第21話『俊一の決意』

 

千秋の口から語られた、彼女の一族にまつわる衝撃の真実。

稲垣家は戦国時代から続く甲賀忍者の末裔で、

しかも千秋の祖父は甲賀衆の頭領という大物の忍者であった。

 

「今まで、ずっと黙っててごめんね俊一。

 うちが忍びの一族なのは絶対の秘密で、どんなに親しい人にも言っちゃいけない掟だから…」

 

「ああ、それは仕方ないよ。忍者が正体を気軽に明かせるわけなんてないんだし」

 

そもそも忍者など現代にはもう存在しないと思っていた俊一にとっては、

伊賀や甲賀の忍者集団が今もなお世を忍んで現存していること、

しかもその関係者がこんなにも身近にいたというのは驚きだった。

 

「でも、それじゃ千秋も実は忍法が使えたりするのか?」

 

「ううん。私は普通に表の世界で生きたいと思ってたし、

 お父さんやおじいちゃんも忍者になれって無理強いはしなかったから、

 そういう修業は全然してないの」

 

「俺は使えるよ! 

 ドジっ子で忍者に向いてない姉ちゃんと違って、修業を積んでるもんね」

 

「余計なお世話よっ!」

 

「ハハハ…」

 

そんな会話をしつつ、歩きながら家へ向かう三人。

ようやく辿り着いた稲垣家の邸宅は、敷地面積が百坪を超える、

広く立派な和風の大屋敷であった。

 

「うちは、安土城が出来た頃にご先祖様が建てた古いお屋敷を、

 何度かリフォームして造ったものなの」

 

「ご先祖様は織田家に仕える忍者として、

 伊賀攻めや雑賀衆との戦いで大活躍してたんだよ!」

 

「へぇ…。凄いな」

 

ガールフレンドの住所は一応知っていた俊一だったが、

実際に家を訪ねるのはこれが初めてである。

昔の武家屋敷、もしくは忍者屋敷の面影が残る立派な豪邸は、

思わず息を呑むほどに見事だった。

 

「こっちよ。どうぞ」

 

千秋に案内されて、稲垣家の門をくぐる俊一。

見ると、一足先に岐阜から戻っていた祖父の岳玄が、

ゆったりとした黒い袴を着た姿で玄関の前に立っていた。

 

「あ、おじいちゃん。お待たせ。ボーイフレンドの俊一よ」

 

「は…初めまして。獅場俊一です」

 

「………」

 

緊張気味に自己紹介して一礼した俊一を、仁王立ちのままぎろりと見つめる岳玄。

しばし緊迫した沈黙が続いた後、この威厳たっぷりの老人はおもむろに口を開いた。

 

「大事な孫娘を…」

 

「うっ…!」

 

「大事な孫娘をお前などには渡さん!」とでも怒鳴りつけられるかと、思わず身構える俊一。

別に今回は、「お嬢さんを僕に下さい!」とお願いしに来たわけではないのだが…。

 

「あ、あの、おじいちゃん…」

 

これはまずいと感じ取った千秋が祖父をなだめようとしたその時、

何と岳玄は膝を折り曲げて地面に手をつき、予測の斜め上を行く衝撃の行動を取ったのである。

 

「よくぞ助けて下さった!!」

 

「「「ええーっ!?」」」

 

イラスト:リウム


昼食の時間が近づいていたということもあって、

俊一は稲垣家の裏手に店を構えるそば屋・上総堂へと招待された。

会話が外部に漏れないようにと、店を閉めて他の客を誰も入れないようにし、

奥にある団体客用の個室に入ってそこで話をする。

 

「餃子です。お召し上がれ♪」

 

「こっちはトムヤンクンです。辛いのは苦手ですか?」

 

「いえ、大好きです。でもそば屋さんで、

 中華料理やタイ料理なんて珍しいですね」

 

中国人の小鈴とタイ人のチャンウィットが作る母国の料理は、

他のそば屋にはない上総堂のオリジナルメニューとして人気を博している。

中には、そばアレルギーでそばは全く食べられないという人が、

これらの一品料理を目当てに来店することもあるくらいだ。

 

「お待ちどう! 特製の天ぷらそばじゃ」

 

「す…凄く豪華ですね。恐縮です」

 

「可愛い孫娘の婿殿には、このくらいはサービスせねばな」

 

「だからおじいちゃん、そうじゃないんだってば…」

 

勝手に婿などと呼ばれて、赤面する俊一と千秋。

岳玄が作った、海老天が何本も乗せられた豪勢な天ぷらそばが来たところで、

皆でテーブルを囲んでランチとなった。

千秋と健斗の命を救ってくれたとあって、岳玄も敦も俊一の第一印象はこの上なく良い様子。

千秋との交際は快く認められたようなのだが、本題はそういうことではない。

 

「ごちそうさまでした! とても美味しかったです」

 

そばを平らげ、淹れてもらった熱い緑茶を飲んで一息ついた俊一は、

落ち着いたところでいよいよ大事な話に移ろうと姿勢を正した。

それを見た岳玄も真面目な表情になり、穏やかな声調で口火を切る。

 

「まずは孫たちを助けて下さり、本当にかたじけない。

 千秋と健斗の祖父として、また甲賀忍軍の頭領として心から礼を申し上げたい」

 

「いえ…とんでもないです。

 ただ自分に出来ることをしただけですから」

 

改めて頭を下げる岳玄に、遠慮がちに答える俊一。

次に敦が横から質問を投げかけ、まず基本事項の確認をした。

 

「それで、俊一君がレギウスに覚醒したのはいつなのかな?」

 

「野球場で毒ガス事件があった、あの時です。

 ちょうど打席に立っていてガスを浴びて、死ぬかと思ったらレギウスに…」

 

オウルレギウスが野球場に毒ガスを散布した事件は大ニュースになったし、

観客席にいた千秋も巻き込まれて病院に搬送されているため、

岳玄や敦らも当然知っている。

 

「あの…。今までは怖くて躊躇っていたんですけど、

 やっぱりこういうのはきちんと役所に届け出るとか、

 警察かブレイバーフォースに報告するとかすべきなんでしょうか?」

 

「いや、それはあまりお勧めせぬな。

 国や市にせよ警察や防衛軍にせよ、レギウスへの対応はまだ手探り状態じゃ。

 レギウスに対しては拘束するだの実験材料にするだのと、

 随分と過激な措置を主張する者もおるようだし、

 彼らに身柄を預けてしまうと何をされるか保証できない」

 

もう少し状況が落ち着いて各機関の方針が固まるまで、

様子を見た方がいいと岳玄はアドバイスした。

その口ぶりに、どこか政府やブレイバーフォースへの不信感があるような気がして、

俊一は彼らとの関係性を内心やや不審に思う。

 

「レギウスについては近頃急に世間を騒がすようになったが、

 実のところレギウスの存在自体は決して新しいものではない。

 学者たちが調べて分かった通り、祖先から受け継いだ特殊な因子が原因でなるものゆえ、

 因子を持った者というのは昔からいたわけじゃ」

 

「日本だと平安時代の陰陽師の記録に、

【霊魏臼】という妖怪のことが書かれているし、

 古代エジプトの碑文にもレギウスらしき力を持った獣人への言及がある。

 現代のように民衆にも広く情報公開されることはなかったけれど、

 各国の王や神官や魔術師なんかはレギウスを知っていて、

 因子を持った血筋についても把握できる限りのリストを作って管理していたようだね」

 

「もう何千年も前から、そんな研究が進んでいたんですね…」

 

岳玄と敦の説明を聞いて、想像以上の壮大な歴史に驚く俊一。

近年、レギウスの覚醒者が特に急増している原因はよく分かっていないが、

数の増減はあるにせよ、どの時代にも俊一のような人間はいたわけである。

 

「我ら甲賀忍者も、お仕えしていた織田信長様のご命令でレギウスの因子を持つ者を調べ、

 名簿や家系図を作成して管理するという仕事をしておった。

 今になってようやく対応を始めたばかりの政府とは違い、

 わしらには400年のノウハウの蓄積がある」

 

「我々にもまだ分からないことは多いけれども、

 一般社会が感じているほど我々にとってはレギウスが未知の存在というわけじゃない。

 政府や防衛軍よりは、俊一君のためにより良いサポートができるんじゃないかな」

 

「とてもありがたいです。

 正直、今はレギウスになったことでとても困っていて…」

 

この雰囲気ならば話せる。

俊一は、思い切って今の心中を岳玄らに吐露してみることにした。

 

「覚醒してから何度か、レギウスの力を使ってゼルバベルと戦いました。

 ただ、やっぱりレギウスって世の中から恐れられている存在だし、

 最近はそのせいかブレイバーフォースにも捕まりそうになったりして、

 色々と悩んでいたんです。そして今回、初めて相手を殺してしまって…」

 

これまでのライオンレギウスの戦いは、

偶然ゼルバベルのレギウスと遭遇して誰かを守るために戦闘になったケースばかりで、

俊一としてはとにかく目の前で危機に陥っている人を咄嗟に助けただけのことである。

それが間違ったことだったなどとは思っていないが、

深い考えや志もなく周囲に巻き込まれる形で進んできてしまった道なので、

その結果としてもたらされた答の重さに戸惑っているのが現状だった。

 

「君が倒した苅部師走は、わしの昔の弟子だった男じゃ。

 両親が死んで孤児になっていた彼ら兄弟をわしが引き取って、

 小さい頃から忍術を教えながら育ててきた」

 

「お弟子さんだったんですね…。

 それを、僕は殺してしまった」

 

オセロットレギウスと岳玄の過去を知らされ、申し訳なさそうにうつむく俊一。

それを見て、敦がまた言葉を挟んだ。

 

「しかし、残念ながら師走は道を踏み外し、悪へ走った男だ。

 君が助けに現われなければ千秋と健斗は師走に殺されていただろうし、

 岐阜のダムが破壊されて大勢の人が死んでいたかも知れない」

 

「ええ…。勿論それじゃいけなかったっていうのは、

 理屈では分かるんですけど、でも…」

 

相手が悪人で、例え命を奪ってでも制圧する必要があったことは頭では理解できるが、

心ではなかなか割り切れない。

そんな俊一を見て、岳玄は厳格そうに締まった表情をわずかに綻ばせた。

 

「その迷いが間違っているなどとは申さぬ。

 人を殺して何も思わぬようになれば、それは恐ろしいことじゃ。

 レギウスになれば力に溺れ、残虐行為も平然とできるようになってしまう者が多い中、

 どんな相手に対しても命の重みを感じられるその心は、

 ぜひいつまでも大切にしてほしい」

 

「はい…」

 

「君はわしらのように志願して忍者になったわけでも、警察や防衛軍に入隊したわけでもない。

 レギウスになったからと言って、市井の民でしかない君に正義のために戦う義務はない。

 今後はもう戦わぬという道も、選んで悪いということは全くない」

 

ライオンレギウスを戦力として自分たちのために使おうなどという手前勝手な考えは、

岳玄たち甲賀忍軍には決してないし、何か特定の考え方を押しつけるつもりもない。

俊一には選択の自由があるということをまず伝えてから、

岳玄はその選択が持つ重みについて口にした。

 

「戦いの道というものは凄まじいほどに過酷じゃ。

 これは誰かに無理強いされて歩くべき道ではないし、

 成り行きに任せてただ漫然と進んでゆけるような気楽な旅路でもない。

 進むならば己の意志で、しっかりと覚悟を決めて前へ進む必要がある。

 そうでなければ、到底歩き通せるものではないからじゃ。

 さて、俊一君はどうしたいかな?」

 

「僕は…」

 

相次ぐレギウス事件で、世の中はにわかに騒然となり、未来に暗雲が立ち込めている。

今回千秋がゼルバベルに人質に取られたように、

これからも大切な人の命が危険に晒される可能性は大いにあるのだ。

だとしたら…。

自分にできることがあるならば、それをせずにいるわけに行くだろうか?

 

「今回みたいなことがまたあった時に、黙って見ているなんてできません。

 例え厳しい茨の道だとしても、乗り越えられるように強くなって…

 これからも戦います!」

 

今までにもやってきた人助けの戦いを、

自分にとって苦しく険しい道だからといって止めてしまっていいかどうか。

もしくは止めたいかどうか。

改めて整理してよく考えた時、俊一の答はノーであった。

 

「よし…。であれば、今後は我ら甲賀衆が君の援護に付こう。

 戦いになれば助太刀もするし、悩みがあれば相談に乗ることもできる。

 まだすぐには考えがまとまらぬ部分も多かろうが、

 たった一人で孤独に戦うよりも、仲間がおった方が良かろう」

 

「本当にありがとうございます。とても心強いです!」

 

こうして、改めて戦いの決意を固めた俊一=ライオンレギウスは甲賀忍軍という頼もしい味方を得た。

ガールフレンドだった千秋の家族たちが、思いもかけず強力なサポーターとなったのである。


「よろしくお願いします!」

 

「よ~し、じゃあまず基礎から行くわよ!」

 

それから数日後の日曜日、

スポーツウェアを着て朝早くに稲垣家の屋敷を訪ねる俊一の姿があった。

出迎えた小鈴とチャンウィットに屋敷の庭へと案内され、

広い庭を使ってキックの訓練を始める。

 

「ムエタイは、力任せに相手に蹴りを叩き込むというものじゃない。

 技さえあればパワーのない女性や子供でも大男を倒せる、

 洗練されたテクニックが特長なんだ。

 キックのフォームをしっかり磨けば、どんな強敵も怖くないぞ」

 

「はいっ!」

 

強力な超戦士であるライオンレギウスに覚醒した俊一ではあるが、

格闘技については体育の授業で柔道を少し習った程度で、

技術面ではほとんど素人である。

もっと強くなる必要を感じた俊一はチャンウィットと小鈴に志願し、

二人が得意とするムエタイとカンフーの技を教えてもらうことにしたのだった。

 

「俊一、頑張るなぁ~」

 

「なかなか根性のある子じゃ。

 それでこそ千秋の婿殿に相応しいというものじゃな」

 

「おじいちゃんっ!///」

 

特訓が終わったら着替えてそのまま千秋とデートに行くのが、

この時から俊一の週末のルーティンになった。

家族公認のお付き合いというわけで、稲垣家とこれまで以上に親密になり、

俊一はもはや今までのように孤独ではなくなったのである。


魔人銃士団ゼルバベルの地下基地・バベルの地底塔。

ジャガーレギウスとピラニアレギウスの作戦が失敗してからここ数日、

首領のスコーピオンレギウスはひどく不機嫌であった。

 

「ライオンレギウス…!

 たかが野良レギウスの一匹や二匹、無視しても構わぬと思っていたが、

 こうも度々我らの邪魔をしてくるようでは、

 どうやら考え直さねばならないようだな」

 

ライオンレギウスはオウルレギウスによる野球場でのテロの際に初出現しており、

あの試合にいた高校生の誰かだということはほぼ確実である。

そこまでの情報を掴んでいながら、敢えてライオンレギウスの正体を突き止めようとせず、

放置していたのはその存在を軽視していたからに他ならない。

だが、そうした判断が今回のような大きな作戦にも支障をきたす結果となっては、

スコーピオンレギウスとしても遺憾ながら己の油断を認めざるを得なくなる。

 

「安土江星高校には既に我が配下を潜り込ませてあります。

 そのエージェントを動かしてライオンレギウスの正体を探らせ、

 抹殺させるように致しましょう」

 

最高幹部のロブスターレギウスがそう言ってほくそ笑む。

かくしてゼルバベルはライオンレギウスを標的に定めた。

果たして、江星高校に潜むゼルバベルのエージェントとは何者なのであろうか…!?