第37話『姉弟の絆、燃えよ怒りの火星剣!(前編)』

作:おかめの御前様

 

神奈川県鎌倉市、松平宗瑞邸。

 

「総理が君に会いたがっておられる」

 

「前にも言ったはずですよ。俺は政治家には会いません」

 

宗瑞邸の中庭で牧村光平と対峙しているように向き合う一人の男。名を斯波旭冴という。

30代半ばという年齢で羽柴藤晴内閣の国家安全保障担当首相補佐官という要職にある人物だ。

大学で錦織佳代を介して宗瑞から呼び出しを受けた光平だったが、

旭冴も同席するという説明も事前に受けていた。

 

「もし嫌だったら無理して来なくていいとご隠居様は仰っていたけど…」

 

「いや、行くよ。ご隠居の顔を潰すわけにもいかないからね」

 

こうして宗瑞邸で今、久しぶりに会った旭冴と会い話を交わしている光平だったが、

実は光平は心の底で何を考えているか分からないこの斯波旭冴という男が苦手だった。

 

「2年前、君は密かに地球侵略を企む堕神とよばれる存在によって拉致捕獲され、

 生体兵器へと改造された。それが君が変身した姿、天凰輝シグフェルだ」

 

「………」

 

「しかし偶然の軌跡が重なり洗脳状態から解放され自我を取り戻した君は、

 世界の平和と人類の自由を守るための孤独な戦いを開始した」

 

「決して孤独じゃありませんよ。俺には戦いを支えてくれた大勢の仲間がいました」

 

反論する光平を遮るように、旭冴は一方的に発言を続ける。

 

「そして最後の敵・破壊女神ニューリスを倒し、君は見事戦いに勝利し地球に平和を取り戻した。

 しかしこの事実は表には一切伏せられ、世間でこのことを知る人間は少ない」

 

「斯波さんたちには感謝していますよ。

 政府が情報統制を敷いてくれたおかげで、俺は今でも静かに暮らせます」

 

「おいおい、それは皮肉かい? 本来ならば君の働きはノーベル平和賞級の功績じゃないか。

 しかし地球上の各国首脳と政府は強大な計り知れぬ力を持つ君のことを恐れ、

 その功績に報いるどころか用済みの危険分子として抹殺しようとしたんだぞ」

 

旭冴の言う通り、最後の決戦を終えた直後の光平は、

身を守るために親しい者たちとも別れて暫しの潜伏生活を余儀なくされた。

その間、宗瑞や旭冴が各方面に駆け回り、

ようやく光平は一市民としての通常の生活に復帰できたのである。

 

「今更そんなこと恨みに思ってなんかいません。

 あの時は斯波さんにも骨を折ってもらいましたね」

 

「ならそんな怖い顔はしないでもらいたいな。別に我々は君を取って食おうって訳じゃない」

 

「何度も言いますが、俺は政治家の人とは会いません。

 政治や権力の道具として利用されるのは御免です。

 そもそも昨今のレギウス騒動だって、政府が情報を隠蔽したりしてたんじゃないですか? 

 そのせいで政府の対応が後手後手に回って市民の不安が増大し、

 善良なレギウスに対してまで無用な差別感情が煽られているように俺には見えますけどね」

 

光平からの突然の問いかけに、旭冴は「政府には政府の事情もある」と言いつつ怪訝な表情を浮かべる。

 

「何かあったのかな?」

 

「いえ、別に…」

 

実は数日前に、こんなことがあったのである。 


「遅いなぁ、寺林のやつ…」

 

その日、光平は同じサークルの仲間で友人となった寺林柊成と一緒に、

近所の商店街にあるテニスショップや本屋にテニス用品や参考書を買いに行くため、

待ち合わせの約束をしていた。

 

 「お~い! 牧村ぁ~!」

 

「あ、やれやれやっと来たか。お~い! 寺林ぃ~!こっちこっち!」

 

同じ道の反対側の向こうから、柊成が走って来た。

 

「ハァ…ハァ…。ゴメン遅れて。待った?」

 

「いや、俺もついさっき来たばかりだよ。じゃあ最初はどこに行く?」

 

約束の時間に遅れてきたことを詫びる柊成の謝罪をさらりと受け流すように、

彼の遅刻を寛大に許す光平。ところがその時、遠くから人の悲鳴が聞こえた。

 

「キャアアッ!!」

 

「大変だ! レギウスが出たぞ~!!」

 

騒ぎを聞きつけた街の人々が逃げ惑う中、レギウスと聞いた柊成の表情が突然変わった。

 

「あっちの方なのか…。俺、行ってみる!」

 

「待て寺林! そっちは危険だ!」

なぜか現場の方へと焦るように向かった柊成を止めようと、

彼を追って同じ現場へと辿り着いた光平。

そこで二人が見たものは、イルカ型のドルフィンレギウスとナメクジ型のスラッグレギウスとの闘いだった。

魔人銃士団ゼルバベルが東京進出のための地下秘密基地を建設しているとの情報を得て急襲したブレイバーフォースだったが、掃討前に敵の一体が逃げ出し街に出てしまったのだ。

これ以上街に被害を出さないために、単身それを追跡していた寺林澄玲隊員ことドルフィンレギウスだったが…。

 

「間違いない。あのイルカのレギウスは俺の姉さんなんだ!」

 

「何だって!?」

 

スラッグレギウスは酸を吐きながら相手をのしかかって圧し潰そうと迫ってくる。

一流の格闘技術を持つドルフィンレギウスにとっては、その敵の攻撃自体は怖い程ではない。

しかし問題はスラッグレギウスの持つ防御性だ。

ぬとぬとして弾力性があるスラッグレギウスのボディには、

いくらドルフィンレギウスがパンチやキックで攻撃しても大したダメージを与えられないのだ! 

そうしているうちに酸の攻撃を左肩に受けてしまうドルフィンレギウス。

 

「くっ…!しまった、油断したわ!」

 

「フフフ…我らゼルバベルの邪魔をするブレイバーフォースめ。覚悟するがよい」

 

有効打が見つけられず、次第に追い詰められている様子に見えるドルフィンレギウス。

 

「大変だ! 姉さんが危ない!……そうだ!」

 

「おい、どこに行くんだ柊成!!」

 

光平を放りっぱなしにして柊成は客も店員も逃げてしまった無人のスーパーへと駆け込み、

中からありったけの塩袋を持ってきた。

 

「すみません。お金は後できちんと払います!」

 

ドルフィンレギウスとスラッグレギウスの間に割り込む柊成。

 

「柊成!? どうしてこんなところに!?」

 

「何だお前は? どけ小僧、さもないと怪我をするぞ」

 

「くらえ! ナメクジの怪物野郎!!」

 

柊成は大量の塩をスラッグレギウスの身体めがけて投げつける。

 

「どうだ! ナメクジの弱点は昔から塩だと決まっているんだ!」

 

「ケケケ、馬鹿め。

 人が両手に持てるだけの量の塩で俺に致死性のダメージを与えられるとでも思ったのか?

 俺を倒したければ、ダンプカーにでも満載の塩を積んでくるんだなww。

 我らゼルバベルの銃士を舐めるな!」

 

「そ、そんな! 効かない!?」

 

塩を浴びせられても平然としているスラッグレギウスの姿にたじろぐ柊成。

 

「でもちょっとはヒリヒリして痛かったぞ小僧。

 お前にはこの痛さの何倍もの苦痛を与えてやる」

 

「あ、ああ…」(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 

 

「柊成、逃げて! 逃げなさい!!」

 

ドルフィンレギウスの叫びも空しく、柊成はもう恐怖に震えて一歩も動けない。

だが間一髪、駆けつけたブレイバーフォースの仲間のジャッカルレギウスの隙を見た鋭い爪の一撃が、スラッグレギウスの身体を切り裂いた。

スラッグレギウスには叩き潰す攻撃よりも切り裂く攻撃の方が有効なのだ。

 

「叩いてダメなら切って見ろ、ってね」

 

「ぐ、ぐああッッ!! くそーっ、覚えていろぉぉ~!!」

 

激痛に悶えるスラッグレギウスはその軟体の身体をクネクネと動かし、

猛スピードで側溝へと逃げ込み姿を消してしまった。

 

「悪いな、遅くなった。思ったより基地内の制圧にてこずっちまってな」

 

「いいえ、助かったわ。それよりも…」

 

その一部始終の様子を、光平が変身していたシグフェルが、街に立ち並ぶビルの屋上からこっそりと窺っていた。いざとなったら自分が助けに飛び込むつもりだったのだが……。

 

「よかった。どうやら俺の出る幕はなかったみたいだな」 


都内のとある病院の病室。敵の攻撃で肩を負傷した澄玲は、暫し入院して治療を受けることになった。

光平は柊成と一緒に、病室のベットで横になっている姉の見舞いに訪れる。

 

「姉さん、怪我は大丈夫?」

 

「大丈夫?…じゃないでしょ!! もうあんな危ないことはしないで!!」

 

「そうだよ寺林、あれじゃかえってお姉さんの足を引っ張るだけだ」

 

「ごめん、姉さん…」

 

姉や光平に無茶をしでかしたことを怒られ落ち込む柊成だったが、

きつく説教されたことで素直に反省したように見える。

 

「ところで姉さん、紹介するよ。こちらは同じ大学の友達で、牧村光平君」

 

「はじめまして、牧村光平といいます。いつも弟さんにはお世話になっています」

 

「柊成の姉の澄玲です。これからも弟と仲良くしてやってくださいね。

 でも牧村君、貴方とは以前にもどこかでお会いしなかったかしら?

 例えば琵琶湖の近くでとか…」

 

確かに光平は、以前に一度、琵琶湖の人工島にあるブレイバーフォースの基地に行ったことがある。

彼女と直接言葉を交わすのは今回が初めてだが、おそらく基地内のどこかですれ違うなどして顔は合わせているのだろう。

彼女も松井本部長か斐川隊長辺りからシグフェルの正体を内々に知らされていることを示唆しているのだ。

 

「多分ご記憶違いだと思いますよ」

 

「そうだよ姉さん。いきなり変なこと言わないでよ」

 

「そうね。とりあえず今はそういうことにしておくわ」

 

そんな時、病室の窓の外からデモ隊のシュプレヒコールが聞こえてきた。

 

「ブレイバーフォースの役立たず!税金泥棒!!」

 

「所詮奴らも怪物と同類だ!」

 

「ブレイバーフォースなんかがうろちょろしてるから、

 ゼルバベルも東京に出てきたんじゃないのかー!」

 

露骨な差別意識丸出しの市民のデモ隊に、柊成は不快感を示す。

 

「くっ、アイツら!!」

 

柊成の表情から察した澄玲は、すぐさま窓のカーテンを閉める。

 

「姉さん?」

 

「大丈夫。私はあんなのなんか全然気にしてなんかいないから」

 

「でも…」

 

「さ、今日はもうお帰りなさい。明日もまた大学があるんでしょ」

 

「う、うん…」

 

病院からの帰り、柊成を心配した光平は、彼の学生寮の近くまで見送った。

 

「あんないい加減なデモ隊のことなんか気にするな。言いたい奴には言わせておけばいいのさ」

 

「ごめんな牧村、心配かけちゃったみたいだね」

 

「何言ってんだよ。友達なんて心配させてナンボだろ?」

 

誰だって最愛の肉親に侮辱を加えられるのは耐え難いことだ。

ましてや世界の平和のために最前線で戦っているブレイバーフォースの隊員に対する、

一部市民の心ない言葉。戦いを経験している光平には、それが他人事には思えなかった。

その日、元気のないように肩を落としていた柊成の後ろ姿を、

光平は今でも忘れられなかったのである。