第16話『牙を剥く胡狼』

 

「あそこですね」

 

進藤蓮隊員が運転するブレイバーギャロップは街の大通りを走り抜け、
すぐに春ヶ台ニュータウンの河川敷に到着した。
現場では三体のレギウスが激戦を繰り広げているが、
その内の一体は助手席に座っている斐川喜紀隊長にとっては見覚えのある個体である。

 

「あの時のライオンレギウス…!
 やはり彼はゼルバベルの怪人と戦っているのか」

 

以前、リザードレギウスとの一騎打ちでは圧倒的な強さを見せていたライオンレギウスだったが、
今回はスキャラブレギウスとサーモンレギウスの二体による挟撃を受け、
数的不利の中でやや苦戦を強いられている様子である。

 

「隊長、どうします? 周囲に巻き添えになりそうな市民もいないようですし、
 もう少しこのまま戦わせて、双方がダメージを負ってから漁夫の利を狙うのが、
 戦術的には得策じゃないかと思いますが」

 

「いや、それではライオンレギウスがゼルバベルに倒されてしまう可能性がある。
 彼がもし死んでしまったら、その正体は永遠に謎のままだ。
 直ちにゼルバベルを撃破してライオンレギウスの身柄を確保するんだ」

 

熱っぽく言う喜紀に、やれやれと呆れたように小首を傾げる蓮。
その態度に一瞬イラっときた喜紀は、蓮を少しだけ煽ってみたくなった。

 

「それとも、もう少し奴らを弱らせてからでないと厳しいか?
 だったら出て行くタイミングをしばらく遅らせてもいいんだが」

 

「…いえ、確かに俺の実力なら、
 わざわざ敵が消耗するのを待つなんてのは時間の無駄でした。
 隊長の仰る通りですね。提案を取り下げます」

 

これは一本取られたと、肩をすくめて自嘲気味に笑う蓮。
二人はブレイバーギャロップを降り、川岸の戦場へと駆け出した。

 

「変身!」

 

疾走する蓮の全身が光に包まれ、装甲を纏った剽悍な肉食獣のような獣人の姿に変貌する。
彼も喜紀と同じくブレイバーフォースに属するレギウス覚醒者、
ジャッカル型の超戦士ジャッカルレギウスなのである。

 

「変身ッ!」

 

喜紀も走りながらハヤブサの化身・ファルコンレギウスに変身。
翼で羽ばたいて大ジャンプし、サーモンレギウスに飛びかかった。
その様子を横目で見送ったジャッカルレギウスは、
ならばとスキャラブレギウスとライオンレギウスが組み合っているところに突進する。

 

「ブレイバーライザー・ガンモード!
 クラスターショット発射!!」

 

「うわぁっ!」

 

「うおおっ!?」

 

召喚魔法で特殊武器ブレイバーライザーを呼び出したジャッカルレギウスは、
小型のビーム弾を連射してスキャラブレギウスとライオンレギウスの両方をまとめて撃った。
横からの不意打ちを受け、両者は装甲から火花を散らして転倒する。

 

「き、貴様は…!」

 

「ブレイバーフォース!?」

 

思わぬ敵の乱入に驚いて歯噛みするスキャラブレギウス。
前回の戦いでファルコンレギウスと共闘していたライオンレギウスは、
同じブレイバーフォースのレギウスが突然自分を攻撃してきたことに、それ以上に戸惑っていた。

 

「ま、待ってくれ!」

 

「お前に聞きたいことがある。我々の基地まで来てもらうぞ」

 

持っていたブレイバーライザーを無造作に投げ捨て、
魔法で瞬間移動させてその場から消滅させたジャッカルレギウスは、
ライオンレギウスを取り押さえようと大股で威圧的に歩み寄ってくる。

 

「進藤隊員! まずはゼルバベルの撃滅を優先するんだ!」

 

ライオンレギウスを確保しろとは言ったが、
敵だと確定してもいない相手にジャッカルレギウスのやり方は乱暴すぎる。
ファルコンレギウスが叱責するように指示を飛ばすと、
ジャッカルレギウスは立ち止まって笑うように肩を揺らした。

 

「分かってますよ、っと」

 

体をライオンレギウスの方へ向けたまま、
ジャッカルレギウスは片手をかざして指先から青いビームを発射。
横から突撃してきたスキャラブレギウスを狙い撃ちした。

 

「俺の実力なら、二兎を追ってもちゃんと両方捕まえられますから」

 

「くっ、何がどうなってるんだ?」

 

スキャラブレギウスが入れてくる横槍を軽くあしらいながら、
猛然とライオンレギウスに攻めかかってパンチの連打を浴びせるジャッカルレギウス。
懸命に殴り返して応戦するライオンレギウスだったが、
フランス支部で世界最先端の訓練を受けてきたジャッカルレギウスの技は研ぎ澄まされており、
まだ覚醒したばかりで全てが手探り状態のライオンレギウスとは練度に雲泥の差がある。

 

「おのれ、ふざけるな!」

 

まるで片手間のような扱いで翻弄され続けたことに激怒し、
声を荒らげて突っ込んできたスキャラブレギウスを、
ジャッカルレギウスは華麗なハイキックで倒れ込ませた。
ライオンレギウスを主な標的に定めて猛攻を繰り出しながらも、
横や背後から襲ってくるもう片方の敵に対しても全く隙がない。

 

「ふざけるな? それはこっちの台詞だ。
 スパーキングメーサーァァァッ!!」

 

「グォォッ…! バ、バカなっ…!」

 

ジャッカルレギウスは右手を突き出し、揃えた指先から青白いメーサービームを発射。
超高熱の眩しい光線・スパーキングメーサーはスキャラブレギウスを貫いた。
心臓を撃ち抜かれて倒れ、大爆発するスキャラブレギウス。

 

「トァッ! ハリケーンヒールキィィック!!」

 

「ギャァァァッ! ゼルバベル…万歳~っ!」

 

ファルコンレギウスも翼で羽ばたいて空中回転し、
オレンジ色のエネルギーを帯びた右足の踵落としをサーモンレギウスの頭に叩き込む。

ファルコンレギウスの得意技・ハリケーンヒールキックを受けて、
サーモンレギウスも仰向けに倒れ、己の属する組織を賛美しながら爆死を遂げた。

 

「さあ、お遊びはそろそろ終わりだ」

 

「くっ…!」

 

「待て! よせ進藤隊員!」

 

駆け寄ろうとするファルコンレギウスの制止を無視し、
握った右手に青いエネルギーを充填しながら、
ライオンレギウスににじり寄るように迫ってゆくジャッカルレギウス。
後ずさりしつつ、ライオンレギウスも右の拳に力を込めて赤く発光させる。

 

「つぁっ!!」

 

「たぁっ!!」

 

魔力を帯びて燃え上がる二つの拳が同時に突き出され、
パンチとパンチが正面衝突して大爆発が起こった。

 

「うわぁぁっ!!」

 

「くっ…!」

 

ライオンレギウスの巨大なパワーとの真っ向勝負で押し返され、
さしものジャッカルレギウスもダメージを受けて後ろへ倒れる。
一方、ライオンレギウスは数十メートルも吹き飛ばされ、河川敷から川へ転落した。

 

「しまった…。逃がしたか」

 

変身を解除して人間の姿に戻り、波立つ水面を見ながら蓮は舌打ちする。
水没したライオンレギウスの姿はどこにも見えず、
上がって来る気配はないようだった。

 

「何て手荒なことをしたんだ! 
 彼を無理に攻撃する必要はなかったはずだぞ!
 基地へ連行するにしても、まずは説得による任意同行を試みるべきだったんじゃないのか」

 

「捕獲失敗は俺のミスでした。申し訳ありません。
 でも相当のダメージは与えておきましたからね。
 あのライオンレギウスが何者だろうと、
 これでしばらくは暴れて市民に危害を加える心配もないでしょう。
 当面の安全確保という意味では、一応ミッション成功です」

 

「お前っ…!」

 

変身を解いて詰め寄る喜紀の抗議もさらりと受け流し、
自分の実力の高さを示せた勝利にひとまず満足げな蓮。
並外れた戦闘力を誇るブレイバーフォースのエリート隊員。
ライオンレギウスさえ敗北させるほどの強力な超戦士が、
波乱と軋轢とを手土産に今、日本へと舞い戻ったのである。