EPISODE6『猛禽の来日』

 

*画像は、エレクトロニック・アーツのPCゲーム『ザ・シムズ3』のスクリーンショットを使用しました。


 閑静な安土市の郊外に佇む一軒家。

株式会社・久峨重工に務めている社員が最近まで住んでいたマイホームだが、

今は家主が東京へ出張になってしまったため留守となっている。

この日、住人のいないその家を、ある有名な絵描きが貸し切って自分の仕事場に使っていた。

 

「うん。いいよいいよ。もっと怖がってるような表情で。

 何なら泣いたりしても雰囲気が出ていいんだけど」

 

小西李苑=魔人銃士団ゼルバベルの幹部・ピラニアレギウス。

「囚われの姫君と王子様」というタイトルをつけられた彼の新作は、

縄で手足を縛られた状態でソファーに座った二人の中学生の姿を写生したものである。

 

 

「二人とも俺の好みで勝手に選ばせてもらったんですけど、

 気に入ってもらえましたかね? 小西先輩」

 

小西の芸術大学時代の後輩・名取洋太郎は、

主に女性のポートレート写真の撮影を得意分野とする芸術カメラマン。

ゼルバベルの正式な軍団員ではないが、小西とは大学卒業後も交友を続けており、

同じ芸術家で趣味を共有する同好の士として意気投合していた。

 

「ああ。さすが名取だ。相変わらず君が選んだモデルは外れがないよ。

 それより急に呼び出したりして悪かったね。

 新入りの幹部が、腕試しのために人質作戦をやりたいって言うからさ」

 

「いやいやとんでもない。こういうのは俺の趣味でもあるんで」

 

小西はモデルと呼んでいるが、これは決して「やらせ」などではない。

縄で拘束されてソファーに座らされている眼鏡をかけた少年とショートヘアーの少女はどちらも、

絵のモデルとして役を演じているのではなく本当に誘拐されてきた人質なのだ。

蜘蛛の化身・スパイダーレギウスというもう一つの顔を持つ名取は、

糸で相手を縛り上げて捕らえる誘拐の名手なのである。

 

 

「ううっ……怖い……」

 

「誰か助けてぇっ!」

 

「叫んでもいいよ。声を出すなとは言わない。

 むしろ助けを呼んでくれた方が、こっちにとっては都合がいいって話だしね」

 

少年が大声を上げても、小西は黙らせようとはせず余裕綽々で笑っている。

誘拐現場で優雅に絵を描き続けていた小西の元へ、

まるでナチス・ドイツの武装親衛隊のような軍服を着た男がやって来て直立不動で敬礼した。

 

「ジーク・ハイル!」

 

鬱陶しいなあ、と、小西はそれを見てあからさまに嫌そうな顔をする。

彼らは海外から援軍に駆けつけた新たなゼルバベルの同志ではあるのだが、

小西にとってはどうにも馴染めそうにない種類の人間だった。

 

「僕に対しては、そういう堅苦しい挨拶は要らないって言ってるだろ?

 あいにく根っからの自由人なもんでね。

 君らが信奉する、命令には絶対服従のファシズムなんていう窮屈な思想は性に合わない」

 

「失礼致しました。ホークレギウス様からの伝言をお届けに参ったのですが」

 

「警察が動いた、ってかい?」

 

「その通りです。既にブレイバーフォースも出動し、こちらに向かっているとのこと」

 

事件を嗅ぎつけた警察とブレイバーフォースが人質の救出に動き出した。

本来ならば一大事と言うべき情報だが、小西も名取もその軍服の男も、

焦る様子はなく揃って悠然としている。

 

「じゃあ、そろそろ撤収だね。

 もうすぐ描き終わるところだから、ちょっとだけ待ってくれないか」

 

「承知しました。後は我らにお任せを」

 

実はこの誘拐、ブレイバーフォースを誘き寄せるための餌に過ぎず、

そのためわざと警察に情報を漏らして察知されるようにしていたのである。

ブレイバーフォースが来るまでの間、暇を潰すように人質のスケッチをしていた小西は、

描いた作品の出来栄えにまずまず満足した様子でにやりと笑った。


「近所の住民の目撃情報によると、人質が連れ込まれたのはこの家ね」

 

「多数の目撃者がいる辺り、随分と杜撰な犯行だが、

 犯人はレギウスに変身したって証言もある。油断ならないぜ」

 

二人の中学生が監禁されている家の前に停車した特殊戦闘車両・ブレイバーギャロップから、

ブレイバーフォースの隊員である寺林澄玲と進藤蓮が降りてきて様子を窺う。

家の中へ踏み込もうと銃を構えて近づいた二人だったが、

そこへ物陰から飛び出した黒い野牛のような怪人が襲いかかってきた。

 

「グォォーッ!! 待っていたぞ。

 我らゼルバベルに逆らう者には死あるのみだ!」

 

「待っていた、ですって……?」

 

以前イーグレットレギウスとも交戦したことのあるヌーレギウスが、

闘牛の如く頭の角を向けて猛然と突進を仕掛ける。

罠であることを匂わせるヌーレギウスの言葉に不審を覚えつつ、

寺林はドルフィンレギウスに、進藤はジャッカルレギウスに変身した。

 

「グォォッ! くたばれ!」

 

「パワーはあるようだが、所詮それだけだな!」

 

重量級のヌーレギウスの凄まじい馬力に手を焼きながらも、

ジャッカルレギウスはフランス支部で鍛え抜いた洗練された戦闘技術で巧みに敵の勢いをいなし、

ドルフィンレギウスの的確な援護もあって有利に戦いを進めてゆく。

 

「誰かに戦いをサーチされている……?」

 

「ああ。どうやらどこかに見物人がいるらしいな」

 

戦闘中、何者かに様子を観察されているような気配を感じて周囲を見回す二人。

ヌーレギウスが言った「待っていた」とは恐らくこれを意味していたのだろう。

 

「喰らえ! スパーキングメーサー!!」

 

「必殺! トレンシャルレインアロー!!」

 

薄気味の悪さに気を取られても、ブレイバーフォース隊員たちの優位は変わらない。

ジャッカルレギウスの指先から発射された青いメーサービームと、

ドルフィンレギウスの掌から放水された矢のような無数の雨粒が、

ヌーレギウスの硬いボディに命中して大ダメージを与えた。

 

「お、おのれ……俺はまだ負けんぞ……グハッ!!」

 

破壊された全身の装甲から白煙を噴きながらも、

なおも諦めずに戦おうとするヌーレギウスだったが、

次の瞬間、物陰から飛んできた一筋の光線が彼の胸を貫いた。

心臓を撃ち抜かれたヌーレギウスはどさりと倒れ、大爆発する。

 

「ジーク・ハイル!!」

 

ドイツ語でそう叫びながら出てきた十数人の兵士たちが、

ビームライフルを構えてジャッカルレギウスたちを取り囲む。

ナチス党員を思わせる彼らの軍服を見て、ドルフィンレギウスは呆気に取られた。

 

「まるで第二次大戦の時代からタイムスリップしてきたような連中ね。一体何者?」

 

「フン、こいつらが日本に来てるってことは……

 お前も来てるんだろ! 姿を見せろ!」

 

ジャッカルレギウスはこの兵士たちに心当たりがある様子で、

大声で物陰の向こうにそう呼びかける。

すると兵士たちの後ろから、同じく軍服を纏った金髪碧眼のスマートな青年が姿を現わした。

 

「フフフ……久しぶりだな。進藤隊員。

 戦いぶりを改めて見せてもらったが、実力は健在なようで何よりだ」

 

ナックルダスターと一体化した光線銃を両手に装備したこの白人の若者は、

ハインリッヒ・フォン・クローゼという名のドイツ人である。

彼の登場に、ジャッカルレギウスは忌まわしげに小さく舌打ちした。

 

「知り合いですか。進藤隊員」

 

「ああ。俺がフランス支部にいた時からの宿敵さ。

 ドイツを中心にヨーロッパ各地で数々のテロ作戦を指揮してきた、

 冷酷で残忍な鷹の魔人ホークレギウス……」

 

「そういうことだ。日本支部のブレイバーフォース隊員諸君にも、お見知り置き願おう」

 

高笑いしながら、ハインリッヒはジャッカルレギウスの言葉通り、

鷹のような鳥人ホークレギウスへと変身する。

 

「ブリュッセルでの一騎打ちは楽しかったな、進藤隊員。

 任務ゆえに楽しんでいる暇などないと分かってはいても、

 ああいうスリリングな戦いはやはり誇り高きプロイセン騎士の血が騒ぐよ」

 

ヨーロッパ各地でブレイバーフォースを苦しめてきたホークレギウスは、

フランス支部にいた進藤にとっても因縁の相手だった。

ベルギー全土を壊滅させる大規模テロを阻止すべく挑んだブリュッセルでの戦いでは、

優秀なエリート隊員の進藤さえ危うく命を落としかけたほどの強敵だ。

 

「君のような歯応えのあるライバルがいないヨーロッパなど、もはや退屈だ。

 今後はゼルバベルの幹部として、この日本に常駐させてもらおうと思ってね。

 今日はその挨拶といったところだ」

 

「フン、お前の不愉快なツラを見ることもない母国で、

 せっかく羽を伸ばしてのんびりしてたところだったんだがな。

 ま、こんな素敵な国を死に場所に選んだお前の終活センスは褒めてやるよ」

 

「君こそ、生まれ故郷の日本に骨を埋められるのは運が良かろう。

 いずれ決着をつけてやる。覚悟しているがいい」

 

配下の兵士たちに退却の命令を出して引き下がらせると、

ホークレギウスは両腕に生えた翼を振るって飛び立ち、空の彼方へ消えていった。

ジャッカルレギウスとドルフィンレギウスは変身を解除し、人間の姿へ戻る。

 

「ホークレギウス……。今までの敵とは段違いの、

 凄まじい魔力を持った相手なのは確かに感じられたわ」

 

「プライドが高くて妙に気取った、いけ好かない野郎さ。

 何でも、プロイセンの古い騎士の家柄だとかで、

 それを随分と鼻にかけているらしいんだがな。

 いずれにしろ、あいつはこの俺が必ず倒してやる」

 

ゼルバベルが全ての人員を撤退させたため、

縛られたまま家の中に残されていた二人の中学生は戦闘もなく無血で無事に救出された。

無闇に市民を傷つけたりしない辺りは騎士の血を引くホークレギウスなりの流儀である。

全く厄介な奴が日本に来たものだ、と、進藤はこれからの戦いに不吉な予感を覚えるのであった。


世界征服を企む悪の秘密結社・魔人銃士団ゼルバベルの基地であるバベルの地底塔。

首領であるスコーピオンレギウスの下に幾多のレギウスが集う中、

進藤たちへの宣戦布告を終えて基地に入ったクローゼは玉座の前に進み出て跪いた。

 

「ベルリンよりお招きにあずかりました、

 ハインリッヒ・フォン・クローゼです。

 栄光あるゼルバベルによる全世界の統一を一日も早く実現するため、

 全身全霊を尽くして励む所存にございます」

 

ドイツ人のハインリッヒは、久峨コンツェルンと業務提携を結んでいる、

ドイツの自動車会社バウアーワーゲンの理事にして社長の息子である。

人間態で恭しく首領への挨拶をしたハインリッヒは立ち上がると光に包まれ、

ホークレギウスの姿を一同に披露した。

 

「よく来たなクローゼ……いやホークレギウスよ。

 お前が持つ高い戦闘力と指揮能力は、

 ゼルバベルの征服作戦の遂行に大いに貢献するであろう」

 

ハインリッヒをドイツから招聘したスコーピオンレギウスは、

ホークレギウスの勇姿を玉座から眺めて満足げに口元を歪める。

 

「この私が幹部として日本に来たからには、

 今までのような気の緩みや身勝手なスタンドプレーは決して許さない。

 私が指揮権を預かる作戦においては、諸君には首領と組織に対する絶対の忠誠と、

 一糸乱れぬ規律正しい行動を要求させてもらう」

 

「フン、いかにも真面目でお堅いドイツ軍人って感じだな。

 ナチ式の敬礼でもしろってか?」

 

高圧的な態度で厳格な規律を求めてくるホークレギウスに、

反感を覚えたリザードレギウスはわざとらしく舌打ちしながらそう言ったが、

鋭く睨むようにして振り向いたホークレギウスは意外にも怒った様子はなく、

小さく鼻を鳴らしてほくそ笑んだ。

 

「私を不快な気分にさせたければ、そうするがいい。

 イタリアの盟友であるコレーリア卿がいない今だから言えるが、

 ジーク・ハイルだのアウェー・カエサルだのというお決まりの挨拶には、

 正直なところもう辟易しているのでね」

 

「なるほど。ドイツ人やイタリア人の仲間にもファシズムの信者ばかりでなく、

 色々なタイプがいるってことかしらね。興味深いわ」

 

そもそも第二次世界大戦の当時から、プロイセン軍の流れを組むドイツ国防軍と、

それを動かして戦争を指揮するナチス政権とは折り合いが悪く、

軍によるヒトラー暗殺計画すら幾度もあったくらいである。

由緒あるプロイセン騎士の子孫で、軍人の家系でもあるハインリッヒが、

ネオナチの軍団員を配下に多く持っている現状は当時とは逆で、

歴史の皮肉であるのみならず、上官も部下も互いに思うところは随分ありそうだとラベンダーレギウスは愉快げに笑ってうなずいた。

 

「それで、私がドイツから持参した秘薬の効果は如何だったかな?

 今後の作戦への参考のためにも報告を願いたい」

 

「ああ。効果抜群だよ。暗示をかけて違う犯人の顔を記憶させておいたお陰で、

 世間でそれなりに知名度のある僕のスキャンダルにはならずに済んだ」

 

スアレスマンダリン。

スペイン人のディエゴ・スアレス博士がインドネシアのジャワ島で発見して命名した、

東南アジアの熱帯雨林に自生している植物で、

服用した者を恍惚状態にさせて催眠効果を及ぼす麻薬の一種である。

当然ながら日本では違法薬物に指定されており持ち込みは厳禁だが、

ゼルバベルはドイツ支部で栽培したものを日本へ密輸し、

暗示や洗脳などの用途で今後の作戦に利用しようとしていた。

今回、監禁された際に小西李苑の顔をはっきり見ていた二人の中学生も、

このスアレスマンダリンで全く見当違いの犯人の顔を記憶に刷り込まれてしまっており、

彼らの証言から有名な画家の小西が警察の捜査線上に浮上する心配はまずないと言えた。

 

「後は、メキシコへ赴いているオルカレギウスの帰還を待つだけだ。

 そろそろ例のモノが手に入った頃だろうからな。

 スアレスマンダリンの味に酔わせて手懐ければ、我々の強力な武器となる」

 

ゼルバベル最高幹部のロブスターレギウスはそう言って、

世界征服のための新たな作戦の着実な進展に満足げな愉悦を浮かべた。


メキシコ・ユカタン半島。

かつて恐竜を絶滅に追いやった巨大隕石の衝突の跡と言われるチクシュルーブ・クレーターは、

古代マヤ文明の人々からは「悪魔の尻尾」と呼ばれて恐れられてきた。

直径160kmを超えるそのクレーターの底で、ムッソリーニ政権時代のファシストを彷彿とさせる、

黒いシャツの制服を着た白人の兵士たちが地面の土を懸命に掘り返して何かを探していた。

 

「マヤ文明の伝説によれば、例のオーパーツはこの辺りにあるはずだ。

 徹底的に探し、必ず発見して日本に持ち帰るのだ!」

 

「アウェー・カエサル!!」

 

ゼルバベルの幹部の一人で、ハインリッヒと共にヨーロッパ各地で猛威を振るってきた、

イタリア人のチェーザレ・コレーリアは配下の兵士たちに檄を飛ばし、発掘作業を急がせる。

やがて兵士の一人が地中に突き刺したスコップが、何か硬い物にぶつかって甲高い音を響かせた。

 

「コレーリア隊長、これは……」

 

「間違いない。例のモノを封印した棺だ」

 

マヤの古代文字が刻まれた、小さな黒い棺が土の下から掘り出される。

急いで駆け寄ったチェーザレは、自らの手でその蓋をゆっくりと開けた。

 

「あれ……? 眩しいな~。まだ眠いのに~」

 

封印を解かれて棺の中から姿を見せたのは、ピンク色に輝く優美なケツァルコアトルの像。

まるで意思を持っているかのように翼を小さく動かし、

可愛らしい仕草で伸びをしたその像――否、魔法で造られた機械生命体は、

恐ろしげな人相でこちらを見つめている白い肌の兵士たちに気づいてビクッと身を震わせた。

 

「ええっと……誰?」

 

「お前の力をずっと探し求めていた者だよ。

 Ciao(チャオ)、レギウスを射る魔法の弓、異界の聖具獣ミレーラよ」