第27話『獅場俊一誘拐事件(前編)』

作:おかめの御前様

 

平日朝の通勤・通学の時間帯、

滋賀県安土市、滋賀県立安土江星高校・正門前。

 

大勢の生徒たちが登校してくる中、2年生の獅場俊一は校門の前で同じクラスメートの鯨井大洋、双之宮樹、そしてガールフレンドの稲垣千秋と合流する。

 

「よっ!俊一!」

 

「俊一、おはようッ♪」

 

「ああ、おはよう」 

 

良さそうに学校敷地内の中へとその他登校してきた生徒たちの人ごみの中に消えていく俊一たち4人だったが、遠くの路上脇に停めてあるオープンタイプのスポーツカーの運転席からサングラスをかけた青年=鈴見樟馬がその様子を密かに窺っていたことには誰も気づいていなかった。

 

「指令室、こちら樟馬、聞こえるか? 獅場俊一は本日も無事に登校した」 

 

樟馬の無線連絡は、同じ安土市内にあるCSC安土タワーのシークレットエリアにあるオペレーションルームへと繋がっていた。

 

「了解です。それでは下校の際のガードもよろしくお願いしますね」

 

樟馬からの提示連絡を受け取ったオペレーションルーム担当の須田菜々美は、

すぐにその報告をクリスへと上げる。 

 

「たった今、樟馬さんと悠生さんからそれぞれ朝の定時連絡がありました。

 獅場博士の息子さんと娘さんはどちらも無事に登校したそうです」

 

「そうか、それはよかった」

 

「クリス、コーヒーが入ったわ」

 

「ああ、ありがとうサナさん」

 

秘書である村舞紗奈が差し入れたコーヒーを口にして、ホッと一息入れるクリス。

そこへインカムを頭部から外した菜々美が、「あのぅ…余計なことかもしれませんが」と前置きしつつ

一言疑問を差し挟む。

 

「ガードする時間帯は、本当に登下校の時間帯だけでいいんでしょうか?」

  

確かに俊一や楓花が自宅にいるときや私用で外出するときに襲われる可能性だってある。

菜々美の心配もいちいち尤もなことだ。

 

「ナナミの心配も分かるよ。でもなるべく獅場博士のお子さんたちのプライバシーは尊重したいし、

 獅場家の私生活への干渉は極力最低限に抑えるという獅場博士との約束もあるからね」

 

その時、アラームが鳴るとともにオペレーションルームに緊急の一報が入り、

菜々美は再びインカムを装着してすぐに席へと戻る。 

 

「安土市警察当局からの情報です。本日AM10:13頃、安土駅前通りで巡回中の警察官が不審な男を職務質問しようとしたところ、男が逃走。後からの調べで判明したところでは、男は帝都財団からの金塊強奪容疑で指名手配されている住所不定・無職の長島和男容疑者、41歳。長島は拳銃を所持しており現在も逃走中とのことです」

 

「レギウス絡みではなさそうだけど、心配ね」

 

「ナナミ、一応ショウマとユウキにも警戒するように伝えておいてくれないか?」

 

「わかりました」 


安土市内に凶悪犯が逃げ込んだということで、その日は全校で部活の放課後の練習が中止になった。

全校生徒に早めの下校を促す校内放送が流れる中、一斉に帰宅していく生徒たち。

 

「俊一、何処へ行くの?」

 

「ごめん。自販機で何か飲み物買ってから帰るからさ。大洋や樹たちと先に帰っててくれ」

 

千秋を先に帰し、一人だけ生徒玄関近くの自販機コーナーへと引き返す俊一。

 

「もう誰もいないのか。みんな帰るの早いな…」

 

自分以外誰もいない自販機コーナーで、自販機に小銭を入れ、

いつもよく飲んでいる炭酸飲料を買おうとしたその時、突然俊一の背中に何かが押し当てられた!?

 

「――!?」

 

「動くな!」

 

「だ、誰だよ…?」

 

「喋るな! もし騒いだらズドンと行くぞ!」

 

一瞬の隙を突かれて、見知らぬ中年男に背中から銃口を突きつけられていることに気が付く俊一。

せめてライオンレギウスに変身できれば取るに足らない相手とは言え、今の自分は生身の男子高校生に過ぎない。この状態で飛び道具を向けられてはどうしようもない。ここは言うとおりにするしかなさそうだ。

 

「よぉし、いい子だ。いいか、これから俺の言うとおりについて来い。わかったな?」

 

「わ、わかりました…」 


「遅いな…」

 

さっきからずっと近くで獅場俊一が校門から出てくるのを待っていた鈴見樟馬であったが、一向に俊一は出て来ない。生徒が出入りする出入り口はこの正門しかないはずだが、万一のことも考え、樟馬は学校の敷地内に足を踏み入れることにした。

 

一方、俊一から先に帰るように言われていた千秋も、やはり彼のことが心配で校門のところで一人待っていた。しかしいつまで経っても俊一はやって来ない。

しびれを切らした千秋は自販機コーナーにも行ってみるが、案の定俊一の姿はなかった。

 

「俊一ったら、何処に行ったのよ…」

 

ここ最近はレギウス絡みの一件が立て続けに起き、そのことで俊一が悩みを抱えていることも知っている彼女は一抹の胸騒ぎを覚えるのだった。 


「んんーっ、ふぅ……ッ、んむー!」

 

男によって本校舎から少し離れた、今は閉鎖されている旧校舎の一室へと連れ込まれた俊一は、

ロープで手足を縛られ、さらに喋れないように口も粘着テープでピタリと塞がれて監禁されていた。

 

「小僧、運がなかったな?」

 

「んんぐーっ、んむむーっ!」

 

「俺が誰なのかはもう察しがついてるだろ? その通りよ。

 今サツに追われている金塊強奪犯の長島だよ。

 悪いが金塊の隠し場所に辿り着くまで、お前は大事な人質だ。

 そのまま大人しくしてたら、命だけは助けてやる」

 

「………」

 

こんな奴、手足が自由になりライオンレギウスにさえ変身できれば一捻りなのに、と内心悔しがる俊一であったが、今はただ静かにして反撃・脱出のチャンスを伺うしかない。

しかし犯人は「奪った金塊の隠し場所に着くまで自分を人質にする」と言った。

ということは、隠し場所は案外この近くなのであろうか…?


俊一の姿を探して校内を捜索する樟馬。そんな彼の目に、同じくさっきから俊一を探している千秋の姿が映る。獅場俊一及び彼の関係者への接触は極力避けるようにクリスから命じられていた樟馬だったが、今は緊急の事態だ。樟馬は千秋に近づき声をかけた。

 

「もし、そこの君、もしかして獅場俊一君のお友達かな?」

 

「えっ?」 

 

千秋は突然自分に声をかけて来たサングラスの青年に、一瞬ギョッとした。

自分よりも少し歳が上のように見えたが、これまで全く見かけた覚えはないので、同じ学校の3年生の先輩というわけではなさそうだ。だとすると大学生だろうか?

 

「だ、誰なんですか!? あ、もしかしてニュースでやっていた逃走犯!?」

 

「おいおい、俺が40代の中年のオッサンに見えるかよ…。

 実は俺も俊一君を探しているんだけれども、今彼がどこにいるのか知らないかな?」

 

「私も俊一が何処にいるのか分からなくて探しているんです! 

 彼の携帯にかけても全く応答がないし…」

 

「事情は大体わかった。よければ俺も一緒に探させてもらっていいかな?」

 

「いいですけど……あなたは俊一とどういう関係なんですか?」

 

「それは追々話すよ。今は彼を探し出す方が先決だ。そうは思わないか?」

 

「それはそうですけど…」

 

怪しい男だとは思ったものの、他に頼る当てもなかった千秋は渋々この青年と協力することにした。

学校の敷地内は大方捜し尽くした。残るは本校舎裏にある旧校舎のみ……。