第10話『ユピムの塔の女神』

作・おかめの御前様

 

さて、ユピムの塔の中では幾度も手強い魔物に遭遇したけど、全部ラズィドさんとセレアさんが退治してくれて、俺たちは順調に塔の頂上へと昇ることができた。う~ん、さすがはお二人とも王宮兵士のエース。お見事としかいいようがない。こうして俺たちは難なく重要アイテムが納められている祭壇の間へと辿り着いたわけだが、えっ!?ここから先は俺一人で行けだって? 祭壇の間へは時空の賢者しか中に踏み入ることはできないらしい。

 

 中では女神さまのビジョン(幻影)が俺を待ち受けていた。美しい…。まるでハリウッドの精巧な立体映像を見てるような感覚だ。ところがなんと、ラズィドさんたちの目を盗んで史奈先輩もちゃっかり一緒について来てしまっていた! おいおいこれってマズイんじゃ…。女神さまが怒り出したりするんじゃないのか? でも女神さまは意外に寛容で、俺=時空の賢者と同郷の異世界人、すなわち時空の賢者の相棒ということで大目に見てくれた。やれやれ、全く冷や汗もんだぜ…。

 

 重要アイテムを手に入れるためには、時空の賢者である俺が試練を受けなければならないらしい。まさか俺にボスキャラの魔物と戦えとか…? 本気で心配したけど、そんなことはさすがになかった。女神さまは俺に一つのお題を出してきた。

 

「こちらに小さな三つの像があります。それぞれ誠実の像仁愛の像練磨の像、この中から相応しい像を選んで祭壇に並べてください」

 

 そうとは言われたものの、さて困ったなぁ…。俺クイズの類は苦手だし…と、いきなり史奈先輩が横から口を挟んできた。

 

「三つ全部並べちゃへぱ?」

「えーっ!」

「だって女神さまは"一つだけ選べ"だなんて全然言ってないでしょ? "誠実"は謙譲と礼節を重んじる人格、"仁愛"は敬愛の念を深め、他者を尊重し、自然を愛する心豊かな人間になること。"練磨"は自分を鍛え磨く努力を実践することによって、頑健な意志と身体を作り上げること。後々社会人になったら、私たち学生にも全て必要なことばかりだよ。全部一体であるべきよ♪」

 

 社会人って……俺たち別に就職活動に来たわけじゃないんだけどな。でもそれ以外に答えも思いつかなかったので、俺は史奈先輩の意見に従うことにした。祭壇の上に丁寧に小さな像を三つ全部並べる。

 

「見事です! 時空の賢者よ、よくぞ正しい答えを導き出しました。そなたにこれを託しましょう!」

 

 マジかよ!? 俺の横では、問題に正解した史奈先輩が得意満面な笑顔をしている。それでこの時、俺が女神さまからいったい何をもらったのか?についてはまだ内緒。だがこの重要アイテムが、高校時代の俺の後輩の窮地を救うことになろうとは、この時点ではまだ俺も予期していなかった。

 

 これでこの塔での用件も済んだ。来るときは大変だったが、出るときは簡単だ。セレアさんのテレポーテーションの魔法で、簡単に塔の外へと脱出できた。よかった…。またあの魔物たちがうろつく塔の階を1階ずつ降りて戻るのかと思ったよ。

 

 そんなとき、史奈先輩が何やら恥ずかしそうにもじもじし始めた。どうしたのかな…? あ、トイレか! でもここは日本じゃない。剣と魔法のファンタジー世界だ。近くに公衆トイレなんかあるわけない。近くの草むらの茂みに隠れて用を足してもらうしかないだろう。念のためセレナさんも史奈先輩に一緒について行った。その間、馬車でずっと待っている俺とラズィドさん。しかしなかなか史奈先輩たちが戻ってこない。遅いなぁ…。もしかして大きい方?などとデリカシーのないことを考えていたら―――

 

「キャアアッ!!!!」

 

 史奈先輩の悲鳴だ! きっと彼女に何かあったんだ! 俺はラズィドさんの「勝手に動いては行けない!」という忠告も耳に入らず、無我夢中で走り出していた。もし彼女に何かあったら俺の責任だ! 悲鳴のあった辺りの地点にたどり着いた。誰もいない。おかしいな…。

 

「なっ!?」

 

 突然俺は何者かに背後から麻袋をかぶせられ、連れ去られてしまった! 気が付くと俺は猿轡を噛まされて手足をロープで縛られて、周囲を見たこともない盗賊団に囲まれていた。盗賊の一味の中に女が一人いて、コイツが史奈先輩の声を真似てわざと悲鳴を上げて、俺をおびき出したのだ。くそーっ、こんな簡単な手にひっかかるなんて! でも、ということは史奈先輩は無事なんだな。それはちょっと安心した。

 

「こいつが噂の時空の賢者様か?」

「見たこともない珍しい服を着ているぜ」

「身代金はどれくらい取れるかな? ひひひ…」

 

 俺を捕まえた盗賊団の奴ら、さっきから勝手なことばかり言いやがって。どうやら奴らは俺の身代金をアシュタミル王国に要求するつもりらしいぞ。でもこれはラズィドさんの注意を聞かずに勝手に動いた、云わば俺自身の自業自得だ。その後数日間、俺は盗賊団がアジトに使っている砦に監禁された。大事な人質だからか、待遇は思ったほど悪くはなかった。そしてアシュタミル王国と身代金受け渡しの交渉がまとまったのか、俺は砦の外へと連れ出された。

 

「んんぐぅーっ、んん、んむぅーっ!」

 

猿轡されて縛られている俺は、大きな木に括りつけられてしまった。くそっ、放しやがれ!

ラズィドさんが一人でやって来た。彼が引いている馬の背には、金貨がたくさん詰まった大きな袋が掛けられている。

 

「約束通り金は持ってきたか?」

「賢者殿は無事か!?」

「この通りピンピンしてるよ!」

「んんーっ、うむぅ、んんんーっ!」

「賢者殿、お怪我はありませんか!? 今すぐ賢者殿を放せ!」

「金の方が先だ!」

 

くっ、ごめんラズィドさん、俺なんかのために…。あれっ、そういえばセレアさんは?

盗賊たちに金を渡す瞬間に隙が生まれた。密かに背後に回ったセレアさんとの見事な連係プレイで、ラズィドさんたちはあっという間に盗賊たちを片付けてしまった。こうして俺は無事に解放された。

 

「ごめんなさいラズィドさん、セレアさん、俺の勝手な行動のために迷惑をかけて…。正直、反省してます」

「いえ、賢者殿をお守りできなかったのは我々の責任です。どうかご自分をお責めになりませぬよう」

 

王都では史奈先輩が俺の無事な帰りを待っていた。俺の姿を見るや、史奈先輩は泣きながら俺に抱き着いてきた。

 

「バカバカッ!!! 心配したんだからぁ~!!」

 

あぁ、また史奈先輩を泣かしてしまった。次からは本当に気を付けないとな。