第38話『姉弟の絆、燃えよ怒りの火星剣!(後編)』

作:おかめの御前様

 

「も、申し訳ありません。社長」

 

「ブレイバーフォース、思ったよりもなかなかやるな…」

 

ここは都内のとある高機密性の保障されたオフィスビルにある、

久峨建設株式会社が東京出張所として入居しているフロアである。

逃げ帰ったスラッグレギウスから報告を受けている、久峨建設社長・筑井敏弘。

その正体は、魔人銃士団ゼルバベルの最高幹部・ロブスターレギウスである。

 

「我がゼルバベルの関東進出は総帥の悲願でもある。

 秘密基地建設は何としても成し遂げなければならん!」

 

「何卒私めに再度のチャンスをお与えください!」

 

「いいだろう。しかし二度の敗北は許されんぞ。その時は分かっているな?」

 

「承知しております!」

 

スラッグレギウスは変身を解除して人間の姿へと戻り、サラリーマン風の中年男の姿となる。

 

「久峨建設株式会社入社以来営業成績トップの座を死守し続けているエース、

 本社営業推進部営業二課・課長代理、長島薫、行って参ります!!」 


その日の朝も普通に学生寮の自分の部屋を出て、大学へと向かおうとしていた寺林柊成だったが、

その短い道のりの途中で、不審な1BOXカーを運転するスラッグレギウスこと長島が待ち伏せしていた。突然運転席から降りて柊成のゆく手を遮る長島。

 

「フッフッフッ…久しぶりだな小僧」

 

最初はキョトンとした表情をしていた柊成だったが、

その聞き覚えのある声に表情が凍り付く。

 

「ま、まさかこの間の…!?」


琵琶湖の人工島にあるブレイバーフォース基地。

昨日退院した寺林澄玲が、本日付で職務に復帰した。

 

「松井本部長、ご心配をおかけしました」

 

「もう大丈夫なのか寺林君、もう少し休んでいてもよかったんだぞ」

 

「いいえ、今はゼルバベルの東日本進出を阻止するのが最優先です。

 これ以上のんびりなどしていられません!」

 

そんな時、基地に外部から発信元不明の通信が入る。

松井本部長は指令室のモニターに繋ぐように命じた。

それに映し出された映像に、澄玲は愕然とする。

 

「しゅ…柊成!?」 

 

「ムムゥ~ッ!ンムゥゥ――ッ!!」

 

モニターには、どこかの湖の真ん中に建てられた十字架の杭に磔にされている弟・柊成の姿があった。

口には黒い布で猿轡も嵌められているようで、容易に言葉も発せられないようだ。

 

<<さてブレイバーフォースの諸君、取引と行こうか。

 俺は栄光ある魔人銃士団ゼルバベルの一員、スラッグレギウスである。

 我々は今、そちらの寺林澄玲隊員の弟・柊成君の身柄を預かっている。

 彼の身柄を担保として、本日より一か月間の停戦を提案したい>>

 

「停戦だと!? ふざけやがって!!」

 

「その間に東京に秘密基地を建設しちまおうって魂胆だろうが!」

 

スラッグレギウスからのメッセージに激高する斐川と進藤。

そして澄玲も冷静に毅然と対応する。

 

「無駄よ。これでも私はブレイバーフォースの一員。

 弟も隊員の家族に生まれた以上、すでに覚悟は出来てるはず。そんな脅迫には屈しないわ!」

 

「第一、停戦協定と言うならそっちも人質を差し出すのが筋だろうがッ!?」

 

食って掛かる進藤を、スラッグレギウスはあざ笑う。

 

<<笑わせるな。互いに人質を差し出すのは双方の勢力が対等な場合だけだ。

 お前たち如きが我らと対等などとは思うなよ!>>

 

そうしてスラッグレギウスは一方的に通信を打ち切ってしまった。

 

「おのれ! 言わせておけば!」

 

「寺林君、もしもの際は覚悟はしておいてくれ。

 無論、ブレイバーフォースの全組織を挙げて弟さんの救出には全力を尽くす。

 だが敵の不当な要求を呑むわけにはいかんのだ」

 

「分かっています。弟のことでご迷惑をおかけし、申し訳ありません」

 

「まだ諦めるな。まずは今の映像を分析して、弟さんが捕まっている場所を突き止めるんだ!」

 

「隊長……」


~海防大学 竹芝キャンパス・サークル棟

GREEN SMASH部室~

 

「寺林はここにも来てないのか…」

 

「大学の講義には出てなかったの?」

 

「ああ…」

 

「俺たちも今日はまだ柊成の姿は見てないぜ」

 

今日はまだ寺林柊成の姿を見ていない牧村光平。

てっきりサークルの部室にはいるかと思い、立ち寄り覗いてはみたものの、

先に部室にいた葉桐涼介も日野愛都紗も柊成の姿は見ていないという。

一応、彼のスマホに電話をかけてみたが、さっきから不通のままで繋がらない。

 

「アイツ、お姉さんが仕事で怪我して以来、大分落ち込んでたからな…」

 

「しばらくそっとしておくのがいいのかもしれないわ」

 

「そうだな…」

 

その時、パンツスーツ姿の若い女性が部室に顔を出してきた。

 

「柊成くんはいる!?」

 

「あれっ? 礼奈さん!」

 

彼女は桜川礼奈警部補。

警視庁特命広域捜査課所属の女刑事で、沢渡優香の今は亡き父・圭介の元部下だ。

その縁で優香やその母でGスマ顧問も務める奈津子とも面識があり、

学生時代はテニス経験もあるため、非番の日はGスマに非常勤コーチとして顔を出してくれている女性だ。

 

「今日は非番の日じゃないんですか?」

 

「仕事よ。柊成くんはここにはまだ来てないのね?」

 

「え、ええ…」

 

「そう。分かったわ。邪魔してゴメン」

 

柊成の不在を確認して早々に立ち去ろうとした礼奈を、光平は咄嗟に引き留めた。

 

「礼奈さん、寺林に何かあったんですか!?」

 

「…あなたたちは何も心配することはないわ。変なこと聞いてごめんね」

 

何かを誤魔化すように礼奈はそれだけ言って立ち去ってしまったが、

これで光平は柊成の身に何かあったのを確信した。 


~内閣府・国家安全保障局~

 

「珍しいね。君たちの方から僕を訪ねて来てくれるとは」

 

「斯波さん、あまり時間がないかもしれません。

 押しかけて来た方からこんなことを言うのは恐縮ですが、手短にお願いします。

 寺林柊成は今どこにいるんですか!?」

 

パートナーの錦織佳代と連絡を取った光平は、

彼女と合流してすぐさま霞が関の国家安全保障局内にある斯波旭冴のオフィスを訪ねた。

 

「君の察しの通りだよ。君の友人である寺林柊成君は今、

 魔人銃士団ゼルバベルのスラッグレギウスに誘拐され、その人質となっている」

 

「やっぱり…」

 

不安が的中していたことに険しい表情になる光平。

 

「ゼルバベルは柊成君の生命の安全と引き換えに、一か月間の停戦を要求してきた。

 敵からの脅迫メッセージの映像を分析した結果、

 彼は今、休火山である季須岳の火口湖に拘禁されているようだ」

 

「それで、政府とブレイバーフォースの対応は?」

 

「無論、拒否した上で即座に反撃に出る。テロに屈しないのは国際的な常識だ」

 

「ちょっと待ってよ! 敵の要求を呑めとは言わないけど、

 何もあからさまにいきなり要求を拒絶しなくても! 寺林くんの命がかかってるのよ!」

 

「要求拒絶の表明を先延ばしにすれば、それだけ敵に時間を与えることにある。

 ゼルバベルの目的は停戦にかこつけて東京の地下に前線基地を築くことにあるのは明白だ。

 それは何としても阻止されなければならない」

 

「なるほど、いかにもお偉いさんの考えそうなことですね」

 

佳代の抗議に冷徹な反応しかしない斯波に、光平は吐き捨てる。

 

「行こう佳代ちゃん、これ以上ここに留まるのは時間の無駄みたいだ」

 

「反撃と掃討作戦は3時間後に開始される。それ以上は待てないぞ」

 

おそらく光平ならばそういう行動に移すであろうと読んでいたかのように、

ニヤッと笑みを浮かべながらタイムリミットを告げる斯波。

それに対して光平は、返事をこのように返した。

 

「それだけ時間があれば十分ですよ」


~琵琶湖人工島・ブレイバーフォース基地~

 

3時間後に開始される反撃作戦に向けて、慌ただしく動くブレイバーフォース。

そんな中、寺林澄玲隊員が忽然と姿を消した。

 

「寺林隊員がいなくなった!?」

 

「まさかアイツ、自分一人だけで弟を助けに行ったんじゃ…!?」 


~季須岳・火口湖~

 

「………」

 

火口湖の真ん中に打ち立てられている十字架に磔にされたままの柊成は、

すでにぐったりして気を失っている。

 

「くくくっ…あの様子じゃ一か月と待たずに明日の朝には冷たくなってるかもしれんな」

 

へらへらと笑っているスラッグレギウスだったが、

そこに柊成の姉である寺林澄玲隊員が一人で現れた。

 

「女、何の真似だ?」

 

「日本政府とブレイバーフォースはゼルバベルからの要求を拒絶することを決定したわ。

 3時間後には都内に潜伏しているゼルバベル所属のレギウスに対する掃討作戦が再開される」

 

「ほほぅ~、弟の命は要らないと見えるな」

 

「お願い! 私が身代わりの人質になるわ! だから弟は解放して!」

 

「笑わせるな。こうなったら姉弟まとめて仲良くあの世に送ってやるぜ!」

 

スラッグレギウスがその魔手を無抵抗な澄玲に伸ばそうとした、その時―!

一枚の手裏剣がスラッグレギウスの腕に突き刺さる。

 

「ぐわぁー、痛い!! だ、誰だぁー!?」

 

「あ、貴方は!?」

 

手裏剣の飛んで来た方向へと顔を向けるスラッグレギウスと澄玲。

その視線を向けた先には、牧村光平が威風堂々と立っていた!

 

「魔人銃士団ゼルバベルのレギウス、お前の悪企みもこれまでだ!」

 

「誰だ貴様は!?」

 

「フッ、俺の名前は牧村光平。中には天凰輝シグフェルと呼ぶ者もいる!」

 

天凰輝シグフェルだと? おいおい坊主、SNSのやり過ぎなんじゃないのか?

 厨二病は引っ込んでな

 

シグフェルなど所詮はネット上だけで騒がれている都市伝説だと笑い飛ばすスラッグレギウスだったが、光平は全く意に介する様子もなく変身のポーズを取った。

 

「翔着(シグ・トランス)!!」

光平の身体はオーラの輝きを発して眩い閃光と炎に包まれ、

一瞬でメタモルフォーゼを完了し、紅蓮の鳳凰の戦士、天凰輝シグフェルへと化身した!

いきなりの思わぬ展開に、スラッグレギウスは腰を抜かしてしまう。

 

「天が煌(きら)めき、凰が羽撃(はばた)く。輝く我が身が悪を断罪せよと駆り立てられる!
天凰輝シグフェル、戦神(マーズ)の剣(つるぎ)とともに見参!

貴様のような歪(いびつ)、捨て置けぬ!覚悟しろ!」

 

「ま、まさか天凰輝シグフェルが実在したとは!?

 だがシグフェルが何だというのだ。こっちには人質がいることを忘れるなよ」

 

「おいおい、まだそんなことを言ってるのかよ? あれをよく見てみろ!」

 

「な、なんだと!? バカな!?」

 

なんといつの間にか湖面の十字架は無人になっており、

湖岸には気を失っている柊成を抱えて泳いできた忍び装束姿の佳代がいた。

人質を奪還されたスラッグレギウスは愕然とする。

 

「いつの間にあの広い火口湖を泳いで渡ったというのか!?」

 

「これでも元水泳部なんだから、舐めないでよね♪」

 

倒れている柊成の傍に、すぐさま澄玲が駆け寄った。

 

「柊成!柊成!しっかりして!」

 

「大丈夫、気を失っているだけです」

 

「佳代ちゃん、すぐに寺林を安全な所へ!」

 

「わかった!」

 

柊成を抱えて移動する佳代。

 

「う、ううっ…」

 

意識が戻り始め、朦朧とした意識の中でうっすらと目を開けた柊成の視界には、

忍び化粧をしている佳代の顔がぼんやりながらも印象強く映ったのだった。

そのことに彼女は全く気付かない。そして一方、こちらでは。

 

「よくも弟に手を出してくれたわね。許さないわ!」

 

怒りの形相の澄玲はドルフィンレギウスに変身した。

シグフェルとドルフィンレギウスに挟まれ2対1の戦いを強いられることになったスラッグレギウスだったが、尚も余裕を示す。

 

「バカめ、殴る蹴るしかできないお前に俺を倒すことなどできんわ! 食らえ―!!」

 

ドルフィンレギウスに飛び掛かってくるスラッグレギウスだったが、

突然かまいたちのような疾風が起こり、スラッグレギウスの両腕が吹っ飛んだ。

 

「ギャアアッ!!!」

 

「手刀って知ってるかしら。剣や刀を持ってなくても切り裂くことはできるのよ」

 

「さて、そろそろとどめと行くか」

 

シグフェルは火星剣マルスエンシスを抜き放つ。

 

「天を斬り裂き、烈火を纏(まと)う我が剣(つるぎ)!

歯向かう悪を一刀両断、滅殺殲滅!受けよ断罪の炎!

斬天紅蓮の太刀(たち)! チェストォォッッ!!!!!!!!!!」

 

天凰輝シグフェルの薩摩示現流の一撃、斬天紅蓮がスラッグレギウスに炸裂した!

 

 

「ぐわああああッッ!!! む、無念~ッッ!!」

 

スラッグレギウスは木っ端微塵に爆死した。今回の戦いも正義の勝利で終わったのだ。

人質の障害がなくなったことで、今後もブレイバーフォースは遠慮なく東京都内に潜伏しているゼルバベルのレギウスを順次発見次第摘発できる。

ゼルバベルの関東以東への進出の脅威が遠のいたのは確かだろう。

 

「シグフェル、どうやら今回のことで貴方に借りが出来てしまったみたいね」

 

「友達を助けるのは当然のことです。貸しを作ったなんて思っちゃいませんよ」 


あれから数日後、すっかり元気になったはずの寺林柊成だが、

なぜかGスマの部室でも遠くを見るような表情で溜息をつくことが多くなった。

 

「どうしたんだ、柊成の奴」

 

「天凰輝シグフェルに助けられてから、ずっとあの調子よ」

 

涼介も愛都紗も、柊成の様子を訝しむばかり。

心配した光平と佳代が柊成に声を掛ける。

 

「なあ寺林、まだ何か悩み事があるなら言ってみろよ。少しは楽になるかも」

 

「よければアタシも一緒に聞いてあげるからさ」

 

「…え? ああ、実はな牧村、それに錦織さんも聞いてよ。

 俺、この前ゼルバベルに誘拐された時に、姉さんと天凰輝シグフェルに助けてもらっただろ?」

 

「ああ、確かそうだったよな…(汗」

 

まさか自分がその天凰輝シグフェルだとは言えないので、適当に相槌を打って誤魔化す光平。

 

「それでシグフェルと一緒に俺を助けてくれたくノ一の美少女がいたんだけど、

 俺、その娘に恋しちゃったみたいなんだ…」

 

「えっ?」

 

柊成の突然の爆弾発言に、光平と佳代は固まった。

 

「顔はハッキリとは覚えてはいないんだけど、可愛かったなぁ~。

 ああ、我が麗しの君…今いずこに?」

 

佳代はシグフェルと共に忍びの姿でいる時は、

顔に化粧を塗って本来の素顔を隠しているので正体がバレる心配はないと思うが、

これは面倒なことになったと頭を抱える光平と佳代であった。


安土市の都心の外れにそびえ立ち、

琵琶湖の湖面に長い影を下ろしている巨大な黒い建造物。

ここは日本有数の大財閥・久峨コンツェルンの本社ビルの最上階にある

総帥・久峨景章の執務室である。

 

「東京進出のプロジェクトは今回も不首尾に終わったようだね」

 

「申し訳ございません。直ちに次にプロジェクトを任せる者の人選を」

 

「いや、もういい…」

 

「はい…?」

 

安土に戻った筑井から報告を受けた景章は、座っていたプレジデントチェアから立ち上がり、

ガラス窓から眼下に広がる安土の街並みを見下ろす。

 

「ブレイバーフォースも目障りな存在だか、まさか天凰輝シグフェルとやらが実在したとはな…」

 

「御意。早急に奴の正体を調査します」

「東京進出のプロジェクトは思ったよりも難航しそうだ。

 不本意だが、この上はあの男を呼び戻すしかないか…」

 

そう呟く景章。

その頃、久峨コンツェルン本社ビルの地下に築かれた秘密基地・バベルの地底塔の最奥部にある牢獄では、肉食竜ティラノサウルスに似た謎の怪物が、おぞましい雄たけびを叫び続けながら獄に繋がれていた。

 

「グガグゴォォォッッッ!!!!!!!」