第28話『獅場俊一誘拐事件(中編)』

作:おかめの御前様

 

「んんっ!」

 

学校内に侵入してきた逃走中の金塊強奪犯・長島に捕まり、人質となってしまった俊一。

今は使われていない本校舎裏の旧校舎に監禁されていたが、後ろ手に縛られている両手を何とか手探りでポケットに入っているスマホを取り出し、助けを求めようとしていた。

 

「………(頼む、千秋、どうか気づいてくれ…!)」

 

だが間の悪いことにその時、外の様子を伺っていた長島が戻ってくる。

スマホをかけていたことがバレたかと一瞬顔が青ざめる俊一だったが、幸いにしてどうやら長島は気づいている様子はなく、俊一の両足を縛っていたロープだけを解き、それまで腰を下ろしていた彼を歩かせるために無理やり立たせた。

 

「おい、行くぞ!」

 

「んんっ!?(しまった!)」

 

その拍子に、俊一はスマホを床に落としてしまった。

しかし長島にぐいぐい引っ張られて、それを拾う余裕など全くない。

縛られたままの俊一を連れた長島は、教職員専用の駐車場でちょうど自分の車に乗り帰宅しようとしていた2年の学年主任の教諭・田辺に声をかける。俊一のこめかみに拳銃を突きつけながら…。

 

「おい、そこのお前!」

 

「……ん? 獅場じゃないか!? どうしたんだ縛られたりして!?

 君はうちの生徒をどうするつもりだ!?」

 

「んんんーっ!(田辺先生!)」

 

「先生よぉ、大事な生徒の命が惜しかったら、その車とキーをこっちに寄越しな!」

 

「バカな真似は寄せ! 早く獅場を解放するんだ!」 


旧校舎へとやって来た樟馬と千秋。

つい先ほど千秋のスマホに俊一から着信があったが、メッセージは何もなかった。

 

「俊一のスマホだわ!」

 

床に落ちていた俊一のスマホを発見する千秋。先刻まで俊一がここにいたのはほぼ間違いない。

その時、「ギャアー!!」という男の悲鳴が聞こえた。

 

「今のは、田辺先生の声だわ!」

 

「行くぞ!」

 

悲鳴の聞こえた方向へと急いで向かおうと旧校舎を出た千秋と樟馬の目の前を、

一台の車が猛スピードで横切って行った。

 

「うわぁっ!! 危ないな!」

 

「今のは…確か田辺先生の車だわ! ほんの一瞬だったけど、

 中に俊一が乗っているのが見えた。どうも縛られてたみたい…」

 

「本当か!?」

 

一方、教職員用の駐車場では、先程長島に襲われた田辺教諭が倒れていた。

 

「うっ…ううっ…」

 

「おい、しっかりしろ! 何があったんだ!?」

 

「…逃走犯が…うちの生徒を人質に……私の車を奪って」

 

「田辺先生!」

 

「大丈夫、この人は殴られただけで命に別状はない。

 それよりも俺はあの車を追うから、君はこの先生を頼む!」

 

「わかりました」

 

倒れていた田辺教諭を千秋に託すと、樟馬は自分のスポーツカーに飛び乗り、先程の車を追跡しようとする。ところが千秋もすぐに追ってきて、そのまま樟馬の車の助手席に飛び乗った。

 

「お、おい!?」

 

「田辺先生のことなら、騒ぎを聞いて駆けつけて来てくれた他の先生にお願いして、

 救急車も呼んでありますからもう大丈夫です!」

 

「そういう問題じゃ――」

 

「お願い! 私も一緒に連れて行って!」

 

「………」

 

千秋の真剣な眼差しに、迷っている暇もなかった樟馬も折れた。

 

「分かった。飛ばすからシートベルトを締めてしっかり掴まってろよ」

 

「はいッ!」 


長島の運転する車の後部座席に、相変わらず縛られたまま座らされている俊一。

 

「んんーっ!んんっ!んんんーっ!」

 

試しにもがいては見るが、やはりロープが解ける様子はない。

さっき車が学校の敷地から出る際に、一瞬だけ千秋とすれ違ったような気がしたが、向こうはこちらに果たして気づいてくれただろうか?

 

「ヒヒヒ…もうすぐお宝は俺のもんだぜww」

 

気味の悪い薄ら笑いをしながら運転に集中している長島に気づかれないよう、俊一はそっと後ろの窓を覗き込む。すると、こちらの車を追尾している一台のオープンタイプのスポーツカーを見つけた。

 

「……(助手席に千秋が乗ってる! 気づいてくれたんだ!

 でも千秋の隣で運転しているあの男は、一体誰なんだ…?)」


「こちら樟馬、獅場俊一が拉致された! 至急車両の緊急手配頼む!

 ナンバーは安土500さの○○-○○!」

 

運転しながらハンズフリーのイヤホンで何処かと通信を取っている樟馬。

その様子を隣の助手席から見ていた千秋は、今彼自身の口から発した「ショウマ(樟馬)」という名に聞き覚えがあった。

 

「あの、もしかして…以前にサッカーのワールドユースで活躍していた鈴見樟馬選手ですか?」

 

「鈴見樟馬…? 生憎だが知らないな。人違いだ…」

 

「そうですか……」

 

さっき学校で初めて樟馬に会った時、校内で見かけた覚えこそないものの、

(サングラスをかけて変装こそしてはいたが)その顔には妙な既視感があった。

U-20ワールドカップで日本を強豪国へと導いた期待の新星、鈴見樟馬

同じサッカーをしていて世代も近い俊一も彼の大ファンで、

千秋にもいろいろよく話をしてくれていたのでよく覚えている。

しかし彼は一年ほど前にまるで失踪でもするかのように世間から姿を消し、

マスメディアの間ではいろいろと憶測を呼んだのは記憶に新しい。

千秋も甲賀流宗家の娘で忍びの掟の世界をよく知っている。

彼もまた忍びの世界と同じように、いろいろと訳アリなのだろうと察し、

これ以上は追及しないことにした。

 

「前の車、急にスピードを上げやがった! どうやらこっちに気づいたな。

 ならこっちも飛ばすぜ、しっかり掴まってろよお嬢さん!」

 

「…え?、あっ、キャアアッ!!」

 

安土市国道で、2台の車による激しいカーチェイスが始まった!