第32話『殺意と狂想のファシズム』

 

「この魔力は……」

 

夜。安土の街の大通りをバイクで走っていた黒津耕司は、

スピードメーターの横に取りつけられたレーダーが、

数キロメートル先でぶつかり合っている二つの巨大なエネルギーを感知したことに気づいた。

 

「奴じゃなさそうだが、まあいいか。

 戦いに釣られて、奴もまた出てくるかも知れねえからな」

 

Uターンしてレイクブリッジの方へ進路を変えた耕司は、

バイクの速度をどんどん上げながら自身の魔力を高め、

黒い炎のような光に身を包まれる。

 

「変身ッ!!」

 

夜の闇を切り裂くように猛スピードで爆走するバイクの上で、

耕司は狼の超戦士・ウルフレギウスに変身した。

安土江星高校のグラウンドに出現したこのレギウスの正体は、

他ならぬ耕司だったのである。

 

「飛ばすぜ。ヴォルフガンダー!」

 

ボタンを押すと、耕司の駆るバイクは変形して黒いカウル――否、鎧を纏い、

漆黒の戦闘マシーンにチェンジする。

ヴォルフガンダーと名づけられたこのウルフレギウスの相棒メカは、

まるで獰猛な餓狼が咆えるかのように激しく唸りを上げた。


「来日早々、噂に聞いていた貴様に会えるとは私も運がいい。

 命はもらうぞ。ライオンレギウス!」

 

「うわぁっ!」

 

琵琶湖の岸辺に掛けられたレイクブリッジの上で、

ライオンレギウスとオルカレギウスの戦いは続いていた。

海面を跳ねるシャチの如く大ジャンプしたオルカレギウスは、

ライオンレギウスの突進をかわしてヒレ状の両手で斬りつける。

 

「来日って、外国人か? 日本に何をしに来たんだ。

 こんなむごい殺戮をするためか」

 

「その通り。偉大なるゼルバベルの世界征服の第一歩として、

 この日本を血の海に沈めて制圧するためだよ!

 アウェー・カエサル(皇帝万歳)!!」

 

「カエサルって……いつの時代のイタリア人だよ!」

 

「アウェー・カエサル」とは、第二次世界大戦の時代、

イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニが人々にさせていた敬礼の際の挨拶で、

ナチスドイツの「ハイル・ヒトラー」と同じファシズム礼賛のフレーズである。

以前に千秋と一緒に観に行った、戦時下のイタリアを舞台にしたラブロマンス映画で、

主人公とヒロインを迫害するファシスト党員たちがこの台詞を連呼していたのを俊一は覚えている。

 

「修業の成果、見せてやる!」

 

チャンウィットと小鈴からムエタイとカンフーの技を教わり、

基本技術をこの短期間でしっかりと身につけていたライオンレギウスは怯まず反撃。

オルカレギウスのヒレによるチョップをハイキックで弾き、

すかさず距離を詰めて相手の腹に膝蹴りを突き刺した。

 

「ほう、思ったよりはやるな。今のはタイ式武術かな?」

 

「まだ初心者だけどな。習ってみると結構面白いぜ」

 

無我夢中の殴り合いになっていた以前よりも冷静に、

技を駆使して相手と舌戦も交わしながら戦えるようになったのは、

武道を学んで精神面も含めて訓練された成果が早くも出ているからである。

逆に言えば、もし修業をしていなければ何もできずに瞬殺されていたであろうほど今回の敵は手強い。

 

「なるほど、習いたての頃はやはり色々と楽しかろう。

 私のようにあらゆる格闘技のデータを分析して頭にインプットしてしまうと、

 もう何をしても退屈でしかないのだがね」

 

「くっ、こいつ頭も切れる……!」

 

研ぎ澄まされた刃のようなシャープな凶悪さを湛えたこのシャチのレギウスは、

魔力や腕力に優れるだけでなく相当に理知的で頭脳明晰である。

まだ基礎を習得したばかりのムエタイやカンフーの技は易々と見切られ、

徐々に本気を出してきた相手にライオンレギウスは押され始めた。

 

「俊一、頑張って!」

 

陸地へ逃げて木の後ろに身を隠しながら、橋の上での戦いを心配そうに見守る千秋。

戦況は明らかにライオンレギウスの劣勢で、相手に弄ばれているような感さえある。

そんな時、千秋の背後の土が突然盛り上がり、

地中からムカデのような怪人が這い出してきた。

 

「グォォ……!」

 

「きゃぁっ!」

 

ムカデの怪人・センチピードレギウスは不気味な唸り声を発しながら、

千秋にじりじりと迫ってくる。

 

「千秋!」

 

「おっと、よそ見をしている余裕があるのかな?」

 

千秋が悲鳴を上げたのを聞いて助けに向かおうとするライオンレギウスだが、

オルカレギウスはすかさず牽制を加えてそれを許さない。

もし背中を向けて走り出したりすれば、たちまち後ろから攻撃されて命はないだろう。

 

「ゼルバベルめ、これだけの惨事を起こしながら収穫はゼロか。

 残った最後の一人、この手で試させてもらうぞ」

 

「ううっ……!」

 

謎めいた言葉を呟きながら千秋に迫るセンチピードレギウスは、

口から猛毒を吐きかけようとする。

だがその時、遠くから射してきた眩しいバイクのヘッドライトの光が、

センチピードレギウスを照らしてその視界を奪った。

 

「あれは……?」

 

暗闇の向こうから爆音と共に走ってきたのは、ウルフレギウスが乗るヴォルフガンダーであった。

前輪を上げたウィリー走行でレイクブリッジの上を疾走するヴォルフガンダーは、

ライオンレギウスを痛めつけていたオルカレギウスを撥ね飛ばして転倒させ、

そのまま陸に乗り上げてヘッドライトからの光線でセンチピードレギウスを射撃。

センチピードレギウスを吹っ飛ばすと、土煙を巻き上げながら千秋の目の前で急停車した。

 

「やっぱり現れやがったな。ムカデ野郎。

 よりによって、こいつを狙うとはいい度胸だ」

 

「その声は……耕司くん!?」

 

ヴォルフガンダーから飛び降りたウルフレギウスの声色に驚く千秋。

ウルフレギウスはわざとそれを無視するかのように顔を逸らすと、

猛然とセンチピードレギウスに戦いを挑んだ。

 

「おのれ、邪魔が入ったか。あの狼のようなレギウスは何者だ?」

 

思わぬ不意打ちで弾き飛ばされたオルカレギウスが立ち直ったところに、

今度は別の方向から緑色の煙が吹きつけられてダメージを与えた。

俊一の下校中の監視を担当していた森橋悠生ブライトウェルが、

グリーンドラゴンレギウスに変身して武器の塩素ガスによるブレスを浴びせたのだ。

 

「ったく、デートの覗き見なんて無粋なことはよそうと目を離してたら隙ができたぜ。

 とうとう日本にお出ましか。前世紀の遺物のファシストさんよ」

 

「現れたな。コルティノーヴィスの手下のレギウスめ。

 どうやらこの極東の島国が、貴様らとの決着の舞台になりそうだな。

 だが、今は貴様と争っている時ではない!」

 

「何だとっ!」

 

グリーンドラゴンレギウスとのパンチを素早い動きでかわしたオルカレギウスは、

ここは退却が妥当と判断して戦闘を打ち切り、

レイクブリッジの上から琵琶湖に飛び込んで姿を消した。

 

「悪いな。今は話してる時間はない。俺はあいつを追うぜ!」

 

互いを知っているかのような会話を相手と交わしていたグリーンドラゴンレギウスだったが、

今はそれについて説明している暇もなく、

自分も橋からダイブして逃げたオルカレギウスを追跡した。

 

「今日こそ仇は討たせてもらうぜ。オラァッ!」

 

一方、陸のウルフレギウスはセンチピードレギウスを続けざまに殴りつけ、

猛攻を浴びせていた。

だがセンチピードレギウスは相手の闘志を嘲笑うかのように、

涼しい顔でパンチの連打を受け流す。

 

「クックックッ……そうだ。怒りに燃えて戦うがいい。

 その闘争心が、やがて我々の役に立つ日が来る」

 

「くっ、どういう意味だ!」

 

ウルフレギウスの問いに答えることもなく、

センチピードレギウスは地面の下へ潜って退散した。

 

「チッ、また逃がしちまったか……」

 

「耕司くん……」

 

耕司がレギウスに覚醒していたことに驚きを隠せない千秋。

ウルフレギウスはそんな千秋に一瞥を送ると、

レイクブリッジの上に立っているライオンレギウスの方を鋭い視線で見据えた。

 

「ちょ、ちょっと耕司くん!?」

 

千秋が声をかけようとした刹那、ウルフレギウスは地面を蹴って大きく跳躍。

レイクブリッジの上に飛び乗ると、そのまま勢いよくライオンレギウスに殴りかかった!

 

「オラァッ!」

 

「くっ……!」

 

パンチを受けたライオンレギウスは一瞬当惑した様子だったが、

すぐに状況を察したように体勢を立て直すと、小さく牙を剥いて応戦。

ウルフレギウスに飛び蹴りを浴びせてそのまま格闘に突入した。

 

「ちょっと、俊一落ち着いて! 耕司くんもやめて!」

 

戦いが終わったのも束の間、再び幕を開けたレギウス同士のバトル。

ライオンレギウスとウルフレギウスの戦いが、戸惑う千秋の前で始まった。

 

「二人とも、やめてぇっ!!」