお茶の間の皆さん!

 たった今、世界的人気モデルのクリストフォロ・エヴァルド・コルティノーヴィス3世がゲートから降りてきましたぁー!!」

 

空港内一帯に歓声が沸く中、大勢のSPに警護されたクリスが国際線到着フロアへと降りてきた。

100万ドルとされる笑顔と白い歯を無数の報道陣のカメラに向けて手を振りながら、

次々と押し寄せるファンにもみくちゃにされながらも、

なんとか用意された車の中に乗り込み高速道路を乗り継いで、

ようやく滞在先である市内の外資系高級ホテルへと辿り着くことが出来たのである。

 

「やっと着いたぁ~」( ´Д`)=3 フゥ

 

「お疲れ様、菜々美ちゃん」

 

用意された部屋の中に入るや否や、秘書の村舞紗奈はクリスのことを「菜々美ちゃん」と呼んだ。

するとクリスは金髪のカツラを脱ぐとポニーテールのヘアスタイルが現れ、

さらには碧眼のカラーコンタクトレンズを両目の瞳から外す。

そこから現れたのは紛れもない女の子の姿。

なんと関空に降り立ったクリスは、須田菜々美の変装だったのである! 

 

「実はクリスは一か月前から日本に入国していることを世間に知られるわけにはいかなかったから、

 助かったわ」

 

「ま、その胸の小ささのおかげで男にも違和感なく変装できるからなww」

 

「もう!! からかわないでください!! それ、セクハラですよ!!」

 

森橋悠生ブライトウェルから自身の貧乳をからかわれ、

菜々美はムッとなって抗議したがすぐに気持ちを切り替える。

 

「それで本物のクリスくんは今どこに?」

 

「今日はサイン会の予定が入っているから、もう会場の安土城に着いた頃合いじゃないかしら?」

 

「そういえばそうでしたよね。クリスくんも大変だな。

 でも樟馬さんが一緒だから安心か」

 

「私と悠生くんもこれからすぐに安土城に向かうから、

 指令室で後のことはお願いね、菜々美ちゃん」

 

「わかりました! しっかりとお留守番をしてます!」 


「お~い、和奏! お前も早くこっち来いよぉ~!」

 

「もう晴真くんったら、勝手に動き回っちゃダメじゃない!!」

 

東京から来た梓季町小学校6年生の修学旅行団を乗せた観光バスの車列から降りた子供たちが一斉に外で燥ぎ回る横では、安土城天守閣傍に設置されたクリストフォロ・エヴァルド・コルティノーヴィス3世来日記念サイン会場まで続く長蛇の列が伸びていた。

 

「お兄ちゃん、ご苦労様♪」

 

「全く、徹夜で並ぶのは疲れたぜ…」

 

クリスの新刊写真集を購入したファン限定で、持参した写真集の裏表紙にクリスが直々にサインを書いてプレゼントするというイベントである。

獅場俊一は、妹・楓花のために徹夜組の行列に前日の夜から並んでいた。

 

「ありがとうお兄ちゃん! このお礼はいずれ必ずするから!」

 

「ま、可愛い妹のためだからな。じゃあ俺はこれで帰るから、楽しんで来いよ」

 

俊一とバトンタッチした楓花は列に並び、やがて彼女の番になる。

 

「次の方、どうぞ!」

 

「は、はい!」

 

自分の番が呼ばれ、緊張しながらクリスのいる席のあるテントへと向かう楓花。

 

「……(な、生クリス様だぁ💓)」

 

初めて生で見るクリスに緊張しながらも、

直立不動の状態で楓花はクリスのいる机の上に写真集を差し出す。

 

「お、お願いします!」

 

「…!? キミは!!」

 

楓花の顔を見てクリスは驚く。

直接会うのは初めてながら、獅場修二郎&曜子夫妻の娘で獅場俊一ことライオンレギウスの妹・楓花だ。まだ資料でしか顔を見たことはないが間違いない。彼女も自分のファンだったとは…。

 

「…あ、あのぉ…私の顔に何かついてますか?」

 

「えっ!? あ、その、ごめんなさい。貴方の顔が可愛くてつい見とれてしまって」

 

「えーっ!本当ですか!?(///)」

 

言い繕うつもりが、かえって混乱してしまうクリスと楓花。

 

「す、すみません。いきなりそんなことを言われて、

 おかしなことを言っているように聞こえますよね。

 変な意味ではないんです。気にしないでください」

 

「い、いえ…すごく嬉しいです」

 

「サ、サインでしたよね。すぐ書きます。少し待っててください」

 

気持ちが動揺しつつも何とか落ち着きを取り戻したクリスは、

スラスラっと差し出された写真集の裏表紙にサインを書く。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

クリスのサインが書かれた写真集を楓花は大切そうに胸に抱きしめる。

 

「クリス様、今日の日の思い出、私、一生大切にします!」

 

「………」

 

ぺこりと頭を下げて感謝の言葉を述べ立ち去って行く楓花の後ろ姿を、

クリスはまるで視界の中で彼女しか見えないかのように、

いつまでもじっと見つめていたのであった。