第40話『ファラオと巨神機』

作:おかめの御前様

ここ、トゥルジア大陸全土を統べるジェプティム王国の王宮内にある宰相執務室では、この国のファラオに仕える宰相スムラエルと、人攫い一味の女頭目バレンシアが会話していた。

 

「約束の報酬だ。受け取れ」

 

「オホホホホッ!!これはどーも」

 

バレンシアは、金貨がたくさん詰まった革袋をスムラエルから受け取る。

 

「アシュタミルから首尾よく時空の賢者と巫女を連れて来てくれて助かったぞ。

 これで我がジェプティムも聖都へ堂々と上洛できる。

 しかしバイアピオス大陸に時空の賢者と巫女がいることがよく分かったな? どうしてだ?」

 

「蛇の道は蛇ってやつさ。あまりこれ以上の詮索はご無用に願いたいね。

 これからもお互いの商売のためにさ」

 

「くくく、違いない…」

 

ニヤニヤ笑うスムラエルとバレンシア。どうやら二人は昔からの知己のようだ。

一方、その頃…。 


「ちくしょう!放せ!放せよぉッッ!」

 

「私たちをどうするつもり?」

 

バレンシア一味によってジェプティム王国まで連れて来られてしまった草川律希と桐尾史奈。

二人はそのまま王宮の謁見の間へと引っ立てられ、この国のファラオと対面することになった。

 

「控えろ!我が偉大なるジェプティム王国の神聖不可侵たるファラオにあらせられる」

 

整列する兵士たちが一斉に控える中、中央奥の玉座にファラオと呼ばれる人物が鎮座した。

 

「余がジェプティム王国のファラオ、ナディセス一世である。

 異世界から来られた客人よ、まずは楽にされよ」

 

さすがファラオを名乗るだけある威厳ある立ち振る舞いのナディセス一世は、

眼前にいる律希と史奈に声を掛けた。

 

「楽にしろだって? ふざけるな! なら俺と史奈先輩の縄を早く解け!」 

 

律希からの抗議に、ナディセス一世は鼻で笑い飛ばすかのように答える。

 

「客人、誤解されては困る。お二人は我が国の捕虜だ。

 お前たち二人の運命は余が握っていることを忘れるなよ」

 

高慢に言い放つナディセス一世であったが、

律希はさっきから彼の顔をまじまじと覗き込むように見つめている。

 

「………」

 

「何だ? 余の顔に何かついているのか?」

 

「お前、もしかして獅場俊一じゃないのか?」

 

「シバ…シュンイチ……?」

 

「俺だよ俺! 高校の時にサッカー部で先輩だった草川律希だよ。

 なあ、これって何かのイタズラなんだろ?

 早く俺と史奈先輩を縛っている縄を解いてくれよ」

 

「違うわ草川くん、この人は君の知ってる高校の後輩なんかじゃない!」

 

「えっ…?」

 

史奈から指摘され、我に返る律希。

確かに彼の知るサッカー部の後輩・獅場俊一は、こんな冷たい目つきはしていない。

 

「何を勘違いしているのかは知らぬが、余はお前の後輩などではないぞ」

 

「いったい何が目的で俺たちを誘拐してきたんだ?

 目的は時空の賢者のこの俺か? なら史奈先輩は関係ないだろ!

 俺はここに残るから、彼女だけは解放してくれ!」

 

「そうはいかん。時空の巫女にも用があるのでね」

 

「時空の…巫女…? 何だよそれ…??」

 

初めて聞く言葉に頭の中が混乱する律希。そのすぐ隣では、史奈がバツが悪そうに顔を逸らしている。

そんな二人をあざ笑うかのように、ナディセス一世は詳しく説明してやる。

 

「何だ、何も知らぬのだな。その女は時空の巫女。

 お前と同じチキュウと呼ばれる星とこの世界とを繋ぐ異空渡航能力者だ」

 

「何だって!? 本当なんですか史奈先輩!」

 

「………」

 

その日の夜、入れられた牢の中で、史奈は律希に全てを告白した。

 

「ごめんなさい草川くん、全部私が悪いの…」

 

実は史奈は律希が初めて時空を超えてアレスティナに渡るよりだいぶ前に、単独でアレスティナを訪れていたのだ。時空の賢者と巫女の使命をアシュタミル王から聞かされた史奈は、かねてから時空の賢者候補だと目星をつけていた律希を巧妙にアレスティナへと誘い出して導き、王と一計を案じて敵から巫女の目を逸らす影武者的な役割を、本人が知らず知らずのうちに律希に押し付けていたのだ。

 

「そうだったんですか…。俺が時空の賢者だというのも嘘なんですか?」

 

「いいえ、草川くんが時空の賢者なのは本当よ。キミは間違いなく私と同じ異空渡航能力者…」

 

「なら何も先輩が気に病むことはありませんよ。俺を騙していたわけじゃないんだし」

 

「でも、結果としてキミを危険に巻き込んでしまったわ…」

 

「元気を出してください史奈先輩。まずは何とかここから逃げ出すことを考えましょう!」

 

「ありがとう、草川くん」 


「うわああッッ!! 痛い!急にお腹が痛くなったぞ!」

 

「どうした!?うるさいぞ!」

 

牢の中で突然苦しみだし、大声を上げながらのたうち回る律希を見て、

牢番の兵士は鍵を開け牢屋の中へと入って来た。

 

「今だ!」

 

「な、何をする!?ぐはっ!!」

 

一瞬の隙を見て牢番の兵士を殴り倒した律希は、

すぐさま兵士が着ていた兵隊服に着替えて、史奈と共に牢の中から抜け出した。

 

「いったいどうするつもりなの?」

 

「兵隊服はコイツが着ていた一着しかないのか。仕方がない。

 史奈先輩、すみません。少しの間だけ我慢してください」

 

ジェプティム王国の兵士に変装した律希は、史奈の両手を縄で縛り、

いかにも上官の命令で彼女をどこかへ連行している最中の兵士を装った。

そして廊下の途中で別の兵士とすれ違う。

 

「おい、お前、時空の巫女を連れて何処へ行く?」

 

「時空の巫女を例の場所へと連れて来いとの宰相閣下のご命令だ」

 

「そうか。じゃあちょうどいい。俺がそこまで案内しよう」

 

最初はマズイ!と思った律希だったが、彼と史奈が案内されたのは宰相の執務室などではなく、

広い格納庫のような場所だった。

そこには高さ十数メートルの巨大な巨神が祭られるように置かれていた。 

 

「きょ、巨大ロボット!?」

 

「あれは我が国が古代遺跡から発掘した巨神機(ゴーレム)だ。

 レギウスに変身する力のない時空の賢者や巫女が戦うときに使用する物だと聞いている。

 いよいよそいつを試そうというんだな?」

 

「そうか、いろいろと説明ありがとう」

 

「…ん、何か言ったか?」

 

「いや何でも。では俺は時空の巫女をあの巨神機に乗せてみる。おい女、とっとと歩くんだ!」

 

「いやッ! 言うとおりにするから乱暴しないでったら!」

 

こうして掛け合いのお芝居でまんまと巨神機のコクピットに乗り込んだ律希と史奈。

 

「コイツに乗って逃げられるかもしれない」

 

「そんなことよりも草川くん、早くこの縄を解いてよ!」

 

「あ、すみません。今すぐに…」 

 

そんな時だった…。

 

「時空の賢者と巫女が牢から逃げたぞォォッッ!!」

 

「何? しかし時空の巫女なら今巨神機の中に…」

 

「あの兵士は偽者だ! 今すぐ操縦席から引きずりおろせ!」

 

巨神機の外の様子が、律希と史奈のいる内部の操縦席にも伝わって来た。

 

「マズイ!逃げ出したことがバレた!」

 

「どうやってこれを動かすの!?」

 

焦る二人。このままでは再度捕まってしまうのも時間の問題だ。

あちこちのボタンやハンドルを触るが、巨神機は微動だにしない。

しかし律希は操縦桿近くにある不思議な鍵穴を見つけた。

ユピムの塔での試練の時に手に入れた鍵を思い出し、律希は迷わずその鍵を鍵穴へと差し込んだ。

すると動力源が作動を開始し巨神機が俄かに動き出した。

 

「不思議だ。テレパシーか何かで頭の中に操縦法が入り込んでくる。

 これでここからおさらばできるぞ!」

 

巨神の身体をよじ登ってくる兵士たちを払いのけ、

空中に浮上した巨神機は城の天井と壁を突き破って外へと脱出する。

 

「さあ、このままアシュタミルへと帰りましょう!」

 

「うん♪」

 

律希と史奈を乗せた巨神機は、バイアピオス大陸のある方向へと一直線に飛び去って行った。

その報告を宰相スムラエルから受けるナディセス一世。

せっかく捕まえた時空の賢者と巫女に逃げられ、しかも大事な巨神機まで奪われたというのに、

二人はなぜか余裕の表情だ。

 

「これでバイアピオス大陸に向けて出兵する口実ができましたな」

 

「時空の賢者と巫女を従えて、真っ先に聖都へと上洛を果たすのはこの私だ。

 アレスティナ全域を手中に収めたのちは、いずれチキュウとやらもわが手に…。フフフフッ」

 

ナディセス一世は自身の描いた野望に酔うかのように、

手元のグラスのワインを飲み干すのであった。