ネタバレEPISODE1『神の使徒たちの贖罪』

 

夜の暗闇にライトアップされて輝く、安土城の大天主。

魔人銃士団ゼルバベルによる占拠事件の後、しばらくは閉館していた安土城だが、

ようやく営業を再開し、再び以前のように観光客で賑わっている。

 

「ギギィッ! 偉大なる魔王様の忠実な奴隷であるべき人間どもめ。

 いつまでも好き勝手に自由を謳歌できるなどと思うなよ!」

 

城がそびえる安土山の木の上から街の夜景を見下ろして吐き捨てるようにそう呟いたのは、

魔王ヴェズヴァーンの使い魔であるインプである。

 

「そしてこの街に跋扈する幾多のレギウス……。

 お前たちも本来は、魔王様に仕える騎士として生まれた存在なのだ。

 己の使命を忘れた裏切り者どもには、神であられる魔王様の天罰が下るであろう!」

 

インプが立っている木の下では、スーツを着た一人の男が跪き、

まるでインプを崇めるかのように手を合わせて拝んでいる。

一見、ただの真面目そうな若いサラリーマンにしか見えないその男に視線を落としたインプは、

鋭い爪の生えた手をかざして不思議なエネルギーを彼に浴びせた。

 

「敬虔なるベズバの信者よ。選ばれしお前に洗礼を授ける。

 お前の中に眠るレギウスの力を今こそ目覚めさせ、

 至高の神への奉仕のために用いるのだ」

 

「ははっ、ありがたき幸せ……!」

 

妖しげな光に包まれたその男性は体内のレギウス因子を呼び起こされ、

獰猛なディンゴの化身・ディンゴレギウスに変貌した。

 

「キャォォーン!!」

 

ディンゴレギウスの恐ろしげな遠吠えが響く中、安土の夜は更けてゆく……。


安土市内に店舗を構える弁当屋・ほかほかエナック。

店の奥にある厨房で、獅場俊一とジュマート富樫は二人で弁当の調理の仕事をしていた。

 

「あ、先輩。火加減はもうちょい強めでいいと思いますよ」

 

「おっ、そうか。サンキュー」

 

店長のヨス・ラムダニが在日ベルシブ人で、

ベルシブは勿論タイやベトナムやインドネシアなど東南アジア各国の料理も扱っている

ほかほかエナックの弁当のメニューはオリジナリティ豊かで、

日本の料理番組やレシピ本などでは見られない独自の調理法も少なくない。

家で妹と自炊することの多い俊一にとっては新鮮で、

自分の料理の幅を広げる機会にもなって楽しいアルバイトであった。

 

「おいコラ! ふざけんなよてめえ!」

 

「な、何だ……?」

 

突然、厨房の外から誰かが怒鳴る大きな声が聞こえてきたので驚く二人。

コンロの火を止めてこっそりカウンターの方を覗いてみると、

レジの前に立っているヨス店長に、黒いスーツを着た三人の大柄な男たちが恫喝するように迫っていた。

 

「うわ、ヤバいなあ……。あれヤクザっすよ、先輩。

 最近何か目つけられちゃったみたいで、時々来るんすよね」

 

「ヤクザ!? おいおいマジかよ……」

 

ジュマートの話によると、この三人の男たちは指定暴力団・安土新光会の組員で、

自分たちの組織に金を納めろと以前から度々迫っているらしい。

 

「だからさ、みかじめ料だよ。日本語分かる?

 俺たちに用心棒代を払う代わりに、何かあったら守ってやるって言ってるの」

 

「他の店もみんな払ってるんだぜ。

 日本では昔からやってること。この街のルールなんだよ」

 

みかじめ料、またはショバ代とは、店の営業を認めてトラブルから守ってやる代価として、

暴力団が飲食店などから徴収する金銭のことである。

安土新光会は外国人の店であるほかほかエナックにも、

例外を認めずこのみかじめ料の支払いを要求してきたのだ。

だがヨス店長は、柄の悪い屈強なヤクザたちの脅しにも怯まず毅然と金の上納を拒否した。

 

「この街のルール? 冗談じゃない。そんなもの違法でしょう。

 日本の暴対法は私のような外国人でも知ってますよ。

 お客様から頂いた大切なお金を、あんたたちみたいな反社なんかにくれてやるつもりはない。

 とっとと帰ってもらおうか」

 

「何だとてめえ! 痛い思いしねえと分かんねえのかゴルァ!」

 

要求を一蹴されて激怒するヤクザたち。

三人のリーダー格であるスキンヘッドの成瀬清二がヨスの胸倉を掴み、

レジの前から乱暴に彼を引きずり出す。

 

「まずいな。どうする……?」

 

ヨスに暴行を加えようとする三人を見て息を呑む俊一。

このような場合、自分がレギウスの力を使ってヤクザと戦っても良いのだろうか?

しかし俊一が迷っていたその時、信じられないことが起こった。

 

「ぎゃぁっ!」

 

「ぐわぁっ!」

 

「あべし!」

 

「痛い思いしなきゃ分からないのかって、それはこっちの台詞だ!

 俺の本気のパンチを喰らいたくなかったら、とっとと帰るんだな!」

 

「畜生! 覚えてやがれ!」

 

三人の暴力団員たちをたちまち殴り倒し、店の床に沈めてしまったヨス。

服の袖をまくってヨスが太い腕の筋肉を見せつけると、

成瀬たちはほうほうの体で店から逃げて行った。

 

「凄いや店長! ヤクザ三人をまとめて蹴散らしちゃうなんて!」

 

「喧嘩が弱いなんて、やっぱり嘘じゃないっすか。

 本当に映画のシュワちゃんみたいで格好良かったっすよ!」

 

厨房から出てきた俊一とジュマートが喝采を浴びせると、

ヨスは豪快に笑いながら額の汗を拭った。

 

「ハハハ。趣味の筋トレが思わぬところで役に立ったな。

 あんな奴らの脅しに負けて違法行為に手を染めてるようじゃ、

 自分の店を持つ資格なんてないんだよ。

 お前たちも将来、社会に出たらヤクザなんかの言いなりになったりしないで、

 しっかり真っ当な道を生きていかないとダメなんだぞ」

 

そう言って、俊一たちを厨房での仕事に戻らせるヨス。

一方、叩きのめされて店から敗走した成瀬らは、

みかじめ料の取り立ての失敗を自分たちのボスに電話で報告していた。

 

「すみません。会長。あのベルシブ人のオヤジ、

 まるでプロレスラーみたいにゴツくて強いです……(汗」

 

「フン、情けない奴だな。

 レスラーだろうがボクサーだろうが、任侠モンが堅気なんぞに負けてどうする。

 ……まあいい。早く迎えに来い。

 今、いつものクラブにいるところだ」

 

安土新光会の会長・金森龍平は、昼間からクラブを貸し切り、

美女たちを傍に侍らせながら酒を楽しんでいた。

金森を組の事務所へ送迎するため、成瀬は黒塗りのリムジンを走らせ、

安土中心部の歓楽街にある「お市」というクラブへ向かう。

 

「お待たせ致しました。会長」

 

「遅いじゃねえか。しかしお前ら、

 外人のコック如きにやられるとは本当になってねえな。

 いいか、極道ってのは舐められたら終わりの世界だ。

 そもそもお前らは昔から……」

 

店の前に停められた車に向かって歩きながら、成瀬らに説教を始める金森。

酔った勢いで彼がくどくどと長話をしていたその時、白昼の街に突如として銃声が響いた。

 

「ぐぁっ……!」

 

「か、会長~!!」

 

物陰からの狙撃。

安土の裏社会に一時代を築いたヤクザのドン・金森は銃弾で胸を撃ち抜かれ、

突然の敢えない最期を迎えたのであった。

 

「あらあら、さっきから店の外で何だか物騒な気配がすると思ったら、

 金森さんがとうとう……」

 

クラブ・お市のママである市川千代子は外で起こった惨劇を店の窓から眺め、

意味深な冷笑を浮かべつつ鏡に向かって唇の赤いマニキュアを塗り直した。


「お疲れ様でした~!」

 

夜。アルバイトの業務を終えた俊一とジュマートは揃って店を退勤した。

帰り道、ネオンが煌めく国道沿いの夜道を一緒に歩きながら、俊一はジュマートと話をする。

 

「ジュマートはさ、将来の夢とかあるのか?

 今は国の情勢が大変だから、それが今後どうなるかにもよるだろうけど」

 

難民となって命からがらベルシブを脱出し、

今では亡命先の日本での生活にすっかり馴染んでいるジュマートだが、

このまま日本に永住するつもりなのか、将来的には帰化なども希望しているのか、

それともやはり生まれ育った母国のベルシブに一日も早く帰りたいのか。

ベルシブが平和にならないことには帰るに帰れないので、

本人の意志だけで自由に決められる話ではないだろうが、

漠然とでもいいので、将来について彼がどんな風に考えているのかは俊一も聞いてみたかった。

 

「そうっすね……。ベルシブがこの先どうなるかは確かに何とも言えないから、

 具体的な計画はなかなか考えにくいんすけど、

 俺、将来は医者になって、国に帰って貧しい人たちの病気を治して、

 平和になったベルシブの復興に少しでも貢献したいって思ってます」

 

「医者か……。それは凄いな。

 でも相当勉強しないとなれないだろ?」

 

「はい。でも高校を卒業したら、日本の医大に入って医学の勉強をしたいんすよ。

 ベルシブの医療ってかなり遅れてるし、病院も少ないから、

 日本でなら助かるような病気で死んでしまう人も多くて、

 そういう不幸な人を少しでも減らせるように、

 頑張って日本の進んだ医療技術をたくさん学んでベルシブに持ち帰りたいなって」

 

「それは立派な志だな。偉いよ。俺も応援するから頑張れよ」

 

「ありがとうございます。先輩。

 先輩にそう言ってもらえると、何だか勇気が湧いてきます!」

 

歩きながら話していた二人は、道路沿いにある建物の前を通りがかった。

一見キリスト教の教会のようだが、十字架は掲げられておらず、

日本の寺や神社にも少し似た和洋折衷の独特な作りになっている。

近頃、急速に信者を増やしているベズバの会という宗教の集会所となっている教団施設である。

 

「この世界はなぜこんなにも悲惨で不条理なのでしょう?

 貧しい国の人々は今この瞬間にも飢えや病気で苦しんでいます。

 こうした問題の根は深すぎて、ちっぽけな人間の力ではとても解決できません。

 人間がいかに努力しようとも、全知全能の神の教えに従わなければ、

 真の平和と幸福は決して実現しないのです」

 

教会の前では、初老の牧師が道行く人々に辻説法をし、

若い信者たちがその周囲に立って教団の宣伝のビラ配りをしている。

戦争、貧困、疫病、災害、差別、不正、環境破壊、その他どんな問題にせよ、

人間が自分たちの力でやって行こうとするから上手く行かずに世界に苦しみが満ちるのであって、

この世のあらゆる問題の根本的な原因は人間が神を頼って従おうとしないことにある。

神は間もなく降臨し、自分を信じる人間たちだけが幸せに暮らす完璧な世界をこの地上に築くであろう。

ゆえに今こそ悔い改め、神に従うことを誓ってその忠実な信徒となりなさい――

ベズバの会という宗教団体の教えは、おおよそそのような内容である。

 

「まあ、自分でわざわざ努力して医学なんて勉強するよりも、

 神様にお祈りして病気を治してもらった方が手っ取り早くて楽に決まってるんだけどな。

 その神様が本当にいればの話だけど」

 

人事を尽くして天命を待つ、という考え方ならまだ理解できるが、

最初から自分たちでは無理だと諦めて全てを神に委ねよというのは思考停止であり、

単なる努力の放棄や責任逃れではないのかと俊一には思えてしまう。

せっかくこれから頑張ろうと意気込んでいる若者の前で、

やる気を削ぐようなことを言うなよと俊一は苦笑した。

 

「確かに世の中ひどいから、そういうのに頼りたくなる気持ちは分からなくはないけど、

 はっきり言って意味のない現実逃避っすよね……。

 俺はもうちょっと、自力で頑張って世の中を良くしてみようと思うっす」

 

さして興味もなさそうに、ビラの受け取りを断って教会の前を通り過ぎる二人。

差し出したビラを無言で引っ込めたスーツ姿の若い男性信者が、

彼らの後ろ姿を注意深く観察するようにずっと見つめていたことには、

俊一もジュマートも全く気づいていなかった。


「じゃ、また明日な」

 

「はい。お疲れっす」

 

電車に乗って帰る俊一と別れて、近くのバス停に向かうジュマート。

川の上に架かった橋を渡っていたその時、

不意に横から飛んできた強烈な衝撃波が彼を襲い、

大きく吹っ飛ばされたジュマートは橋の下の河原に転落した。

 

「うわぁぁっ!」

 

落下して川岸の砂利に体を打ちつけたジュマートに、

それを追うように橋の上から飛び降りてきた一匹の魔人が迫る。

野犬のようなディンゴレギウスは恐ろしげな唸り声を発しながら、

鋭い牙を剥いてこちらに近づいてきた。

 

「この高さから落ちても骨の一本も折れんとは、やはりレギウスのようだな。

 我らを生み出した父なる神に従うか、しからずんば死か、

 好きな方を選ぶがいい」

 

「俺が……レギウス……? そんな、一体何の間違いだよ」

 

自分がレギウスだと言われても、ジュマートには全く身に覚えがない。

ただ、普通なら大ケガをするような高さから落下したのに、

一瞬の痛みだけでほとんど無傷なのは確かに不可思議であった。

 

「贖罪をし、神に忠誠を誓って騎士として仕えることのみがレギウスが生きる唯一の道……。

 それを拒むならば、地獄に落ちるのが定めだ!」

 

ディンゴレギウスは手から衝撃波を撃ち出し、

再びジュマートを弾き飛ばして河原に生えていた大木に激突させた。

激痛に呻くジュマートには、この怪人が言っていることが全く理解できない。

 

「なぜ戦わないのだ。己の罪を認め、大人しく死の天罰を受ける気になったか」

 

「ううっ……!」

 

なぜ戦わないのかと問われても、レギウスとなって戦う術をジュマートは知らない。

困惑して慄くばかりだったジュマートは、突如として強い頭痛と目眩に襲われて頭を抱えた。

 

――戦え……戦え!

 

「こ……この声……! また……何なんだ……!」

 

今までにも何度も聞こえたことのある謎の声が脳裏に響く。

苦痛にあえぐジュマートが意識を失いそうになったその時、

霞む視界の中に、何かがひらりと降り立ったのがぼんやりと見えた。

 

「大丈夫か? 早く逃げろ!」

 

月光を浴びて赤い獅子の装甲を輝かせながら、

ジュマートの前に現れたのはライオンレギウスだった。

意識して声を低め、逃げるようにと促すその声色が俊一と同じだということは、

原因不明の発作で苦しんでいるジュマートには咄嗟に認識できない。

 

「う……ううっ……!」

 

嵐のような精神の擾乱が急に収まり、頭痛と目眩が引いてゆく。

さっきまでの苦しみが嘘だったように正気に戻ったジュマートは傷ついた体を引きずり、

立ち上がってその場から逃げて行った。

 

「戦力テストは中止だね。せっかく面白い相手が出て来てくれたと思ったんだけど、

 今ここであのライオンレギウスに正体を知られるわけには行かないし」

 

橋の上から密かに様子を見ていたウィルヘルミナが、

そう言って操作していたスマートフォン型の小型メカをポケットに仕舞う。

何者かの気配に気づいたライオンレギウスがこちらに振り向くと、

ウィルヘルミナは顔を見られないよう素早く踵を返して立ち去った。

 

「貴様、レギウスでありながら我らの創造主であられる神に楯突く気か。

 神に背いた罪の報いは死あるのみだと、

 分かった上で敢えてその道を選ぶのだな?」

 

「何を言ってるのか知らないが、あいつは俺の大切な仲間だ!

 あいつを傷つけるお前こそ、俺が許さないぞ!」

 

川の浅瀬に入って水飛沫を上げながら、

ディンゴレギウスと激しく殴り合うライオンレギウス。

衝撃波で吹っ飛ばされたライオンレギウスは空中で素早く身を捻り、

あわや激突しそうになった堤防の壁を両足で蹴ると、

その反動を利用してディンゴレギウスに飛びかかり強烈なパンチをお見舞いした。

 

「戦いは酣、といったところだな」

 

戦闘のさ中、橋の上に停まった黒塗りのベンツから、

下りてきたのはこの安土に地盤を持つ衆議院議員の松永久雄である。

彼を乗せたベンツの後に続いて走ってきた軍用トラックからは、

防護服を着込んだ機動隊員たちが続々と降車して橋の上に横隊の列を作る。

 

「冬宮医師が開発した新兵器の実験と行こう。撃て!」

 

松永の指示で、RAT(レギウス・アサルト・チーム)の隊員たちが銃に装填したのは、

レギウス因子の解析によって作り出された新たな対レギウス兵器、

その名もレギウス・アレルゲン弾(略称:RA弾)である。

レギウス因子と強く反発し合う抗原を含んだ薬剤を撃ち込み、

レギウスの体内に強烈なアレルギー反応を引き起こしてダメージを与えるという武器で、

試弾が完成はしたものの、実戦での使用の認可はまだ下りていない新兵器であった。

 

「本当によろしいのですか? 

 このような非人道的な兵器を勝手に使えば、後で問題になるのでは……」

 

発射を躊躇うRAT隊員に対し、松永はフンと鼻で笑って居丈高に答える。

 

「私を誰だと思っているのかね。

 確かに綺麗事が好きな羽柴総理や倉貫隊長らが好む種類の武器ではないだろうが、

 私の警察組織への影響力をもってすれば無断射撃の一発や二発、

 揉み消すのも批判を押し切るのも容易いことだ。

 君らの責任が問われるような事態となることは決してない。早く撃て!」

 

「りょ……了解しました!」

 

レギウスをアレルギーで長時間苦しめることになるこのRA弾は、

いくらレギウスから市民を守るためとはいえ残虐兵器と非難されても仕方のない性質のもので、

人道上の観点から使用の認可が下りない可能性も既に取り沙汰されている。

だが自分たちにとって邪魔なレギウスを駆除するためならば、

倫理や人道などにこだわって手段を選んでいるような松永ではなかった。

 

「RA弾、発射!!」

 

河原で格闘しているライオンレギウスとディンゴレギウスに、

二発のRA弾が橋の上からロックオンされ射撃される。

咄嗟にかわすこともできず、脇腹に弾丸を突き刺された二体のレギウスは、

痺れを感じて同時に川の浅瀬に倒れ込んだ。

 

「うぁぁぁっ! な……何だ……この苦しさは……!」

 

「おのれ……神に従わぬ人間が……神の使徒に……このような……!」

 

苦しげにのた打ち回っていたディンゴレギウスは川の深みに転がり込むと、

そのまま意識を失い、水中に沈んで溺死してしまった。

何とか川岸に這い上がったライオンレギウスも、

体内で暴れ狂う猛烈な痛みと不快感に悶えてうつ伏せに倒れる。

 

「しまった! 遅かったわ!」

 

実験成功を確認して松永とRAT隊員たちの車両が去って行ったのと入れ違いに、

息を切らして河川敷に走ってきたのはドラゴンレギウスチームの須田菜々美であった。

倒れて気絶したまま変身が解け、人間の姿に戻って痙攣を繰り返している俊一に、

駆け寄った彼女は急いで心臓マッサージを施し、

ポケットから取り出した救命薬を飲ませてアレルギー反応を抑制する。

 

「良かった……。何とか落ち着いたみたい」

 

薬の効果とレギウスの強靭な生命力で、俊一はショック死を免れ症状も徐々に収まってゆく。

しばらく菜々美に膝枕をされて眠っていた俊一は、やがて目を覚ました。

 

「な……菜々美さん……? お……俺は……」

 

「危ないところだったわ。獅場くん。

 言いにくいことだけど、これからは政府や警察もあなたの敵になるかも知れない」

 

事情はどうあれ、警察組織の機動隊であるRATに攻撃されたという事実は、

ライオンレギウスの今後の戦いが過酷な茨の道となることを物語っている。

菜々美が手渡してくれたハンカチで額の汗を拭いた俊一は、

まだ体の中に燻っているアレルギーのむず痒さに顔をしかめつつ、

思いがけない事態の展開にぐっと奥歯を噛み締めるのであった。