第34話『誰がために乙女は羽ばたく』

 

永原祐樹と霧崎麗香。

二人は中学校のクラスメイトだったとはいえ、恋人として付き合っていたわけでもなく、

互いに別の高校に進学してからは会う機会もなくなって疎遠になっていた。

そんな二人の距離が再び急速に縮まったのは、つい最近のことである。

 

一ヶ月ほど前のある夜のこと。

塾からの帰り道、祐樹は向こうから大慌てで走ってきた、

スーツ姿の若い女性とぶつかった。

 

「うわっ!」

 

「す、すみません!」

 

尻餅をついて倒れてしまった祐樹に謝罪している暇さえない様子で、

OLらしきその女性は落としたバッグを拾うとそのまま走り去ってしまう。

 

「何だよ。ひどいなあ……」

 

ぼやきながら立ち直ってまた歩き出した祐樹は、

すぐにその理由を知ることになった。

通りがかった公園の噴水の前で、

祐樹は二体のレギウスが戦っているのを目にしたのである。

 

「あ、あれは……!?」

 

片方は蚊のような姿をした虫型の怪人だった。

口から細長い毒針のような突起が伸び、

不気味な赤い複眼が夜の闇の中で妖しく発光している。

 

「キィィィ……! 貴様のせいでまた実験台を逃がしてしまった。

 我らゼルバベルの邪魔を続けるなら、死の報いを受けることになるぞ」

 

甲高い鳴き声を発して威嚇してくるモスキートレギウスに、

翼を広げて敢然と対峙しているのは翼を持つ白鷺のような鳥人だった。

 

「人間をまるで実験動物のように言うのね。

 あなたのせいでひどい病気にされてしまった人たちの苦しみ、

 見て見ぬふりなんてできないわ」

 

雪のように白いイーグレットレギウスの装甲が、街灯に照らされて美しく輝いている。

公園の遊具の陰に隠れて会話を聞いていた祐樹は、

すぐに状況を察することができた。

 

「最近、この街で流行っている変な病気はやっぱりレギウスの仕業だったんだ。

 そして、それと戦っている白い鳥のレギウスがいるっていう噂も……」

 

モスキートレギウスはゼルバベルが計画しているバイオテロ作戦のため、

以前から街の人々を襲っては毒針で刺し、

開発中の新型ウイルスを打ち込んで病気にする人体実験を繰り返していたのである。

夜な夜な安土市内に出没するモスキートレギウスについては、

何度となく事件現場に現れてそれと交戦するイーグレットレギウスの存在と共に、

市民の間で噂になっていたのだった。

 

「このウイルスに感染すれば高熱にうなされ、

 死んだ方がマシというくらいに苦しむことになるぞ。

 貴様にもそれを体験させてやろう」

 

「っ……!」

 

モスキートレギウスは背中の羽根で空高く飛び上がり、

地上にいるイーグレットレギウスに口の毒針を向けて突っ込んできた。

素早く地面を転がってそれを回避したイーグレットレギウスは、

自分も羽ばたいて空を飛び、モスキートレギウスと激しい空中戦を繰り広げる。

 

「凄い……! どっちも目にも止まらないスピードだ」

 

超高速で飛行しながら、空中で何度もぶつかり合う両者。

激突の度に衝撃で火花が散り、夜空に眩しく輝く。

 

「キィィィッ! 喰らえっ!」

 

「ハァッ!!」

 

イーグレットレギウスとモスキートレギウスは空中で交錯し、

すれ違いざまに互いの技を相手に浴びせた。

 

「ぐぉぉっ……き、貴様……!」

 

「うぅっ……!」

 

ダメージを受けて同時に墜落し、着地して地面に膝を突く両者。

イーグレットレギウスの鋭いチョップで脇腹を斬りつけられ、

深手を負ったモスキートレギウスだったが、

イーグレットレギウスの方も相手の毒針が肩を掠め、

白い装甲に裂傷を作られていた。

 

「その毒は警告だ! 我々に逆らえばどうなるか、

 熱病の苦しみをたっぷり味わいながらよく考えるがいい!」

 

イーグレットレギウスの体内に少量ながら毒を注入することに成功したモスキートレギウスは、

装甲を砕かれた脇腹を押さえながら飛び去っていった。

 

「くっ……うぅっ……!」

 

「き、霧崎さん!?」

 

次の瞬間、祐樹は思わず目を疑った。

肩から毒が回って悶え、変身を解除して仰向けに倒れ込んだイーグレットレギウスの素顔は、

彼の中学校時代の友人だった霧崎麗香だったのである。

 

「霧崎さん! 霧崎さんだよね? しっかりして!」

 

「な……永原……くん……?」

 

モスキートレギウスの針先で切られた肩の傷口から血を流している麗香を、

ポケットから取り出したハンカチで止血し介抱する祐樹。

 

「大丈夫!? そんな、まさかイーグレットレギウスの正体が霧崎さんだったなんて……」

 

「お願い。このことは秘密に……ううっ……!」

 

「そんなことより、どうしよう! 

 あの蚊みたいなレギウスの毒が入っちゃったんだよね。

 このままじゃ命の危険が……」

 

「心配しないで。レギウスの生命力なら……この程度の毒では死なないわ」

 

公園のベンチに寝かされた麗香はしばらくは荒い呼吸を繰り返して呻いていた。

高熱で苦しむことになるとモスキートレギウスが言っていた通り、

額に手を当てると熱が上がっているのも分かる。

ところが、少し時間が経つと熱は下がり、

彼女はひとりでに元気を取り戻したのである。

レギウスの超人的な回復力が、常人ならば自然治癒など不可能なウイルスを短時間で退治したのだ。

 

「霧崎さんがレギウスだったなんて……!

 それも噂のイーグレットレギウス……。

 人知れず、みんなのためにずっと戦っていたんだね。でもどうして……」

 

「私は……」

 

再会した旧友に、麗香は自分が戦う動機を吐露した。

それは重く鬱屈した、他人には話しにくい内容だったが、

祐樹になら打ち明けてもいいと思えたからである。


「それでご両親とは、その後どうなの? 霧崎さん」

 

「ええ……。やっぱり、なかなか簡単には行かないわね。

 お母様は決して悪い人じゃないし、

 私のことを少しでも理解しようと努力してくれてはいるけれど」

 

朝、ヌーレギウスに襲われていたところを麗香に助けられた祐樹はその日の下校後、

一ヶ月前に二人が再会することになった近所の公園で麗香と待ち合わせをし、

あの時と同じベンチに座って互いの近況を語り合っていた。

 

「お父様が再婚したお母様は、血の繋がっていない私にも優しかったけれど、

 一年前、私がレギウスに覚醒したのを見て私を怖がるようになってしまったわ。

 恐ろしい姿をした、人間より遥かに強い力を持つ怪物ですものね。

 お母様がああいう反応をしてしまうのも無理はないわ」

 

今回、ゼルバベルがレイクブリッジで起こした惨劇も、

継母のレギウスに対する恐怖心を加速させてしまったに違いない。

悲しそうに、麗香はそう言って溜息をついた。

 

「でも、レギウスって別に心まで凶暴化するわけじゃないんでしょ?

 確かに物凄いパワーを持ってはいるけど、

 決して全員がゼルバベルみたいな悪党じゃなくって、

 手に入れた力をどう使うかはその人次第。

 だからこそ、霧崎さんはその力を、みんなの命を守るために使って……」

 

麗香はうつむき、自嘲するように首を横に振った。

 

「純粋な正義感や優しさなんていう、立派なものじゃないのかも知れない。

 私はただお母様に認められたい一心で、

 レギウスである自分が頑張っているところを見せようとしてるだけなのかも。

 人助けをするヒーローにしては歪みすぎね」

 

「そんなことないよ。ゼルバベルとの戦いなんていう危険なことを、

 誰かを守るために命懸けでやれてるのは凄く立派だと思うよ。

 お母さんも、きっと霧崎さんのその気持ちを分かってくれる時が来るはずだよ」

 

「ありがとう。そうだといいわね」

 

前向きに励ます祐樹の言葉に素直に感謝しながらも、

麗香はまだ確信を持ててはいない様子で、その表情は爽やかには晴れない。

イーグレットレギウスの孤独な戦いが報われる日は、

果たしてやって来るのであろうか……?