第35話『明かされる古代の秘密』

作:おかめの御前様

 

ここは滋賀県安土市で稲垣千秋の祖父・岳玄が営む蕎麦屋「上総堂」である。

その玄関前に一台の黒塗りの高級車が停まり、

運転席から降りた女秘書に付き添われる形で後部座席から一人の金髪碧眼の美少年が降り立った。

 

「はい、いらっしゃい!」

 

「お忙しいところ恐れ入ります。この店のご主人はご在宅でしょうか?」

 

「師匠に?」

 

岳玄を訪ねてきたという女秘書・村舞紗奈に応対に出る店員の尹小鈴(イン・シャオリン)。

その一方で、紗奈と一緒にいるサングラスをかけた金髪碧眼の美少年=クリスを目にした店内の客たちが俄かにざわつき始めた。

 

「ねえ、もしかしてあの子、クリス様じゃない?」

 

「ハハハ、まさか。クリスが今来日してるだなんてニュースは聞いてないぜ」

 

「でもよく見てみてよ。確かに似てるぜ」

 

「まずいな…。このままではお店に迷惑がかかる」

 

気まずそうに紗奈の背後に隠れるように咄嗟に身をすくめるクリス。

そういえば今日は岳玄に客が訪ねて来る予定があったと思いだしたチャンウィットと小鈴はすぐに事情を察し、クリスと紗奈の2人を奥の屋敷の座敷へと通した。

 

「お待たせいたした。稲垣岳玄でござる」

 

「はじめまして。クリストフォロ・エヴァルド・コルティノーヴィスと申します」

 

「今まで手紙のやり取りなどはしておりましたが、互いに直接会うのは初めてですな」

 

これまで岳玄率いる日本の甲賀忍軍とイタリアのコルティノーヴィス家は、

対ゼルバベル戦で共調関係を築き情報交換などをしてきた間柄である。

 

「して、今回こちらにわざわざ見えられたのは、獅場俊一君の件ですな?」

 

「やはり岳玄殿もご存知でしたか。彼がライオンレギウスであることを」

 

クリスは岳玄にこれまでの経緯、俊一の保護者で考古学者の獅場夫妻をレギウスの襲撃から保護した事、その縁で獅場夫妻にも魔王ヴェズヴァーンに関する考古学の遺物の分析などで協力をしてもらっていること、夫妻の子供である俊一と楓花兄妹に危害が及ばないように(且つ俊一と楓花の日常生活らも配慮しつつ)間接的に警護してきたことなどを話した。

 

「なるほどのぅ…」

 

「樟馬から彼がレギウスだと報告を聞かされて、実は少し困っております。

 その事実を俊一さんの保護者である獅場夫妻にいつまでも内緒にしているわけにもいきません。

 かと言って俊一さん本人に無断で彼の両親に経緯をバラしてしまうというのも

 あまりよくないと思うのです」

 

「今は俊一君にはレギウスに覚醒した事実を警察や役所に申告するのは

 まだ待った方がいいと様子見を勧めておりますのじゃ。

 ですが両親に対してはいつまでも隠しておくよりは、

 どこかで打ち明けた方がいいだろうとは彼自身も思っているはず」

 

「はい」

 

「ただわしは俊一君の親御さんとは面識がなく、

 今すぐ打ち明けても理解してもらえるかどうかの判断がつかず、

 そこはわしとしても何とも言いかねている状態でしてな。

 しかしコルティノーヴィスの方から彼の両親に説明がされて

 すでに理解を得られているのであれば話は早い。ことは案外スムーズにいきそうですな」

 

「もしお許しが頂けるのであれば、僕らも説明の場に同席させていただければと考えております」

 

「そのお申し出はこちらにとってもありがたい。

 俊一君にはいずれ折を見てわしの方から伝えておきましょう」

 

「よろしくお願いいたします」 


一方、その頃…。

こちらは東京の海防大学キャンパスの屋上である。

その日、講義の合間の昼休憩中に構内にあるカフェテリアで軽く食事をしていた牧村光平は、

たまたまそこを通りかかった沢渡優香に放課後の夕方に一人で来てくれと声をかけられた。

優香の様子がいつもと少し違うと察した光平は、

約束の時間に彼女の言葉通り一人で屋上へとやって来る。

そこには優香が光平を見つめるように静かに立っていた。

 

「もう優香の中には現れないはずじゃなかったのか? 大天使セレイア」

 

「申し訳ありません。どうしても貴方にお伝えしなければならないことが出来てしまいました…」

 

大天使セレイア――沢渡優香の前世の姿であり、

太古の昔の宇宙で古代堕神戦争をシグフェル、ザジロードら四獣を率いて戦った伝説の存在。

度々優香の身体に憑依しては、彼女の口と言葉を借りて光平=天凰輝シグフェルに数々の助言を与えて来た。しかし以前の戦いが終わって以降、セレイアの人格は再び深い眠りへとつき、二度と目覚めないはずであったのだが…。

 

「魔王、ヴェズヴァーンが蘇ろうとしています…」

 

「魔王ヴェズヴァーン? その名は以前にも聞いたことがある。いったい何者なんだ?」

 

「超古代、暗黒魔界と地球を支配していた魔王。

 恐るべき魔力と戦闘力を誇り、暗黒魔界から太古の地球を侵略、

 人間たちを支配して圧政を敷き神として崇められた者です。

 自らを崇拝する古代人たちに魔術でレギウス因子を埋め込み、

 レギウスと呼ばれる超人に変異させて配下の騎士として戦力に使っていましたが、

 およそ1万年前、反逆したホッパーレギウスに倒され、封印されて深い眠りにつきました」

 

「超古代の地球にそんな奴がいたのか…」

 

優香の口を借りたセレイアの言葉に驚きを隠せない光平。

 

「ですが魔王ヴェズヴァーンはまだ死んではいません。

 今も地下から思念波を発して人々を操りながら復活の時を密かに待っているのです…」

 

「分かった。その魔王ヴェズなんとかの復活を俺が阻止すればいいんだな?」

 

「いいえ、その役割を果たせるのは貴方ではありません」

 

「なんだって?」

 

「魔王の復活を唯一阻止できるのは、獅子の勇者……うっ!!」

 

そこまで話したところでセレイアの意識は消え、優香は突然気を失ったようにその場に崩れ落ちた。

慌てて彼女を抱きかかえる光平。

 

「優香!おいしっかりしろ!優香!」

 

「ん、ううっ……光平くん……」

 

「気が付いたか?」

 

「うん、私は大丈夫だよ。でも魔王ヴェズヴァーンって何? また戦いが始まるの…?」

 

「優香…」

 

セレイアに意識を乗っ取られていた間も、優香にはその間の記憶があるのだ。

優香は光平の顔を心配そうに見つめている。

 

「大丈夫だよ。優香は何も心配しなくていい」

 

自分の身を案じてくれる優香に、光平は安心させるように優しく諭すのであった。 


翌朝、光平は大学城下町の下町にある日野モーターズの整備工場を訪れた。

同じテニスサークル「Gスマ」のメンバーである日野愛都紗の実家が経営する中小の自動車整備工場である。

 

「やあ、日野さん」

 

「あ、牧村くん、おはよう!」

 

「おやっさんはいる?」

 

「うん、ちょっと待ってて。お父さ~ん!! 牧村くんが来たよぉ~!!」

 

愛都紗に案内されて、奥の工房へと顔を出す光平。

そこには愛都紗の父でここの整備工場の社長でもある弦一郎が待っていた。

 

「おやっさん、おはようございます」

 

「おう!よく来たな!」

 

「アレはもう仕上がってますか?」

 

「ああ、仕上がってるよ。ちょっと待ってな!」

 

昔ながらの江戸っ子気質でべらんめぇ口調の弦一郎は、

そう言うと奥から一台のピッカピカに磨かれたハイテクバイクを引っ張り出してきた。

弦一郎がエンジンキーを回すとスイッチが入り、電源が作動する。

 

「しばらくだったな、GARU。元気してたか?」

 

<しばらくぶりです光平。

 日野のおやっさんにも愛都紗さんにも大変よくしてもらいました(∀`*ゞ)テヘッ>

 

この人間並みの知能を有し、言葉を発したバイクの名は「マシンガルーダ」

この理性的極限純正人工知能GARU/Genuine AI  of Rational Utmost」が搭載されたスーパーバイクを整備できる人間など、日本広しと言えどもこの日野弦一郎を置いて他にはいないだろう。

それだけ彼は知る人ぞ知る伝説のメカニックマンなのである。

 

「お代の方はもう鎌倉のご隠居様からもらってるから安心しな」

 

「助かりました。またよろしくお願いします」

 

「おう!待ってるぜ!」

 

マシンガルーダに跨って走り去っていく光平を見送る、弦一郎と愛都紗父子。

 

「ねえお父さん、牧村くんって何者なのかなぁ?」

 

「なんでぇ、気があるのか?」

 

「そ、そんなんじゃないよ! お父さんのバカッ!! 

 確かに彼は素敵な男性だけど、彼にはもう沢渡さんっていう立派なガールフレンドがいるんだから。ただ、その…なんというか、牧村くんってさぁ、どことなく謎でミステリアスな雰囲気があるんだよねぇ……」

 

「さあ、俺も鎌倉のご隠居様から紹介されただけで、

 光平君の詳しい過去までは聞かされてねえからなぁ。

 どこぞの財閥の御曹司か政治家の隠し子って噂もあるが、まああまり余計な詮索はするめえよ」

 

「うん、そうだね…」

一方、首都高を疾走する光平とマシンガルーダ。

 

「なあ、GARU。また戦いが始まるかもしれない」

 

<ぼくはどこまでも光平について行きます。たとえ地獄の果てでも>

 

「頼りにしてるぜ!」

 

光平とマシンガルーダはどこまでも疾風の如く走り抜けて行くのだった。