第36話『蘇る異界の魔物たち』

 

北海道・羊蹄山。

富士山によく似た優美な姿から蝦夷富士とも称され、

アイヌ語ではマッカリヌプリと呼ばれてきたこの山で、

突如、地鳴りと共に土砂崩れが発生し、山の地下から巨大な怪獣が姿を現わした!

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「カムイ(神)の怒りじゃ……! 伝説の竜がとうとう目覚めてしまった」

 

アイヌの古老が、咆え猛る巨竜の姿を見てそう言いながら震撼する。

身長40mを超える、氷のような透明の鱗に全身を覆われたクリスタルドラゴンは、

数百年前、あるアイヌの英雄が退治して羊蹄山に封印した魔獣で、

口伝の民族叙事詩であるユーカラにもその存在が語り継がれてきた恐るべき怪物であった。

 

「ギャォォォ~!!」

 

口からマイナス200℃の冷凍光線を吐き、山麓の町を凍りつかせるクリスタルドラゴン。

氷結させられた建物をその巨体で踏み潰して大暴れする。

 

「はるか太古、世界を暗黒の闇で覆った邪悪な魔王の落とし子……。

 遂に復活の時を迎えてしまったか」

 

アイヌ民族の中でもごく一部の者しか知らない、最古の昔からの伝説。

クリスタルドラゴンはこの地球で進化した生物ではなく、

はるか昔、魔王ヴェズヴァーンによって暗黒魔界から連れて来られた異世界のモンスターなのだ。

 

「ガゥゥ~!!」

 

破壊の限りを尽くしたクリスタルドラゴンは背中に生えた大きな翼で羽ばたき、

空高くへと飛び立った。

マッハ3の猛スピードで、南の方角――本州を目がけて飛んで行ったのである。

 

「大変なことになりおった。カムイを冒涜してきた和人たちへの天罰じゃ」

 

腰を抜かさんばかりに慄いていたアイヌの古老は、

いつの間にか自分の背後に立っていたスーツ姿の美しい女性の気配に気づいて振り向いた。

眼鏡をかけた知的なキャリアウーマンという印象だが、

異性を魅惑するような危なげなフェロモンの匂いもそこはかとなく漂う、

どこかミステリアスな雰囲気を帯びた若い女である。

 

「古代の伝説に随分お詳しいようね。あなたに教えていただきたいことがあるわ」

 

その声が耳に届いた刹那、アイヌの古老の鼻孔を甘いラベンダーの香りがくすぐり、

まるで麻薬を吸ったかのような心地良い恍惚感と共に彼の意識は朦朧となった。


内閣総理大臣・羽柴藤晴。

政権与党である自由憲政党(略称:自憲党)の総裁で、

現在の日本政府のトップを務めている政治家である。

安土市の新都開発計画を目玉政策に掲げ、バブル崩壊以来、

長らく低迷していた日本経済を回復に導いた首相として国民の支持率はとても高い。

 

「総理、間もなく着陸します」

 

「うむ。東京の天気は良さそうだな」

 

南米諸国への歴訪から帰国した羽柴総理は太平洋を横断する長いフライトを終え、

政府専用機で羽田空港に降り立とうとしていた。

日本への移民も多いブラジルやペルーの首脳と、

今や世界各国で騒乱の種になっているレギウスの問題について話し合い、

協力体制を確認してきたばかりである。

 

「総理、一大事です! その……北海道に巨大な怪獣が出現したと……」

 

「怪獣!?」

 

着陸態勢に入ろうとしていた機内に、

羊蹄山で発生したクリスタルドラゴン出現の急報が飛び込んでくる。

 

「信じられないような話です。

 デマかイタズラではないのかと再三確認したのですが、

 北海道知事や航空自衛隊の千歳基地からも同じ連絡が何度も……」

 

「いや、冗談などではないな」

 

怪獣などという空想めいた話に、総理の側近は半信半疑で困惑している顔だったが、

羽柴総理は何かを知っている様子で疑う素振りを微塵も見せず、

すぐに真剣な表情になって考え込む。

 

「よし、直ちに自衛隊を出動させよう。

 国民の命を守るため、その怪獣に対する武力行使を総理大臣の権限で許可する」

 

「し、しかし総理……!」

 

「時間がないんだ。人々の命が懸かっている。すぐに防衛庁に連絡を繋いでくれ」

 

自衛隊に戦闘行為を許可するというのは、

戦争を放棄し非戦を大原則としてきた戦後の日本にあっては、

無論簡単には発動させてはならない重大な決定である。

だが、羽柴総理の決断は極めて迅速で迷いがなかった。

 

「総理。東北上空を飛行していた怪獣は仙台市に降下し、

 市の中心部を破壊しているとのことです。

 被害は既に多数出ております。

 やはりデマなどではなく、現実の事態のようです!」

 

「羽田への着陸は中止だ。この飛行機をこのまま仙台に飛ばしてくれ。

 私自ら現地に乗り込んで指揮を執る!」

 

「そんな……! 危険です総理。わざわざ総理が現場まで行かずとも……」

 

「自衛隊の最高指揮権を持つのは総理大臣であるこの私だ。

 前例のない未曾有の事態、現場任せにしていては判断に困ることもあるだろうしね」

 

周囲は戸惑ったが、羽柴総理の決意は固い。

政府専用機は羽田空港への着陸をやめて再び高度を上げ、

仙台に向かって全速力で北上した。


「サイドワインダー、発射!!」

 

「JDAM(ジェイダム)、投下!!」

 

「ギャゥゥゥ~!!」

 

仙台の市街地に降り立ったクリスタルドラゴンに対し、

航空自衛隊とブレイバーフォースの戦闘機部隊による攻撃が開始された。

自衛隊のF-2戦闘機がミサイルと爆弾の雨を降らせ、

ブレイバーフォースの特殊航空兵器ブレイバーバードがレーザービームを浴びせる。

 

「効いていないというわけではないですが……致命傷には程遠いですね」

 

「例えただの時間稼ぎだろうと構わない。

 市民の避難が済むまで、とにかく猛攻を加えて進撃を止めるんだ!」

 

ブレイバーバードを操縦する寺林澄玲隊員と、助手席で指揮を執る斐川喜紀隊長。

クリスタルドラゴンの透明に輝くボディは頑丈で、

自衛隊と地球防衛軍による猛爆も足止め程度にしかならない。

冷凍光線を吐いて暴れるクリスタルドラゴンは、

勇戦するF-2戦闘機を一機、また一機と凍らせて撃墜していった。

 

「うっ! 左翼に冷凍光線が掠りました。ジェットエンジン停止!」

 

「やむを得ん。安全な場所に不時着させろ!」

 

「了解っ!」

 

ブレイバーバードも遂にクリスタルドラゴンの攻撃を受け、

左のエンジンを超低温で停止させられてしまう。

寺林隊員が必死に機体をコントロールして高度を下げようとしたその時、

はるか上空、雲の上で赤い炎が眩しく煌めいた。

 

「総理、間もなく、航空自衛隊の松島基地に到着します」

 

「うむ。急ぎ着陸して自衛隊の司令部と合流するぞ」

 

仙台市から約30km離れた松島基地に降りようとしていた

羽柴総理を乗せた政府専用機からも、真っ赤な空の輝きははっきりと見えた。

まるで太陽がもう一つ出現したかのように、地上が眩しく照らされている。

何か強烈なエネルギーが雲の上に集まり、熱く燃えたぎっているのだ。

 

「あれは……!?」

 

羽柴総理が窓の外の光景に目を凝らした瞬間、

上空から巨大な火炎の奔流が勢いよく降り注ぎ、

地上で猛威を振るっていたクリスタルドラゴンを直撃した。

 

「ギャゥゥゥ――ッ!!」

 

熱波を浴びせられたクリスタルドラゴンが灼熱の炎の中で蒸発し、原子の粒へと還ってゆく。

自衛隊とブレイバーフォースのいかなる攻撃にも耐えていた強靭な大怪獣が、

たちまちその巨体を焼き尽くされて消滅したのである。

 

「やれやれ……。今回は竜の中でもまだ小さい方だったみたいだが、

 それでも倒すには相当のエネルギーを使わされたな」

 

雲の上からクリスタルドラゴンを熱波で撃ったのは、

天凰輝シグフェルの必殺武器・火星剣マルスエンシスの一撃だった。

北海道でクリスタルドラゴンが復活するとセイロスから予言を聞かされていたシグフェルは、

この怪獣を退治するため急ぎ東京から飛んで来たのである。

 

「魔王ヴェズヴァーン……。

 こんな凶暴なドラゴンまで従えていたなんて、

 一体どんな恐ろしい悪魔なんだ……?」

 

表に出ての華やかなヒーロー扱いなどは好まない。

不吉な予感を覚えつつ、シグフェルは空中で素早く身を翻し、

自衛隊のレーダーに捕捉される前に飛び去ったのであった。


「たぁっ! たぁっ!」

 

「フォームが乱れかけてるよ。もっと足をしっかり伸ばして!」

 

「はいっ!」

 

翌日、よく晴れた日曜日の朝。

いつものように格闘技の特訓のため稲垣家を訪れた獅場俊一は、

甲賀忍者のチャンウィット・タンクランからムエタイの蹴り技の指南を受けていた。

庭に吊るされたサンドバッグに連続でキックを叩き込む俊一の横で、

縁側に置かれたラジオからはニュースの音声が流れてくる。

 

「昨日午後、首脳会談を終えてブラジルから帰国した羽柴総理大臣は、

 巨大な怪獣に破壊された仙台市内をその足で視察し、

 今朝にはテントで夜を明かしていた大勢の被災者を見舞いました。

 間もなく東京へ戻り、被害を受けた現地の復興に全力を挙げるべく、

 国会で積極的に対策を話し合う意向を示しています」

 

「地球の裏側から帰ってきたばかりで疲れてるのに、

 すぐに国民のためにハードワーク。

 羽柴総理って、本当に頑張る人よね~」

 

「そうだな。人柄も誠実そうで親しみやすい感じだし、

 国民の暮らしをよく考えてくれてる立派な首相なんじゃないかな。

 まあ、俺も政治のことはそんなに詳しくないけどさ」

 

孫娘の稲垣千秋が俊一と一緒に、

そんな風に現職の総理大臣を評するのを、

甲賀忍軍頭領・稲垣岳玄は穏やかながらも意味深な笑顔で静かに聞いている。

高校生の若者たちが考えているほど政治の世界はシンプルで綺麗なものではないのだが、

それを二人に話すのはまだ早いだろう。

 

「じゃが、魔王がこの地球へ持ち込んだ異界の魔物どもはこれからも現れる……。

 俊一君たちの前にも、いずれ奴らが敵として立ちはだかることになるかも知れんな」

 

ところで、クリスから預かったあの件についてもそろそろ俊一に話さなければならない。

修業を終えてタオルで汗を拭いている俊一に意を決して岳玄が声をかけようとしたその時、

偵察に飛ばしていた尹小鈴(イン・シャオリン)が慌ただしく庭に駆け込んできた。

 

「頭領、大変です。北海道でまた変事が……!」

 

「何っ!?」

 

「天正軒の札幌支店にいる下忍からの報告です。

 道南にあったアイヌのストーンサークルが、何者かに破壊されていたとのこと」

 

「さてはゼルバベルの仕業かの」

 

甲賀忍者は江戸時代以降には蝦夷地へも活動範囲を広げ、

北海道の先住民族であるアイヌの族長たちとも以前から交流がある。

彼らが古代に築いた遺跡が破壊されたと聞いて、

岳玄はその事態の意味を即座に悟ったのであった。


羊蹄山の南、洞爺湖の畔にそびえる有珠山の麓。

ここに、大昔のアイヌ民族が封印していた、もう一つの魔物にまつわる遺跡がある。

 

「かつて地球で暴れ、蝦夷の大地を血に染めたという死せる兵士の軍団……。

 それがここに眠っているというのね」

 

「はい。間違いありません……」

 

魔人銃士団ゼルバベルの幹部の一人・橘カオリ。

弁護士を職業としている彼女の正体は花の怪人ラベンダーレギウスである。

民族秘伝のユーカラをよく知るアイヌの古老を見つけ出した彼女は、

武器であるラベンダーの香りでこの老人を洗脳し、

古代の伝説に伝わる秘密の場所へと自分を案内させていた。

 

「蘇りなさい。スケルトンたちよ!」

 

地面に置かれていた封印用のストーンサークルを、

ラベンダーレギウスは指先から発射したビームで粉々に破壊する。

すると、剣を持った無数の白骨兵士――スケルトンの軍団が、

土の下から続々と地上に這い出てきた。

 

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「ギギィッ……! 何だキサマは」

 

「さては、魔王様に逆らったレギウスのナカマか?」

 

「オレたちは魔王様のケライだ。オマエなんかの命令は聞かないぞ!」

 

封印を解いたラベンダーレギウスに従うどころか、

逆に剣を振るって襲いかかってくるスケルトンたち。

だが、ラベンダーレギウスは頭についた花弁から芳香を発し、

スケルトンたちに浴びせかけた。

 

「ギギッ、ゼルバベル万歳!」

 

「スコーピオンレギウス様に栄光アレ!」

 

「ウフフ……。一丁上がりね。

 世界征服のために役立つ、素敵な兵隊さんたちが手に入ったわ」

 

洗脳されたスケルトン軍団はゼルバベルに忠誠を誓い、彼らの戦闘員となってしまった。

強力な兵士を調達することに成功したラベンダーレギウスの高笑いが、

雄大な北海道の大地にいつまでも響いていた……。