第23話『吉野の老人』

作:おかめの御前様

 

ベアレギウスの事件からあった日から夜が明けて翌日の朝、一泊したホテルを出た牧村光平は、

鉄道で移動して私鉄線を乗り継ぎ、奈良県中部の吉野郡吉野町へとやって来ていた。

それを朝からずっと尾行しているブレイバーフォースの進藤蓮。

 

「今度は奈良観光か。本当に今どきの東京の学生ってのはいいご身分だぜ」

 

光平はそのまま一人で吉野山の山道の奥へと入って行った。

 

「アイツ……本来の観光ルートから逸れて人の少ない分かれ道の方へと入って行きやがった。

 いったいどこへ行くつもりだ?」

 

やがて寂しい森の闇深い山道で、光平は猿型のエイプレギウス、蛙型のフロッグレギウス、

蟹型のクラブレギウスに取り囲まれてしまった!

 

「さるお方のお指図でな。ここから先に通すわけにはいかん」

 

「お前にはここで死んでもらうぜ!」

 

「レギウスが3体か…。さすがに一匹だけが相手だったこの前と違って、

 今回は変身しないと分が悪いな」

 

光平はそう静かに呟くと、「翔着(シグ・トランス)!!」の掛け声とともに眩い閃光に包まれ、紅蓮に彩られた鋼鉄の身体に黄金に輝く翼をはばたかせる異形の姿へと変身した! 

それを見て驚きを隠せないレギウスたち。それは木陰から黙って様子を伺っていた進藤も同様だった。

 

「ま、まさかアイツは!?」

 

「お、お前もレギウスだったのか!?」

 

「お生憎様。俺はレギウスなんかじゃない」

 

「な、なんだとぉ~!!」

 

圧倒的な光平変身体の力の前に一方的にボコボコにされたレギウスたちは、たまらず退散して行った。

レギウスたちを撃退して変身解除し元の姿に戻った光平は、ふと振り返り、隠れていた進藤に声をかける。

 

「いつまでそこに隠れているつもりですか?」

 

「…チッ、やっぱり気づいていやがった!」

 

光平に尾行を見破られていた進藤は、素直に木陰から出てくる。

 

「ひどいなあ。か弱い一般市民がレギウスに襲われていたのを黙って見ていたんですか?」

 

「何が"か弱い一般市民"様だ。それにしてもさすがの俺も腰を抜かしたぜ。

 まさかお前があの天凰輝シグフェルだったとはなぁ…」

 

「へぇ~、俺のことを知ってたんだ?」

 

「当たり前だ。世界各国の軍事関係者の中で、もしシグフェルを知らないやつがいたとしたら、

 そいつは完璧なモグリだぜ」

 

天凰輝シグフェル――これまで都市伝説の中で語られてきた、

人知れず地球の平和を脅かす巨大な悪と戦ってきたという生体兵器。

しかしその正体は、世間一般の間ではこれまで多くの謎に包まれていた。

 

「それで、このまま一緒について来ますか? 俺は別に構わないけど」

 

「ふんっ」

 

不貞腐れたような態度を取りつつも、ほとんど成り行きで光平に同行することになった進藤。

やがて二人は大きな邸宅の前に辿り着いた。

 

「こ、ここって…」

 

「さあ、中に入りますよ」

 

「おい待てって! この屋敷の持ち主が誰なのか知ってて言ってるのか!?」

 

「もちろん知ってますよ。吉野の老人でしょ? ぐずぐずしてたら置いて来ますよ」

 

「おい、だから待てって!!」

 

吉野の老人――関西の政財界を牛耳るフィクサーとして知られ、今や西日本全域をもその手中に収めていると言われるほどの闇の世界の大物である。

そんな得体の知れない人物が住まう屋敷の玄関で執事から丁重な出迎えを受けた光平と進藤は、

そのまま応接間へと案内されるが、その途中の廊下ですれ違ったメイドの一人に光平が無言のまま目配せで合図を送ったのを進藤は見逃さなかった。

進藤は他の誰にも気づかれないよう、そっと光平の小耳に囁く。

 

「おい、今のメイド、もしかしてお前の仲間か?」

 

「………」

 

「チッ、シカトかよ…」

 

光平に無視されて面白くないと思いながらも、

そのまま進藤は光平と一緒に応接間へと通され、そこで待たされることに。

 

一方その頃、別室にて待機していた、吉野の老人の参謀格用心棒を務めている謎の男。

名を風祭兵庫介(かざまつり ひょうごのすけ)と言う。

素浪人ながら、その底知れぬ剣の腕と知力・見識を持ち、吉野の老人からも一目置かれていた。

兵庫介は、先程光平とすれ違いざまにアイコンタクトをかわしていたメイドを呼び止め詰問する。

 

「おい、そこのお前」

 

「わたくしのことでしょうか?」

 

「この屋敷に入ってどれくらいになる?」

 

「一か月ほどになります。それが何か?」

 

「…もういい、さがれ」

 

メイドは黙って会釈をして引き下がった。

そして応接間の方では、いよいよ光平たちが、車椅子に乗った吉野の老人本人と対面していた。

 

「わしが吉野の年寄りじゃ」

 

「はじめまして、牧村光平と言います。この度はお招きにあずかり光栄です」

 

「光平君、わしは君をこう呼ぶこともできる。天凰輝シグフェルと…」

 

「………」

 

吉野の老人も、すでに牧村光平=天凰輝シグフェルという事実は把握していたようだ。

 

「ところで一緒にいるその男は何者だ? わしはブレイバーフォースまで屋敷に招いた覚えはないぞ」

 

「この人が勝手についてきたんですよ」

 

「お前がついて来ていいって言ったんだろうがァァッッ!!」

 

「だってダメだって言っても、どうせ勝手についてきたでしょ?」

 

「ぐぬぬ………(くそっ、どうもコイツの前だと調子が狂うぜ!)」

 

進藤のツッコミも空しく、そっちのけで会談を進める光平と吉野の老人の二人。

 

「わしの周囲をいろいろと探っていたようじゃが、誰の差し金だ? 上村総理か? 

 いや、違うな。あの男にわしに喧嘩を売るだけの器量はない。

 …だとすると内閣官房長官の岡崎辺りかな?」

 

「誰かに命じられたからではないですよ。ただ弱い者を平気で踏みにじり、

 何の罪もない人々の平和な暮らしを脅かすような奴らが許せないだけです」

 

「どうだね光平君、わしの側に付く気はないかね?」

 

「………」

 

「わしの力をもってすれば、立身出世、栄耀栄華は思いのままじゃ」

 

「生憎と俺は立身出世、栄耀栄華と言う言葉が何よりも嫌いな性分でしてね」

 

「若いのぅ光平君、まるで恐れを知らぬ。

 わしに逆らうとどのようなことになるのか、まるで分かっておらんようじゃのう…」

 

「用件はそれだけですか? 屋敷に来る途中で待ち伏せしていた3体のレギウスも貴方の仕業でしょう。これからはそんな小細工はやめていただきたいですね。失礼します」

 

「待て!!」

 

立ち去ろうとした光平だったが、吉野の老人は大きな声で呼び止めた。

 

「光平君、そういう君こそ、下手な小細工は弄さぬがよいぞ…」

 

そこへ風祭兵庫介がメイドの一人を捕らえてやって来た。さっき光平と廊下ですれ違ったメイドだ。

光平があらかじめ屋敷の中に潜り込ませていたスパイだと見破られたのだ。

 

「くっ、ごめん光平…」

 

「佳代ちゃん!?」

 

兵庫介はあっさりメイドを解放して光平のもとへ突き返した。

 

「もういい。その女を連れて早々に帰れ!」

 

「………」

 

「光平君、いずれまた会おう」

 

「俺はもう二度と会いたくはないですけどね」

 

光平たちは吉野の老人に一瞥して、長居は無用とばかりに屋敷から立ち去った。

 

「あ~あ、失敗失敗! アタシとしたことがしくじっちゃった」(*⌒∇⌒*)テヘ♪

 

「笑い事じゃないよ佳代ちゃん。あの素浪人風の男、かなりデキる…」

 

「そうだったね。アタシも一瞬背筋が寒くなったよ…。で、ところで光平、そちらの方は? 

 見たところブレイバーフォースの制服を着てるみたいだけど?」

 

「ブレイバーフォース日本支部所属の進藤蓮だ。そういうお前は? 牧村光平の彼女か?」

 

「残念ハズレ! アタシはただの光平の仕事上のパートナーとでも言えばいいのかな? 

 海防大学薬学部漢方学科1年生、錦織佳代って言うんだ。

 よろしくね、ブレイバーフォースのお兄さん」(* ̄▽ ̄)フフフッ♪

 

「お前、忍び…くノ一だな?」

 

「あれっ、分かる?」

 

「お前の両手の竹刀だこ、そしてさっきからの身のこなしを見れば大方の見当はつく」

 

「へぇ~さすが目の付け所が違うねぇ…。ブレイバーフォースにもなかなか有能な人がいるんだぁ」

 

「もしかして安土周辺が地盤の甲賀忍者か?」

 

「ううん、アタシはどちらかと言えば伊賀の流れの方。伊賀と甲賀は元来犬猿の仲だからね。

 本音を言えば、甲賀の根城である滋賀の周辺にはなるべく近づきたくないのさ。

 でも光平のためだったら例え火の中水の中、どこへだって駆けつけて見せるけどね♡」

 

「まったく、何がどうなってやがる…」

 

佳代の正体をくノ一と見破ったものの、正直、事態の推移について行けず、進藤は頭を抱える。

 

「進藤さん、そろそろ俺たちは東京へ帰ります。松井さんにはよろしく言っておいてください」

 

「俺はもう二度とお前には会いたくないけどな!」

 

さっき光平が吉野の老人に向けて言った内容と全く同じ言葉を、遠慮なしに光平にぶつける進藤。

しかし進藤の捨て台詞も空しく、今後も両者は度々顔を合わせることになるのであるww。 


牧村光平たちが帰った後の吉野の老人の邸宅。

 

「どう見たかね? 牧村光平を」

 

牧村光平という青年の人となりをどう見たかと、風祭兵庫介に問う吉野の老人。

 

「世が世なら日本の頂点に立つ…いや、全世界をも支配する地位についてもおかしくはない男と見ました。そのような危険な男は、抹殺されなければなりませんな」

 

「それはさておき、おぬしには東京へ行ってもらいたい」

 

「東京へ?」

 

「今世間はレギウスの出現で混乱のさなかにある。

 気に臨み変に応じて永田町と霞が関を揺さぶり、後南朝再興の企てを再び狙うのじゃ…」

 

第二次世界大戦の終戦直後の西暦1945年(昭和20年)、

室町時代後期に起こった応仁の乱の際に山名宗全ら西軍に擁立された「西陣南帝」の末裔を称する人物が、米軍占領下の日本で時の連合国軍総司令部GHQに対して「自らこそが正当な帝位継承者である」と主張し訴え出たが、世間の反応は冷ややかであった。

 

「後南朝再興の企てか…。あの企てが水泡に帰したのは、当時しかるべき策士がいなかったからだ」

 

「兵庫介、言葉が過ぎよう!」

 

「…だが今は違う。この私がいる」

 

その時、吉野の老人のいる部屋に、先程の道でシグフェルを待ち伏せしてあっけなく返り討ちにあったエイプレギウス、フロッグレギウス、クラブレギウスの3人組がいきなり土足で上がり込んで来た。

 

「おい、話が違うぜ!」

 

「あんな強い奴だったなんて聞いてないぞ!」

 

「こうなったら割増料金をいただかないとなぁ~!!」

 

脅迫まがい同然に追加料金を要求してきたレギウスに対して、

吉野の老人のにいた兵庫介が代わりに一蹴する。

 

「己の無力と不甲斐なさを棚に上げおって。早々に消え失せろ」

 

「貴様ァ、人間風情が俺たちレギウスに勝てるとでも思っているのか!?」

 

「吉野の老人だか何だか知らねえが、所詮はただの人間のじじいだ。やっちまえ!」

 

飼い主に対して逆上して襲い掛かってくるレギウスたち。

しかし兵庫介は刀を抜き、ほんの一瞬でレギウスたち3人とも全員を切り捨ててしまった。

 

「バ、バカな…!!」

 

「俺たちレギウスが、人間如きに…」

 

「そんな……ぐぶっ!!」

 

3体のレギウスは絶命した。

刀の血糊を拭き取り、鞘へと納める兵庫介。

 

「フンッ、雑魚どもが…」

 

風祭兵庫介――知略の並外れた野謀家であるこの男こそが、

やがて牧村光平こと天凰輝シグフェルの新たな最大の宿敵となって立ちはだかろうとは、

この時はまだ誰も予想していなかった。