EPISODE18『病院に迫る影』

 

「RAT、ねえ……。ま、いいんじゃないっすか」

 

 安土市内のとある公民館の駐車場。愛車のヴォルフガンダーに乗ってそこへやって来た黒津耕司は、待っていた斯波旭冴から話を聞くとバイクのカウルに肘を突きながら興味なさげに言った。

 

「いいんじゃないっすか、って、そんな他人事みたいに言わないでくれよ。羽柴総理の肝入りで新たに結成されたその対レギウス特殊部隊に、君も入らないかと言っているんだ」

 

 政府が早くから存在を把握していたレギウス覚醒者の一人として、耕司はその超人的な戦闘力をレギウス犯罪の撲滅に活かすという闇の処刑人のような仕事を非公式かつ秘密裡に請け負っていた。

 だが、今は当時とは状況が大きく違っている。レギウスの存在が一般にも明らかにされ、政府も晴れて公然と対レギウス部隊を設立するようになったからには、未成年を密かに傭兵のように使って暗闘させるという危険でグレーゾーンなやり方はもはや必要ないのだ。

 

「斯波さん、俺がどういう奴かはもうよく知ってるでしょ? 警察官なんかになるような柄に見えます? むしろ逆に警察にお世話になりそうなくらいのヤバいアウトローじゃないっすか」

 

 RAT(レギウス・アサルト・チーム)は位置づけとしては警察の機動隊の一部隊である。そんなお堅い組織に入って公僕として働くのは性に合わないと首を横に振る耕司に、斯波はやれやれと溜息をつきながら苦笑して言った。

 

「いや、そういう回答だろうと予想はしていたよ。一応、我々としては形だけでもオファーしておかない訳には行かないのでね。RATが君の性格に馴染まないというなら無理に入隊はせず、これまで通り個人として我々との連携の下で独立行動してくれて構わない」

 

「俺の目的はあくまで妹を重病にさせやがったあのムカデ野郎への復讐なんでね。組織に入っちまえば、上からの命令優先でそんな手前勝手な都合も通らなくなるでしょ。色々と融通を利かせてもらえるフリーダムな今の立場が、俺には一番っすよ」

 

「分かった。ではこのまま現状維持で行こう。ここだけの話、我々としても全ての戦力をRATに一本化してしまうよりも、君のようなもっと小回りの利く遊撃部隊をオプションに持っていた方が何かと好都合だからな」

 

「正規の警察にはさせられないような汚れ仕事をやるために、俺っていう裏の手も用意しておくのは悪い話じゃない訳だ。政府のお偉いさん方もなかなか小ずるいとこがありますね」

 

「綺麗事だけでやって行けるほど政治の世界は甘くないんでね。羽柴総理は正義感が強くてあまりそういうのはお好きじゃないが、それでも誰かが覚悟を決めてせねばならない時があるのは確かだ」

 

「政治家の爺さんたちの事情なんてのは俺にはどうでもいいけど、斯波さんがそういう柔軟な考え方をしてくれる人なのはありがたいな」

 

 年齢も離れていて性格的にも馬が合いそうもない二人ながら、斯波-耕司のラインは互いの利害が一致してこれまでずっと悪くない関係性を保てている。話が上手くまとまると、耕司はまんざらでもなさそうな顔でヘルメットを被りヴォルフガンダーに跨った。

 

「それと総理も気にかけておられたんだが、学校には極力行った方がいいぞ。政府が学生を学業まで犠牲にさせて戦いに駆り出してるなんて批判されたら堪ったものじゃない。君の力を活かしてレギウスと戦ってくれとは確かに言ったが、だからってそのために高校を休学しろとは一言も言ってないんだからな」

 

「学校はただタルいから行ってないだけっす。今更、俺なんかが勉強を頑張ったからって何になるんだって感じもしますし」

 

「学校教育というのはそういう目先の役には必ずしも立たないとしても、若者の人格形成には大事な意味のあるものなんだがなあ……。まあいい。そんな鬱陶しい説教は余計なお世話だろう。これまで通り、君は君の道を往きながら頑張ってくれ」

 

「了解っす。そんじゃ」

 

 エンジンを豪快に吹かしてバイクを発進させ、耕司は駐車場を出て広い国道を走り去ってゆく。その後ろ姿を見送りながら、斯波はこれも計画通りだと満足げな笑みを浮かべたのであった。


 斯波と別れた耕司がその足で訪れたのは霧崎総合病院。

 駐車場にバイクを停め、マスコミが押しかけて人混みができている病院の玄関前を通り抜けた耕司は、ここに入院している妹の黒津綾乃の病室へ入る。

 

「今日は妙に騒々しいな。何かあったのか?」

 

 不審そうに外の騒ぎについて訊ねる兄に、身を起こして病室のベッドの上に座った綾乃は今までよりも少し明るくなった声で説明する。

 

「国からこの病院に、レギウス因子の分析が依頼されて今朝その因子が届いたんだって。私立病院で委託されたのはここだけだから、マスコミの人たちも注目してるみたい」

 

 総選挙に勝利して発足した第二次羽柴内閣の厚生労働大臣に就任した仲里深雪は、まずレギウスとは何なのかをもっとよく知ることが今後のあらゆる問題に対処するための第一歩だと考え、国内の研究所や医療機関などにレギウス因子の科学的な分析を委託した。有名な国立大学病院などと共に私立の霧崎総合病院もその委託先の一つに選ばれたのだが、その理由としては政府のレギウス問題対策本部に名を連ねた医師に、この病院の出身者で世界的な名医として知られる冬宮琢磨がいたからというのが大きいらしい。

 

「そうか……ところでどうなんだ? 最近の体調は」

 

「うん。前みたいに熱が出ることもほとんどなくなっていい感じ。食欲も出てきたし、院長先生の話だともうすぐ仮退院して自宅療養に切り替えられるんじゃないかって」

 

「そいつは良かった。退院したらまたどこか連れてってやるよ。そう言えばこの前、安土城の近くに新しい水族館ができたって……」

 

 耕司が話していたその時、病室の蛍光灯が急に消え、部屋の中が暗くなった。

 

「停電かしら?」

 

「らしいな……でも病院で電気が止まるってヤバいだろ」

 

 耕司の言うように、手術中に電力がストップして医療機器が使えなくなったりすれば人命に関わる一大事になるので、そのような時に備えて用意されている非常電源がすぐに作動し停電はほんの数秒ほどで復旧する。だが耕司は、この突然の電気系統のトラブルに事件の予感を覚えていた。

 

「あっ、お兄ちゃんどこ行くの?」

 

「ちょっと待ってろ。屋上に野暮用だ」

 

 この建物の上に燃え立っている強い魔力を感じる。部屋の天井をじっと睨むように見つめていた耕司は、病室を飛び出して病棟の階段を駆け上がって行った。


 霧崎総合病院の屋上では、電気クラゲを思わせる奇怪な姿をした女性怪人――魔人銃士団ゼルバベルの戦士・ジェリーフィッシュレギウスが床に下ろした長い触手で建物内に流れる電気を吸い取り、自身のエネルギーとして吸収していた。

 

「そこまでよ! ゼルバベルの怪人!」

 

 屋上にひらりと着地した白鷺の超戦士・イーグレットレギウスが、指先から放った矢のような光線でジェリーフィッシュレギウスの触手を撃つ。光線が当たった触手の先端から白煙を上げながら、ジェリーフィッシュレギウスは後ろへのけ反った。

 

「現れたわね。この病院を守っているという白い鳥のレギウス……!」

 

「この病院に手出しはさせないわ。絶対に……!」

 

 ジェリーフィッシュレギウスは5万ボルトの高圧電流を帯びた伸縮自在の触手を鞭のように振り回し、イーグレットレギウスを攻撃する。素早く軽やかな動きで触手をかわしつつ接敵を試みるイーグレットレギウスだったが、次々と何本も伸びてくる触手を回避しきれず、その中の一本に胸を叩かれて電気ショックを受けてしまう。

 

「ううっ……!」

 

「ゼルバベルに楯突くと痛い目に遭うわよ。例えば電気地獄とかね」

 

 無数の触手を伸ばしてイーグレットレギウスを感電させようとするジェリーフィッシュレギウス。だがその時、横から飛来した鉤爪型の光の刃がジェリーフィッシュレギウスの触手をまとめて切断する。

 

「お前は……!」

 

「黒津君……!」

 

「てめえか。停電なんて起こしやがったのは」

 

 手に生えた鋭い爪からカッター状のビームを飛ばしてイーグレットレギウスを救ったのは、耕司が変身したウルフレギウスだった。チンピラが喧嘩を売るかのように指の骨を鳴らしつつ怠そうな素振りでゆっくりと近づいてきたウルフレギウスは、ジェリーフィッシュレギウスが再び伸ばしてきた触手を大振りな回し蹴りで巻き込むように薙ぎ払い、長い右足の爪でバラバラに斬り裂いてしまう。

 

「今だわ! フリーザートルネード!」

 

「うっ……!」

 

 立ち直ったイーグレットレギウスが冷気の突風を放ち、ジェリーフィッシュレギウスを吹っ飛ばす。再生したばかりの触手を氷漬けにされたジェリーフィッシュレギウスは怯んで後退し、病院の屋上の隅に追い詰められた。

 

「覚えてなさい。私たちがその気になれば、停電のみならず様々な被害をこの病院にもたらすことができる。患者たちの生命を脅かされるのが嫌なら、大人しく私たちの要求に従うことね」

 

「要求……?」

 

「いずれ改めて院長へのご挨拶と共に通告を送ることになるでしょう。今日の停電は、その前置きのちょっとした威嚇といったところよ。良い返事を期待していますと院長にお伝え願えないかしら」

 

 ジェリーフィッシュレギウスはそう言い残すと大きくジャンプし、病院の隣に建つオフィスビルの向こう側へ飛び降りて姿を消した。

 

「ありがとう黒津君。お陰で命拾いしたわ」

 

「うちの妹がまだしばらくは入院中なもんでな。停電なんて起こされちゃこっちも迷惑なんだよ」

 

 イーグレットレギウスとウルフレギウスは変身を解き、霧崎麗香と黒津耕司の姿に戻る。この霧崎総合病院の院長の一人娘で病院を守るために戦っている麗香と、入院している妹をガードするために病院を狙うテロに立ち向かう耕司は、互いに素っ気ない態度で距離感を保ちつつも既に顔馴染みで何度か共闘しているのだ。

 

「奴さん方、この病院に要求があるって言ってたな。何のことか見当はつくか?」

 

「いいえ……でもレギウス因子の研究がこの病院に委託されたことと、何か関係があるのかも知れないわ」

 

 ゼルバベルは今後も霧崎総合病院を狙ってくることをジェリーフィッシュレギウスはほのめかしていた。両親が働いているこの病院を何としても彼らの魔の手から守らなければ。どこか飄々とした様子の耕司がフンと鼻を鳴らすその隣で、麗香はそう決意して静かに拳を握るのであった。