EPISODE19『島に集う者たち、其々の思い』

作:S-A様

 

「はあ~あ・・・」


 ディアグル帝国領ネデクス島鎮守府・ゼンヘート城塞のバルコニーで、勢川理人は夕日を浴びながら盛大にため息をついていた。


「全く、どうしてこうなった?」


 異世界召喚なんてファンタジーやラノベの中の話で、まさか自分の身に降りかかるなんて想像だにしなかった。気が付けば見たこともない世界にいて、ついさっきまで一緒にいたはずの友人達は影も形も無く、おまけに変な怪物が訳の分からないことを言いながら襲い掛かってくる始末だ。


「ユリア姫が運よく来てくれて本当に助かった・・・」


 折よく駆け付けたディアグル帝国の皇女と名乗る若い女性――ユリア姫に理人は保護され、ここゼンヘート城塞で生活の面倒を見てもらっている。彼女によればこの世界はアレスティナと呼ばれており、彼女自身は本国からこの地に派遣された大総督であるという。要するにこの島で一番偉い人であり、そういう人とお近づきになれたのはまさに不幸中の幸いだろう。が・・・


「みんなはどこにいるんだ?愛美、倫生、藤永さん・・・」


 自分の身がとりあえず落ち着くと、気になるのは友人達のことである。状況から考えてやはりアレスティナに飛ばされたのは間違いないはずだが、それがどこなのかは全く見当もつかない。ユリア姫も探してみるとは言ってくれたが「アレスティナといっても広大だ、あまり当てにはしないでほしい」と釘を刺されおり、自分で探そうにも右も左も分からない上に無一文ではどうにもならない。他にすることも特になく、一日城塞内の図書室に籠って蔵書を読み漁るか外の景色を眺めるかの日々である。
と、不意に肩をたたかれた。


「よう兄さん、こんなとこで黄昏れてどうした?」


 思わず振り返ると、自分より一つ二つ年下と見える若い男が笑いながら立っていた。驚いたことにその若者は着物のような服を着ていて、見た目も日本人そっくりだ。


「颯屋虎太郎だ。ここの姫さんの客分さ。あんたが新しく来たって異空人かい?」


「ええ、勢川理人です、初めまして。それにしても・・・」


「驚いたかい?俺は生まれはアレスティナだが故郷はずっと東の国だ。根っこはたぶんあんたと同じだと思うぜ」


「え?それって・・・」


「まあこんなところで立ち話もなんだ、飯でも食いながら話さないか?」

 城下の繁華街の一角、「金鹿亭」という看板のかかった居酒屋にて。


「じゃあ異空人って結構大勢いるんですね」


「ああ、どういう原理だかは知らねえが、地球とアレスティナを行き来するルートがあるみたいだ。誰が呼ばれるかは神様の気まぐれっぽいけどな」


「行き来ってことは、逆にアレスティナから地球に行った人も――」


「当然いるだろな。中には向こうとこっちを何度も行ったり来たりしてる奴もいるらしい」


「そういえば虎太郎さんの先祖も昔地球から来たって言ってましたね」


「おう、もう四百年以上も前になるか、結構な数でまとまってきたらしいから召喚といいよりむしろ移民というべきかもな。それが俺の国――紅河国の始まりなんだが、そん時の大将は確か・・・織田信長、とか言ってたかな」


「!!?げほっ、げほっ・・・お、織田信長ぁ!?」

 

 理人は思わずむせこんだ。


「おい、大丈夫か?ていうか知ってんのか?」


「いや、俺のいた世界じゃ織田信長って超有名人ですよ。ていうか死んだはずで・・・」


「まあ俺も歴史はあんまり詳しくないんだが、ともかく言い伝えじゃ確かにそうなってる」


「よう若旦那、いたのか」


 横合いから声がかかった。声のほうを振り向くと、20代後半くらいの精悍な印象の男と15、6歳くらいの小柄な少女の二人連れがいた。二人とも明らかにディアグル人ではない。


「よう、レグルスの旦那にアルテミア嬢ちゃん、いつ戻った?」


「今日の午後だ。ユリア姫と話し込んでたらすっかり時間が経っちまった」


「もうお腹ペコペコだよー。お相伴していい?」


「おう」


 二人は理人達と同じテーブルについた。
「で、そっちのお兄さんが噂の異空人?」


「勢川理人です、よろしく」


「私はアルテミア=カリスタ、よろしくね。鎮守府御用の隊商を宰領してる。こっちは相棒のレグルス=メネアス」


「嬢ちゃんはこう見えてもウルティア族の族長代行さ、人の使い方は心得てる」


 こんな女の子が?と言いたげな表情の理人に虎太郎が笑いながら説明する。


「そうだ、折角知り合ったんだし、このままリヒトの歓迎会にしない?」


「同感だ」

 

「いいね」


「よーし、それじゃ」アルテミアはメニューを片手にあれこれ料理を注文し始めた。


「そう言う訳でな、反旗を翻したはいいが蟷螂の斧ってやつであっさり蹴散らされて、逃げてるうちに食い物も路銀も尽きて行き倒れてたところをこのアルテミアに拾われたわけだ」


 レグルスが骨付き肉を齧りながら身の上を話している。


「そうだったんですか。でもなぜ・・・」


「敵のはずのジェプティム人を助けたかって? だって死にかけてる奴を見つけて知らんふりはできないでしょ?」


 アルテミアは屈託なく笑ったが、すぐに真顔になった。


「それにね、クソファラオが台無しにしやがったけど、先王のころはウルティア族とジェプティムは交易を通じてずっと親交が続いてたんだよ。先の戦争の時だって、戦火から逃げる私達を見逃してくれたり匿ってくれたジェプティム人は少なくないんだ。そのことでひどい目にあってなきゃいいけど」


 アルテミアは蜂蜜酒をガブリと呷ると、大きくため息をついた。


「それなら大丈夫だと思うぜ、少なくとも現時点でそういうのを追求する動きはねえよ」


 虎太郎が口をはさんだ。


「本当?」


「ああ、ジェプティムの王都まで行って確かめたから間違いねえ。大体ファラオもジェプティム兵じゃ矛先が鈍るかもと思ったから、ゼッシリアの狂犬共をけしかけたんだろうぜ」


「でもコタロウ、前にジェプティム海軍と揉めたっていってたじゃない。そっちは大丈夫だったの?」


「同じ轍は踏まねえよ。港の役人から海軍の偉いさん、さらに王宮に近い筋やハルヴァニア方面まで要所に袖の下をばら撒いてる」


「俺の言った通りだったろ?」


「ああ、旦那が要点を教えてくれたから随分参考になったぜ。おっと姫さんには内緒だぜ、あの人この手の話は嫌いだからな」


「いやそれ贈賄って言いません?」


 うんうんと頷くアルテミアとレグルスを脇に置いて、理人は思わず口を出してしまった。


「ん? まあそうとも言うな。まあ必要経費って奴さ、俺だって余計な出費はしたくねえが背に腹は代えられねえ事もある。ネデクス島じゃそういうことやらずに済んでるんで助かってるがね」


 虎太郎はあっけらかんとしている。


「いやだからって・・・」


「リヒト」

 

 アルテミアが口を挟んだ。

 

「あんたの考えてることは正しいよ。だけど綺麗事だけじゃ世の中回らないんだ。それにこれは商売の事じゃない、政治の話さ」


 アルテミアは手酌で蜂蜜酒を杯に注ぐと一気に呷り、話を続ける。


「私達がユリア姫の下で何をやってるか教えてあげようか? 一言でいうと汚れ仕事さ。あの人が綺麗なままの手でいられるよう代わりに手を汚すのが役目なんだ。知ってる? 役者が舞台の上で喝采を浴びれるのはね、裏方で大勢の人間が役者を輝かすために一生懸命働いているからなんだよ」


 アルテミアはぐいと顔を理人に近づける。丁度アルテミアの目をのぞき込む格好になった理人は、彼女の眼の中に底知れない深い闇が見えたような気がして、思わず背筋が一瞬冷たくなるような感覚にとらわれた。と、不意にアルテミアの表情が和らぐ。


「ああ勘違いしないでほしいけど、やらされてるんじゃないよ。自分でやると決めて申出たんだからね」


 アルテミアはまた蜂蜜酒の杯を飲み干した。


「ユリア姫は立派な人だよ。心が真っすぐで思いやりも包容力もあって、人の上に立てる器を持ってる。だけどそれだけじゃ足りないんだ、真っすぐなだけじゃこの世に巣食う魑魅魍魎共とは渡り合えない。だから私達がいる、あの人が迷わず王道を歩けるように裏方で支えるのが私達の役目なんだよ。それにさっき綺麗事だけじゃ世の中回らないって言ったけど、その綺麗事に救われた人間も大勢いるからね。私のように」


「まあそういうこったな。ユリア姫には行き場のない俺達を受け入れてくれた恩義がある。一宿一飯の義理ってやつは大事だ」


 レグルスが話を引き取り、虎太郎も続ける。


「俺も姫さんには借りがあるからな。ま、見返りを全然期待してないつったら嘘になるがね」


「そりゃあね。私も部族の再興を支援してくれる約束もらってるし」


「さっきの事、ユリア姫は知って・・・」


「ある程度はね。基本的には指令はセホイクスから出てて、中にはあいつの独断でユリア姫はご存じない事もあるけど。でも頭のいい人だから察してるかもね」


「そろそろ話題変えねえか?」

 

 虎太郎が言った。

 

「初対面であんまり込み入った話しても面白くねえだろ。難しい事はおいおい知ればいいことで、今夜はせっかくの歓迎会なんだからパーッと楽しもうぜ」


「それもそうだね。じゃあ何の話をしようか。そうだ、セレネナに行った時の事とかどう?」


 アルテミアはまた杯を呷ると身振り手振りを交えながら話し始めた。


(こうしてみると年相応の女の子なんだよな)


 理人はノリノリで話しているアルテミアを見ながら考えた。さっき彼女の眼の奥に垣間見たものは一体何だったのだろう。アルテミアの故郷はジェプティムとゼッシリアの連合軍に攻め滅ぼされ、難民としてこのネデクス島に逃れてきた、ということだったが、それ以上のことについて彼女は口を閉ざし、レグルスと虎太郎も言及を避けている。一体彼女は故郷で何を見てきたのだろうか。


(まあ気が向いたらそのうち話してくれるかもな)


理人はそれ以上考えるのをやめて歓談に加わった。


「ん?どうした?」


 宴も酣のころ、理人が妙にもじもじしているのを見てレグルスが声をかける。アルテミアは少しの間様子を見て、ぽんと手を打った。


「あ、そういうことね。いいよ、案内してあげる」


 アルテミアは立ち上がると理人の手を取って歩き出した。ずっと杯を重ねていたせいで顔は真っ赤である。
「大丈夫かい?」


「へーき、へーき、どってことないって」


「ていうか君まだ子供だろ?何で水みたいにガブガブ飲んでんだよ」


「子供じゃないよー。ウルティア族は15歳で成人なの。つまり私はもうお・と・な!」


 アレスティナには飲酒年齢制限は無いらしい。それはともかく意外と受け答えも足取りもしっかりしている。


「はい、ここ」

 

 二人が来たのは便所の前だった。

 

「じゃ待ってるから」

 用を済ませて出てきた理人は便所の入り口のところで一人の男と肩が触れた。


「あ、すみません」


 軽く会釈して行こうとすると、男が理人の肩をつかむ。


「待てや兄ちゃん、ぶつかっといてそれだけか?」


 理人は男の仲間と思しき5,6人の柄の悪そうな男達に取り囲まれていた。


「いや、すいませんって・・・」


「さっきので怪我でもしてたらどうすんだ?ああ?おい兄ちゃんちょっと来いや、礼儀ってもんを教えてやる」


「ちょっとおっさん達、私の連れに何してんのさ」

 

 アルテミアが割って入った。


「あん?ガキは引っ込んでろ」


「誰がガキだ。下らない因縁つけてきて、そのお兄さんをどうする気?」


「うっせえな・・・ん?お前ディアグル人じゃねえな?ああそうだ、最近難民だとかで来たトゥルジアの辺境の蛮族じゃねえか」


「あ゛?今なんつった?」

 

 アルテミアの目が座った。


「姫将軍サマが道楽だか気まぐれだかで呼び込んでるって奴らか。まったく物好きなお姫様だぜ、こんな未開人共に何の用が・・・げぼっ!?」


 アルテミアの蹴りが股間を直撃し、男は崩れ落ちて悶絶した。


「あんだとぉこの野郎!なめんなよドチンピラがあ!!」


「このガキ!こうなりゃてめえも・・・ぐえっ!!」


 アルテミアに掴みかかった別の男が横っ面に鉄拳を食らって吹っ飛ぶ。


「よう相棒、加勢するぜ」


「義を見てせざるは勇無きなり、ってなあ」


 レグルスが凄みのある笑みを浮かべながら指を鳴らしている。その横で虎太郎も楽しそうにニヤニヤ笑っていた。


「やりやがったな!」

 

「まとめてやっちまえ!」

 

「おう、かかってこいや蛆虫共!」


 大乱闘が始まった。


 翌日、ゼンヘート城塞大総督執務室。


「全く、お前達が三人揃うと何かしら騒動が起きるな?」


 姫将軍ユリアはこめかみを押さえながらため息をついた。彼女の目の前には理人達四人が並んでいる。あれから警備兵が出動する騒ぎになり、関係者全員が城塞の留置場で夜を明かす羽目になったのだった。


「いや面目ない」


「う~頭痛い・・・飲みすぎた~~」


「だから言ったのに・・・」


「いあまあ俺達のことわざで火事と喧嘩はなんとやらってな、あはは」


「おい」


「・・・すんません」


 ユリアに半眼で睨まれ、虎太郎は首を竦めた。


「とにかく壊した分はお前達が責任もって弁償するように。私からもその店には見舞金を出そう。もういい、行ってよし・・・いやちょっと待て」


 ユリアは机の上の羊皮紙三枚を手に取った。


「リヒトの友人たちの人相書だ。出先で見つけたら保護してくれ」


 レグルスが受け取ると、アルテミアが横から覗き込んだ。


「ん、わかった。ところでさ、悪いけど水一杯貰える?」


「少し自重しろ、うわばみめ」


 小言を言いながらもユリアが水差しから杯に水を注いで渡すと、アルテミアは一気に飲み干した。

 理人達と入れ替わりにセホイクスが部屋に入ってきた。


「三馬鹿は行きましたか」


「ああ。そっちはどうだ?」


「単なるゴロツキですね。ただかねて密輸と故買の疑いで内偵中の商人の家に出入りして小遣い稼ぎをしていたようです」


「その商人は人身売買の疑いもあったな。リヒトに絡んだのも関係が?」


「異空人は闇で高値が付けられているという情報もありますからね、リヒトが金に見えても不思議はありません。ただ所詮は小物です、たっぷり脅してやったらかなり動揺してましたよ。何人かは司法取引で情報提供者にできそうです」


「よし、任せる。証拠が揃ったら手入れだ」


「承知しました」


「それにしても、リヒトにとっては案外瓢箪から駒かもしれんな。私も忙しい身で常に彼の相手はしてやれん、こちらの世界で友人ができるのは良いことだ」


「悪友というべきですがね。大丈夫ですか?」


「大丈夫さ。ああ見えて目端が利いて頭も回るし、腕も立つ連中だ。リヒトに何かあっても大抵のことは対処できるだろう」


「何だかんだで信頼しているのですね」


「そうでなければ誰も私のためになど働かないさ。自分一人で何でもできるなどと己惚れるつもりはないよ」


 ユリアは椅子の上で大きく伸びをした。

「キシモト=メグミ、ヒラセ=トモキ、フジナガ=サオリか。わかった、気にかけておこう」


「後で写しを取らせてくれ。うちの手下共にも渡しておく」


「ああ」


「よろしくお願いします」

 

 レグルスと虎太郎の会話に理人は頭を下げた。


「ところで嬢ちゃん、次の予定は決まってるのか?」


「いやまだ。しばらくネデクス島にいるよ。そうだ、その間にリヒトにネデクス島を案内してあげようか。名所も多いし、運が良ければ友達に出くわすかもしれないよ」


「そりゃいいな。俺の船にも乗せてやろうか?ネデクス島一周クルーズも悪くないぜ」


「ええ、喜んで。城塞に閉じこもってるだけじゃ気が滅入るしね」


「じゃ計画立てようか」

 

 アルテミアは楽しそうに言う。

 

「そうだ、友達がみんな揃ったら改めて歓迎会やらない? 今度はユリア姫も呼んで」


「ユリア姫も?」

 

 理人は首をひねった。あの人が宴会ではしゃぐ姿は想像し辛いが。


「声をかければ来るさ。お堅く見えるが打ち解ければ案外気さくな人だ。それに多忙な上に内憂外患に囲まれて気苦労が絶えんからな、気分転換も必要だ」

 

 とレグルス。


「息抜きといえばたまにお忍びで城下をぶらつくくらいだもんね」

 

 アルテミアが笑った。


「じゃあその時を楽しみにしてるよ。早く来ればいいけど」

 


 どうやら彼らとは友人になれそうだ。何もわからない異世界でも独りぼっちと信頼できそうな知己がいるのでは全然違う。先の事はまだ霧の中でも希望は持てそうだ、前向きに考えよう、と理人は思った。