第1話『新都・安土』

 

 琵琶湖の南、滋賀県の中央部にある安土は、かつて織田信長が天下統一の拠点とし、豪壮華麗な安土城を築いたことで有名な地である。
 だが、信長が本能寺の変で非業の死を遂げると共に安土城は焼失し、信長のお膝元として繁栄していた安土の城下町もほどなく衰退。江戸時代には安土村、明治以降は安土町という過疎の自治体として何とか存続していたが、平成の市町村合併によって近江八幡市の一部に組み込まれ、とうとう安土という名前すらも地図から消えてしまった。

 

 しかし今、その安土は大きく生まれ変わろうとしていた。日本政府がかねて進めてきた首都機能移転計画の一環として、時の内閣はかつて信長が築いた安土の街を復興し、中部・関西エリアの中核をなす大都市に発展させようという一大プロジェクトを発表。
 多額の予算が惜しみなく投じられて近未来的なビル街が建設され、他県から移住してきた大勢の市民がニュータウンに暮らすようになって、今や安土は西日本の新都・安土市として大いに栄えていたのである。

 

「いつ見てもやっぱり凄いわね~。さすが天下人のお城だわ」

 

「南蛮好きの信長らしい、ハイカラなセンスが出てるよな。大阪城や名古屋城とはかなり違う気がする」

 

 新たな安土市のシンボルとして再建されたばかりの安土城は、全国的な観光名所としていつもたくさんの人で賑わっている。休日のこの日、滋賀県立安土江星高校に通う2年生の獅場俊一と稲垣千秋は、初めて一緒に訪れるその安土城で仲良くデートしていた。

 

「琵琶湖が綺麗ね。信長もきっとこの景色を見てたんだ……」

 

「まさに天下を見渡す、って感じの絶景だな~」

 

イラスト提供:国道16号

 

 標高およそ200メートルの安土山の上に築かれた七層の天守閣(=天主)の最上階からは、日本最大の湖である琵琶湖と、今や日本有数の大都市に成長した安土の街並みが一望できる。息を呑むような雄大で美しい眺めに、千秋は感動して子供のように目を輝かせた。

 

「でも安土も変わっちゃったわね。私が小さい頃は、もっとのんびりした田舎町だったのに」

 

「この前、人口では遂に札幌を抜いたってニュースになってたからな。首都機能の移転は今の首相が国政改革の目玉政策として力を入れてるみたいだから、これからもっと大きな街になるんじゃないかな」

 

 中学生の時、安土新開発計画が始まった際に東京から移住してきた俊一は、ここで生まれ育った千秋とは違って閑静だった昔の安土を知らない。
 若者にとっては都会の方が色々と便利で楽しいのは確かとはいえ、子供の頃の懐かしい景色が開発でどんどん失われていくのは、千秋にとっては若干寂しいものがあった。

 

「また来ようね、俊一」

 

「そうだな。今度はもうちょっと人の少ない時がいいかな。いくら信長の城だからって、これはさすがに混みすぎだろ」

 

「フフッ、確かにね。お城がなくて石垣だけだった頃はここまでじゃなかったんだけど」

 

 周囲の人混みを見渡して笑い合う二人。だが、平和で楽しいデートはこの直後、思いもかけない事件に巻き込まれて暗転するのである。

 

「死ねぇ~! みんな殺してやる~ッ!!」

 

 多くの入場者でごった返している安土城の天主の最上階で、青いTシャツを着た一人の中年男性がいきなり大声でそう叫んだ。皆が思わずそちらへ振り向いたその時、信じられない現象が起こる。

 

「グォォォォ~ッ!!」

 

 獣のように咆えた彼の体がどす黒い光に包まれる。そして数秒後、光が収まった時には、彼の体はまるでカマキリを模した鎧を全身に纏ったかのような、おぞましい緑色のモンスターの姿に変貌していたのである!

 

「きゃぁぁっ!!」

 

「な…何なんだ!?」

 

 俊一も千秋も他の入場者たちも、目を疑うような事態にただ驚くしかなかった。天主の最上階は狭く、しかも人があふれていて、逃げようにもそう簡単に動ける状況にはない。

 

「皆殺しだ~! ウォォ~ッ!!」

 

 絶叫するカマキリの怪人は両手の鎌を振り回し、周囲の観光客を無差別に襲い始めた。パニックに陥った大勢の人が悲鳴を上げながら一斉に階段に押しかけ、あわや将棋倒しが起こりそうになる。

 

「来る…!」

 

「そんな…俊一っ!」

 

 カマキリの怪人は混乱する人々を薙ぎ倒しながら、天主の端に立っていた俊一と千秋の方へ猛然と迫ってきた。
 恐怖にすくんで思わず俊一の腕に抱きつく千秋。絶体絶命の二人。果たしてどうなるのか…!?