第14話『すれ違う親子』

 

「…では次のニュースです。
 昨日、安土駅のバスターミナルで発生したレギウスの放火テロ事件に関して、
 魔人銃士団ゼルバベルと名乗る組織から日本政府に対し、
 犯行声明のビデオメッセージが届いていたことが明らかになりました」

 

安土市の春ヶ台ニュータウンに建っている獅場家の一戸建て住宅。
休日の朝の食卓に流れるテレビの報道番組からの声は、
人々を大いに震撼させるものであった。

 

「ゼルバベルの構成員と思われる人物は動画の中で、
 『破壊作戦は我々の戦士の一人により実行された』と犯行を認めると共に、
 『我々は日本の政府と社会を転覆し、流血によって新たな時代を作り出す』と宣言し、
 事実上の宣戦布告とも取れる発言をしています」

 

「ゼルバベル、か…。やっぱりな」

 

「ん? 何だ俊一、知ってるのか?」

 

テレビの前で思わず呟いた俊一に、熱い煎茶をすするのを止めて不思議そうに訊く父の修二郎。
妻の曜子と共にニューギニア島での古代遺跡の発掘調査を終えて帰国し、
久しぶりに我が家で子供たちと一緒に摂る朝食である。

 

「えっ? あ、いや…初めて聞く名前だよ。
 中東かどこかのテロ組織かな?」

 

「さ、さあ…? どうだろうな。
 それより、このバスターミナルってお前がいつも使ってる所だろ。
 ちょうど下校の時間帯だったようだし、事件にぶつからなくて幸運だったな」

 

「そ…そうだね。確かに、いつもならバスに乗ってる時間だもんな」

 

数日前にライオンレギウスに覚醒し、
他ならぬこの事件現場でゼルバベルの怪人と交戦していた俊一だが、
そんな衝撃的すぎる事実はまだ両親には打ち明けられていない。
一方、ニューギニア島でクリスらドラゴンレギウスチームと接触し、
魔王ヴェズヴァーンなる存在について調査に協力する約束をした修二郎と曜子も、
ゼルバベルのことも併せてクリスたちから説明されてはいたものの、
このような常識外れの内容を子供たちにどこまで話すべきかはまだ決めかねていた。

 

「楓花、お料理上手になったわね。とっても美味しいわ」

 

「本当? 良かった!」

 

中学2年生の妹・楓花は、両親が留守の日が多いとあって家事を色々覚え、
今では料理の腕もそれなりのものになっている。
自分で作ったコーンポタージュの味を母に褒められて、
嬉しそうに笑顔を浮かべる楓花であった。

 

「ちょっとその辺を走ってくるよ。すぐ帰るから」

 

「おお、そうか。部活動に熱が入るな。
 そろそろレギュラーにはなれそうなのか?」

 

「う~ん、どうだろうね」

 

サッカー部でレギュラーの座を掴むために体を鍛えるというよりは、
秘密を抱えたまま両親と同じ空間にいるのが後ろめたくなって、
敢えて外出することにしたというのが俊一の本音だった。
朝食を終えて一休みした俊一はスポーツシューズを履いて家の玄関を出ると、
ランニングのため近所の河川敷へと一人で向かった。

 

「ゼルバベルは日本での第二・第三のテロも予告しており、
 政府は警戒を強めています。
 これに応じてブレイバーフォース日本支部も記者会見を開き、
 日本の警察や自衛隊と連携しつつ全力で対処していくと表明しており…」

 

「やれやれ、これは大変な時代が来てしまったのかも知れんね。母さん」

 

仕事用のノートパソコンを開いて溜まったファイルの整理をしながら、
ニュースキャスターの言葉を耳に挟んで参ったように溜息をつく修二郎であった。


「ん…?」

 

外は憂鬱な気分を吹き飛ばすかのような心地良い快晴。
考え事をしながらぶらぶらと河川敷まで歩いて来た俊一は、そこで不審な光景に出くわした。
ジョギングをしていたランニングシャツ姿の中年男性がサングラスをかけた男に呼び止められ、
何やら威圧的な態度で話しかけられている。

 

「何だ? 恐喝か…?」

 

河川敷の桜の木の後ろに素早く身を隠し、そっと様子を窺う俊一。
サングラスをかけた男がドスの効いた声で中年男性を脅しているが、
耳をそばだてて会話を盗み聞きしてみると、どうやら金品を取ろうという話ではないらしい。

 

「…調べはついていますよ。坂本さん。
 あなたは2年前、仕事で山形からこの安土に転勤してきたばかり。
 元は米沢の出身で、先祖は伊達政宗に仕えていた名のある武士だ。
 彼は摺上原の合戦で並外れた武功を上げて政宗から表彰されていて、
 その書状がお宅の家宝になっているそうじゃないですか」

 

「だ…だから何だと言うんですか?」

 

「我々の調査によれば、そのあなたのご先祖の侍、
 どうやらただの人間ではなかったようなんですよ。
 彼のずば抜けた強さの秘密は、実はある特別な力に目覚めていたということらしいです。
 最近、巷を随分と騒がせているレギウスの力にね」

 

「レ、レギウス…!?」

 

「研究者たちが既に発表している通り、
 レギウスの因子は子孫にも遺伝するのはご存じでしょうね。
 つまりレギウスを先祖に持つあなたもまた、
 同じようにレギウスに覚醒する素質をお持ちだということです」

 

「も…もしそうだとして、私に一体どうしろと…?」

 

「知れたこと。あなたの体内に眠るレギウスの力を引き出して、
 ぜひ我々ゼルバベルの世界征服のために活用してほしいのです。
 予告された大々的な攻勢のために、我々もより多くの人員を必要としていますのでね」

 

これは、ゼルバベルがレギウス因子を持つ市民を勧誘している場面であった。
レギウスへの変身能力は遺伝性のものであるため、
もし歴史上の人物にレギウスらしき者の記録があった場合、
家系図を辿ってその子孫を探せばやはり同じくレギウスになれる因子を有している確率が高い。
ゼルバベルは独自の調査でそうした人間をリストアップし、配下にスカウトしているのだ。

 

「栄光あるゼルバベルの一員になれば人生が変わりますよ。
 他ならぬ、この私がそうだったようにね…!」

 

「ひ…ひぃぃぃっ!!」

 

サングラスを外して投げ捨てた男の体が輝き、おぞましい蟲の怪物に変貌する。
彼の正体はゼルバベルの銃士であるコガネムシの化身・スキャラブレギウスだったのである。

 

「まずい。俺が助けないと!」

 

木陰に隠れて様子を見守っていた俊一は中年男性を助けるため、
拳を力強く握り締めて気合を入れた。
俊一の全身が赤い炎のような光に包まれ、ライオンレギウスの姿に変わっていく。

 

「協力を拒むならば、死んでもらうことになりますよ」

 

「待てっ!」

 

桜の木の陰から飛び出したライオンレギウスは、
スキャラブレギウスに横からショルダータックルを浴びせて弾き飛ばし、
胸倉を掴まれていた中年男性から引き離した。

 

「さあ、早く逃げて下さい!」

 

「は…はいっ!」

 

男性が慌てて走り去ったのを横目で見送り、戦闘の構えを取るライオンレギウス。
立ち直ったスキャラブレギウスは不気味な奇声を上げ、
昆虫のような大きな二つの複眼でライオンレギウスを睨みつける。

 

「貴様は、リザードレギウスの邪魔をしたというライオンレギウス…!
 一体どこの何者なのかは知らないが、
 貴様が我々の前に立ちはだかるのはこれで三度目だ」

 

「そういうことになるな。生憎だけど」

 

「我らゼルバベルに楯突くならば、死あるのみ…!」

 

背中に生えた羽で滑空し、一気に距離を詰めて組みついてきたスキャラブレギウスを、
ライオンレギウスは敵の突進を利用した巴投げで反対方向へと投げ飛ばすが、
スキャラブレギウスは空中で羽ばたいて揚力を作り、
投げ技の勢いを殺してゆっくりと着地する。

 

「嫌というほど後悔させてやろう。
 身の程をわきまえず、我々に挑戦するなどという愚かな選択をしたことをな!」

 

スキャラブレギウスは召喚魔法でレイピアを呼び寄せ、右手に握った。
レイピアを振るい、フェンシングの要領で鋭く突きかかってくるスキャラブレギウス。
大きくバックステップして攻撃をかわしたライオンレギウスの背後の川で水飛沫が上がり、

水中からもう一体のレギウスが姿を現す。

 

「のこのこと出て来てくれたのは好都合だ。

 地獄へ送ってやるぞ。ライオンレギウス!」

 

魚人のような姿をした鮭の怪人・サーモンレギウスも、ゼルバベルに忠誠を誓う軍団員の一人である。
大きく身震いして鱗のような装甲に付着した水滴を振り落とすと、

サーモンレギウスは猛然とライオンレギウスに襲いかかった。

 

「もしもし、ブレイバーフォースですか?
 ゼ、ゼルバベルのレギウスが! ええ、すぐに来て下さい!」

 

スキャラブレギウスから辛くも逃れた男性は急いで河川敷から離れると、
持っていたスマートフォンでブレイバーフォースに事件発生を通報した。